このコ
ーナーは朝岡氏、カナダのグリズリーベアー(灰色熊)のコーナーです。
07/02/04
5月、熊ホリデーIn Japan.毎年恒例の京都大会。
4/28日、バンクーバー発
4/29日、日本着 京都入り、
4/30日、京田辺にて武講同窓会、居合道、剣道、形、の研修
5/01日、同じく、武講会研修。夜、京都市内に戻り宿泊。
5/02日、武徳殿にて居合道演武見学か剣道八段審査見学、若しくは京都散策。夜は稽
古有るのかな?
5/03日、朝稽古、昼から道場連盟の稽古会。夜は西村塾が有れば参加。
5/04日、朝稽古、昼から、京田辺で電脳会稽古会に参加。
5/05日、朝稽古、立会い、大会終了後、新幹線似て東京へ、
5/06日、野間道場の朝稽古に参加予定。
5/07日、警視庁朝稽古、参加予定。午前中の新幹線で富士宮へ、
5/08日、午後藤枝に移動、夜、養心会稽古会参加。
5/09日、養心館道場看板を受け取り、一路名古屋へ。
5/09日、予定未定。
5/10日、予定未定。
5/11日、夜、常滑市の稽古会参加。
5/12日、特急で富山に移動、高岡市、志貴野剣道会で稽古。
5/13日、午前、富山県警機動隊道場で稽古。午後は市内散策。
5/14日、高岡市武道館、若しくは、古巣の凌雲館で稽古。
5/15日、生まれ在所の祭り、見物。
5/16日、帰国。
これが熊さん日本ホリデーの使い方。元手が掛かっているから、元を取らなきゃ損だ
からね。 3週間これで終わり。でも剣道だけ考えて居ればいいのだから、幸せと幸せ
が鉢合せしているね。4あわせ+4あわせ=8あわせ。
此処でクイズ。100人に聞きます。熊夫婦が日本にホリデーに出かけたら、その費用は?
計画予算当てた人。お土産進呈。旅行後、計算してパーフェクト当選者に。にカナダ
往復航空券プレゼント。6発中旬〜月末。日本から千葉ちゃんも来る予定だよ。笑。
最高のカナダが観れる季節だよ。おりしもバンクーバーはjazzフェステの最中。
応募条件は、その時期、道具持参で,カナダで稽古できること。
07/01/27
最近、良い天気が続いているので、気分爽快。おまけの夜中、寝る前に1時間以上ヌ
ル目の風呂に入り、湯船で本を読んだり、色々構想を練ったりしてじっくり汗を掻
いている。お陰で、熟睡が出来て目覚めが非常に爽やか。
昨日久々に、中村天風先生の本を読んだ。自分の運命は自分が運ぶ物、今、自分の身
の回りで起きている事は、必要不可欠で起きている、だから全てを肯定して、それに
謙虚に対処していく事で自分の運が開ける。
ひねくれて、物を考えていた若い頃、自分は付いて無い男だと思っていた。処が有る
ことを切欠で、この本を師匠から頂き、別世界に出会った気がした。
考えてみれば自分ほどついている男は居ない。今はそう感謝している。熊はどちらか
と言えば無神論者だ。
有る特定の、神や、仏、や宗教などは持たない事にしている。だが、宇宙には何かし
ら、偉大な力が働いていると言う事は実感している。
其れを熊は絶対の宇宙真理、宇宙のパワーと位置づけていて、熊に信仰というものが
有るとすれば、其れを信じている。だから、その宇宙が、全てにおいて自分の人生に
+に働いて、全てを司っていると考えている。
成る物は成る、成らぬ物は成らない、成らないものに無理をして、成らそうとするか
ら、人生が狂いだす。
成る物に従順に努力をしていく、其れが一番良いと考え出した。それで全てが好転し
だした。
そして過去は一秒でも過去、絶対取り返しが付かない、だから、後悔はしない事に決
めた。過去は、経験と言う肥やしにしても、それに付いてクヨクヨ考えない事で、心
が明るくなった。
必要不可欠で起きた事なら、必ず其れを肥やしに、更なる飛躍が有るのだと信じてい
るからだ。事実、不思議とそうなって来ている。
だから、未来についての心配も無い。何が起ころうと、其れを肯定して、その都度全
力で対処していけば良い。
その時点で、力を発揮する為には、自分の、回りに出きるだけ正心維持の邪魔をする
物を遠避けている。
悪が覗き見る世界を回避して、正義だけの世界を見る努力をしていく。それで、心に
は何の心配も無くなる。
人間は自分の知識と経験の中で、自己判断でしか物事を考えられない。とその書物の
冒頭に書かれていた。
だから世界、次元の違った考えは、時に人に受入れられない。だから、人と、出きる
限り争わない事にしている。
次元の違った、考え方の違う人々と、言い争ったところで得る物は無い。
剣道は気争いである。だから、他で無駄な気争いは出きる限り避ける努力をしてい
る。何故なら、剣道で確り気争いををする。そのために他で「気」の無駄使いは出き
る限り避けたほうが良いと考えるに至ったからだ。
天は、自分の努力に値する力を与えてくれる。そう信ずれば、正しい努力を続けてい
くしか方法は無い。
正しい、努力に対してだけ天はその見返りに、偉大な力を注いでくれる。其れが稽古
を通して学ぶ事では無かろうか。
07/01/21
今朝、偶然にエレキギターの神様、寺内タケシがエレキギターを説明する子供番組に
出ていた。
恐らく70歳を超えているであろう彼が、「遣れば遣るほどエレキギターが段々遠く
になっていく」と言い、
年間180回を超えるコンサートも其のたびに分からない事が出てくると言ってい
た。
人目には、ギターを自由自在に操り、彼独特の演奏スタイルを作り上げ、昭和38〜40
年頃のエレキギターブームの先駆けになった人物である。エレキギターを遣る方な
ら、恐らく彼の影響を受けていない人は居ない、と言われる位のエレキギターリスト
である。
其の彼が「まだエレキギターの入り口までも達していない」と言う。彼だからこそ、
ギターの奥深さを身に染みての言葉ではなかろうか。
剣道の世界でも、物凄く酷似しているように思う。遣れば遣るほど、理解が深まれば
深まるほど、其の世界は広がりを見せ、奥深さを覗かせてくる。剣道界では「四段五
段はハナタレ小僧」等と言う酷評も有るが、当たるを幸いに、いい気に成っていた若
い頃。大学剣道部出身者が大体は陥る田舎へ帰ってからの挫折。
分かっているようで分かっていないのも剣道だ。恐らく彼もギターはかき鳴らせばい
いと考えていた若い頃もあったと思う。彼のギターを聴いた方なら分かると思うが、
彼のテクニックは恐らく世界でも屈指ではなかろうか、
其の彼が、70を過ぎて、ギターの本質を見極めようとして其の奥深さにさまよい続
けて居るのかもしれない。
熊も60歳を超えて、有る程度は人並みに叩き合いも上手くなった。20代の若者と
も互角以上に遣れる。
気も、見切りもそれなりに出きるように成ってきた。だが、其れが何なのだ。と、問
われれば何のことは無い。
体を掛け、打つ事、交わすこと、攻める事、見切ること、溜める事等と遣っては来た
が、其れが何だと言われれば、何も残っていない。
うがった見方をすれば、ただ、人の頭を叩いてきただけではないか。其れが本当の剣
道で有ったのかどうなのかは、分からない、「剣道は生死の境を明らめるもの」と我
が剣道の神様は言うが、自慢じゃないがそんな気分で稽古をしたことなぞ、正直あり
はしない。
そう有るべきだと、努力はしているが、そうやすやすと出きるものでもない。
ならば、結局、今、行じて居る熊の剣道とは一体何なのか。恐らく誰にも永遠に答え
の出せる問題ではなかろう。だが、ココまで来たから、逆にそれに気づかされたのか
も知れない。求めようとして求め、身体を苛められるだけ苛めてみた時代もあった。
断食をして稽古をした事も有る。風邪で仕事は休んでも稽古はした。
足首を捻挫して、自転車のチュウブを足首に巻いて稽古もした。
若い頃、先輩との突きの稽古で鎖骨に何度も皹が入り、右肩の鎖骨が太く変形してし
まった。その先輩との稽古で、何度も天国に行きかけた。気絶をした事も多々ある。
癌手術の、前々日まで道場に立った。丁度其の日、日本から来加された剣客がど肝を
抜かれていた。
医師がさじを投げた、大腸癌手術からの奇跡の生還を成し、其の日に道場に出かけ、
其の翌日は道場に立った。剣道の稽古は出来なかったが、居合いを抜いた。生徒は
皆、幽霊を見ているようだったと言う。
術後、一月で面を付けた馬鹿である、剣道で死ねれば本望と、粋がっていた。
いまやそんな過去ですら、自己満足にも成らない。道は遠く、その道が何だかすら解
らない。
だが何故か今もって探しまわっている。宝島の宝を探し回る、愚にも似た事を、平気
で遣っている。
いい加減に、諦めれば良いのに、馬鹿げた事に命をかけている。
恐らく、寺内タケシもギターに命をかけているのだと思う。だから、分からなくなっ
て居るのだと思う。
遣れば遣るほど、分からなくなる。其れが道なのだと、今は自分に納得させている。
07/01/14
昔、昭和の50年代だったと思う、西善延九段範士が、「今の国士舘は試合に勝ち
すぎる、アレではいかん」と言われた事を思い出す。
そして、其の後、西先生の弟子で、国士舘で勇名を馳せた、M選手が全日本でも活躍
して、時代の寵児になった。そして、数年がたち、M選手が全日本で活躍できない時
代が来た。
其の頃の試合を見られた西範士が,「Mも、もう勝てなくなったな、剣道が良くなったよ」
と、言われた言葉が耳に残っている。
有る時又、熊の先輩で国士舘の大将を勤めた人が、当時の師範、大野範士に、
「大野師範に物申す、」とやはり、国士舘の試合に勝つことを苦言を呈したらしい。
豪傑が居た物だ。
殆どの古い、国士舘の先生方は、試合に勝つことを戒められていた時代があったよう
だ。それは何故。
話は変わるが、時代小説をお読みになる方なら、この逸話は有名なのでご存知と思う
が、近藤勇、天然理心流、竹刀剣道華やかなりし頃、道場破りに根を上げて、他道場
の、桂小五郎、等に助け舟を要請して、急場を凌いだ話が有る。竹刀剣道には事の他
弱かったようである。
だが、其の近藤勇の新撰組が、白刃を持った時の強さは、皆が認めるところでは無か
ろうか。
これが、昔の国士舘の先生方が言わんとされていた、秘密が隠されているような気が
してならない。
竹刀剣道、現今の試合、恐らく、時代が語るように、刀の真剣勝負ではものの役に立
たない。
だから、試合に勝つ剣道を戒められた気がしてならない。
いま、剣道界は八段が最高段位となってしまった。現在でも数名の九段の先生方がご
健在で有るが、
この九段に成られた先生方で、全日本の優勝者がお独りも居ない。其れは何故。
その辺の矛盾を、剣道の試合を奨励してきた全剣連が如何ともし難く、若し、八段止
まりに規約を決めたとすれば、
何か寂しさを感じてしまう。勿論其の背景には色々複雑な要素が見え隠れはしている
が、段位はやはり強さの象徴で有るならば、十段制は復活して然るべきでは無いのだ
ろうか。
剣道の学ばんとするところの奥深さを、八段止まりでは、白刃を持った時の強さな
ど、空念仏に等しい。
勿論、今の現代、まかり間違っても白刃を手に戦う事は有るまい。
だが、其の精神性は、剣道を通じて学べるのでは無いだろうか、其れを、八段止まり
としてしまえば、其の精神性すら、学ばずとも良いと言われているような気がしてな
らない。
同じ八段の中にも月とスッポンほどの実力の差が有る事を身に染みて体験させて頂い
ている熊としては、やはり、強い方は、九段、十段と精進されてこそ、本来の修練の
心構えが活かされてくるのではと考えている。
07/01/06
新年つぶやき、第一弾で小川忠太郎範士の事を書いた。沢山の反響があり、改めて先
生の偉大さを噛み締めた。まだ、小川先生に興味の有る方は武者修行のほうにも別口
で書いたので、お読み頂ければ幸甚です。
ではもう一つ、お話をご披露致したく思います。皆さんは木鶏の話をご存知か、それ
以上に凄い事を感じた男、少年の話です。愚息、白熊は二才半歳で初めて、羽賀忠利
範士にお目見えし、三歳半で忠太郎範士にお目に掛かっている。
勿論、白熊は其の年齢、先生方がどれだけの偉人で有るか其の当時の彼には理解の範
疇を超えている。
だが、11歳の時から、再び羽賀忠利範士の薫陶を得ていた、其の頃なら少しは話が理
解できる様に成っていた。
彼が12歳の時に佐藤博信範士の薫陶を得るに至って、両範士聞かされる話から、小川
忠太郎先生は、恐らく神様的存在として、かれの心に、映っていたに違いない。
彼が15歳の夏、警視庁に武者修行に出した。勿論、170CM身体は大きくとも、子供
である、警視庁の厳しい稽古のどれだけ付いていけるか、無謀としか言いようの無い
試練を彼に課した。其の背景には、佐藤範士が、将来、彼を警視庁に入れないか、と
のお誘いが掛かって居たからである。お目に留まったポイントは、基本が確りとして
いたからであった。
佐藤範士曰く、今の日本では試合試合で、基本がまともに出来ている子供が居ない。
だから彼なら基本が確り出来ているので、将来必ず伸びる。若し18歳までに試合で勝
てるように成っていれば、面倒を見ようと、ありがたいお誘いを受けていた。
彼は私に似ず、家内に似たお陰で、学業の成績が良かった。そこで、羽賀範士にも其
の話をしたら、剣道の専門家になる人も大事だが、学業が出きるのであれば、そちら
を活かして、剣道を通じて世の中のためになる人間も必要なのだ、ということを愚息
に説いた。
正直、私は迷った、私は剣道馬鹿で有るから、かれに専門家の道を選んでもらいたい
気持ちもあったが、彼の人生で有る、親が勝手に決めて良い訳が無い。だから彼に決
めさせる事にした。15歳で其の稽古を味わい、それに付いていけるかどうか、経験さ
せるのも悪くは無いと考えた。それで夏休みを利用して二ヶ月、送り込んだ。
当時警視庁武道館は、東京の春日に有った。其のすぐ横に、西山進先生の道場があ
り、そこで生活の面倒を見ていただくことに成った。朝7時からの早朝稽古、9.30時
からの午前稽古、2時からの午後の稽古、そして夜の西山道場での稽古。彼は、其れ
を全てこなしたそうで有る。
其の稽古がどれ程すざましい物であったか、三ヶ月前に新品でそろえてやった高校生
用の道具、面の顎が腐り、面金の天が折れて落ちた。ファイバー胴に皹が入って割れ
た。道具破損の電話が掛かって来たとき、知り合いの道具屋に大至急、新品の大人用
の道具を送って欲しいと頼んだ。
西山道場の備え付けの道具は一日だけお借りする事で、何とか凌いだ。暑い夏であ
る、だが道具の乾く暇が無い。顎が腐り突き垂れが外れる、面の天が抜ける、胴が割
れるどれだけの稽古をしたかご想像願いたい。
そんな折、全剣連の合同稽古会が武道館であった。そこで11年ぶりに小川忠太郎先生
と再会することになった。勿論、小川先生は愚息の事など知る由も無い。白熊が、道
場に立ち、小川先生を見たとき彼は感じたそうで有る。先生のお稽古されている場所
だけがスポポットライトを浴びているように感じた。光り輝いていたと。
彼は引き込まれるように小川先生の列に並んだ。そしてお稽古を頂いた。其の夜、彼
は興奮して家に国際電話を掛けてきた。
「お父さん、小川先生と稽古が出来た、お父さん、僕、小川先生を打てたよ。だけど、
小川先生は、全然動かれないんだ、だから、簡単に打てるんだけど、其の内に打つの
が怖くなってきた。何をやっても動かれない。
小川先生は道場に立たれているけど、死んでるよ。全く動じることが無いんだ。アレ
は死んでいなかったら出来ないと思う。」
私は其の話を電話口で聞いて、背中に寒さが走った。たかが、15歳のチュウボウであ
る。
彼が小川先生の、不動心を目の当たりに見て、体験して、其の言葉が、「死んでいる」
だった。
そうだったのかも知れない。小川先生のお稽古は其の頃、もう既に生死の境を超越し
ていたのだと思う。
其の話を聞かれた、羽賀範士は、講演の有るごとに話されたと聴く。高々15歳の子供
でも其処まで悟れる。
其処まで感じられるのだ。大人のほうが、心が曇っているから、其れが見えないのだ
と。
剣道は打ち合いでもなければ、叩きあいでもない。心が動けば負け、心が曇れば負け。
生死を掛けたその場で、人間、如何な生き様を見せることが出きるか。高々竹刀の叩
き合いで、びくびく、心が動く。情けないものだ。
小川先生は、活きながらにして、既に死を超えられていた。「剣道は生死の境を明ら
めるもの」といわれて、
とうとう其れを実践されるまでに昇華されていた。恐ろしいまでの剣道に対する執念。
先生御門下に偉大な先生方が沢山輩出されているのも、何等不思議ではない。
私も未熟ながら、其の先生方の後を何とか着いていきたいと念じている。
07/01/02
皆様、新年、明けましておめでとう御座います。
このサイトを、去年の暮れで止めようかと考えた、剣道を心から愛し、其の文化を出
きる限りカナダに正しく伝えたいと命を懸けてきた。其の為に仕事も変え、生活の全
てを剣道中心に生きてきた。
ところが、本家本元の剣道界は益々悪く成る一方で、とうとう範士にまで、褫奪、返
上の汚名が下っては、それ以下の未熟者が、幾ら剣道は人間形成の道であると説いた
ところで、臍茶ものである。
まあ、剣道とて、所詮は人間のやること、全剣連会長ですら、勝ち負けだけしか考え
ていないのだからしょうがない。自分も人生を振り返ればそう褒められたものではな
い。そんな矛盾をどうする事も出来ないもどかしさで、
このサイトを「止めようとおもう」と書いた途端、沢山の方々から、存続して欲しい
と頼まれた。
其の中に、母子家庭で、剣道とは全く関係ない環境で、男のお子さんをお持ちの母親
から、このサイトで、男としての生き方を子供に勉強させて頂いてる、とメールを頂
き。正直驚いた。
こんな拙い、下らない、ボヤキにも似た、一剣道愛好家のサイトが、世間様のお役に
立っていたとは・・・
不用意にも、サイトを止めようなどと書いてしまった事、大変申し訳ない事をしたと
恥じている。
さて、後悔の念から始まった2007年のつぶやき、今年はどうなる事やら・・・・・
年頭に当たり、私が今ここでこうして剣道を続けてこれた背景に小川忠太郎範士九段
の影響が大である。
小川先生は、国士舘大学で指導をされていて、後に警視庁でも指導をされた大先生
で、持田盛治十段のお弟子さんであられた。
私の、関係してきた、全ての先生方が小川先生の薫陶を受けておられる。
村雲清信、羽賀忠利、西善延、中西康、楢崎正彦、全てが国士舘、小川門下の先生
方、
おまけに、
森島建夫、佐藤博信、中村毅、他警視庁の先生方も、小川先生の薫陶を得
てこられた
方々だ。
有る時、佐藤博信先生に聞いた話、当時の警視総監まで、小川先生の講話、お説教を
聴かれて勉強をされたらしい。小川先生は、禅の大家でも有られた。だから其の死に
際は見事な生き様を示されたと聞く。
自分の死を悟られた、三日前、知人親戚に、「もうこれでお目に掛かれません」、と
ご挨拶をされて、斎戒沐浴をされて白装束に着替えられて、辞世の句を書き残された、
「我が胸に、剣道理念抱きしめて、死に
行く今日ぞ、楽しかりけり」見事としか言い
様が無い。
この剣道の理念を全剣連で纏められたのが小川先生で有られた。
こんな先生に、「お前が剣道だと思って頑張りなさい、カナダに行ったら恐らく稽古
相手が居ないでしょう、素振りを毎日することです、毎日やれば弱くはなりません、
必ずやる事です、そして弟子を育てなさい、弟子を育てて、其の弟子達と、切磋琢磨
するのです。剣道は何処でも出来ます、心掛け次第です」
この言葉が、熊の剣道人生を支えてきた。そして、未熟ながらも、そのようにやって
きた。教え子も増えた。
中には独立して道場を持ったもの、破門されて道場を構えたもの色々では有るが、
今、養心館で稽古している連中は、少なからず、この小川先生の心を羽賀忠利、そし
て熊を通して、学んでくれているものと思う。
幾ら、剣道界が変わろうと、剣道其の物は変わりはしない、其のやる人間の心如何で
よくもなれば悪くも成る。
だから、少なくとも、養心館だけは、本物の剣道を追及して行こうと、新たに誓いを
立てた。そんな2007年の正月を迎えた。おめでたい。其れを気づかせてくれた、
日本の剣道界に感謝する。
06/12/27
多分これが本年最後のつぶやきになるか。それとも、これでサイトを閉めて止めよう
かとすら考えている。
余りにも日本の剣道界があほらしすぎるからである。
世界大会の件に関してはもう書かないでおこうと考えていた。敗者に鞭打つ事はした
くない。
それに、世界大会男子個人優勝戦、の試合を見て、日本には、もう既に、剣道が無く
なり、運動だけが残っている、と考えたからだ。お互い三処避け、から鍔迫り合いで、
試合が始まった。正しい、心栄えの剣道、心を育む剣道なんて何処にも有りはしない。
そう感じたからだ。
外国に住む一剣士に、このように言われる事は心外かも知れないが、図星でしょう。
残念だがね。
それを裏づける記事が、全剣連会長の言葉、として、「剣窓」に出ていた。やはり、
と思ったね。
世界大会で日本が、負けたことは、「歴史的屈辱」だそうだ。其の剣道を指導遂行し
てきた、連盟会長の言だ。昔から、武士なら、「敗軍の将、兵を語らず」と言う事
が、武士の美学では無かったのか。
其の敗軍の総大将がこの言で有る、兵になんらねぎらいの言葉も無く、思いやりの欠
片も無い。アレは全剣連、抜粋の代表する選手たちではなかったのか、それを指導し
試合剣道を遂行してきたのは、他ならぬ全剣連ではなかったのか。
選手は教えられた通り、一生懸命に遣った。その結果負けたのだ。それを自分たちの
指導を反省する事も無く、頑張った選手を、使い捨ての、ゴミの如く「歴史的屈辱」
まるで、汚物扱いではないか。
少年剣道を真剣に支えている、父兄の皆さん良く考えていただきたい。
皆さんが今、目指させている試合偏重の剣道界、心を育て、腹を練る事を忘れた剣
道、尊い子供の汗と、皆さんの献身的努力、其の行く末が、歴史的屈辱と打ち捨てら
れる、姿を目指させている訳ですよ。
おまけに、剣道界最高峰の範士ですら、褫奪、返上の汚名を着ている。試合試合で、
有名に成られた範士に、範士としての心構えの有ろう筈が無い。
其の範士は全剣連会長特権で範士に推薦された、だから、剥奪が出来ないから、返上
とカッコだけつけて、体裁を整えた。それが、今日本の剣道界の現実の姿。会長自ら
が御見せになった、汚心、ハラ黒さ、胆力の無さ。密室審査批判を雑音と言い放った。
其の謙虚さの片鱗も無い、連盟の指導の下、大事な大事な、自分のお子さんを、試合
試合に明け暮れて、勝ち負けのサイボウグに仕立て上げようとしていませんか。
文武両道を忘れて、剣道で、進学できる等と、甘い誘惑に負けて、武だけに偏ってい
ませんか。
子供達が貴重な人生を掛けて、頑張っている剣道。皆さんが正しい剣道だと信じて、
子供に遣らせている剣道、会長自らが、汚物としてしか評価をしていない。これが現
実なのですよ。
私は、いま、非情に自分の幸運を神に感謝せずにはいられない。薄汚れた、日本の剣
道界に身を置く事無く、立派な大範士の先生方の教えを忠実に守れる環境で、子供た
ちに真の剣道を指導できる環境に住める事。
自らの未熟を知り、生徒と共に切磋琢磨できる。こんなに有りがたい事は無い。
そして、親爺、羽賀忠利範士が自ら作られた「養心館」何故外国のカナダに残されよ
うとしたのか、其の道場の命名の意味、お考えを今だ聴いたことは無いが、其のお考
えの深遠さを拝察すると、其の責任の重大さに身の毛がヨダツ。
先日、一人の大範士から、年賀状と、クリスマスカードを兼ねた挨拶状が送られてき
た。
其の中に、「日本の剣道界大変なことに成りました。外国の先生方のご指導を仰がね
ばならない時代になりました、今後共、宜しくご指導を」と結ばれていた。
丸きりの冗談とも取れまい。しかも、警察剣道界で、ご指導のトップに立たれていた
先生のご挨拶だからこそ、尚更に、熊の心に響いた。試合偏重の剣道界、心を忘れて、
勝ち負けにだけに拘ってきた剣道界の負債が、2006年の瀬に、どっと、まわってきた。
この負債は、100万人を超える日本の剣道界一人一人の自覚と、責任において返済し
て行かなければならない。外国からは何等支援は出来ないのだ、何故なら、剣道宗主
国を名乗る以上、自己破産は誰も認めないからだ。
06/12/20
幕末の頃、九州から江戸に出てきて、七尺の竹刀を使い、道場嵐をした剣客が居た。
それに対抗するために、桶のふたを鍔にして戦った史実が有る。又、有る流派では、
足を狙うのが専門の流派も有った。
つまり剣術と呼ばれた時代であれば、勝つためなら何をしても良かったわけである。
ところが、それに歯止めをかけた人物が居た、講武所会頭の男谷精十郎、竹刀の長さ
を現在の基準になった、三尺八寸に決めて、小手、面、胴、突きと部位を決めて、お
互いの制約の中で、心身、技量の鍛錬を図る事を奨励した。
幕末、黒船が来る、祖国防衛、武士の本文戦闘の機運も高まり、激剣の稽古も盛んに
成った。戦いだけの稽古であれば剣術、何処を如何切ろうが突こうが、お構い無しの
はずである。無軌道お構い無しのはずである。
ところが、何故、男谷はそれを決めて、奨励したので有ろうか、つまり、剣術を剣道
にまで昇華させようと図ったのではなかろうか、事実、彼の弟子、島田虎之助が、残
した教えの中に、皆さん誰もがご存知の、「自づ剣を学ばんと、欲する物は、心より
学ぶべし、心正しからざれば、剣又正しからず、心正しければ剣又正し」
と言った意味の物が有る。
こういう教えで、教育したから、幕末の偉人、勝海舟や、山岡鉄舟、などの素晴らし
い人間が育ったのだと思う。勝海舟や、山岡鉄舟の胆力が常人とは異なっていたこと
は、歴史が確りと物語っている。
この二人の人間が居なかったならば、江戸の町は焦土と化していたに違いない。
で、それを元として考えた場合。今剣道界に流行している、「三処避け」は、先人賢
哲が、無軌道の剣術を剣道に昇華させようとして、取り決めた、ルールを悪用してい
るだけではないか、勝つために何でも遣ると言う、術の世界に戻ってしまったのでは
無かろうか。それならば、いっそのこと、三処避けがOKなら何処を叩いても突いても
良いのかと言うことになりはしないか。
小手、面、胴、突きは便宜上決められた、打突部位である、それを隠して戦う。?こ
れが本当に心栄えの良い剣道だろうか?当然あの状態から打突をしても正しい刃筋が
通るとも思えない。
正しくない行為だと言う事は剣道人ならお分かり頂ける物と思う。つまり「心正しく
ないわけである」
このように書き出すと、又それならお前が見本を示せ、等と言う人が出てくるであろ
う。問題はそんなに程度の低い問題ではない。何故、剣道界が一丸となって、悪い行
為に歯止めを掛けて、撲滅しょうとする努力をしないのか?私はそれが不思議でな成
らない。赤信号を皆で渡る。、まさにこの行為を奨励している。としか思えない。
だから私は欺き合い、フェンイントを掛ける騙しあい、だというので有る。
特に少年剣道は、純真な心を育まなければならないはづなのに、人間形成を謳う剣道
界がこれでは、如何な物か?私が、如何のこうの言える立場ではないが、、剣道を心
から愛する者の一人として残念でたまらない。
今まで私が接してきた、多くの範士、および八段の方々が異口同音に私の言ってる事
を唱えられる。
私はそれを、ここで文にしているに過ぎない。
現状の剣道界を見渡せば、この先生方が外国で嘘を教えて行かれたのであろうか。絶
対そうでは有るまい。
剣道は、人間形成の道で有る、と謳う以上、心栄えの良い剣道で有りたいと願う。
一人一人の指導者がそれは恥ずべき行為だと子供に知らせれば子供は必ずやめるに違
いない。
事実、私の道場の生徒で、誰一人、三処避けをするものが居ない、打つ打たれるでは
ない、打たれる前に心を崩されたら負けなのだと言うことを常々口にしている。姿勢
が崩れるのも心の崩れ、手元が浮くのも心の崩れだと指導をしている。心が崩れるか
ら、結局は打たれる事に繋がるのだと言う事を皆自覚しているからだ。
まだまだ、未熟者同士の稽古ゆえ、手元が上がる事はママ有る。姿勢の崩れる事も、
たまには有る。
私が生徒と稽古をするとき、攻めて入って、生徒の手元が浮いたら、打たないで顔を
見てやる事にしている。
打つよりは余程効果が有る。手元を浮かされた、心を崩された、悔しさが顔ににじみ
出てくる。
胆力が無かった事を知るからだ。だから皆崩されない稽古を心掛けている。
だが、三処避けは、皆、卑怯と捕らえているので、絶対誰もやらない。心栄えを大切
にしているからだと思う。
剣道人で有る以上心栄えを大事にして精進を続けたいと考えている。それが剣道の原
点だと考えているからだ。
06/12/17
剣道を遣る上において一番大切なことは、心栄えではなかろうか、剣道ウエッブサイ
ト、1、2の会の管理者、Hideさんはそう訴えている。熊も同感である。彼は、若い
頃、故 渡辺敏夫範士に薫陶を得られたらしい。
偶然だが、熊も若い頃、渡辺敏夫範士に可愛がられた。記念に頂いた、先生の竹刀を
大事に保管している。
そういえば、今まで、沢山の先生方から頂いた竹刀は全て我が家の竹刀立てに保管さ
れていて20本を超える。
中には熊よりも若い先生方のものも数本有るが、たまに、其の熊コレクション、の竹
刀を手に取ると、先生方の剣風が脳裏に浮かんでくる。
話を戻すが、其の1.2の会で、全日本や、世界大会の、話が出て、色々書かれている。
私のサイトよりは、巨大サイトなので、沢山の方々が参加されているが、皆さん、
確りと、サイトのルールを守られているようだ。誠に参加されている皆さんの意識
の高さがうかがえる。皆さん、剣道を真剣に考えて居られる方が多いのには敬服す
る。
さて、少し専門的に成るかも知れないが、其の渡辺範士に一番初めてご指導頂いた時
にお聞きした言葉。
「一眼、二足、三胆、、四力」にかこつけて、話して見たい。
一眼=は相手の動きを見る、読む、感知する、洞察する。と言う能力を一番に開発し
なければならない。と言うことだと思う。観働きも、反射神経も其の中に入るのかも
しれない。
二足=つまり、足捌き、体の移動、思い切りの良い捨て身の打ち込み、等を、身体を
かけて学ばねば成らないということか。
三胆=いざと言う時、ギリギリの限界まで、冷静沈着に判断を誤らないで対処できる、
いわば度胸、見切り、胆力を養えという事。
そして、四番目に力が来る。力は、腕力ではない。筋力、体力でもない。柔らかな技
術力であろうと思う。俗に言う冴えた打ちを学べと言うことだと思う。
大事に学ばなければ成らないことを、順次書き記された教えである。
こうして見てみると、昔からの教えには真理が有る。そこで、今日の熊が愚考を述べ
たいのは、一眼と三胆の関わりについてである。
先ず初心者の頃は、反射神経を身に付け、相手の動きに素早い動作で対処できる事を
学ばねばならない。
段々、上に上達するに従い、観働きも養い、感知、洞察力も養える物と思う。
ところが、ここで、考えなければ成らないのは、反射神経が良いと言うことは、相手
の動き、気配に、非情に敏感に成ると言う事でも有り、つまり、相手の攻撃に、非常
に動じやすい状態に成っていると言う事でも有る。
試合巧者は、得てして、観働き、反射神経が良い人が多い。つまり、相手の動きに反
応が良い。又、良くなければ勝てない事も事実だ。だが逆に言い換えれば、動じやす
いことに繋がる。絶えず、びくびくしている状態だと言えなくも無い。つまり、絶え
ず、「驚懼疑惑」「四戒」の状態にあると言う事に成りはしないか。
それが、三処避けに繋がっている。気配を感じただけで、小手、面、胴をかばい逃げ
には入る。非情に、ナーバスな状態だから、気配だけで、逃げ、守りに入ってしまう。
相手の動きを完全に見切る事ができるとすれば、確りとした、洞察が出来れば、あの
動作は起こりえない。度胸、胆力が出来ていれば、又構えが崩れるはずも無いはずだ。
そこで、三胆=胆力、が必要になってくる。剣道は、他の競技と一番違うのがここの
所だと熊は考えている。
年老いた、範士が、若い剣士を手玉にとる事が出きるのは、この胆力による、見切り
が出来ているからに他ならない。体力では、若い連中に敵わない。幾ら範士でも、
100M競争では、20代の選手に敵うはずが無い。
私の、剣友にモントリオールのマギール大学で、剣道を指導している、クリスチャ
ン、オ、レンジビル博士がいる。
彼は、若い頃、フエンシングを学んでいて、其の頃は、フェンシングは騎士道精神を
学ぶ手段で有ったらしい。
ところが、勝敗は電気で決まるようになってしまい。それから、スピードと反射神経
だけの戦いになり、精神を学ぶ物とは程遠い競技に堕落してしまったと彼は言う。だ
から彼は今剣道をしているのだと言った。
そして、日本の大剣豪、森寅雄先生が、アメリカにわたり、一年半で、フェンシング
でアメリカのトップに躍り出た。
先生は、フェンシングで、相手は、肉体的能力、反射神経で来るので、こちらは心を
持て遣れば、容易に対処できると言われたらしい。
先生のフェンシングは、サーベルという競技で、日本刀に近い形をしていて、単なる
電気仕掛けで遣る物とは違っていたらしいのだが、相手の選手が切り込んでくるの
を、ギリギリまで引きつけて、ことごとく切り返えされたと聞く。つまり胆力によ
る、見切りが出来た居たわけである。 其処が剣道の醍醐味だと、熊は信ずる。
次回続きはは心栄えについて書きたい。
06/12/13
世界大会、熊が恐れていた事が現実になった。では何故、熊にそれが予言できたか、
それが解っていたか、種明かしをしたい。
大げさに言えば、現在の日本の世の中を反映している全ての事が剣道の世界にも蔓延
してきていると感じるからである。と、煙に巻く様なことは言う積りは無いが、「赤
信号皆で渡れば怖くない」これを許してきたからに他ならない。正しい事と、正しく
ない事、其の判断が、自己の利益(勝利)の為におろそかにされてきた。
一世代前の剣士達には信念とも言える不動の強さがあった。今の剣道には上手さは
有っても強さが伴わなくなくなって来ている。それは駆け引きが最優先されてきてい
るからだと考えるからである。では其の根拠は、「三処避け」である。打たれたく無
いたいが為に、左手を頭上に掲げて、逃げを取るあの姿勢の事である。
三処避けは、逃げの行為、負けの行為なのだ。もっと厳しく言えば、剣道を愚弄して
いる行為。だから、三処避けは、剣道を弱くする最大の原因だと、私は考えている。
ところがこれがいまや当たり前に蔓延している。
あの行為は、良くない行為だと言う事は、良識の有る剣道家なら100も承知のはずで
ある。
だが試合に勝たせるために、其の良くない行為に目を瞑り注意を怠ってきたから剣道
が弱く成って来たに他ならない。
つまり、赤信号を皆で渡る事が横行して、それが悪行で有ることにすら気が付かない
状態になっているからだ。
毎年、何らかの形で、少年剣道や学生剣道のビデオを拝見する。そして其の三処避け
の行為が益々エスカレートして頻繁に行われるようになってきた。最近見た中学生の
全国大会、15チームを検証して、全てのチーム全ての選手が其の行為をしていた。高
校のインターハイのも、大学選手権でも其の行為は当然の如く頻繁に行われている。
全日本ですら、其の行為が当たり前の如く何処にでも見て取れる。昔の選手は、構え
を崩す事は精神の乱れとして、恥じていた。だから、左手の納まりはその人の剣道の
実力を表すとまで言われていた。
左手を臍前に確り納めて、不動の心を養い。竹刀操作で、相手の攻撃を防ぎ、技を返
し、応じてきた。
だから、気を抜かないで、集中力も高め、強さも自然と養えた。逃げなかったからで
ある。
昔の剣士は竹刀を生かす法を学んでいた。だから強さがあった。今は如何か?三処避
けは、技でもなければ竹刀操作でもない、要するに自分が窮地に追い込まれた負け、
辛さを回避する、逃げの行為に他ならない。当然其の瞬間集中力も欠ける。
磐石の精神集中力が養えないそんな剣道が強く成れるとは誰も考えないであろう。
そして、逃げの行為からは、当然捨て身の打突動作がでてくる筈が無い、いや100歩
譲って仮に出せたとしても当然、崩れた姿勢から、本物の気、剣、体の一致した。打
突が生まれるわけが無かろう。 つまり、無駄打ちの多い、弱く成る剣道をしている
ということだ。
心を練り、不動心を養う、其処から生まれる気品、正々堂々と戦う姿勢が昔の剣士に
はあった。だから強さが感じられた。
今は如何か、逃げの行為を織り交ぜながら駆け引きで戦う。それであれば世界の剣道
後進国の剣道と何等変わらないではないか、剣道の理合いを無視して、当てっこの同
じ土俵で、同じ精神レベルで戦う事になれば、当然運動神経だけの戦いになる、そう
すれば、高度の緊迫感をエキサイトに変えて、自らの興奮状態をハッスルする状態に
繋げることの上手い西洋人種が有利なることは明白であった。
今回日本が不覚を喫した背景は、単に選手達や、監督の責任ではない、少年剣道か
ら、彼等を取り囲んできた、剣道界全体の責任で有ると私は考えている。三処避け
を、容認してきた。赤信号皆で渡れば怖くないを、おててつないで、皆で渡ってき
た。悪を容認してきた。そんな姿勢が知らず知らずに剣道を弱くして、正々堂々と戦
えなくなってきた選手。それを育ててきた社会全体、今の日本をそのまま反映してい
るだけに過ぎない。
精神の集中より、小手先の技、逃げの行為を容認してきた、おまけを言えば、中心を
攻めて、気迫で相手を崩し、真っ向から戦う姿勢を忘れ、勝たせるために、小手先
で、フェイント、だまし剣道を教えてきたそんな剣道界全体の責任で有ると私は考え
ている。
若し、ココを読まれている、少年剣道の父兄の方々が居られたら、自分のお子さんの
剣道の試合をビデオで撮っておられるであろうから、スローモーションで、もう一度
注意をしてご覧頂きたい。お子さんが一度でも試合中に左手を頭に掲げる事で、守り、
逃げに入る事があったり、面と見せて小手を打ったり、小手と見せて、面を打ったり、
被き面を打ったり、飛び込み胴等と言う姑息な業で勝ちを取っていないか、検証頂き
たい。若し一度でもそれが見れたら、危険信号の真っ只中に居る事を知るべきです。
そして、勇気を持ち、彼方がたの子供の指導者に進言すべきです。三処避けなど負け
を回避するような卑怯な剣道をさせるなと、強い信念で精神の高尚を図れる正しい剣
道を指導してくれと、言うべきなのです。基本を練り、磐石の強さを身に付けるべき
なのです。 試合数を減らしてでも基本を体にしみ込ませるまで遣るべきなのです。
目先の欲に絡まれて、本道、道を見失わないように、親が気をつけなければ誰が気を
つけるのか。と言いたい。
進学を剣道で考えるより、学業で進学するこれが本道なのです。道を誤らないよう
に、足元を確りと見据えて頂きたい。赤信号を皆で渡っている限り、日本の剣道界の
将来は暗い。一人一人の自覚が大事なのです。
06/12/6
11月の2日に書いた、つぶやきで、今年は雪が多いと予告した。今年は例年に無く晴
れが多かったからだ。
案の定、11月26日の昼から降り始めた雪が、見る見るうちに世界を包み、夕方には平
野部で10〜20CMの積雪を記録した。26日はカナダ西部地区の昇段審査が行われて、7
名の審査委員の一人として出かけた。
其の審査中に世界が白銀の世界と化した。20年前審査会が始まった当初は、審査員も
何が良くて、何が悪いか解らない状態で審査をしていたような処があり、全員合格な
どと言う事態もあったが、最近はそれなりの不合格者が出る。世代も完全に変わっ
た。
カナダはでは3段以上は年に一度しか、審査が無い。本年から2段以下5月と11月を二
度することに成ったのだが、初心者の受験が多い。1級、初段が半数以上を占める。
二段はともかく、三段四段はは、激減する。
しかし今年は5段受験が多かった。
其の五段受験5名の中で二名が合格をした。年齢的に観て若い方が有利。身体の動き
が良い。
確かに合格した若い受験者は、良く叩いていた。叩いていたというのは、其の言葉ど
おり、打突に至る、攻めが無く、ただタイミングでうちを出しているに過ぎない。反
射神経だけで稽古をしている。
其の中でも40歳代の受験者は良く使った。10歳以上の年齢差を感じさせない稽古で、
良い機会を捉えて、確りとしただとつを繰り出していた。形も小さなミスは有るが許
せる範囲と拝察した。
しかし一番若い30代の受験者は、形を知らない。というか完全に間違った形を覚えて
いる。
とても五段を受験をする形とは言えない。間合いが届かない、切る場所、位置が解っ
ていない。
足捌きと手の動きが違う。熊は当然不合格にしたのだが、他の審査員が合格にした。
他の審査員全員がだ。 呆れて物が言えない。
五段といえば、カナダでは道場を持つことが一応許される。という事はこれから彼が
教える生徒は全て間違った方を習う事になる。まあ、他人事なので如何でも良い事な
のだが、将来彼に剣道を習う生徒は不幸だ。
そして其の彼を通した審査員も剣道形を知らないという事を暴露しているわけだ。
私は審査前、全剣連発行の剣道形の本に基づいて審査をして欲しいと頼んでおいた。
にも関わらず審査員は形を知らないという、お粗末を自ら示した事に成る。
06/11/20
今日は熊が心している指導法について書いて見たい。
熊が指導の中で一番大切にしているのは、悪弊の矯正で有る。この指導法は熊が昔指
導員をしていたスキースクールで学んだ事が非情に大きな力と成っている。(CSIA)
カナダ、スキー、インストラクター、アソシエイションの指導法の中に、生徒の滑り
の悪弊を見出し、それを矯正する方法を教える事が指導員試験の中にある。
つまりスキースクールで教える事はスキーの初心者を転ばせる事無く安全に楽しく滑
らせることに重点が置かれているので、滑降姿勢の悪弊はバランスを崩す大きな原因
になり、転倒に繋がるので非常に細かいところまで、滑降姿勢の悪弊を見抜く力が要
求される。つまり見取り稽古の出来、不出来が試験結果を左右するわけである。
それと、生徒の前で滑りの見本デモンストレーションをしなければ成らないので、徹
底的に基本のすべりを遣らされた。つまり基本を形から入り、其の形が完全に固ま
り、自然に力が抜けて、安定して滑れるようになるまで、滑降姿勢の形の微に入り細
に入りまで徹底的に直された。まるでミクロの世界の矯正とでも言えばご理解頂ける
か。これは本当に剣道に似ていた。つまり型から形になる。動かない型から自然の動
きの有る形に移行する。
羽賀の親爺が良く言う事に、「剣道の修行はどれだけ早く悪弊を直せるかに掛かって
いる、修行とは直す事だ」と良く指導を受けた。基本は先ず型から入る。あえて
「型」と言いたい。基本と言う「型」に徹底的にはめ込んで、其の型が固まったら、
少しずつ、型枠を外していく。それが修行のところで言う柔らかさ、脱力の段階に入
る。つまり形に繋がっていくわけである。
なので、初めから柔らかい形(土台)は基本(基礎)と言う土台が確り出来ていないの
で、其の後大きな建築物は建てる事が出来ない。つまり上達が望めないと言うことに
繋がる。だから基礎(基本)という土台を確り固めておく必要が有る。と言うのが熊
流指導法の考え方であり、指導の根源に成っている。
では熊の言う基本とは何を指すのか、「全日本剣道連盟の幼少年指導要項」の中に書
かれている基本である。其の基本の指導の仕方に熊流の考え方が幾らか加味されてい
るが、全体的には完全にそれを頑なに守っている。ただ、一つだけ一箇所だけ熊の考
え方で付け加えて有ることが有る。
それは空間打突、つまり素振りの時に、要項では。振りかぶりをおでこの前まで振り
上げるように成っているが、それを、両腕は完全に大きく頭上まで上げさせて、肩甲
骨を背中で出きる限り寄せ、両肘は耳の横にまで上げさせて、両肘の角度を同じ角度
に曲げさせて、其処から竹刀を振り出させることをさせている。
理由は、肩甲骨を出きるだけ寄せることにより、肩の力を十分に使うことと、肩を柔
らかく使い、肩の力を抜く為に効果が有ると信ずるからである。それと肘を耳の横に
まで挙げて、左右の肘の角度を同じ角度にする事は、竹刀を振り出すときに左右の腕
の力が同じになるようにさせる為であり、左右同じ力が加わらなければ竹刀は真っ直
ぐに振る事が出来ないからである。竹刀で新聞切りを遣ってみればすぐに解るはず
だ。
それだけが、熊流指導法で付け加えている事で、後は全て要項通りに指導をしてい
る。
それもミクロ的正確さを動作に要求しながら手足、姿勢に至るまで指導に心してい
る。
だが最近、他道場の子供達や、日本の子供達の剣道を見ていて、其の指導要項に書か
れている基本が非情におろそかにされている事に驚きを隠せない。だから絶対に基礎
土台が固まらない。つまり子供達の将来が暗い。
剣道、日本刀の創設以来連綿として受け継がれてきた、先人先哲の教えは、命をかけ
た真剣勝負の中から生まれてきた物で、真理が其処に存在する。我々若輩が改革の余
地があろうとは思えない。
だから、皆さんにも少年指導要項の再読をお勧めする。子供を強く育てたい時は、そ
れに徹する事です。
06/11/12
大粒の雨、音を立てて、窓を叩く。風を伴った重たい雨は、容赦なく紅葉を盛りに繁
らせていた木々を半裸にした。車のFMから、JAZZにアレンジされた枯葉が聞こえてき
た。何となく、口を付いて出る歌詞。
The falling leaves drift by the window, the autumn leaves of red and gold,
「枯れた秋の葉が赤や金色に染まり、落ちながら窓を叩く」直訳すれば、何と無く物
悲しい歌詞だ。
I see your lips, the summer kisses, the sunburned hands, I used to hold.
過ぎ去った夏の恋を思い出して、切々と歌う。歌詞は何故か心を打つ。季節がそれを
諸に感じさせてくれる。
日本語の歌詞は初めから凝縮されて書かれているので、歌詞の裏を、詩の行間を感じ
ながら色々情景を思い浮かべる事が出きる。英語の歌詞も、其の受け取り方、解釈の
仕方で、内容が深くなり変わってくる。
ごく最近まで、熊は英語の歌詞は、もっと単純で直接的だと思っていた。内容が単純
だと思っていた。それは単なる私が英語に弱いだけの事で、誤解であった。本当は非
情に中身が濃い、人間の感情をそのままぶつけて見ると、其処には素晴らしい心の
メッセージの世界が広がっていた。
最近惚け防止(?一寸早い気がするが)の為に、というより今更と思うのだが、英語
力を伸ばしてみたいと思い始めたのだが、興味が有る事でなければ長続きしないの
で、それで昔良く聞いた歌の歌詞を紐解いてみる事をしている。それで、歌詞の解釈
の中に直訳だけでは計り知れない、世界の広がりを見つけ出す事で、益々興味が湧い
てくる。
人間の感情。泣く、笑う、怒る、悲しむ、喜ぶ。これ等の感情は言葉を超えて、世界
各国共通だ。
それを、素直な心で受け取り、其の世界に溶け込んでみる。つまり、直心になる事で
見えない世界が見えてくる。まるで、剣道と同じ世界だなと感じてしまった。だから
尚更興味も尽きない。
打ちたいとだけ、思えば、身体が硬直して自由が利かなくなる。勝ちたいとだけ思え
ば相手が見えなくなる。
「ただ打つと思うな身を守れ、自ずから漏れるしずがやの月」この境地ですら、マダ
境地的には低いと思う。
それらを全て超越した心。打とうとも思わず、守ろうとも思わず、戦おうとも思わ
ず、ただ其処に居るだけ。
だが、ただ単に居るだけではない、全ての変化に敏感に反応し、感知しているが、そ
れで居ながらそれに動かされない。動いた時には全てが終わっている。全てが自然
で、全てが自動的で、無作為で、何もしないのに、仕様とも思わないのに、気が付い
てみれば、事が終わっている。そんな剣道がしてみたいと思っている。
恐らく、作詞をした人も、作為的に作った詩であれば、恐らく人の心を打つような詩
は書けなかったのでは無かろうか。詩も書いてみたら自然に出来上がっていた、そん
な詩が一番人の心を打つに違いない。
剣道も、詩も、自分の心に感じたまま、気高く表現できたとき、其処には感動が待っ
ているに違いない。
06/11/02
珍しく晴天に恵まれたハロウインも終わり、11月に入った。入った途端、朝霜が降
り、薄氷が張る寒気。
そしてついに来た、雨の季節。しかし、今年は良く晴れた、年間降雨量が平均的に決
まっているなら、今年は反動で雪が多い事になる、山手ではもう雪の便りが聞けた。
もうすぐSKIが楽しめる。
カルガリーではもう既にマイナス14度をマークしている。今年久しぶりに訪れたロッ
キーは雪だろう。そして、カナダ西部地区の剣道界が賑わいを見せる。シアトル大
会、昇段審査、1月のバンクバー大会、二月のステイブストン大会。おまけに、今年
は12月に世界大会が有る。
新人の子供達の稽古着に付いて心配していたが、稽古着は個人的に購入してもらった
子供達が居て、全員に道具が行き渡った。この子供達が試合に出るように成るには最
低二年は掛かる。道具を確り自分で縛り、稽古をしても、紐が解けなくなり、基本動
作、基本打ちが確り身に付かなければ試合には出さない。
試合も、審査も奨励の手段、目的ではない、目的は剣道を通じて当たり前の事を当た
り前に出きる様にすることが第一段階の目的だからだ。幾ら剣道の試合に勝とうと
も、段級が上がろうとも、当然の事が当然に出来ない子供では剣道を学ばせている意
味が無い。
最近、面白い事があった、有る方の葬儀に出て、久しぶりに剣友に会った。其の剣友
が、今養心館が使っている日本語学校ホールで、先日、日本伝統文化を紹介するイベ
ントがあり、彼のクラブが剣道のデモをした時に、仕様している体育館が非情に綺麗
に様変わりして居る事に驚いたらしい。彼等は毎年そこでデモをしているのだが、今
年其の体育館の床が綺麗に磨かれていた。
つまり今まで誰も床掃除をしていないがために、外履きのまま建物に入る習慣の有る
カナダでは当然床が汚れる。其の床がピカピカに光っていた事に彼は驚いた訳だ。其
の時彼は思ったそうである。「さすが養心館だと」
感心したそうである。熊は稽古前に必ず床掃除をさせる、つまり雑巾がけで有る。
それも全員で遣る、剣道で心を磨くとは言うが、汚い環境で心が磨かれるとは思わな
い。だから先ず自分たちが使わせていただく道場は最低限床だけでも綺麗に磨く。子
供達には足腰の鍛錬にもなり一石二鳥の効果が有る。おまけに、それだけではない、
日本語学校事態が変わりだした、、今まで行事があれば使いぱなしで、後片付けが確
りされていなかった、それを我々メンバーが其の跡片付けを遣り床を掃除して稽古に
入る、それに気づいたのか、学校側も体育館の使用後綺麗に後片付けをするように
成ってきた。
誰も養心館から日本語学校側にモンク言ったわけでもない、アドバイスをしたわけで
もない、彼等が、自らの行動を恥じて改めたわけである。養心館の生徒達の行動が、
良い影響を社会に与えたわけである。
これが剣道ではなかろうか、生徒は道場に入る際にキチット靴をそろえて礼をして入
る、親も自然にそれを見習う。
此方から命令したわけでは無い、遣るように指導した訳でもないが、子供達とともに
最初と最後の礼を体育館に正座をしてをする。子供に礼の精神を教えたいと思い道場
に連れてくる、其の親が礼の心が無ければ子供はどうして礼の心なぞ学ぶ物だろう
か。親も子も同じ気持ちで取り組まなければ子供の教育なぞ出きる物ではない。
昨今の日本における苛めや自殺、互いの思いやりの欠如、スポーツ、ゲームに勝たせ
る事のみ教えて、礼の心、お互いを敬う心を忘れた事に他ならない。学校事態が、入
試合格目的に、勝つ(合格)のみを、考えて国家の法律を破り、世間を欺き、お互い
のフェヤー精神を忘れて教育している現状。当たり前の事が、当たり前に出来なく
なったそんな環境で、まともな人間が育つわけが無い。
06/10/25
昨日の朝風呂に浸かりながら、ある剣道書をを読んでいた。其の中に突きに付いて触
れられる一項があり,北辰一刀流の中に、十八の突き技がある事が記されていた。
それを読みながら、前回の稽古を思い出していた。其の日の稽古は終始、全員で三本
勝負で、相手を変えて戦う方式の稽古をした。アキラが初太刀で、いきなり突きに出
てきて、二太刀目も強引に力任せに突きに出てきた。
其の二太刀とも喉を外れ、熊の首筋に大きな擦り切れ傷を左右に首に残した。痛い思
いをした。朝風呂のお湯が、首筋にシゲキを伴い、記憶をよみがえらせる事に拍車を
掛けた。其の稽古で、外れた突きに熊も未熟、カチンと来たので、思い切り裏から突
き返した。少し顎を上げて面に出てきた、アキラの突垂れの下に入りまともに咽喉を
捕らえて、身長182cm体重80kgのアキラは腰砕けに、すっ飛んだ。
遠間から思い切り面に出てくる出会い頭に此方も思い切り突に出たので、恐らくニ三
日は喉に物が通るまい。
通常、熊はこんな突き方はしない。相手が突れた事が解れば良いので軽く突いてい
る。だが、アキラは若い。
これは一つの教育だと思って心を鬼にして突いた。熊も若い頃何度も何度も経験した
からだ。
彼の稽古はマダ若さに物を言わせ、体力で強引に出てくる事が多い。彼自身も、気合
を入れると、興奮状態になり、力任せに成る所から抜け出せないで居る。気合は入れ
ているが、身体の力は抜け、自由に対処できる。
この状態を作り上げるまでには剣道では長い長い道のりがある。
特に白人系の人々は、この気合を入れる事による、メンタルコントロールが苦手のよ
うだ。殆どの白人系等の人は、気合が入り興奮状態になると、筋肉が硬直して力任せ
になる。アキラも半分は白人なのでそれが出る。
突き、剣道の中でこれほど嫌われる技は無い。中には、突く事自体が不損だという考
え方があるようだが、熊は突きを奨励している。だから若い連中にもどんどん突かせ
ている。それが効をそうしているかどうかは解らないが、白熊がカナダ選手権を取っ
た時、決勝の最後の決まり手が突きだった。アレクスが世界大会出場を決めた技も突
きだった。
確かに突きと言う技は、使い方により感情がモロに出安い、だからこそ、感情を抑
え、冷静に間合いに入り、冷静に突かねば成らない。それが、メンタルコントロール
に繋がり、不動心、平常心の剣道修行に繋がるからだ。
又、突かれる方も、其の恐怖心から逃げ出さないで、泰然自若とした姿勢態度を貫か
ねば成らない。
恐怖心に煽られて、崩れては負けなのだ。崩れていては平常心も不動心も有った物で
はない。
勿論、突れれた熊も冷静さを無くして突き返した訳だから、まだまだ未熟を露呈させ
ている訳だが、遣らなければ、絶対に理解できない、突きからの恐怖心の克服。
こんな小さな技のやり取り、心のやりとりにも剣道修行の、目的があるように思え
る、艱難へ立ち向かう姿勢。
恐怖心から逃げ出さない崩されない強靭な心。そして、突かれた事の痛みで解る、相
手の痛み、相手も生身の人間、突かれれば痛い。特に防具外れは痛い。それらを通し
て、少しずつ少しずつ、理解度が増すにつれて人間形成に役立つのでは無かろうか。
06/10/11
子供の指導していて、感ずる事だが、不器用な子供と、器用な子供が居て、飲み込み
の早い子、そうでない子供が居る。飲み込みの早い子は見る見る上達していくが、有
る程度伸びると伸びが遅くなる。
ところが、不器用な子は、ある時、大化けする瞬間がある。突然ひらめいた様に、ぐ
んと良くなることが有る。
ヤスはどちらかといえば、不器用な部類に入る子供だ。だが、負けず嫌いのところが
あり、身体を掛ける事を厭わない。ヤスも、ユウノスケの場合もそうなのだが、熊の
指導は殆ど彼等に、切り返し、打ち込み、掛かり稽古を中心にしか指導をしない。
彼等はそれを自分から黙々とこなす。誰も、遣れとは命令も強制もしないが、他の者
が地稽古している傍らで、二人で切り返しを黙々とこなしている。ユウノスケは技と
技の間の油断を無くさせる為に、地稽古も含めて稽古をさせるが、ヤスは私のところ
に来る時は殆ど掛かり稽古で終始する。
其のヤス、最近彼の動きが変わってきた。つまり大化した。切り返しの動作が非常に
綺麗に流れるように成り、打突の手足が揃ってきた。この動きが見えてきたら、そ
ろそろ、技の練習に移行させても大丈夫だ。そして、地稽古、相手とのやり取りも
徐々に教えていく。
最近、稽古日の関係で他道場から、移籍してきた、中年剣士が居る。その人が、子供
だと思い、ヤスを相手に
稽古をした。ヤスは駆け引きも、間合いのやり取りもわからない。ただ只管に、打ち
込んでいく。移籍して来た中年剣士は、手も足もでない。余程ショックを受けたの
か、彼は途中で彼は面を脱いで帰っていってしまった。
ヤスはまだ入門して、一年半、15歳に成ったばかりだ。不器用な子供が、努力を続け
る事で、器用な子供の上を行く剣士に育つのを沢山見てきた。
昔の先生方が言われた、剣道は不器用な方が育つと、器用は大成せずと言う事だろう
か。だから、昔の武専も国士舘も、地方で何段を持って入ってきた生徒にも一律に打
ち込み掛かり稽古を数年貸せたと聞く。警視庁でも武専の生徒は基本を練り直す。
それを、真似ているわけではないが、若い身体を掛けられる時に身体で覚えさせる、
基礎を叩き込まなければ成らないと考えて、実行させている。
ヤスにはマダ、試合でビュウはさせない。11月に有る1級審査が、彼に取り始めての
対外道場の対戦に成る。
級も段も慌てさせる事は無い、実力さえ養っておけば、段は付いてくる。恐らく試合
結果もついて来ることだろう。熊は、其の地力、本当の実力を付けてやるのが指導だ
と考えている。
06/10/05
長い間、自宅のパソコンが何故だかインタネットに繋がらない状態が続いた。
此処バンクバーでは時々そんなことが起きる。電話会社が唯一つで独占企業の状態が、そ
れに、拍車を掛けているのかもしれないが、回線が混み出すと、それが起きるらしい。
住民ものんびりしていて、あまりクレームをいわないのか、回線を増やす作業より、利用者の
増加が激しいのか、とにかく、使えたものが使えなくなると、不便を感じてしまう。
何しろバンクーバー周辺の人口増加率は、此処二十年間で50万人増えて200万人を超えた。
カナダ全体で人口3300万人日本の国土の20倍の土地に散らばって住んでいるわけだから、
一都市の増加率としては、急激に増加していることが分かる。とにかく世界一すみやすい都
市として格付けされているのだから、仕方が無いと言えばいいのか、自由の国だから、誰で
もが移住して住める事は素晴らしいことには違いない。
特にアジア系の人間が増えて、バンクバーの1/3は東洋系の住人で占領されている。
イギリス系の伝統を誇る、ブリテイッシュコロンビア州の最大都市が1/3が東洋系と言うのも
皮肉なものだが、香港がイギリスの植民地として長い歴史に終止符を打ち、その時に移住
を加速させたのだから、自業自得と言えない事も無い。
さて、熊如きが社会問題に触れてもしょうがない。大体それを語るほど教養が有る訳ではな
い。とにかく、一時的にでは有るが、パソコンが使えるので書き込みをした。
最近手元に届いた、剣道日本、面打ちについての特集が組まれていた。其処での記事で以
前から熊が非常に気になっていたことに触れられて書かれていた。現場日本での指導者も
気付いていながら、最早手の打ち様が無い程、剣道が崩れだし事をを垣間見た気がした。
かの有名選手を沢山輩出している、PL学園の指導者の川上氏が中学生に抱えている悩み
や、危惧である。試合試合で戦々恐々と戦ってきた中学生が、姿勢を崩してでも有効打突を
奪おうとするあまり、正しい基本が身に付かないという事を嘆いておられる。
高校で、生徒を教える立場に有る川上先生にして見れば、忸怩たる思いであろう。
正しい基本が身に付かない生徒が将来伸びることは先ず考えられない。一度捻じ曲がった
盆栽は、大地に再度根を下ろしても真っ直ぐな大木には育たないのだ。それが分かるだけに、
偉大な指導者、川上氏は、それを痛いほど経験しているに違いない。
子供の内に勝つ事の目的に、相手を騙し、姿勢を崩し、卑怯な戦い方を身に着けて、将来
偉大な剣道家が育つわけが無い。三つ子の魂100までもと言う諺が有る。剣道の理念を掲げ
られた小川忠太郎先生が、子供は13歳頃までに、正しい人間としての心を身に着けさせなけ
れば、物には成らないと、喝破された。その一番大事な頃に、騙し合や誤魔化し合いで育つ。
その環境、同じ環境の中で皆が同じ方向を向いていれば、その悪影響にも気付かないのか
末恐ろしいと危惧するのは平和ボケしたような、カナダに住んでいるからだろうか。勝つ為に
は悪を平気で遣らせる、その悪を許さず、させないのが剣道教育だと思っているのだが・・・・
インタネが一日二日繋がらなくても、我慢が出来る。年三回の試合だけでも十分に剣道が
出来る。そこで育つ子供の方が、自ら苦しい稽古に励み、厳しい稽古にも自分から取り組む。
本当に剣道が好きなのだから世の中面白い。
06/09/16
今年の夏は長い長い夏だった。六月に入り殆ど降雨量が無いと言う異常現象で、九月
半ばにきてやっと急激に気温が下がり始め、曇りの日が続いている。だがまだ本格的
な雨には至らない。ぱらつく程度の小雨が時々道をぬらす。
今年はマツタケが沢山出るような気がする、暑い夏が続いたからだ。今降る雨がマツ
タケを育てるのだと聞く。
又今年が4年に一度起きる、鮭が大量に川を遡る年に当たる。それを見るための特別
に組まれた観光があるくらいだ。
昨日、久しぶりに公園を歩いた。雨上がりの公園は、草木の匂いが一段と強い香を放
つ。
寒さが急に訪れた為か、道端に餌を求めてリスが沢山出てきて、餌をねだる。彼等は
自然を肌で感じて冬篭りの準備に入るのだろうが、ここの公園では人が餌付けをして
いるので、リスが丸々と太っている。
水辺に居る鴨も、カナダグースもカモメも、人を見ても逃げない。どうかすれば鴨が
人間の後から付いてくる。餌が貰えると期待しているのだ。街中にある公園で、自然
の中に暮らす動物達も人間の力に頼って生きていく。
これが良いのか、悪いのか、人間も野生動物も順応性があるので、何とも言えない。
都会のカラスが其の典型だ。ゴミ箱を荒らすカラスは完全に都会に順応していると言
わざるを得ない。
ただここは東京と異なり、DTの街中にはカラスは見ない。スカンクとアライグマは
見たことがあるが、カラスはそれほど見かけない。まだ自然環境の中で餌が十分に取
れるからだろうか。
さて剣道だが、剣道も其の環境により、子供達の取り組む姿勢が変わってくる。先日
来、血圧を低くする為に、稽古を一日増やした。他道場に出稽古に出かけている。単
に汗を掻くだけの為なのだが、同じ一時間での元立ちでも、汗を掻く量が全然違う。
養心館では、1時間で稽古着が絞れば水が出るくらいに稽古着が濡れる。
だが、先週行った道場でも、昨日でかけた道場でも、自分からどんどん攻めて出ては
いるのだがそれ程汗は出ない。何故か不完全燃焼で稽古が終わる。其の違いは何か、
養心館では、稽古を続けている若者が多い。
他道場では、その数が少ない。皆かなり使えるようになると止めていく。殆どが初心
者でいい所初、ニ段クラス
の生徒達だからだ。
それと一つ大きな違いはやはり攻めがあるか無いかの違いだ。ただ打ち込んでくるだ
けでは、緊張感が違う
攻めがある剣道では此方も気が抜けない。だから緊張感を持続させて立ち会わなけれ
ば成らない。当然結果として汗の量が違ってくると言う事だ。
野生動物では無いが、やはり剣道も環境が大事なのだと感じた。ぬるま湯の中での稽
古と、灼熱の中での稽古、どちらを求めて行くかは其の本人次第だが、どうせ遣るの
であれば、身も心も削ぎ落とせるくらいに、稽古が出来ればと感じている。
06/09/09
秋、日が短くなり、街路樹は紅葉し始めた。
最近熊の手元に剣道日本が届いた、親爺の元気な姿が見れた。後進のために今残さな
ければ成らない話を沢山紹介されていた。何よりも元気で仕事をしていてくれる事に
感謝したい。
昔々の話だが、ある先生が、カナダに来た時に、剣道にプロは居ないと言われた事が
ある。
其の話を親爺にしたら、「それは彼が自覚が足らないからだ、私は剣道の専門家だし
プロだと自覚している」と言われた。
剣道日本の記事を読みながら、成るほどと思った。昔親爺から聞いていた色々な話も
重複しながら、思い出していた。今回記事にはならなかったが、こんな話も有った。
これは、熊が今、親爺の次に信奉している、SH範士と親爺との某講習会でささやか
れた会話である。
S「羽賀先生、最近の剣道家は昔のように強い人が出なく成った。そう思いません
か?」
(それはそうでしょう、現在は試合試合で、勝つ事だけを教えている。其の為に小手
先は器用に上手くはなっているかも知れんが、剣道の本質を学んでいない、だから強
い剣道家が出るはずが無い)
S「昔私が若い頃、お兄様の羽賀準一先生にお稽古をお願いした事が在り、私がこの
大きな体で体当たりして行ったのですが、こけたのは私で、稽古でも殺されるかと思
うほどの厳しい物でした。強い先生で前に立つのに恐怖感有りました。精魂が尽き果
てるまでやらされた、」
(まあ、兄貴は乱暴な稽古で人からも嫌われもしたが、今と違い、命がけの稽古で積
み上げた物が現在とは比較にならないだろうからね。昔の先生方は草葉の陰で現在の
剣道を如何思われるか・・・・)
「最近は剣道が完全にスポーツ化して、子供の頃から当てっこばかり教えていて、ス
ピード重視で、理合いも何もあった物ではない。逸れに、最近は女性が剣道をするよ
うになり、尚更剣道が軟弱に成った。」
(マア、時代だから、女性の進出は仕方が無いとしても、それで、打つのも、怪我の
させないように、あざの出来ないように、そっと、打たなくてはいけませんからね。
昔のように、突きの稽古には、突き垂れを外して稽古など出来ません)
「だから、刺し面や当てっこになってしまった。我々が口をすっぱくして、言ってで
も、もう歯止めが利かない、剣道はこの先如何成っていくのやら」
(彼方もそうだが、私は、海外で剣道を指導することも多い、で感じる事は、彼等の
熱心さ、厳しい稽古に耐えられる体力。気力。今はまだ、海外で剣道をやる人間の殆
どが中年稽古だから、体の動きもイマイチだが、其のうちに彼等の子供や其の友人達
が始めるようになれば、体力的に勝り、気力にも勝る彼等に何時かは追い越されてし
まう時代が来るでしょうね)
「そうでしょうね。本当の日本伝剣道を残したいと考えるのであれば、今、方向転換
をやらないと、間に合わなくなる。剣道を良くしようと、試合規則を直し、手を入れ
ても、次から次、其の規則の網目を縫う様に、悪い駆け引きが出てくる。まるでいた
ちごっこ。最早剣道を何の目的で遣るのかが、見失われてしまっていますね」
(昔は選手宣誓にも、正々堂々と戦う事を誓います、と言う言葉が言われていたが、
最近は聞かないからね。
如何にごまかして、騙して、勝つか、それに戦々恐々としている。だから、大学生の
試合に引き分けの多いこと多いこと、初めが掛かれば、三所避けで鍔迫り合いから試
合が始まる。笑。)
「それでも勝ちは勝ちとして、認めるから、剣道が段々可笑しくなる。最早剣道はス
ポーツで武道ではないですね。」
(残念だがそうだろうね、逆に海外から、本物の剣道が逆輸入される時代が来るかも
知れない。)
「そうですね、世界大会でも日本が負ける日もそう遠くは無いでしょうね」
この話は、今から約10年くらい前に、ささやかれた話です。それが現実化してきてい
る。日本伝剣道が崩壊寸前、いやもう消え去ってしまったかも知れない。
06/09/01
一月ぶりにつぶやく。剣客と、留学予定者が帰国した後、たまりに溜まっていた仕事
と、折良く新しいプロジェクトが本格的に動き出し、新着もつぶやきも、書けないで
いた。
本来、剣客シーリーズはもっと書きたい事も、書かねばならないことも沢山あったの
だが、神経を尖らせて読んでいる人々が居るらしいので、書かない事にした。「知る
は一時の恥、知らぬはい一生の恥」という格言があるが、別に恨まれるだけの事な
ら、書かずに居たほうが賢明と判断したからだ。正直すぎると人を傷つけるらしい。
マア、そんな事情も手助けして、書く気分がそがれていた。しかし、ここを覘く方々
は、剣客関係だけではない。
剣道を心から愛し、剣道を真剣に学ぼうとする方々が、連絡してきた。「如何したの
かと?」別に、特別の事情が有るわけではないので、ここらで、重い腰を上げなけれ
ば成らない。
さて、養心館、親爺にねだっていた、面したの、手ぬぐいが出来上がってきた。親爺
が、「精魂込めて書いた」と言うだけ有って、素晴らしい出来栄えだ。今まで多くの
親爺の書を見てきたが、恐らくこれは最高の部類に入る物だと思う。
これを書くに当たって、親爺はいくつかの言葉を用意して、熊に問い合わせてきた。
其の中から、熊は「花不忘」の言葉を選んで、頼んでおいた、本年京都大会の後、五
月のことである。意味合いは、花は普通枯れる、それを枯れさせない、永遠の花を咲
かせ続ける努力が、剣道の修行なのだと聞いたからだ。
昨今の試合、一時は勝って有名になり、後でどこかに消えてしまった人がどれだけ多
いか。花は枯れる。だが、稽古で培った本物の力は死ぬまで枯れないで咲き続ける。
其の背景が解るだけに、好きな言葉の一つとして心に残っていたからだ。
処が、中々待っても連絡が無い、其のうち、親爺の地元の直弟子の先生から、メール
をもらった。何か不都合が在ったのかと、心配してきた。親爺が何か深刻に悩んでい
るのだと聞いたので、早速電話を入れた。
それは何のことは無い、親爺が書きたい言葉が他に出てきたらしい。不思議と言えば
不思議、今まで養心館の手ぬぐいは一度も作られた事が無い。親爺も他人に頼まれた
り、何かの記念には良く書いてきたらしい。
で、思い当たると、自分の道場の為の書は道場の看板以外書いたことが無い。そこで、
これは一生を掛けた集大成としての書を残したいと考えたらしい。
そこで、言葉を選び、将来に残すべく覚悟を決めて、書く決心をされたようだ、其処
には千葉周作が良く教えに使った言葉が有った。それを書き残したいと、悩まれてい
た。熊は、勿論異存が有るわけでなく、先生が書きたい言葉を、お書きくださいと、
お願いをした。
そして、荷物が、八月の中旬にやっと送られてきた。中を開けて驚いた、今まで見た
ことも無い書体で、「剣は瞬息心気力一致」と墨痕鮮やかに書かれていた。
字が躍動して活きているようだ。即、感謝の電話を入れた。
そしたら、一言「今回は精魂込めて書いた」と言われた。だろう事は、容易に想像が
付いた。書体の力が違う。そして、直筆の説明書きと、それを活字体で印刷された物
がビニールの袋の中に手ぬぐいと入っていた。
後日、請求書と共に、「良く生きた 残りの人生、ロスタイム、清く楽しく、日々を
送らん」等と、まるで辞世の句とも思える手紙が入っていたので、代金を送金した連
絡とあわせて、親爺に発破を掛けた。「まだまだ、後進を導くための仕事がある、の
んびり何かしてられんぞ、剣道の歌、200首まで書き残せ」と、弁えもせず、親爺を
叱ってやった。
そしたら、帰ってきた言葉が良い。「アア、今、書き足しているところだ」との事。
そして、あの手ぬぐい、自分も気に入ったので、自分の手元に80本、逸れに又
100本追加したのだと言う事だ。何処に送るのか、誰に贈呈するのかは、知らない
が、為 養心館と書かれている手ぬぐいは、この他には無い。
89歳の現在、腰の曲がりはいかんともしがたいが、体の調子も良いらしい。精精長
生きして欲しいと願う。
06/08/05
酸素不足症候群。又の名を、酸欠症候群的剣道。これは熊の造語だ。
コレを感ずるようになって久しい。恐らく15年くらいでは無かろうか。
以前、20年位前に成るが、中○大学剣道部主将が、卒業後アメリカ、シアトルに留学
して居た事がある。
彼と稽古して感じたのが始めである。其の頃はそれが何処から来る物なのか。一体
何故そのような稽古になるのかが、解らないでいた。単なる彼の剣風なのだと思って
いた。
その後。沢山の日本の大学、高校の剣道部、関東学連の生徒や、特にインターハイ
や、インカレなどに出ていたような、実力選手に其の傾向が顕著にでている事に気が
付き、其の原因を考えるようになった。
其の兆候というのは、稽古中、彼らが打突動作に出てくる時は、物凄いパワー集中力
攻撃力を感じるのだが、打突直後の、本当の意味での残心や構えているときの集中力
というか、気の張りに、物凄いギャップが有るのだ。
打ってくる時はいいが、守勢に回りだしたら非常にもろい、それが何処から来る物な
のか色々考えをめぐらして、得た結論が、日本の掛かり稽古や、延々とヤル、無駄
な激しすぎる、稽古に原因があるのでは無いだろうかという疑問に駆られた。
其の顕著な例が、あの諸悪の根源のように言われている、三所避けに表れている気が
してならない。
昔はあのような動作は出ていなかった。いや20年前は無かった動作である。その事に
ついては後で繋がりを説明するが、熊の考察を述べてみる。
剣道では確かに激しい掛かり稽古や、打ち込み、は大切な練習方法であることは、剣
道歴史の中からでも大いに、上達効果が望める稽古方として、重要視されてきた。熊
自信も其の効果大なる事は認めて自らの稽古にも取り入れている。
問題は其の遣り方に原因が在るのではと疑うように成ったのは、ここ14〜5年の事で
ある。激しい掛かり稽古やると当然呼吸が荒くなる。これは激しい運動により、体内
に廻る血液中の酸素が不足するために、その補給を体が自動的に行おうとするから、
呼吸の回数が早くなるのだ。
処が、それを延々とやる事により、脳内に達する血液中の酸素も不足してくる為に、
脳内での思考能力が衰えて、集中力が落ちてくる、それが繰り返し繰り返し、行われ
る事により、脳細胞が、条件反射をプログラムして掛待一致の。掛かる時と、対峙時
の気の集中力に、各断層を作り上げてしまうのだと考える。
掛かり稽古の最初は体内酸素が十分にあるので、集中力、攻撃力もある。が、その
攻撃が一旦中断すると、体が、新たな酸素補給にまで時間がかかり、その間
集中力と
攻撃力が、落ちる事になるのではなかろうか、だから、ちょうどその状態の
時に相手
が仕掛けてきたら、三所避けに逃げてしまう。繰り返し行われたことによる、
脳内に出来た、
条件反射が体に命令をしてしまうのでは無かろうか。
本来本当の気の充実と、集中力が有れば、相手が出て来たときが相手を捕らえる最大の
機会になるはづである。出鼻、出頭も打てるはづだし、応じ、返しも出来るはづである。
三所避けに逃げなくても良いはづである。
掛かり稽古の間違った稽古法が、気の集中力の格差を生んだ気がしてならない。
掛かり稽古は激しく短く、又息を整えて、又短く激しく行いそれを繰り返せば良い。
ただ、根性、根性と無駄に思考能力が落ちるような掛かり稽古は百害有りて、一利なし。
今はそう考えて居る。昔小川忠太郎先生が言われた、「根性とは、仏法の言うところの一番位の
低い精神状態である。根性を鍛える等という、愚かな事は考えぬ方が良い」と言われた。
「それよりも楽しい、無邪気に遊ぶ赤子の如く、極端に言えば、真剣勝負を楽しんで、出切る奴が
一番に強いのだ。」と言われた言葉が耳に残っている。
06/07/24
暑い、ここに来て気温が狂ったように上昇している。熊がカナダに移住して以来、バ
ンクーバーで経験した温度では多分新記録だと思う。38度。蒸し暑くないので救われ
るが、東と南に面した熊の住居では、朝日からガンガンと照射が始まり、壁一杯にあ
る大きな窓から太陽光線が遠慮なく降り注ぐ。
北国なので、窓の開閉部分が小さく作られていて、風が全然入らない上に、おまけに
外も無風状態。
おまけに部屋には、エアコン等と言った気の利いたものも無い。事実今までそんなも
のの必要に迫られる事が無かった。だが夜になっても、一向に部屋に溜まった熱気温
は何処にも出て行かないのだ。
今、日本では各地で豪雨の被害が報告されている。地球上に何か異変が起きていると
感じるのは熊の感覚がが野生だからだろうか。地球温暖化が叫ばれて久しいのだが、
京都議定書に反対をしているアメリカ、そして経済発展国途上国が自分達の金儲けと
引き換えに、この掛け替えの無い地球を崩壊へと導いている。
そして、又この暑さに耐えかねる温暖化阻止賛成の国々の人々が、エアコンを回しだ
せば其の分地球の温度を上昇させていくのだ、まるでいたちごっこだが、仮に誰か
が、我慢をして、逸れに耐えたとして、果たしてどれだけの効果が期待できるのか疑
問だが、一人一人が真剣に取り組まなければ、近い将来必ず地球は崩壊する。
人間は便利さと、快適さと引き換えに一番掛買いの無い代償を払わされている事に気
づかない。哀れで、愚かなものだと思う。店に何時も来る30代後半のご婦人が居る、
彼女は絶対にゴミになるビニール袋を嫌い、自分の手提げかごを持参で来る。その人
の表情が取ってもステキだ。やはり人間性が表情に表れているのだと思う。
たしか熊の子供の頃は買い物籠を持って買出しに行ったものだ。魚屋では古新聞に魚
を包み、八百屋ではそのまま篭に果物を入れてきた。経済の発達が、人間を鈍らにし
て、ビニール袋で買い物をするのが当たり前に成ってしまった。そしてこのビニール
をゴミ廃棄で燃やすとすれば莫大な費用、燃料が掛かる。イヤハヤ。
今日、少しの時間を見つけて、木陰で本を読んだ。普通は、木陰は肌寒く感じるのだ
が、今日は肌寒さは感じない。27年前万年雪を湛えていた、ライオンズ山は夏場に白
い岩肌見せる様になってしまい風情が消えた。
この温暖化で傷ついた地球は、もう後戻りができないのだろうか。
06/07/19
7月18日朝、バンクーバー港に日本丸が入港した。 帆船の優雅な船影を岸壁に接岸し、
船長に花束が贈呈された。五歳の熊孫が其の大役を果たした。 晴れ渡った青空に、
高くそびえるマストに朝日が反射して、白い船体が輝いて見える。
朝の一番忙しい時間帯を、仕事を抜けて、見に行った。(爺バカダね)この朝、
素晴 らしい感動に 包まれて一日が始まった。 夕方からは、船上パーテイーが開かれ、
熊も其の招待客の一人として、招かれていた。 と言うのは、航海実習生との
剣道交流と言う行事があり、其の打ち合わせも兼ねての招待である。
ここには日本国領事や地元の名士、が沢山招待されている。それで、実習生の中には
有段者もいると言う事で、話し合いに入ろうとした瞬間に、熊の携帯が鳴った。
事の顛末は熊の心が汚れるから、書かない。結局稽古会は出来なくなった。
それを楽しみにしていた連中も居るので、「恐れをなして道場破りを棄権した」
とでも言うしか無かろう。苦笑
さて、今日は心と題して、書いてみたい。これはあくまで熊が信奉する方の教えなの
で、受け売りである。
人間の心は其の時々の環境に影響され易い。汚いところに住めば心も汚くなる。綺麗
なところに住めば、心も綺麗になる。そのことを考えれば、自分の周りに自分の心を
毒する要素が無いか、気を配る必要がある。
それと、自分の心は意外と自分の思う様にはならない。だから、昔の禅の坊様が、
「心こそ、心迷わす、心なり、心に心、心許すな」と言っている。
だから、自分の周りの環境に熊の心を毒する、害悪を近づけない努力をして来た。
ところが最近、養心館のサイトを作り、人との交流が増えてきた。交流が増えれば、
当然違った物の考え方にも出会う。それはそれで、いい勉強になるから、結構な事だ
と考えている。
ところが、どうかすると、くどき、嘆き、人の非難、と言うか悪口に出くわす事が良
くある。それを読んだ瞬間、自分の心を汚されている事に、ハット気づく事がある。
熊の其の信奉する方は、そんな時、自己暗示と呼吸法で、乱れた心を正常に取り戻せ
と説いて居られる。
それと、心が乱れるから、ストレスが溜まるのだと、ストレスが、病魔を運ぶ最大の
トラックなのだそうだ。で、自分の周りのサイトに熊の心を汚す要因のある文面に
は、書き込みをしない事にした。書き込むことにより、其の文面が余波になり心の中
に生き続けるからである。
人の悪口を口にすれば、其の分血液が酸化して行く。嘆き悲しめば、血は黒くなるの
だそうだ。
腹を立てると、血液中の毒素が増えて血が苦くなるのだそうである。要するの猛毒を
作りだして居ると言うことだろうと思う。だから、自分の心を正常に清浄に保つ為
に、苛立ちの中には参加(酸化)しない事に決めた。
人のサイトは読む、眼を通す。勉強になることが在るからだ。だが、心を汚す文が目
に入れば自分の心の中から其の文字列をすぐ消し去る事にした。一度傷付いた心は、
中々回復しない。
だから心は汚さないように、汚されないように勤めなければならない。
06/07/12
最近、嬉しい報告が舞い込んでくる。日本に(警視庁に)武者修行に出したユウノス
ケの母、千里さんからである。警視庁も、全国警察官大会の期間中で、本部道場が
てんてこ舞いで、ユウノスケは自宅の近くの浅草署で稽古をするようになった。マ
ア、表看板、剣道は初段なので、まさか、本部の稽古は無理との、親心で、○川先生が、
浅草署を進めてくれたのだと、思うのだが彼は熱心に稽古に通ったらしい。其の顛末が
送られてくる。
千里さんには断りを入れてないが、ここに来る館員にユウノスケが元気で稽古をし
ている報告として、彼女のメールを記載する事にする。
@ 「そちらの皆様 如何お過ごしでしょうか?
今日 ユウノスケと 新木場で行われた警視庁剣道大会の応援に行ってまいりまし
た。今日から3日間にわたり 200チーム以上が参加する大きな大会です。
ユウノスケがお世話になった浅草署は一回戦で深川署とあたり 敗けてしまいまし
た。大会が終わると稽古量が少なくなるとのことでしたので、
それで このまま稽古が出来ないのでは困ると思い、今日の大会後に西川先生にご挨
拶がてら 今後の事を率直に伺いました。 其の時ちょうど 自転車に乗った梯先生
が出ていらしたので、 西川先生が我々を引き合わせてくださいました。
梯先生が「朝岡先生とは昔から親しい仲だから 任せなさい。」と 言ってください
ましたし、 西川先生が 「彼はまだ初段ですが3段の力があるそうですから・・
・。」と 付け加えてくださいました。
工藤先生が ユウノスケの剣道を見て 西川先生に どの程度の実力があるかを お
話くださったのです。
結局20日から 新木場の稽古に出ても良い お許しを頂きました。( 14日まで
は 今回の署の大会があり 其の後 18日19日は代表選手の方々の試合があるよ
うですので、 20日からになるそうです。)
20日からですと 残り15日間だけになってしまいますが なんとか その3週間
の稽古を 一生懸命がんばりたいとユウノスケは言っておりますし、 やっと 新木
場の稽古に参加させてもらえるんだねと ワクワクしています。
取り合えず、20日までは 一人でも 浅草署の朝稽古に 行くと言っております。
また 今後の様子など お知らせいたします。
養心館の皆様に くれぐれも よろしく お伝えくださいませ。
ちさと」
A「朝岡先生
メールを ありがとうございます。
新木場での稽古は 浅草署のそれとは かなり違うものだろうとは覚悟をしておりま
すが、それでも どこまで厳しいものなのかは 計り知れないので、 楽しみなよう
な 不安なような・・・。
ただ 本人は あのような性格なので 多少の不安だけで あとは ワクワク楽しみ
だと申します。 多分 ユウノスケには 全てが初めてで 何処までが普通で 何処
までが特に厳しいものという概念がないのだと思います。 知らないという事はあの
子にとって武器だと思いました。
浅草署の稽古も (もちろん 新木場とは違うと思いますが) 「きついけど でも
すごく 楽しい。」と 真っ赤に茹でダコ状態で帰宅してぼ〜〜としながらも い
つも 言っておりました。
このような経験をさせていただける自分がとても ラッキーだと自覚していますし、
何よりも 「朝岡先生から自分は指導を受けているんだ。」という 強い自負が彼を
支えております。
先生が 「潰れた時は 潰れた時。 それだけの実力だったと諦めなさい。 そんな
ことじゃあ、 世界は狙えない。」と おっしゃった言葉。 まさに 其の通りだと
思っておりますので、 彼が 何処まで出来るか やり通せるか 未知ですが 素直
に この環境を 愉しませていただこうと 私は 思っております。
ユウノスケは いつも 言います。 「朝岡先生 すごいよ。みんなが 驚いてくれ
るのも (初段の剣道ではないと) 先生から 教わっているからだよねと。
20日以降の報告を お待ちください。
ありがとうございます。
千里 」
生徒が真剣に付いて来る、だからこちらも真剣の面倒を見る。それが信頼の構築となり、真の師弟関係が生まれる。
嬉しい話ではありませんか。
06/07/07
7月7日、日本では七夕だが、何でこの雨の多い梅雨明けやらぬ、7月7日なのか、子供の頃から7月7日に晴れた日が何日あったか。
まあ、旧暦の時代に決めたことだろうから、旧暦ではよい天気の良い時節なのかも知れないが、現代暦では、
織姫も牽牛も一年に一度の逢瀬もママならないと言う事か。
大昔、何等連絡網がない時代。織姫と牽牛の恋は、一年一度だけの、のんびりした時間経過の中で育まれた
それが何と無く、ほのぼのとした、優しさのあふれる素晴らしい、恋物語に成っているような気がする。
今なら、携帯でもインタネでも在るから、単身赴任的な牽牛は、毎日恋を語り、
其の 素晴らしい優しい恋物語には、発展しえないと思うのは熊だけの妄想か?
現代、情報があふれすぎるくらいあふれ出し、其の情報も正悪混同で伝えられる。
そして通信情報の伝達技術は驚異的に発達して、逆に不便?に成った。何故?
携帯電話なるものが、情報伝達手段として、人間のある一面便利にしたとは思うが、其の反面、
逆に、ストレスを生む結果にも繋がっている。何でも無い時、通じる物が、いざ通じない事態が起きた時、
其の通じない現象が、人間の心に不安と言う形で押し迫ってくる。
昔、田舎から、子供を大学や就職で都会に出す時、親は、どんな思い出子供を送り出したのであろうか。
かなり、腹の出来た親達では無かったのか。わが子に自信と敬愛の念が溢れていたのだと思う。
そして、親も、子も、便りの無いのは元気な証拠と。安穏としていた物だ。手紙を認めても、
手元に届くまで1週間は掛かった。それでも人間何らわが子の心配はしないでいたに違いない。
それが今は携帯ですぐ繋がる。しかし、それが繋がらない時、親は急に不安に刈られてしまう。
何か在ったのではと、、便りの無いのは元気な証拠とは行かなくなってしまっている。愚かなことだが、不便。
時代が、段々人間にストレスを与えて、便利さと裏腹に不便さを蔓延させている。おかしな事だと思う。
熊は、昔人間なのか、野生動物としては当然至極で、カナダと言う地で、最近はのんびりと暮らしている。
そう言う眼で見ていると、情報に追い回され、不安を掻き煽られ、疑心暗鬼の中で暮らさねば成らない人々は、逆に不幸に見えてくる。
06/07/01
6月30日金曜日、バンクーバーのジャズフェスも毎日快晴に恵まれ、佳境に入った。
今、丁度店の方もバアベキュー商品売り出し中、天候のお陰で、大忙し、嬉しい悲鳴を上げている。
今夜は、コンボ(少人数編成)のスイングジャズを聴きに出かける。偶然手に入れた、招待状がある。
プレーヤーは、花岡詠二クインテット、ドラマーは何と熊の後輩富山の高岡出身。若手売り出し中の竹内武。
音は聞いて見なければ解らないが、楽しい時間を持てることだけが間違いないだろう。
場所は何と、日本語学校ホール。養心館が日頃稽古をさせて頂いている道場。其の関係で招待券が来た。
道場は、通常多目的に使われているので、皆が土足で出入りする。そのために、我々は稽古前、
道場を雑巾がけして清掃をするのだが、稽古を終えて足の裏を見ると、真っ黒毛に成っている。
名人は足の裏が汚れない。と聞いていたので、熊は名人には程遠いという事だと、変なところで認識した。
(認識しなくても当たり前)ただ、海外で剣道をするということはそれだけ苦労がつき物と言う事だ。
ただ、コレも考えようでは、剣道の古いしきたりを残す事にもなる。
熊たちが子供の頃は道場は雑巾掛けしてから稽古をした。
心を磨く道場はピカピカにしておかなければならないと、先生に諭された。
今は何処の道場でもモップ掛けで掃除をしているのでは無かろうか。勿論、養心館でも、モップがけで、
ゴミを集めて取り、其の上で雑巾がけをしている。子供達は、眼をきょろきょろさせて驚く。
入門一日目が掃除から始まるからだ。家でも学校でも雑巾掛け掃除などしたことが無いだろう。
靴を揃え、道場に礼をして入り、掃除をする。それから初めて竹刀を手にする。意外とおろそかのされている、
事が、カナダで出来る事は逆に嬉しいことなのだ。外国では無い、紐を結ぶ文化や心を磨く為に道場を掃除する。
外人?達も何故か納得して雑巾がけをする。彼らは、トレーニングくらいにしか思っていないかも知れない。
それはそれで良いのだ。何も無理やり、こじつけの、理由などつけなくても良い。目的が遂行されていれば良いとしよう。
それくらい鷹揚に構えていないと海外での剣道普及は難しいのかも知れない。
06/06/26
又。悲しい話を眼にした。剣道二段の高校生が、継母と幼い兄弟を家に火をつけて殺害した。
エリートの父、エリートの義母、勉強勉強が、引き金に成ったようだ。
今の日本なんでこんなに子育てが下手に成ったのか?16歳で、剣道二段なら、かな
りの稽古をして来たはずだ。其の子の通っていた道場では何を指導されてきていたの
か、親は何を教育してきたのか、疑問を持たざるを得ない。
子供との対話ではなく、恐らく、一方的に叱責だけの、教育方針が摩擦を生み、子供
の心に救いがたい、不安と、不満がが満ち溢れた結果、こうなったと考えざるを得な
い。是も一種の燃えつきなのだ。
もって行き場の無い心、ただ無意味に強制的にやらされる、勉強、剣道、其の子供に
は其処から何等価値を見出せない、重圧に耐えかねて、プツリと心の糸が切れてしまった。
熊は以前から、日本の剣道会、子育て、教育に警報を鳴らしてきた。
勿論、熊がこんなところで、どれだけ吼えたところで、如何にでも成る物ではないのだが・・・・・
熊は、1年だけ教育現場の裏を覗いた。代用教員で講師として、高校で剣道を教えた。
其の時に正直、こんな人達に自分の子供の教育を任せられないと、正直感じた。勿論
中には心の熱い先生も居た。だが、当時、日教組から出る指示や方針、眼を覆いたく
なるような、ことばかりだった。
自慢ではないが、高々、1年間の講師であったが、剣道無名高校を県下で優勝にまで引き上げた。
生徒と共に学び、汗を掻き、共に泣いて、共に笑った。そして、お前達は良くやった、
良いところは倍に褒め、叱る時は、言葉を選び諭した。
其の時の生徒の子供までが、今熊の家に居る。たった1年間の教育が其処までの信頼関係を生んでいる。
熊は自分の子供は10歳までは有無を言わさず、悪い事をした瞬間手を掛けた。悪いは、悪い。
理屈など無い。いい事は褒めた。是も理由など無い。いいものは良い。しかし、10歳を超えてから、
一度も叱責した事は無い。
10歳を超えた子供は、既に一個の人格者である。彼らの意思を尊重して、必ず話し合った。
そして考えさせた。今お前のやろうとしている事は、良いことか、悪いことか。人のために成るか。
そして正義感を育てる教育をした。
おかげさまで、反抗期は無かった。友達も、ガールフレンドも家に連れてきた。
そして出かけるときは何時も一緒に出かけた。ガールフレンドも一緒だった。
家の中には何も秘密がなくなっていた。最低限の信頼。親子関係で、築けないで、何が信頼か。
剣道を過信してはいけない。剣道は、何の力も無いのだ、力があるとすれば、道場の
先生が何を教えるか、何を伝え、何に燃えさせるのか、そして其の炎を如何に持続さ
せるか、それが一番大事な事なのだ。
剣道は単なるそれらを教える、手段でしかない。それを誤解してはいけないのだ。
06/06/16
先日から、少し激しい稽古をすると感じる息苦しさ、このために検査をした。心電図OK、
胸のレントゲンOK、おまけに血圧も下がり正常。
と、言う事は、従来通り、悪いのは、頭だけと言う結果になった。
で、先生曰く、多分大量に汗を掻いていたので体が、水分不足を起こしていた?可能性が強い。
汗を掻いて、ビールを飲んで,酒は、からだの水分を取る。そう説明受けても・・・・・・・
デモね、人生の三分の二以上は、そうやって来たし、
アルコールでない水分補給も確りしていた積りだし〜、
別に酒の量が増えたわけでもないし〜?・・・・・
絶対に、言いたかね〜けど(老けたか〜)でも、これって非常にクヤシ〜〜〜、絶対
に認めたくね〜〜〜 ましてや、野生を自認する、熊に取り、これは屈辱でしかない。
この心境や、おだやかじゃね〜ぞ。でもさ、日本では凄く感じた息苦しさ、カナダに
来たら正常に戻る。
これって、27年間の間に熊の体は知らぬ間にカナダ仕様に変化?
進化?鈍化?した訳だ、と言うより、日本の環境が、毒ガス?、排気ガス、タバコ公
害?日本全体の空気の酸素含有量が不足しているんだと思う。
熊はまるで、酸欠の金魚見たいに水面に鼻を上げてパクパク、を余儀なくされていた
訳だ。 来年の京都は、酸素ボンベ持参で行くか?酸素ボンベは爆発物扱いだから、
飛行機に乗る前、国際テロで逮捕されても困るしな。
と言う事は航空機には乗れない?では船で?そんな船旅で行ける悠長な時間も無い
し。 日本で調達でもするか?笑。背中に酸素ボンベ背負って、メン〜〜〜、ナンテ
できるかな?笑
若し来年、京都でボンベ背負って稽古やってる奴が居たら、それは熊です。「絶対に
在り得ません。」爆笑。
まあ、体が正常だったから、こんな軽口も叩いて居れるのだけど、体だけは大事に使
わないといけませんね。 頭のわるい、熊さんでも今回はしみじみと、
からだの大切さを噛み締めました。
06/06/10
お粗末な人間というのは何処にでも居るもんだ。其のお粗末を作るのは何か、殆どが我欲である。
要するに自分だけが良ければ良い。誰もが自分は可愛い、しかし、それを前面に出すと、人間メクラになる。
現在、世情を騒がせている、M ファンド、L ドアにしてからが、自分本位の利益のために、人心を裏切り、株を買占め、膨大な利益を上げた、しかし、其の顛末は何と哀れな事か。
人間の遣る事、大か小か違いは在れど、何処にでもある。イヤ、何処にでも居ると,言い換えた方が良い。
熊の過去を振り返り、自分にも思い当たる節が沢山ある。欲に駆られている時は、本物が見えない。
それで沢山の失敗もして来た。大きな火傷もして来た。人生どん底も味わった。お陰で、真理が見えてきた。
剣道界でよく使われる教えの中に、勝海舟の剣道の師で島田虎之助の言葉に素晴らしい極言がある。
「自ず剣を学ばんと欲する物は先ず、心より学ぶべし、心正しからざれば、剣又正しからず、心正しければ、剣又正し」
剣道を学ぶ物であれば、必ず一度や二度は目にした言葉であろう。
処が、このような、立派な教えを目にしても、中々出来ないのが人間の性、目の前の我欲にとらわれ先が見えない。で、大きな失敗に気づいた時はもはや手遅れ、取り返しがつかなくなっている。
イヤハヤ、人間とは哀れな者よ。人を利用するだけ、利用して、自分の間違いで、思うように回らなくなれば、平気で人を裏切る、こんな人間に、まともな世界がついてくるとは思わない。嘘は嘘。真実は真実だからだ。
いま、M ファンドがL ドアを利用して、株価を吊り上げ売り抜けたことが判明した。嘘は必ずばれるのである。其の時、その人を一番信頼していた人は、一体どのような気持ちになるか、耐震構造で問題になった奥さんは、自殺をしてしまった。
心を大事にする剣道界で、人を裏切り、師を裏切った者に、明るい未来は無い。必ず天罰が下るからだ。
06/06/06
今年の京都大会から、範士の先生方が嘆いて居られた事を含め、自分なりに気づいた事、感じた事,かなり辛口に書かせて頂いた。恐らく、これを読まれた方の中には、「あの野郎生意気な」とお感じになられた方も多い事と思う。
しかし、海外で剣道なる、日本の伝統無形文化を出来るだけ正しく継承して伝えて行く立場のものとして、
本家日本が、無様な剣道に成り果てて欲しくない、其の切なる願いから書いた物であり、剣道を心底愛しているからこその、放言であることを、ご理解いただきたい。これで、辛口、いいたい放題は一応終止符にする。
さて、例年、京都から帰ってのこちらでの稽古会、普通は、日本での稽古の貯金といえば良いのか、剣道のテンションがかなり高いまま維持されて、カナダに戻り、稽古に望むので、かなり勢いのある稽古が出来ていた。
勿論、今年も例外でなく、それが出来た。ある一人を除いて。その在る一人とは白熊である。
白熊も、帰国後の熊の勢いは、例年の事として、受け止めている。だから、毎年この時期の稽古は会員全員が、奮起して、掛かってくる。熊も今まではそれを物ともせず、跳ね除けてきた。
だが、今年は、白熊の勢いが違う。ここ2回の稽古、完全に熊が押されている。いや、気迫の押し合いでは負けていない積りだが、攻撃力で遅れを取る。恥ずかしい話、昨日は無理に攻めて出てがむしゃらに取った、小手からの面、と出小手1本。真に情けない結果としか言いようの無い稽古に終始する。打たれた数は数えたくないほど、完璧に面を何本も割られた。
単に懐が深いだけでなく、ギリギリの我慢、溜め、その上での見切り、それからを、相乗しての捨てた切った打ち。イヤハヤ手も足も出なかった。此方も、ギリギリ攻めて、ここだという機会に出るのだが、それを全部上から乗られてしまう。まるで、此方が白熊の懐に吸い込まれてしまうみたいな感覚すら覚えた。
今彼は、仕事でも、自ら立てた事業計画に立ち向かい、超多忙な日々を過ごしている。
人間、気合が入っている時は仕事でも全てにおいて充実しているという事であろう。手が付けられない状態だ。
彼は、忙しい合間で、週一度、日曜だけしか稽古に出て来れない、其の中で、確実に実力を伸ばしている。
正直、日本でお手合わせ頂いた、幾多の先生方でも、これほど熊をてこづらせる、方は経験が無い。
お互い稽古の手の内は知り尽くしているが、それらを割り引いてでも、今の白熊は強い。
彼はいつでも口にする、仕事も剣道だ、小規模経営は道場其の物だと、彼は言い切る。
単に体を掛けるだけの剣道から、ある程度技が出来たら、気と心で遣る剣道、その意味で彼は確実に進化している。
昨日の白熊の稽古を見ていた、ユウノスケが白熊に聞いた。「何年位で、そんな完璧な剣道になれますか?」と白熊は言った。「完璧でなんか無いよ、それと年月でもないよ、いかに一本一本真剣に全身全霊を掛けて、気を抜かないで、絶えず、反省を繰り返しながら、遣るか、これしかないのだ」と、若手の連中に諭していた。
年月を掛けたから剣道は強くなるものではない。いかに真剣に全身全霊で、取り組むかで、人それぞれの差が出
てくる。今の彼の口からなら、其の言葉を十分納得させうる、力があった。
06/01/06
日本の友人から、京都大会の立会いの模様をDVDに焼いて送って頂いた。
それを、養心館の生徒と一緒に拝見した。さすがに、教士のランクになると、有名選手が名を連ねる。
ところが、それを見ていた、生徒から、非常に素朴な質問があった。「先生帯刀姿勢の竹刀の持ち方は、アレでいいの?」
これには、熊も指導者の一人として、答えを出さなければいけない。
「うん〜〜ん、まあ、8段位なったら、基本を忘れたのでしょう。」
でも、「この方々は、教士でしょ、教える資格のある人が、間違いを平気で遣っていたとしたら、習う方は間違いを正しいと思いますよ。」
これには熊自身も、言葉に困った。
錬士、教士、其の仲で、非常に目に付くのが、礼をして、試合場に入る際、そんきょするまでの間の帯刀持ち方が非常に悪いという事。少年指導要項の中でも帯刀姿勢については述べられているにも関わらず、平気で、刀を水平もしくは、前下がり、(柄頭がこじりよりも低い)状態で試合場に入る。
帯刀して、3歩前に出るときは、つばに親指を掛けた状態という事の、想定だから、刀が鞘走りをして、抜けて落ちる事は、無いかも知れないが、、立会いの礼の時は携刀姿勢で、つばには、指が掛かっていない。
その場合、柄頭が低く、こじりが高ければ、刀は鞘を離れ、鞘の外に飛び出してしまう。
戦う前に、刀を地面に落としてしまう結果になりかねない。
確かに鯉口と、ハバキが確り閉まっていれば抜けないと言う理屈は成り立つかも知れないが、武士たる者、戦いを前にして、そんな、ずさんなことで、自分の命が守れるであろうか。それで、相手に勝てるとお思いであろうか。
それを由とするのであれば、現今の剣道などとは、臍茶物である。
剣道八段といえば、1%を切る難関で、完璧を期された審査であるはず、それが、こんな基本的なことも審査されないで、
単に叩き合いだけを審査するようになったのだろうか。
熊は昔、親父にも、中西 康範士にも注意された事がある。竹刀は、刀である。
刀と同じ取り扱いをしなければならない。お二方とも、剣道、居合道範士であらせられる。
刀のもち方を知らない剣道家、最高段位を極めても、意識が低くなったと、範士の方々が嘆かれるのも無理は無い。
05/25/06
古い(?)先生方は、往々にして、歯に物着せぬ、言い方を為さる。江戸の昔から言わ れてきた。今の若い者は これは時代の流れに変わらず、永久的に言われ続ける言葉であろう。
確かに、時代が変われば、生活文化も変わり、人間も変わる。歴史も文化も何時かは 忘れ去られる時代が来るのかも知れない。処が、昨今、世の中を見渡せば、治安的に 段々悪くなる世の中に反して、経済的に逸脱した行為は、どんどん取り締まられてき ているような気がしてならない。
毎日のように出てくる、社会的事件。耐震構造、ライブドア問題ですら早、古いニュースに成りつつあり、 アイフル、の営業停止、今度は損保の営業停止、社会保険の偽装問題と次から次とで てくる。
それだけ人間がお粗末に成り下がった証拠であろう。子供の虐待、子殺し、親殺し、 幼児殺害、ひき逃げ放置そして、談合や、保険金未払い、凶悪な取立て、経済界、役 所の腐敗、何がこんなに、美しい安全な日本を台無しに変えてしまったのか。
私は、カナダに住む、カナダ国籍の、門外漢である。でも、日本の伝統文化、剣道が 好きで、其の普及に命を掛けてきた。正しい事を普及するために、嫌われもし、足も 引っ張られ、デマまで飛ばされた。でも見ている人は居た。頑張ってきた甲斐があっ た。日本伝統文化、美しかった頃の日本の武士道、剣道をカナダで花咲かせようと思 う。
二重国籍排除で日本国籍を剥奪された今、現今の社会事情を鑑みる似つけ、其の事 が、今はそれでよかったのだと、嘯きながらも喜ばしくさえ思えてくる。いまや、武 士道に裏づけされた、美しい、自信と信頼と尊厳に満ちた、日本はいまや世界に存在 しない。今のベストセーラー国家の品格が無くなった。そうとすら思えてくる。
年老いた大範士の先生方が話されていた。正しい事を口にして、正しい事を遣ろうと すれば、人に嫌われる。 おかしな世の中になった物だと。良薬口に苦し、苦言は自分の糧。其の言葉を聴くの がイヤで、取り巻きが居なくなる。
京都で、幾多の年老いた大範士の先生方が、一人で、誰のお付も無く、寂しそうに歩 いて居られたことか。 正しいとは一に止まると書く。真理は一つしかない。正しい事を聞く耳だけはなくし たく無い物だと思う。 そんな事を考えさせられる京都大会だった。
05/23/06
親父について、少し語りたい。熊の親父と呼ぶその人は、静岡、藤枝にお住まいの羽 賀忠利範士。熊親子の剣道、居合道、そして、人生の師匠である。
別に、血縁関係があるわけではない。32〜3年前富山で、村雲清信先生の、凌雲館 に招聘して、指導を仰いだのが始まりで、それ以後懇意にして頂き、熊が27年前カ ナダに移住して、自分の剣道に先行き限界を感じ、誰か、良師に付かなければという 事で、カナダに毎年14年間、夏八月に一ケ間、我が家に滞在して頂、指導を仰いで きた。
親父は、我が家を基点に、アメリカ各地も指導に回られた。77歳を過ぎた頃からは アメリカ行脚もやめられ、ただ只管に、熊親子に指導の目を向けられ、それは筆舌に 表せない、御教導に預かり現在に至る。
羽賀範士は、全日本剣道道場連盟の副会長、武講同窓会、居合道高段者600名を越す 会の会長を勤められ、非常に交友の広い方で、毎年の年賀状は5000枚を越す。最 近数を減らしたと言うが、それでも3000枚は下らないのだとか、11月初旬から、 それを全部手書きでしたためられるのだから、大した物である。
範士は若かりし頃、国士舘大学で学び、その間、国士舘高校で舎監をされていた。恩 師には斎村五郎、小川忠太郎範士を初め、中山博道範士にも指導を仰いだと聞いて いる。
面白い話を聞いた事がある。範士は、海軍の士官学校で剣道の教鞭をとられた事があ る、そのときの教官が二人。一人はA範士。A範士はよく生徒に、ピンタを張られ たようである、しかし、羽賀範士は一度たりとも、生徒に手を上げられた事が無いと 当時の生徒の方から聞いた。そんな折、戦局も極まり、本土決戦で、竹やりで応戦 すると言う話が出て、槍の使い方を教えるべく、軍部から命令が降りた。
幾ら剣道の先生でも槍の使い方までは知らない、そこで、実兄の羽賀準一範士に相談 した。準一範士は、中山博道範士のひぞっこで、当時有信館の三羽烏と歌われ、剣道 界の暴れ者の異名をほしいままにしていた。 準一範士は、かの有名な王貞治監督が、世界のホームランバッターに仕上げた影の立 役者である。
王監督に、居合と剣道を教えられ、球を切れと教えられたようである。あの王監 督の、飛球の高い独特のホームランは準一範士の教えによる物である。その準一範士 が忠利範士に中山博道範士を紹介して、槍の使い方を教えていただけるように手配を した。昔の剣道家、特に神道無念流の宗家、博道範士は剣道、居合、杖道、武芸百般 に通じていたらしい。
羽賀範士がまだ20代前半で、当時博道範士が、60〜70代の頃かと思われる。その博道 範士が、本身の槍で突いて見よと、言われたそうである、忠利範士も血気盛んの頃 とて、博道範士にまともに突いて出たようである。処が、どうした事か、其の突いて 出た槍が、博道範士の脇の間に挟まり、うんとも寸とも動かない。
其の上に、博道範士が、其の脇に挟んだ槍を、引くと、忠利範士はものの見事に床に 転がされたそうである。 其の話を聞き、まさか、作り話でしょうと、熊が揶揄をしたら、丁度、其処にあった 天窓を開ける、槍のような樫しの棒があり、嘘だと思うなら、お前が突いて見よ、とい われたので、熊が其の棒で突きかかったら、其の棒は、忠利範士の脇に吸い込ま れ、押しても引いてもびくともしない。
これには、熊自身が体験した事実であり、驚きであった。人は、人との出会いがあ り、その人がどんな能力を秘めているか解らない。忠利範士の竹刀での新聞三段切 りにしても、実際目にした人でなければ信用が出来ないであろう。昔の先生は、人知 れず処で、どれだけの稽古を積まれた物か、計り知れないのである。
そして、忠利範士は、非常に幅広く本を読まれ、其の仲から、剣道に役立つと思われ る所を、何時も抜粋をして、ノートにメモを取られる。今回、熊が京都で、ご指導い ただいた、点についても、ちゃんと其の出展があるのである、相手と和する戦いは、 鬼一法眼が、源義経に認めた書状の中にあるもの、気を緩めず剣先を緩めよの話は、 千葉周作の遺稿集から。其の原本と、解釈文と、共に、お渡しいただいての御教授。
わざわざ、それを手書きで、熊の為に認めていただいたのである。単なる、話だけで はない、口先だけではない、時代を超えた、尊い教えを、愚鈍な熊にも解るように、 本物をお教えいただいているわけです。それだけの忠利範士の、博学、に驚き、啓蒙 してやまない、熊の師に対する、畏敬の念をご理解いただけたら、何故、取り巻きが 居なくなる先生と、死ぬまで取り巻きに囲まれる先生の差が何処にあるのか、ご理解 いただけるものと思う。
05/18/06
前回の、つぶやきで、熊如きが生意気な事を、と、思われた方々が多い事と思う。 実はこれは熊が言っていたのではない。今回京都で、範士の先生方の会話をかいつま んで書いた。 勿論。熊もこの意見には、賛成の意思を表明しているからこそ、ここの載せた訳では 在る。
熊自身は、無形の伝統文化が、そう簡単に変わって良い物なのか?それは何時も疑問 に思っている。 それと、昨今、剣道界は、先輩の大先生方をおろそかにする、風潮が見えるようで、 悲しい思いをしている。 今回、熊が、信奉する、大阪の九段の先生が、京都に顔を出さなかった。寂しい限り である。
3日の朝、朝稽古で、今までに無い、異常な光景を見た。何時もなら、処狭しと、居 並ぶ70歳代の範士の方々が、全然出て来れれないという現実を目にした。若手?の範 士筆頭の福○範士の上の先生方が皆無。 朝稽古の挨拶に立った、福○範士が、席に戻り、若手八段に上に詰めるよう要請しな ければ成らないほど、 その空間は、異常に感じられたのは、恐らく、熊一人ではあるまい。
稽古が始まり、後で、数人の70歳〜80歳の範士がちらほら数人が並ばれたが、以前ほ どの賑わいも無く、何故、其処に先生方が消えたのか?不思議でならなかった。その 日の午後、某、有名範士から、こんな口説きを聞かされた。
S県のI範士、「私は29日から京都に入っているが、取り巻きが一人も居ない、これ は寂しいもんでっせ。」 その話を聞き、同県のH範士が、「自分達が八段位成るまでは、一生懸命、ゴマもす り、チヤホヤもするが、八段をもらってしまえば、もう年寄は、用は無いのさ。」
I範士「昔は、先生の面倒を見るのが弟子の仕事、我々は喜んで、おつきの仕事をし た物だが、今はそれが無くなりましたね。そのお付の仕事をするから、誰にも言わな い秘術を先生から教えて頂けた物だが・・・。」
H範士「「今は簡単にすぐ先生になってしまうから、そんなありがたみはすぐに消え
てしまうのでしょうよ。」
I範士「今回、20人の八段が出たが、そのうち、3人が前回形で不合格になった人だと 聞きました。八段を受けようとするものが、形すら知らないで受けに来る。その事自 体が可笑しいのに、それに気づかない、そんな人が八段に成る。何のための八段なの か、叩き合いだけ上手ければ八段を通す。ここに問題があるのでしょうな」
H範士「昨今の八段は、昔の七段、それくらいの力しかない。風格のある、立派な剣 風の人が少なくなった。」
I範士「昔は、範士との稽古で、範士の風格を学ぼうと稽古に来た。今は、範士を叩 きに来る、これは難儀でっせ。打たれれば、ナンダあの範士は、と成る、範士も叩き 合いをしなければならない時代、悲しいものです。」
続く。
05/18/06
今回、日本で感じた事。師とは何、教えとは何、である。 従来、剣道形は時代的に、幕末、明治、大正と実戦経験に近い感覚をお持ちの先生方 が決められたものである。その剣道形を、現代の安全ボケした、ぬるま湯の中で育っ た剣道家如きが、改革と称して変えてしまう。 居合道にしても、そうだ、剣道を知らない、出来ない居合道だけの先生方が、全剣連 居合を変えてしまう。
昔、小川忠太郎範士九段が言われた、「人間が決めた事は人間が変えることが出来 る。 しかし、剣道形を変える時は、その決めた先生方以上の実力や、見識を持ってから変 えなさい。」
果たして、今の剣道家に内藤高治、高野佐三郎、中山博道範士をを超えたと言える先 生が居るのだろうか。 若し、ご自身が超えたと、口にされるならば、もはや、その人は剣道家でも、指導者 でもない。 単なる欺瞞家に他ならない。見ていて、滑稽さを覚えてしまう。剣道形や、居合は 踊りではない。 伝統の文化なのである。その文化を、単なる全剣連の委員になったから、自分の足跡 を残す為に、変える。 慢心も甚だしいと、言わざるを得ない。
居合の中でもそれは見て取れた、諸手突き、の突きが変わった。アレで突けると思 うのか、全く突きを知らない突き、としか言いようが無い。 おまけに、剣道形四本目、間合いを知らない剣道形。間合いが近ければ、引けばい い? 間合いがわからなければその場で死んでいますよ。先生。引く前に、切られていま す。
そんな事も解らない人たちが我が物顔で、伝統遺産、文化を平気で変えていく。 改革なら許せる、改悪に気づかないから、始末が悪い。それを奨励する、全剣連一体 何なのだろうか? 詳しくここで書いても仕方が無いが、剣道、居合道が段々悪くなって行く。それだけ は事実だ。
続く
04/23/06
恐らく、これが今月最後の書き込みになるか?いや、もう一度くらいつぶやけるか・ ・・・。 何しろ、その後は2週間以上お休みを頂く。剣道の貯金と、新たな教えを求めて、日本 行きだからだ。
昨日葵武道具から、京都で使う特注の竹刀が届いた。色々無理を言って作っても らったが、満足、満足。 バンクーバーに剣道具やが出来たことで、非常に便利になった。
熊はこの後4月28日にバンクバーを発ち、日本に向かう。9時間後、関西空港着が29日。時差の関係だ。
京都では、4月30日、5月1日と、親父が会長の武講同窓会の居合道セミナーに参加。 剣道の稽古もする。 2日は、八段審査。応援、見学にでも行くか。観光でもするか。この日は自由時間 だ。
3日は6:30〜8:30まで朝稽古、午後の五時からは、道場連盟の稽古会がある。親父が 道場連盟の副会長。 親父の代わり(恐れ多いが)に参加する。親父が偉すぎると、子供は苦労をする。笑。
4日は朝稽古、範士の先生方に掛り、去年からの約束した方が何人か居るので、サブ道場で、7:45分頃から稽古をする。午後は、森田先生の鹿志館で稽古することに成る だろう。毎年呼ばれる。
5日は朝稽古の後、10:00時頃立会いがある。その後は、範士の方々の剣道を、見取り 稽古させて頂く。 そして、今年の京都が終わり、この後は時間の許す限り、日本各地で稽古をする。 予定では、愛媛、愛知、東京、静岡、富山。 果たして上手く回れるか。昔と違い、体力が持つかどうか??愛知以外は、殆ど日に 二回は稽古をする。
愛媛は羽賀の親父が毎年お邪魔をする。三浦先生の関係もあり、ここで、中学生対象 の稽古会があり、 その指導のお手伝いを、させていただく事になった。夜は夜で、地元、新居浜の稽古 会に参加させていただく。愛媛では、恐らく一日中、稽古着を着ているだろう。ま あ、人使いが荒い事、嬉しい限りだね。爆笑。
まあ、墓場まで、剣道と道連れを決めているのだから、どうって事はないけど。 これだけ剣道が出来る環境を作れる自分の人生と、回りの人々に感謝して。万歳。
04/20/06
最近、礼について、考えさせられる事があった。世の中にある礼は、時と場合によ り、色々受け取り方考え方が変わるのかもしれないが、相手を敬う心が原点である事 には誰も異論が無かろうと思う。
で、お礼、と成れば、何かに対して、感謝の意味を込めた贈り物をしたり、その趣旨 の手紙を出したりする事に成るのでは無かろうか。形でそれを表すのがお礼になるの だと思う。
勿論、通常の礼にも頭を下げる、手を握るなどの、態度敵表現はある。しかし、其処 には物質の交流は無い。
さて、ここからが本題だが、今回、日本へ帰国に際し、例によりあちこちで武者修行 をさせて頂こうと考えた。 その在る所は、個人的にふらりと、おとづれる、積りで居たのだが、その地域には、 親父の知己を得た方が居る。 その方がわざわざ、親父の弟子の方ならば、という事で、熊の稽古会に挨拶に来ると 言われるのである。 それで、色々お気遣い頂いているらしい、情報が入るに付けこれでは困ると思い。親 父に電話した。
なぜなら、その町で、稽古をさせて頂く事につき、その話が、後から親父の耳に入っ ては、親父も面白くは無かろうと、気を回した。その方が、挨拶に出てこられる、と 言う事であれば、尚更事前に親父に連絡をしておく必要がある。お膝元を汚し、稽古 を頂き、地域の方々にお世話になるからである。
で、親父に、稽古に行くので、情報により、事が大げさに成らないように、よろしく 伝えて欲しいとお願いした。 親父は律儀に、即その方に電話を入れたのだが、電話した事で、その方は逆に考えて しまったらしい。 熊は一面識も無い方なのだが、親父の電話で、直弟子を、粗末には出来ない、と言う 事になったらしい。 話がどんどん、違った方向へ、走り出した、ブラリ、一人旅の積りが、供応を受ける と言う話まで発展した。
それでは困る。人様に迷惑を掛けてまで、剣道をする意味合いは熊には無い。自分で
は未だ未熟。一修行者の積りで居る。処が、段が8つに成ると、回りはどうもそうは
見てくれないらしい。
熊が、6つだ、7だったら其処まで話はでかく成らなかったであろう。礼も行き過ぎる
と、トンでもない負担になる。
04/13/06
いよいよ、京都が近くなってきた。今年は最近引いた風邪の為に余り本格的に体を掛 けた稽古に打ち込む事が出来ないで居る。相掛かり稽古と、打ち込み稽古が少し減っ た。マア、年相応なのかも知れない。
しかし、稽古、剣道は、毎日の積み重ねだ。にわか仕込でどうなる物でもない。 日頃、気を抜かないで、稽古している積りなので、結果はどうであれ、一年間の研鑽 を披露するだけだと、 自分に言い聞かせてい居る。それと、本来日本に出かける最大の理由は武者修行であ る。
京都大会に行くと全国の剣豪が集う。又、高名な範士の先生方にもお稽古頂ける。こ れは、日頃、熊のように孤立した山の中で、限られた人々としか稽古できない。 環境のものには非常に在り難い学びの場なのだ。 だから、京都の朝稽古では、8時まで出来る限り上の先生にお願いをしている。8時を 回る頃に初めてサブ道場で、お仲間に稽古を付けて頂いている。剣道だけの2週間の 旅、それが熊がもてる、ホリデーの使い方。 人の目から見れば、贅沢な話なのかも知れない。
しかし、熊はその為に一年間頑張って働いて居るようなものだ。10歳からはじめた剣 道だが、高校卒業で、一時中断はしたものの、こうして続けてきたと言う事は、剣道 が好きだという事だろう。
剣道をやりたいが為に仕事も変えた。カナダに渡った当初、庭師の真似事もした。重 い石や土、雑草取りで、 腰痛をきたし、ぎっくり腰に泣き、剣道が遣れなくなっては大変と考えに考え、日 本に帰れて、全国を武者修行をかねて回れる、仕事に就いた。
そして、本当に、剣道具を担いで、全国を回った。東京滞在では、必ず警視庁、野間 道場で稽古をお願いして、大阪では、清風高校の朝稽古、大阪府警、修道館の夜稽古、九州、鹿児島、博多、小倉、大分、広島、山口、岡山、姫路、京都、奈良、山梨、静岡、 浜松、名古屋、岐阜、埼玉、茨城、千葉、群馬、福島、盛岡、新潟、ホームグランドの富山、各地でお世話になった。
自分でもあきれる位、よく回ったと思う。全てが仕事がらみで回れた。今、白熊、 黒熊に言ってもまねは出来ないし、したくも無いと言う。反面教師だ。これが、日本 の住民なら、そういう人も居るだろう。 海外からの出稽古。死んだ女房だからこそ、許してくれた我がままだった。今更、感謝しても遅いのだが・・・。
04/01/06
心こそ、心迷わす心なり、心に心、心許すな。
8年前、末期症状の癌手術で、九死に一生を得て、奇跡と言われて生還した。
医師には、「逢いたい人が居たら今の内に逢っておきなさい。」と言われ、
覚悟を決めて、自ら戒名まで考えて、手術に望んだが、何故か、未だ死なないと言う
気持ちがあった。
商取引で、詐欺に遭い、全財産を無くし、それでも強かに戦い続けて居たと、思うの だが、冷静な師匠の目から見れば、満身痩躯であったに違いない。そのとき一冊の本 を頂いた。 人間の命の根源に触れ、命は大宇宙の無限なる力。その本の内容に深い感銘を受け て、実践していた。
それが功を奏したのか、医師が、嬉々として、奇跡が起きるかも知れませんといっ た。 10日後退院し、1ヵ月後に行われた検診で、腹中のポリ−プは全て白と確認されて、 今日まで命を永らえている。そのときの経験が、心の持ちようで、運命が変わること を知らされ、心について、それなりに勤めてきた。
だから自分の心はそれなりにコントロールできると自負していた。 自信過剰。のぼせ上がったわけではないが、自作の座右の銘まで作った。
大宇宙の力総身に満 気を持って事に当たり、 怒る事無く、悲しむ事無く、迷う事無く、恐れる事なし。
実際、これを実践して、自分で言うのも何だが、心が動揺を来さなくなってきてい
た。
先ず、自らの心を汚さないように、怒り、悲しみ、妬み、嘘は、心に持たないように
してきた。
嬉しい事、楽しい事、朗らかに、大らかに、正しい事だけを心に留めるように生きて
きた。
心が汚れると、血液中に毒素が増えるという、嘘みたいな話も信じた。事実そうであ
るらしい。
だから、自分の心を強くして、何事も、必要不可欠の事として、肯定し、感謝してき た。 自分の心に自分の心が振り回されて成るものかと、気力旺盛に何事も積極的に取り組 んだ。
何時の日が、長い間に、それが当たり前になり、努力をしているつもりが、努力を忘 れていた。 いや、それは単に、見ざる、言わざる、聞かざる、触らず、近寄らず、と心に蓋をし てきただけなのかも知れない。 罰はてきめんに来た。とある人との会話に、心を乱されている自分が居た。如何しょ ようもなく足掻く自分が居た。
未熟なものである、出来ていたと思い違いしていたのだろうか、いや確かに一時は出 来ていた。確信がある。 でも今は心が逆戻りをしてしまった。厄介な事だ。何時まで、この心が乱されたまま に成るのか、神のみぞ知る。
03/23/06
最近、つぶやきを書いては消し、書いては消しの繰り返しで、内容がまとまらないでいた。不思議な事に、内容が悪いと、記載されずに、天が記載拒否を決め込み、サイトが拒否反応を示して、書いたものが消えてしまうこともたびたびある。まあ、そんなことの繰り返しで、文章スランプ(笑)でした。
内容は、現在の剣道界に試合は必要かどうか、と問いただすものであったが、3度書いて、3度消えてしまったので、それは書くなという事だろうと、納得した。これは又の機会に書いてみたいと思う。
さて、此処、三日花冷えの日が続いたが、今日は午後から晴れた。久しぶりに公園を散歩して、大量に酸素の補給を図り、気分爽快。
桜も咲き始め、街は急に色づき始めた。気分爽快な時は話題も気分爽快に行きたい。
最近友人の新潟に住む剣士が、形の講習会に出たと報告をしてくれた。講師はかの、千葉 仁範士である。わが友人は、この機会を逃さず、自分の勉強にと、全剣連発行の剣道形解説書を持参したそうである。何名の参加者が参加されたかは不明だが、殆どの方が、解説書を持参せずに参加をされたと言うことらしい。特に、高段をお持ちの方々にそれが顕著に見られたと言う。
そこで、彼が驚いたことは、千葉 仁範士が解説書の一字一句間違いなく説明されたと、嬉々として、報告をされていたことである。
教える方が、真剣で、習う方が、いかにいい加減な態度で講習に臨んでいるか、ソラ恐ろしい思いがした。
千葉仁範士とは個人的にも非常に仲良くしているし、彼の講習は、熊も受けたことがあるので、分かるのだが、剣士としても、指導者としても、一流の方である。其処に参加された方々は、非常に無駄使いををされたものだと、、まさに猫に小判、もったいない事だと思う。
此処カナダでは、なかなか、一流の方々に教えを請う機会が少ない。だから、熊は、先生方を招聘したり、自らも、日本に出向き、教えを乞うて来た。それですら未だに満足なことが出来ていない。
剣道の本場、日本にいると、全てが何時でもどこでも手にはいる、そう、簡単にお考えなのかも知れないが、中々どっこい、そうは問屋はおろさない。皆さん、自分で好きで始めた剣道、もっと、謙虚に、貪欲に勉強しても罰が当たるまい。もったいないことをされるものだ。
昔、榊原 正範士に熊が言った。「せめて剣道八段くらいには成りたいですね」範士曰く。「あのナ、俺は十段目指して剣道やってきて、やっと八段に成れた。初めから八段が目標なら、八段なんかに絶対成れないよ。」だってさ。
第一回の全日本選手権者。榊原範士ですら、それだけ謙虚、貪欲に努力をされておられた。千葉 仁範士も、形の解説書を丸暗記されるくらいに、熟読されている。マダマダ未熟な、熊も、もっともっと、貪欲に勉強させていただこうと、思いましたね。日本の修行者がそのような態度なら、いつか、日本が世界の何処かに負ける日が来るかも知れないからね。だんだん楽しみになってきました。
03/13/06
一期一会と言う言葉がある。 何処でどんな人と出会うか、それは誰にも分からない。だからこそ、其の出会いを大 切にして、 其の出会った人に最高の心を込めてお相手をする。と言う意味に捉えたら良いのだろ うか。
熊も、今まで沢山の人々と出会い、其の方々の英知と親切により、今日まで生きてこ れた。 又、剣道と言うものを通じて、仮にも指導者として、幾多の人々に手ほどきをさせて 頂けた幸せは、舌語に尽くせない、自分の心の財産と成っている。其の都度、懸命に 出来る限りのことをしてきた積もりである。
あるとき、京都大会の宿で、静岡の井上範士と子供の指導について話す事があった。 範士曰く、子供の指導は、体の動く30代が一番良いと言われた。
カナダに帰り、自分の生徒を見渡した。確かに、自分が30代で指導した子供達と50代で指導した子供達では、差がアル。自分なりに、体を掛け、一生懸命指導に励んだ 積もりで居たが、効果が以前ほど現れていないという事なのだ。
それをアル日本から来た剣道をする女性に話した事がある。 彼女は、いとも簡単に言ってのけた。「先生、年が行ったと言う事ですよ。」 なるほどな〜と、妙に納得してしまった事を思い出す。
確かに、打ち込みや掛かり稽古を見本として見せてでも、以前ほどのスピードも切 れも覇気も無いであろう。 技にした所が速さは消えている。ところが、剣道は30代より無駄が無くなり、間合 いが読めて、力も抜けて、強くなって来ている。
剣道が、他の体力、筋力勝負のスポーツと一番違うところ。今でも30代前半の白熊 や黒熊を相手にしてでも、一歩も遅れを取る事無く遣れる。ましてや20代の生徒な ら、息を上げさせて使う事が出来る。
これは、一重に誰とでも何方とでもその場限りのお稽古でも、何時も真剣に 一生懸命お相手させて頂いた、恩恵なのかも知れない。一期一会の言葉は、何も特別 のことではなく、毎日、毎日、一秒一秒がそれであると思う。
最近は、30代では出来ない、深い処の指導を心掛けて、ただひたすら、自分に正直 に、一秒一秒の出会いに、心を砕く毎日である。
03/06/06
花を何時咲かせるか、これは剣道界で、永遠に取り組まなければならない問題なのか も知れない。
以前教えた子供にこんな事が会った。その子は、兄弟で剣道に通っていたが、上手く 二人とも9歳以下の部で優勝した事がある。ところが、10歳になると、13歳以下の部 に入る。子供の成長期、10歳と13歳では体の大きさ力が全然違う。ところが、一度 子供の試合に優勝を経験した親は、その子に、又優勝を期待してしまう。
当然、彼は頑張ってベスト8くらいまで食い込むのだが、親はそれでは満足できな い。 当然子供に文句を言う。「何故だ、何故勝たなかったのか」と。力も体力も違い技 も違う。そう簡単には勝てないのが当たり前で、ベスト8なら文句のつけようが無 いはずなのだが、親馬鹿はそれに気づかない。
過剰な期待を掛けられ、それでも自分の出来る事以上に頑張りを見せ、それで文 句を言われた子供は一生懸命に遣って文句を言われれば、当然剣道が嫌に成る。 そうすると今度は次男の方に期待を移す。結局、次男も同じ理由で稽古が嫌いに成 る。 そして、子供の剣道が良くなり始めた頃、13〜16歳くらいになると、親の言う事を聞 かなくなり、 剣道から離れてしまう。幾たびか、それの繰り返し、繰り返し、経験させられてきた 事か。
指導者はこんな空しい思いを繰り返しながら、子供の指導を預かるのだ。 チャンピオンは次に負けたら、チャンピオンではなくなる。
それより努力で、積み上げていく、心のトロフィーを持たせることが一番大事なこと なのだと、親に言い聞かせているのだが、中々理解されない。
どの親も自分の子供だけは特別なのだと思い込みたい気持ちは良く分かる。 しかし、少し冷静に客観的に見れば、親の焦りの為に自らの子を窒息死させて しまっている事に、 気づくはずなのだが・・・。
早く咲いた花は、早く枯れると言う自然の原理をよくよくわきまえて、子供と付き合 う必要があると思う。 将来に向け、今、子供が取り組む剣道は、何のために学ばせるのか、それを、親が確 り自覚する必要がある。
02/25/06
昔々。熊がまだ二十代の頃、小川忠太郎と言う、物凄い先生が居られた。 其の先生が、言われたことばで、未だに分からん言葉がある。 「無心で、おもちゃと遊ぶ、赤子が一番強い」と言われた事だ。 これは何を意味するか、先生は三昧の境地とも言われた。
最近、若い連中と稽古をして思うことがある。 こちらが攻めると、構えを崩して、受けに回る事だ。 もしくは、打たれずに打ちたいが為に、半分受けながら打ちに来る、器用な事をする 奴もいる。 勿論、半分受け動作が入っているのだから、当然打ったとしても、それは当たっただけの事である。 一本になる打ちとは程遠い。なぜ、このような崩れた打ちが出てくるのであろう か。
私は、構えが崩れる事自体、心が崩れた証なのであると解釈している。 厳密に言えば、剣先が中心線より外れたり、足の踵が床に付いたら、崩れたと、解釈 して差し支えない。 だから、攻めて、相手が崩れた場合は、あえて打たないで、顔を覗き込んで帰 ることにしている。 真に不遜な態度ではあるが、其処を打ってしまうと、返って打たれたことで、変 な納得感がまかり通り、 其処の大事さを理解しないまま終わるからである。なぜ崩れたのか、全く理解できな いまま終わってしまう。
たかが、竹刀の打ち合いである、それなのに打たれることが嫌さに崩れてしまう わけだ。 これを思うと、人間は本当にもろいものだ。では、赤ちゃんは如何なのか、ただ無心 に遊んでいる。 恐らく赤ちゃんの頭に中には、おもちゃで遊ぶ以外の雑念は入っていないであろう。
大人になれば成るほど、人間崩れる要素が多くなると言う事か。 イヤハヤ、赤子のままの無垢な、心になる為に、俺は50年掛け手、剣道してきたの か、 恐ろしく、遠回りをしてきたことになる。でまだ道半ばとは・・・。
02/17/06
バンクーバーはもう完全に春だ。けさ、出勤途中の車の中から、桜がピンクに蕾を膨 らませる並木を見た。 山にはまだ十分すぎるくらいの雪があり、ボーダーやスキーヤーを楽しませている。
昨日、世界最大のスキー場、ウィスラーの指導員と話をする機会があった。彼曰 く、スキーヤーとボーダーでは、 ゲレンデにおけるマナーに違いがあると言うのだ。ボーダーには、ルールを守る人間が 少ないと言うのが彼の意見。
確かにゲレンデでリフト待ちの時、順番を無視して、割り込んでくるボーダーが確か に多い。これはなぜなのか、 スノーボードをやられる方には全てのボーダーがそうでは無いと、お叱りをうけそうだ が、確かに多い事は事実のようだ。スキーは歴史も古く、まだ紳士的なスポーツの要 素が残っているのかも知れない。
これは何処に原因しているのか、ボーダーはかなりガッツの居るスポーツだ。ジャンプ をしたり、空中回転をしたり、かなり危険で勇気を伴う。それが自然に、荒々しい、 性格を形成しているのかも知れない。
其の点、剣道は多少気迫のある荒々しい稽古をしなければ、本物の気迫は身に付かな い。 警察剣道の実態は、殆どの方が知らない世界。しかし彼らは、凶悪犯と体を張って戦 わなければ成らない。
そのために、警察剣道では生半可な稽古ではない死闘が繰り広げられる。それがまた
彼らの自信に、繋がって居るのも事実。熊も若い頃よく、警察機動隊で、稽古をお願
いした。一時間、突きだけの稽古で、鎖骨が折れ、それがそのまま固まり、いまだ
持って鎖骨が変形したままだ。
熊は高校生の時代から、国士舘で大将を勤めた先輩に、嫌と言うほど突かれてきた。
だから厳しい、稽古でも、嫌だとは思ったことが無い。むしろ昔やってきた激しい稽
古は、現在の自分の自信にすら繋がっている。
しかしそれだけ激しい稽古をかせる警察機動隊や警視庁の特錬の彼らの日常は、 非常に、謙虚に、厳しく自らを律している連中が多い。これはやはり、単なるスポー ツと武道との違いが、そこに見て取れる気がしてならない。
単なる、無謀な荒々しさ、自分の中で、ちゃんと抑制が効く荒々しさ。同じ荒々しさ の中にも秩序が守られている荒々しさも、武道には在ると言う事を、うれしく思う一 人である。
02/08/06
久々のつぶやきである。書こうと思いつつも、何だかんだ雑用と頭の悪い熊には 構想(そんな物あるのか)がまとまらないで居た。
実は今週の土曜日18日に、S道場の大会がある。前日の金曜日には夜稽古会がある ので、久々に出かけて見ようかなと、思っている。遠くロサンゼルス、サンフ ランシスコ、ハワイからも選手、先生たちが稽古会に参加するので、楽しみな稽古会 になる。
でも熊の年齢の連中は殆ど稽古をやらなくなっているのでは、と、一寸不安な気もす るが、まあ、若い連中が相手でも汗くらいは掻けるであろう。 特にカナダでは、試合を中心にやってきた指導者は、稽古会になると打たれることが 多いので、稽古会には出なくなる。本来の剣道のあり方を理解していないがため、負 けること、打たれること=格好が悪い=プライドが許さない。と成るらしく、殆ど稽 古をしなくなる、それでも、日本でいくらかやってきた連中は、大人になっても稽古 をするのだが、カナダ生まれの連中はどうもそうは行かないらしい。
この辺が完全にスポーツとなっている証だ。体力が衰え勝てなくなったら終わり、 というのが彼ら的思想なのかも知れない。まあ、そのうち、彼らの時代も終わり、次 世代はみな剣道の稽古をしなければならなくなる。 剣道は口だけでは教えられないからだ。道場の子供たちが勝てなくなれば、父兄は文 句を言うであろう。 スポーツならばなおさらである。勝てないスポーツは、誰も魅力を持たないからだ。
修行に取り組む姿勢がない、背景がないと言えば、それまでなのかも知れないが、剣
道も三世四世の時代に成ると、様変わりしてしまう。伝統の保持なでには誰も目がい
かなくなるのかも知れない。
勿論これは日本でもいえる事だが、最近の試合偏重の剣道は、完全に剣道文化を壊し つつある。 いやもう、完全に壊れているかも知れない。最近ある少年剣道に対する疑問を持つ 方々とのやり取りで、 ますます、その不安が、変な確信にまで、発展してきた。
何がここまで剣道をだめにしてきたのか、何故人間は勝ち負けだけにこだわり続ける のか?おぞましい限りである。
01/28/06
1979年、1月29日、27年前のこの日、熊が家族とはじめてバンクーバーに下り立っ た。剣道具を担ぎ、子供の背中に、大きなリュックを背負わせ、大きなトランク2個で、ハワイ経由で朝7時ころバンクーバー空港に着いた。
帰りの航空券を持たず、大きな荷物を持った、若い家族に空港税関は不審を抱いた。 二時間取調べを受けた後、開放されたが、取調べをあきらめたのか、家族持ちで、現 金が懐にあったために信頼してくれたようである。
もちろん言葉など判らない。身振り手振りで、何とか意思が通じたのか今もってわか らない。 それがそのままカナダに居ついてしまったわけだから、カナダ政府は損をしたのか、 得をしたのか・・・・
折り良く、その日は丁度、バンクーバーの剣道大会の日。トロントから、若手の指導 者が来ていた、昼食時間を利用した、稽古会で、カナダで始めて竹刀を振った。その とき、熊のカナダ鮮烈デビュー、以来色々あった。
27年目を迎えた。熊には剣道に捧げた一生であった。試合会場で、時間は、砂袋を道 場に放り込む、ボクシングの、タオルを投げ込むそれに似ていた。親は子供の試合に 金を掛ける。そして子供をあおる。だから負けた子は、竹刀を投げ捨て、篭手を投げ 捨てた。道場の出入りに礼をする者も無く、土足のまま入る、神殿に礼はキリスト教 では、禁止行為である。そんな剣道界に改革を試み、嫌われた。すべての世界で改革 は嫌われる。
しかし、剣道は万民のもの、個人が占有するものではない。個人で発行されていた段 の賞状、剣道の審査会を各道場と話し合いの上、カナダ西部地区審査会をカナダ剣道 連盟の元に立ち上げた。日本の伝統文化剣道を正しく広めたい。その思いだけで、こ こまで剣道をやってきた。その効果が出てきたのかどうかは判らない。
その判断は後進が決めること、熊はこれからも命ある限り、剣道の普及と、改善に努 めたいと考えている。 嫌われ続ける一生かも知れない。正しいことを実行するために嫌われるのなら、それ はそれで良いと覚悟を決めている。
01/22/06
親馬鹿という言葉が有る。誰でも自分の子は可愛い。子供の試合と言う環境の中で 見ていくと、良く冷静さを欠いた親馬鹿さんに良く遭遇する。剣道はどちらかが 勝って、どちらかが負ける。その中で、自分の子だけしか見えないのであろうが、審 判や相手を罵倒する親が出てくる。これは閉口する。
何のために子供に剣道を学ばせるのか、疑問を感じてしまう。剣道を通じて、忍耐力
や礼儀や長上の礼、
真面目さを学ばせる目的で子供を剣道に入門させたはずの親が、気狂いじみた応援
は如何なものか。
そんな光景を見るたびに、剣道の試合を見るのがイヤになる。昨日、丁度熊が審判主
任をするコートで、子供の試合があった。親が、コートに降りてきての黄色い喚声
に、応援は拍手のみでしてください。と注意を促した。
それでもその喚声は止まなかったので、「此処は選手だけの出てこれる場です。皆さ んは、観客席に戻りなさい」とたしなめた。イヤハヤ、こんな親に育てられる子供は 将来、自己中になるのだろうなと、嘆かわしくなった。
剣道の試合、本当にヤル意味が有るのだろうか、剣道の奨励の一手法として考案され たはずの試合。 これが剣道の目的にすらなってしまった昨今。軌道修正するのはもはや不可能なので はなかろうか。 本当の剣道の良さが消えていく。時間はそう長くは無いだろう。
昨日の試合を見ていても、審判の単なる、技術不足だけではなくの公明正大な、審判 の出来ない審判の多い事多い事。嘆かわしい限りである。これは完全に人間性の問題 だろうな・・・。
昨日、アメリカ軍とカナダ軍の指導者の対抗試合があった。恥ずかしい話だが、カ ナダ側の選手(某大学の指導者)が面紐の長さが不揃いで、おまけにだらりと長い。 試合場に出る前に、審判に注意を受けたが、 何の事だか解らずに、又同じ縛り方で出てきた。イヤハヤ、コノ先生は審判もやれ ば、指導もしている。 生徒が可愛そうですね。無知、これほど怖い物は無い。昨日はイヤと言うほどそれを 感じた一日でした。
01/13/06
毎日、毎日、毎日、雨、雨、雨。新記録だそうだ、元々、冬場は雨の日が多い。山では雪になってるらしく、下界で思っているよりは雪があるらしい。
スキーも出来るらしいが、霙交じりの雪の中ですべるスキーは、難行苦行の域を出ない。だから、熊はスキーに出かけるにしても、最高のコンデイションでなければ出かけない。
剣道の場合は自分で毎回最高のコンデションで望めるように、体調には気をつけているが、年とともに、変調をきたすことは、避けられない。最近、少し、激しい稽古をすると、
動悸がした、そこで、コーヒーを止め、中国茶、どくだみ茶、に変えた、コレステロールを下毒する作用が、あるのか、ユウノスケと相掛りがりをしても、動悸がしなくなるまで回復した。
それと、菜食を多くして、酒を有る程度控えめにすることで、体調が戻ったようだ。仕事柄、肉食が多い熊の食事、かなり偏っている。剣道も、食事も癖は中々直せない物だが、
やる気になれば出来ないことは無い。変なところで、修行は同じだと感じてしまった。好きなことだけをやっていれば、癖が出る。癖を直すには、やりたい事も、時には抑制する勇気が必要だ。
どちらかと言えば、熊の剣風は、多く打ち合うので、ややもすれば、品位が落ちる。だが、稽古相手が少ない環境と、限られた時間内で、修行の上達を図るためには、どうしても、
運動の部分が多くなっても仕方が無い。と考えている。しかし、反面、やはり剣道の、一番大切な、一発必中の、無駄打ちの無い、美しい剣道は敢然として、取り組まなければ成らない。
強さと、品位。これを両方兼ね備えた剣道こそ、究極の剣道ではなかろうか。最近それに近づける為の、自己改革に取り組んでいる。
白熊が、今朝、事務所に早出してきた、空港により、品物を受け取ってきた。そのために一時間早く出てきたので、少しゆっくり話が出来た。
アメリカの経営コンサルタントの、本の中に、「スモールビジネス(小規模の経営)は、道場その物である」、と書いてあったと言うので在る。
「毎日毎日、めまぐるしく変わる状況を、修行として捕らえて、自ら改革,向上をする努力を怠っては成らない。」と結ばれていたとか、武道の稽古、道場が、参考として取り入れられている。
経営マンの最前線で道場、武道精神が、用いられていることに、誇りと、確信を大きく膨らませることが出来た。
01/06/06
早いもので年明けして早くも一週間が過ぎようとしている。今年のバンクーバーはだ暖冬。11月に寒波が来て、スキーが出来た。12月に入り気温があがり出し、今は夜7度昼8度。
恐らく、今大寒波にいじめられている日本の人々には、ウソ〜,と言いたくなるであろう。緯度は樺太の真ん中と同じ。「カナダの冬は寒い」とお思いの方々の期待を裏切り申し訳ない。
逆に、できるものなら、そちらの雪を此方に半分頂きたい位のものだ。スキー場が雪不足で、嘆いている。通常、ロッキー山脈の東側,の平原地帯、今頃は−10度〜20度が相場。
処が、今年は+4度〜−2度と言う具合で、地球温暖化はカナダだけかと錯覚している。で冬のバンクーバーは雨ばかり、特に今年は晴れる日が少ない。
ここバンクーバーでは、冬に道場招待の試合が2回ある、これは元々移民した漁師の方々がシーズンオフに始めたことの名残で、1月が、バンクーバー道場大会、2月がステイブストン大会。1月の間に、2回の大会があるわけです。で、そのあとは、11月にシアトルの大会まで、試合らしい試合は無い。年に3回。子供の大会を入れても4回。クマはこれで十分だと思う。
日本では考えられないことだと思う。しかし、試合数が少ないと言うことは、問題点が無いでもない。試合が少ないから当然審判技術も上手くならない。しかし今回は各道場が、事前に、
審判講習会をやると言うのである。大変好いことだと思う。今まで場当たり式にしか、審判は講習会は、やって来なかったわけだから、進歩といえば進歩である。
各自審判規則を忘れず持参して欲しいものである。
さて、話は変わるが、ここに入ってこられる方々の仲には、日本で稽古をされている方も多いと思う。私の剣友の一人が、イタリアに出かけて、講習会と審査をしたそうである。
その時、三段を受験した日本人が居たそうだ、その人の実技が抜群に光っていたらしい。処が、形の審査になると、殆ど知らない状態だったらしい。そして13人受験した中から、最終合格したのはなんとスイス人1人だったそうである。
彼が言うには、確かに日本の若者は、は叩きあいは上手いかも知れないが、文化としての剣道は外国にもっていかれて、日本には残らないのでは、と危惧している。
ハイハイ、何故か知らないけど、熊さんは妙に納得していますね。勿論外国の道場だから、道場によりけりでしょうけど、日本の剣道界も、子供の試合に戦々恐々して居るのではなく、
もっと無形の精神文化的な剣道の良さを、総合的に子供たちに教えるべきでは無かろうか。でなければ日本伝剣道が方輪になりかねない。その3段を逃した若者は、それだけ光る、
技を披露したわけだから、ずいぶんと、体をかけた稽古をしたに違いない。それが形ですべる。これは、単に、彼だけの問題ではなく、6段、7段審査ですらあるのだから、如何なものか。
熊は、ここで試合の少ない分、養心館では、形の稽古もきちっと指導していますよ。去年暮れ、初段を頂いたユウノスケは7本全部、裏、表、きれいに打てますよ格好だけはね。
だんだん日本の剣道は、外国に出てくると、恥ずかしい思いをする時代が近づいてきている気がするのですが、皆さん如何考えられますか。
01/01/06
新年明けまして、おめでとうございます。
この熊の下らない、つぶやき(ボヤキ)を読んでくださる、皆様に、心から、幸多き年で有りますよう、お祈り申し上げます。
昨年は本当に沢山の出会いがありました。それに、嬉しいことも沢山有りました。今年は、おそらくそれ以上に、楽しいことが沢山有る予感がしています。
今まで、勤しんで来た、剣道。更なる、精進を、心に秘めておりますが、それ以上に、今まで25年間お世話になりました、カナダの剣道界にいくばくかの、恩返しをすべく、心を砕く所存です。
実は、このサイトを作るにあたり、今まで、ご指導いただいた、先生方の尊い教えを、自分独り占めにするのではなく、皆様の、ご精進の、一助になれば、と考えたのが始まりでした。
先生方の中には、すでに、鬼籍に入られた方々も少なくありません。それにまだ、熊の武者修行で、ご紹介していない先生方のお教えも沢山有ります。
マダマダ、先生がたの、お話を、書かなければ成らないことが沢山あるにも関わらず、最近は、新着情報や,つぶやきを、書くことの方が優先してしまい、反省しています。
E-Mail,の発達による、新たな出会いや、旧友が、このサイトに足跡を残してくれたりで、地球が本当に、狭くなったと感じますが、その楽しさに、溺れ切った感の一年でした。
今年は、もっつと沢山のかたがたに喜んでいただけるように、先生方のお教えを出来る限り紹介して行きたいと考えて居ます。
そしてまた、先生方から、ご指導いただいた、教えを、今、自分が自分なりに解釈している段階の事も、付け加えて、発表して行こうと考えています。
大坂に、居る、剣友が、熊の子剣道教室を、コピーして、父兄に渡されている、その父兄が、それを読み、リババイバル剣士として、剣道を再開されたと聞き、大変嬉しく感じました。
つたない文ではありますが、できる限り分かりやすく、書き記していこうと考えております。また皆様の色々なご意見や、ご質問もあろうかと思います。どうぞこのサイト皆様と手を携えて、
つくり上げて行こうと考えておりますので、遠慮なく、忌憚の無いご意見や、叱咤、ご鞭撻を、頂きたく伏してお願いを申し上げます。
新年にあたり、熊が、少し真面目になり、年頭のごあいさつと、自らの抱負を書き記しました。本年もどうぞよろしくお願い申します。
12/24/05
メリークリスマス。 とうとうこの日がやって来た。クリスチャンでもなく、仏教徒でもなく、神道でもな い、熊 (一体お前は何者だ〜 爆笑)。 都合の良い所だけを取る。此処カナダでは、白人の社会、クリスマスが非常に大きな 祭典だ。 家族、友人が揃い、パーティをする。そして、25日は街が死んだように静かにな る。 あの世界的企業、マクドナルドですら店閉いをする。勿論スーパーなんかも休み。
日本の正月に匹敵すると言っても過言ではない。 ただ開いている可能性が強いのは中国レストラン。彼らは仏教徒?おまけに旧暦で 正月を祝う。 二月の始めから中旬にかけて行われる。旧暦の読み方が解らないので、毎年同じ日で ないことだけは確か。
しかし、そんなクリスマスの中、クレイジーな奴が居る。日曜日の25日の夜。養心 館は稽古をする。 但し、どれだけの連中が参加するかは非常に疑問だ。今の所、4人は確実に出る。 多分それだけの参加に成るだろう事は、容易に想像できる。 熊自体、正月も無ければ、クリスマスも無い。ただ、日一日が有るだけで、特別変わ る事は無い。 一日は一日。お天道様が東からのぼり西に沈む。同じことの繰り返し。
剣道の稽古も何かそんな所が有る。毎回毎回同じ事の繰り返し。ただ、其処に幾分 の工夫があり、 自分の進歩に繋げていく。その進歩にしてからがどれだけ進歩したかは自分ではわ からない。 対象になる物差しが無いからである。
だが、しかし、第三者が進歩の度合いを評価してくれるの機関が有る。それが段位 審査だと思っていた。 その昇段審査を司る全日本剣道連盟では、なにかきな臭いが充満しているのだと 言う。 詳しい事は解らないが、平均12%台の合格率の六段審査に、どこかの誰かに手心を加 えたらしい。 100%の合格率で特別に審査をしたとかしないとか、大騒ぎをしているらしい。
上に立つもの、いろいろ事情は有ろうけど、「李下に冠を正さず、瓜田に靴を直さ ず」
武士道の本懐は、正義、羞恥、正直、謙譲の美徳。これ等を忘れたら、剣道なぞ
遣る意味が無くなる。
「剣道は剣の理法の修練による人間形成の道である」この理念が、ただの嘘八に
なる。
日本の範士の先生方、お願いしますよ。カナダでも真摯に真剣に剣道に取り組む馬
鹿な連中が居るのだから、本家本元がきな臭いにおいを出さないように。頑張って
頂戴。
12/17/05
先日、トロントのカナダ剣道連盟本部の審査に出向いた。 その時の写真が、EーMAILで届けられた。会議を兼ねた食事会のものだ、向かって 右側手前から、 鎌田八段、熊、カナダ剣連会長、R.アサ氏、一番奥が木村七段。 左側手前、鎌田夫人、津村八段審査委員長、その奥がカナダ剣連副会長。 ご紹介して置きます。此処に参列しているのが、カナダ剣道界の重鎮です。 本来もう一人、羽尾七段が居るのだが仕事の関係で欠席。

この方々の熱意でカナダ剣道連盟が運営されているのです。 熊もこの方々の熱意に煽られて、冬眠から目覚めました。 さあ〜、熊の目覚めが丁と出るか、半と出るか?生かすも殺すも、 会長と津村氏が決める。熊は彼らにこの身を預けて、お手伝いするだけの事。
12/11/05
最近、熊のサイトのBBSがにぎやかだ。これは、コブラ、ヒトヅマのHNをお持ち の四国の女性からの書き込みに釣られて、彼女のメールのお客様方が、覗きに来て くれるからである。
彼女は元々、我が剣友のイワゴンこと、岩手大学教授のアサミ八段のメルトモ天敵で あった。 其処に熊が横槍を入れて、参戦に加わったのが初め。 彼女にはアニエス君と言う中学1年の男の子がいて、剣道の申し子みたいな生活をし ている。 これを書いたらしかられるかも知れないが、剣道の遠征にかける費用が小学6年で 年間100万円だと・・・。 熊には異常としか思えない。そんな剣道生活の中、アニエス君はますます剣道が好き になっているのだという。 其処まで親として子供の剣道に関われば、彼女の目から見た少年剣道界の矛盾が目 に余るものが有るようで。
処が彼女、物凄く一本気な性格らしく、剣道界の矛盾に目 を瞑れないご性格らしい、熊と似たような所が有る。そこで彼女のサイトでその矛盾 をぶち上げた結果、サイトが荒れに荒れ、収支が付かなくなり、閉鎖を余儀なくされ た。 しかし、其れで引っ込むような玉ではない。コブラの異名を持つ彼女、喰らい付いたら離さない。 そこで又新たなサイトを立ち上げた。それも関係者以外立ち入り禁止の世界だ。 これが皆さん結構本音でやり取りするから面白い。しかし、彼女には贅沢な悩み(?)が有 る。 息子アニエスの剣道環境、学業への執念?まあ、一言で言えば超教育ママ。 それは半端なものでなく、真摯に悩み。真剣に深く思いをめぐらせておられるのだ。
熊は、子育てを終わった気軽さから、良く逆撫でして、茶々を入れる。 しかしながら、そのアニエス君には非常に興味があり、我がメンバーのユウノスケを 紹介した。 メルトモで、英語教育のお手伝いと、ユウノスケ、ヤスの将来のライバル養成のため である。 何もライバルは敵ではない。切磋琢磨の剣友になれるはづである。 今からの世の中、世界は段々狭くなる。地球が一つになり動き出す。そんな次世代を 考えて、人づくりに、 おせっかいをしたくなった。
12/7/05
言わぬが花、と言うことわざが有る。 沈黙は金、雉も泣かずば打たれまい。全て同じような場合に使われる言葉だと思う。
熊は偶然、仕事や家庭の件で、剣道界から半分身を引いていた。いや、殆ど完全に手 を引いていた。だから偶然、沈黙は金、言わぬが花に成っていた。ましてや雉も鳴かないわけであ る。
その三年間に、色々在ったらしい。此処BC州は剣道界に色々問題が有るらしい。い や事実有る。 それも、何もかもが、熊は知らないで居た。知らないで幸せで在ったと言える。風の 音は聞こえていたけどね。 勿論、それらを知った今も、尚更、幸せを感じている。見る人は正しく見ていた。 逆に言えば、身を引いていた、お陰で、熊の重要性を認識して頂けた様な感が有る。 要するにボロを出す人は、自然にボロを出すと言う事か、名誉欲に駆られた人々が、 泣かずとも良い処で声を出し、話さなくても良い所で、人の批判をする。そして足引 きを、画策をする。
片方はそれを知らないから、相手に成らない。したくても出来ない訳だ。 又、知ったとしても、余りにも幼稚すぎる話で、腹も立たないで在ったろうと思う。 今までもあり過ぎたからね。策士策ににおぼれる、てことか。 要するに初めから名誉欲など持たず、剣道界に未練も持たず、完全に捨てていたから ね。 捨て身の覚悟、無欲。剣道で学んだことが生きていた。皆さん生きていないね。真の 剣道やってないね。 それを冷静に第三者が見ている。判断は自ずと決まる訳で有る。カナダ剣道連盟会長 は目クラではない。 今回、トロントで、色々、お話を伺った。BC州で、熊の足引きが沸騰していたらし い。知らないのは熊だけ。 4000KM離れたトロントで、熊のことがトンんでも無い作り話がされていた。爆笑。
熊は今まで剣道界に微力ながら正しい方向性を見出すが為の、お手伝いをしてきた積 りである。 我欲で望んだ事は無い。 それを評価されたのであろう。熊は今まで、昇段審査会の設立、BC剣道連盟の再構 築に関わり、影の力、縁の下の力だけでお手伝いをしてきた。会長や委員長な どと呼ばれる席には一度も着いたことが無い。 勿論今からもズート縁の下の力持ちで有ることには変わりない。名誉、我欲を持つと 剣道が目クラになる。 熊にとっての剣道は剣道であり、実力と見識、人間性の修行であり、それ以上の何 物でもないからである。 今回、それがカナダ剣道連盟本部に認められ登用された、核心ではなかろうか。 正しい修行にこそ、天の道も開ける事を確信させていただいた。感謝感激である。
これを読んだら又慌てるやからが出てくるだろうね、心配要らないよ、熊は下らない 事には興味が無いから。 何もしないから、慌てなくていいよ、心静かにお暮らしなさい。平常心を養うのが剣 道の目的の一つだからね。 頑張ってくださいね。
12/2/05
熊の道場では稽古を、不定期にビデオを取る。 今回昇段審査も終わり、各自が夫々矯正課題に望むべく、ビデオを撮影。一組3分の 立会い。
熊は白熊と、一番始めと一番最後に二度撮影した。各自も夫々相手を変えて2度 立会いをしている。 熊の一度目は、世界が狂ったとしか思えないほど白熊にひっぱ叩かれた。こんな珍 しい事は過去に無い。 俗に言う手も足も出ない状態。立ち上がり、準備運動不足を言えば言い訳には成る が、それは言わない。 どんな状況下であろうと八は八としての稽古をしなければ成らない。攻めて出たと ころをことごとく捕らえられた。何かが不足している。
二度目に相対した時は、稽古の終わりに近い時間帯だったので、汗もかき体もこな れて居たのか、白熊を捕えた面が3本、そこそこの対峙は出来たが、最後に攻めて出 たところを面に乗られ万事休す。 此処で又攻めに対する課題が出てきた。白熊に通じた面が出たときは、攻めから打 突に移る際の気が切れていない。処が打たれたときは攻めて溜めた瞬間?もしく は、攻めて相手を見ている瞬間に集中力を欠くことが有るらしい。其処を逆に攻め 込まれて居つかされてしまっているようだ。
撮影したビデオはまだ見ていないが、久々に完敗のビデオ、得る収穫が大いに違いな い。 マタマタ研究の課題が出てきた。嬉しい限りである。
これを見ている会員に告ぐ。12/9の金曜日。養心館のクリスマスパーテーを兼ね て、試写会兼研究会をやる。各自自分の飲み物と食べ物1品持参のこと。先生 がボロ負けに叩かれるビデオはそうそうお目に掛かれないから、十分に楽しんで くれ。
11/26/05
とうとう養心館のアクセスが10,000を超えた。どなたが10,000を取ったか? 熊は、9,999のぞろ目を取った。今朝は10,001だった。誰かカナダの夜中に10,000を取られたはずなのだが、何方なのか解らない。有り難い事だ。多くの 方々に詰まらんサイトにご訪問頂き、感謝である。 そのお陰か、(飛躍しすぎ?)今朝は完全な快晴。土曜日とあって、SKI場は賑わ いを見せるであろう。
おまけに今日はカナダ剣道連盟西部地区の昇段審査会が有る。熊も審査員の一人とし てお手伝いするのだが、何せ、各道場、バラバラに教えているので、剣道形はいい加 減な所が有る。先生方が形を熟知していないのが原因。
7月の初め、カナダ選手権が あった折、西部地区指導者皆で一度集まり、剣道形の講習会および打ち合わせをして は、如何かと提案した。そのように遣りますとの事だったが、何の連絡も無いまま今 日を迎える。「聞くはひと時の恥。聞かざるは一生の恥。」知らずして人に教え る。「何を?」叩き合いだけが剣道ではないはずなのに・・・。
無責任この上ない。 今日は厳正に審査をしょうと尚更思った。
11/13/05
久々にシアトル大会を見た。 4年ぶりのことである。今までは仕事が変わり家内の病気と色々あり中々時間が見 出せなかったが、 此処に来て従業員が仕事が出来るようになり、私が店を空けても切り回せるまでに なった。在り難い事だと感謝している。
審判には申し込んでなかったので、あくまで 試合観戦。で、参加して驚いた。七段クラスの先生方が殆ど出てきていない。7〜8人 は居るはずの方々が出ていない。昔彼らが先導して審判をしていた。 当然審判不足。三段から審判に立たされたらしい。当然、取りミスが有る。試合進行 もあやふやが出てくる。 これは毎度の事だが、今回は特にそれが目立った。それはそうであろう、試合規則も 審判規則も知らない連中がぶっつけ本番でやる訳だから、大変である。
で試合後、 コートの七段クラスの先生方が注意を与えながらの試合となる。だから今回は勝ち負 けを度返しして、生徒の戦いぶりを見守った。つまり試合内容である。
熊は元々、勝ち負けより、内容を重視してきた。それは生徒の将来に向けての剣道の あり方を身に付けさせてやりたいが為である。勝ち負けは審判の出来不出来でも左右 されるし、誤審も多い。それより、生徒がどんな戦い方をして、試合に臨むかその事 の方が大切だと考えるからである。生徒もその時々で内容が変わる。 勝ち負けに拘ると、内容が無くなる。勝ち負けを度返しして戦う事のみに専心すると 内容がよくなる。
今回それが光ったのは、やはり、熊が試合を見て、適切にアドバイスできた事が大き いと感じた。 やはり、熊はまだまだ、惰眠を貪っている場合ではない事を生徒から教えられた。
11/6/05
剣道をこよなく愛す人々がいる。 人それぞれの取り組み方が有ると思うが、剣道に何を求めるか?それも人それぞれだ と思う。
今まで50年間の剣道人生で色々な方々とお会いし、そしてご指導を頂いた。 初めて竹刀を持った時、手取り足取り教えて頂いた先生は今だ持って忘れた事が ない。
岩上清治先生、当時三段。後で五段に昇段された。その方の後ろ姿がすでに指導だっ た。 立野政治先生、子供の頃、厳しい中に暖かい人間性で教えを頂いた中学、高校時 代。 その頃、鍛えに鍛え抜かれた国士舘の猛者、小谷広志先輩。死ぬかと思った事も有 る。 村雲清信先生には、生涯剣道を導かれた。その道場での稽古仲間。 カナダに移民して、出会った先生諸氏。剣道仲間。思い出せば切が無い。
おそらく、剣道をやっていなければ、これだけの違った社会の方々とは出会うことが 無かったであろう。 違った社会には、違った価値観が有る。それらを知る事は、人生を豊かにする大元に 成る気がする。 そして、剣道を行ずる方々の人間性が、その方の稽古に現れてくる。人間性に優劣は 無い。 有るとすれば、価値観の違いがある。ただそれだけの事。 専門家になる為に剣道を行ずる人。警察、教員。それらの道はごく限られた世界。 一般剣道愛好家と言う人々。その中にも専門家に劣らず行ずる人々もいる。
要は、その人がどれだけ真摯に精進してきたか、それが決め手になることだけは間違 いが無い。 願わくば、長生きをして、羽賀の親父の如く、道を究めたいと思うのである。
10/31/05
昨日の稽古、最後に白熊とシンペイが稽古をした。終了時間をはるかに越えて望んだシンペイ。 構えも気力も普段の数倍充実していた。それは白熊に掛かる前に、熊に掛かりに来て、攻められて、手元を浮かしたので、熊は打たずににっこり笑って引き上げた。それがよほど心に堪 えたのだろう。 だからシンペイは、死に物狂いで白熊に挑んだ。
構えも気迫も良い。いい所に打って出るのだが、 その出端を乗られてしまう。何故か、間合いに攻め込むときに、打ちたい病が右手に 起こり、右手が竹刀を握り閉めてしまう。その為に、剣先が中心を外れ、上向きになり、剣先の攻めが途切れてしまうのだ。 相手にとって見れば、こんなありがたいことは無い。打たれる為に間を詰めて来るよ うな物だからだ。 だが中々ご本人は、其処に気付かない。
それが稽古後の更衣室での話題になった。 触刃の間から、交刃の間、打ち間への攻め込みの移動中、如何に、右手をリラックス させて、 自然体で出れるか、自然体で攻め込んでこそ、本当の攻めが効いてくる。相手の変化 にも対処できる。 確かに打たれるのは怖い。だけど打ちたい。だからこそ其処に勇気が要るのだ。打たれても良いと言う覚悟が要る。それを克服して、本物の勇気が養われるのだ。これは白熊の弁。
白熊もシンペイも育ったものだ。教える方も聞くほうも、その力が無ければ理解が出来ない。
10/16/05
たまに時間の有るとき、熊の武者修行を読み返している。 武者修行、思いついたままに書き始めたために、今、思い出した事を書こうと、考え るが、重複してはならじと、確認の意味も含めて読み返している。
処が、読み返して いるうちに、アレレ、ひょっとしてアノ教えは、この事なのかと、今に成って、妙に 納得したり、驚いたりしている。以前聞いたときに理解していた積りが、今新たに、 読み直すと、その深い処が、怒涛のように押し寄せてくる。熊は、熊なりに進化して いると言う事か・・・。
その一つが、榊原範士の言葉、「剣道は打ち合いでなく、攻め合いである」と言うく だりが有る。では、攻め合いとは何か?
要は、集中力ではなかろうか?打突動作は、 日頃の稽古で、自然に打てる処までなってきている。 処が、どうかすると、相手に打たれる。本当の攻めが効いていれば、先ず打たれるは ずが無いので有る。 それは何故か、集中力が、瞬間的に抜けるからで有る。通常、稽古のとき、体の力が 抜け、自然体で構えていれば、自ずと機会が見えれば、打ち込んでいる。処が、そ の機会を捉えられないことも有る。それは何故、瞬間的に集中力が欠けるからで有 る。
その集中力、これこそが、剣道で養える所の人間の能力なのではなかろか、三 昧というう言葉が有る。成りきる事だと言う。
つまり、集中力。無心も然り、不動心も然り。心の間合い然り、四戒に、打ち勝つのも、全てが強い、集中力の持続の成せ る技なのだと考えるに至った。
10/8/05
還暦を迎え別に特別な事は無いのだが、これからの稽古老いとの戦いである事は間違 いが無い。
最近特に意識はしていないのだが、道場の館員との稽古どれだけで仕上げられるか
を、自分に貸せている。
若い十代、二十代とは相掛かりもやる。まだ打ち負けることが無い。単にこれは体
力、気力の勝負。
これが打ち負けるようになれば、老いとてしての剣道の工夫が必要に成るであろう。
昔と違い、平均寿命が延びた。お陰で体もまだ若い。瞬発力もまだ有る。不思議と筋
肉痛も起きない。
今から何年くらいこんな剣道が続けられるか、楽しみである。
10/5/05
最近思う事、昔の修験者は何故人跡未踏の険しい山々を修行の場として捉えていたの か。多分、険しい山々には人間の心を崇高にする何かが感ぜられたからではなかろうか。
最近絵を描くようになってから、今までは写真を見て景色を描いたり、想像の世界で
物を描いたりしていた。
しかし何か物足りなさを感じ、今週の休み、バンクーバー島のウクレット、トフィーノに一泊旅行で夕日を見に行ってきた。
此処は、太平洋に面し、波も荒く、夕日が海に落ちる様を妨げる何物の無い。
予報では、雨と出ていたが、前日より晴れるように念を送り続けたお陰か、
上手く晴れ渡り、最高の夕日が見れた。
午後3時から、夕日を撮影するためのベストスポットを探すべく、海岸線の山の中を 歩き回って、 綺麗な場所を何箇所か見つけ、その中の最高の場所を決め、5時過ぎから2時間近く待つ。 その場所は、海面に2個の大岩があり、丁度其処の中間に夕日が落ちるであろう予測をつけ、 荒波が岩に打ちつけ、波しぶきと、真っ赤な夕日が沈むすばらしい光景を見守った。
心の中を去来する何者も無い、ただその美しさに我を忘れ、デジカメのシャッターを押す。 その数、50枚近くになった。
おそらく修験者も自然の雄大な美の中に身を置き、自己の力を超越した世界を見たことであろう。
大自然から得るパワー、想像をはるかに超えるものが有る。その体験が出来た。
次の日、トフィーノの美術館で、原住民の絵画を見た。これは感動以上の驚きである。
彼らもまた、おそらくは、修験者に違いない、出なければあんなに綺麗な絵は描けな
いであろう。
自然と、人間が一体化する、その時に始めて偉大な力が身に宿る。それが確信できた旅であった。
9/22/05
此処最近入門者が多い。子供、大人含めて4人入門。 それに、見学に訪れる人がチョコチョコ有る。 まだまだ増えそうな気配である。有りがたい。
この若い二人13歳と19歳中々筋が良い。 一年前からやっている二人を抜きそうな気配。
剣道に限らず何でも本人のやる気次第。 興味を持つか、イヤイヤやるか。大きな違いである。 人間興味を持ち真剣に取り組めばそこそこの事が出来る。
処が、回りの期待のしすぎ、もしくは在らぬノルマでプレッシャーを掛ける。 そうするとそれがストレスになり、伸びるものも伸びなくなる。
最近イヤな記事を目にした。某サイトに寄せられていた、投稿。 親を憎み、親を殺したいと書いてある。 それが一人ならず意外と沢山の子供がいるのに驚いた。
要するに、親の期待が子供に大きくのしかかり、子供が苦痛を感じているのだ。 親はそれに気付かないで居る。怖い事だ。
昔は兄弟が多く、一人一人の子供に対する親の期待も分散されていたのか、 親を殺したいなどと考える子供はよほどの事が無い限り居なかった。
少子化が問題なのか、世の中が金中心に回りだしたためか、 畜生動物にすらありえないことが、万物の霊長たる人間に起きている。
剣道を通じて、人様の子供を預かり見ていると、その辺が見えてくる。 子供の教育より、大人の教育の方が先だとつくづく感じてしまう。
9/17/05
最近友人から映画を見せてもらった。黒澤明が昔写した映画らしいのだが、剣という題名。どこか他の国から逆輸入されたものらしい。シリーズもの
(?)短編で、いくつかの物語がつながり、7部作。剣が、持ち主か変わる度に、起きる人生の悲哀を書き出したもの。いかにも剣そのものに命があるがごとき、ストリーが展開される。
面白い、日本人的な考え、物に命を吹き込む。日本では古今、仏像を拝む。偶像崇拝とでも言おうか? キリスト教バブテスト派では、偶像崇拝は行わない。その辺が文化の違いとして現れているのかもしれない。
処が、俳優の刀の使い方の下手さには驚かされる。少なくとも刀の持ち方くらいは教えて欲しいものである。最近のテレビでも時代劇でチャンバラを目にするが、剣豪物であれば少なくとも居合いの素養ぐらいは欲しいと思うのは・・・・?
昔、萬屋金之助が演じた子連れ狼。あれは、さすがだと思った記憶が有る。丁度自分も居合いに燃えていた頃、俳優ごときに負けてはならじと懸命に抜いた記憶がよみがえる。
9/04/05
九月に入り、急に気温が下がり始めた。今朝の出勤、半袖では肌寒く感じた。
6月7月と暑くならないまま秋になるかと思われたが8月に入り晴天が続いた。
しかし気温は例年に無く涼しい夏を経験。今年のワインの出来や如何に。
最近、自分の思い通りの味に仕上げてくれるワインメーカーを探し出した。
ポルトガル出身の彼、ワインのことは博士級?いくつかのワインをブレンドして、
テイステイングをさせてもらい、お気に入りの味のワインをオーダーした。
熊は、白ワインの少し甘い系のワインが好みなので、2種類オーダーする。
それも一つの樽?から二種類。一つは通常飲むワイン。今ひとつはアイスワイン。
彼のマジックにより、アイスワインが出来てしまう。おまけにこれが安く上がる。
通常アイスワインは、500ml=40〜70ドル。これが10ドル位でできる。
おまけに通常飲むワイン。750ml=7〜16ドル、これがなんと4ドル位で出来てしま
う。
もともと高いワインには手が出ないので、安いワインで好みのものを探しまわるのが
趣味?
ところが、究極の自分のワインが手に入る事が分かった。世界で一つ熊だけのワイン。
おまけに自分の好みの味。科学的な混ぜ物は一切しない。純粋なワインだけで作る。
稽古の後の安らぎを、自分の絵を愛でながら、ワインを口に運ぶ至福の時である。
8/29/05
最近、仕事が忙しい事もさりながら、絵を書き出したので、時間がとられ、あまりつぶやけない。フアンの方々には申し訳なのだが、
お許しを願いたい。熊が絵を描こうと思ったきっかけは、偶然良い師匠に出会えた、それに宮本武蔵の絵を見ていたからである。
宮本武蔵の描いた絵は、美術的にもかなり高い評価を受けていると聞く。一番の感動は百舌の絵である。素晴らしいと思った。
熊は、一芸に秀でては居ないが、何か本能的に感性が磨かれるような気がしたからである。面白い物で、絵は当然のごとく残る。
その一枚一枚に確実に上達の具合が如実に現れる。デッサン、描写力、全体像のバランス、光、影、遠近、色の濃淡、それらを、
色の混合で、仕上げていく、それで、完全に別世界が現れる。剣道では得られない、別の無心がそこにはあった。両方三昧である。
8/22/05
夏の終わり、マツタケが出回り始めた。
昨年は暑い暑い夏を経験したので、マツタケが取れすぎて値段が安かった。
今年は、あまり暑い夏とはいえない、という事は、マツタケの不作?値段が上がる?
しかし、日本でマツタケを食べようとすれば、かなりの金額が請求されるであろうが、
此処では、ふんだんに食べられるのがありがたい。色が白く香りが少し弱いが、マツタケである。
秋の味覚には郷愁を覚える。最近友人の家で食事をご馳走に成る事が多い。
昨日は鯖の煮込み。富山では鯖の煮込みと言えば生姜と味噌仕立てで、煮込む。
処が、友人宅では生姜とお醤油で煮込んであった。これも、美味しい。
カナダに住んで居るとは言う物の、味へのこだわりが、日本から抜け出せない。
世界の味が何でも揃う、バンクーバー、気候も良く、平均寿命がカナダでは一番。
此処だけが、日本並みの長寿。うなずける、うなずける。
8/15/05
最近別の世界が知りたくて、絵を習いだした。描いてみると、夢中になってしまう自分が居るのに少々驚いている。
子供の頃、絵は正直苦手で、中学の時、夏休みの宿題を、兄貴のガールフレンドに描いてもらった記憶が有る。
彼女は高校の美術部に居たので、その時の絵が、学校の特選に入賞してしまい、後々、後ろめたい気分が付いて
回った、嫌な思い出が有る。
しかし今、自分の絵は自分の書きたいように描いている、相変わらず下手なのだが、剣道とは違う楽しさが有る。
剣道は、動きの中に静を表現する。絵は静に中に動きを表現する。と言えば分かるだろうか?
剣道の、動きの中の静は、攻防動作の中の、心の安定を如何に保てるか、乱れの無い心が表現できるか。
絵は動かない画面に如何に動きを表現出来るかどうかだと思う。おまけに絵は、その時の自分の感情が結構画面に現れてし
まうから怖い。剣道でも、打ちたいが打たれたくない、人の性がでてきてしまう。これも怖い。
剣道も絵も、人に良く見てもらおう、等と考えると、ろくなものに成らない。両方、直心の集中力が求められる。
絵は自分だけの世界が持てる、人の邪魔をしない。とある時、熊は何をやっても、剣道に置き換えて考えてしまうと、絵の
先生の息子さんに言われた。自分の気付かない面白い処を突かれた。笑い話である。
8/06/05
暑くならない今年の夏。此処に来てやっと暑く成り出した。やはり夏は暑くないと収まらない。
とは言え、日本の夏と比べれば、その暑さは比べ物にならない。直射日光の下では30度くらいに感ずる暑さも、
木陰では、くしゃみが出るほど肌寒い。ましてや道場で、室内では25〜6度くらい,冷房を入れているような物だ。
快適に稽古が出来る。熱中症等とは程遠い。
昨夜は今年最後の花火大会とあり、18年ぶりに出かけてみた。イングリッシュ湾に浮かべたバージ船の上から打ち上げる。
水面に移る花火もいいものだ。人出も最高に達したらしい。公式発表で50万人の人出。
と言う事は、バンクバー近郊の人口が160万だから約、1/3の人間が出かけた事に成る。
浴衣姿の若い日本人の女の子達の場違いな装いも、不自然さを感じさせないのが、カナダならではなのか。
何でもありなのがカナダらしい。
7/31/05
最近稽古をして思うのは、気の働きが良い時と、悪い時が解るように成ってきたことだ。
どちらかと言うと、今まではただがむしゃらに、打ち込んで居たのだが、その時は何にも解らないで居た。
今日は調子が悪いな〜位であまり深くは考えても居なかった。処が、僅かでは有るがその日の調子に出来不出来がはっきり
自覚できるようになり、はたと、感ずる事があり、何故そうなるのかを検証してみた、結果、解った。
気を上手く自分でコントロールできる時は、相手が非常に良く見える。瞬時の判断にも殆ど失敗が無い。
処が、一つ気のコントロールの歯車がかみ合わないと、ずるずると調子を落としてしまうのが不思議だった。
そんな時は、打たれ放題と言う事は無いにしても、充実した稽古にはならない。その差が何処から出てくるのか自分なりに
検証してみたのだが、打ち気が一番の魔物だと気づく様になった。打ちに出る前に気負いが有る。
これが全ての感覚を麻痺させて、歯車がかみ合わなくなる。処が、クンパハカをやりながら、相手と対峙していると、
打つべき機会に自然と体が出る。又相手がかなり強く攻めてきても、心に動揺があまり走らなくなってきた。
心に動揺が出なければ当然相手が見える。見切りが出来るのだ。だから今は心の管理をクンパハカにより求めている。
7/26/05
またまたまた、久しぶりのつぶやきである。最近、養心館のHPを改新?していたために中々つぶやけず、間が開いた。
実はこのHPを影でいじくり回しているのは<誰あろうタケノリである。英語版も彼が担当。彼は留学生なのでよい英語の勉強になる。
間違いがあれば、完全バイリンガルの、白熊や黒熊がみているから手直しはするだろう。マア、白熊が大体良いと言っているから、そ
こそこは出来ているのだろう。大目にみている点も無いではないが、言葉の翻訳だけではない所もあるので、結果や如何に、である
剣道の教本は、中々難しい物があるので簡単なものから訳せと、指示してある。しかし大変な作業である事は間違いない。
タケノリ頑張れ。
7/19/05
3日間、良い天気が続いた。しかし、暑さは感じない。風があるので心地よい。
日本の暑さに比べれば、此処での夏中稽古は在り得ない。本当に感謝である。
10年位前富山で40度を記録したときに、稽古をした。その時45分で、気が遠くなるような感じがした。トイレに行っても小水が出ない。
いや出るのだが、チョロチョロチョロと際限が無い。あれは地獄だと思った。ところが、此処では先ずそんな事にはならない。
毎回地稽古だけでも1.30分はやる。打ち込みを入れると2時間はやる。イヤ、やれてしまうのが不思議だ。負担を感じない。
真剣にやってでも、バテ無いですむ。昨日でも白熊黒熊がガンガン来たが、こちらもガンガンやれるし、飛べる。楽しい。面白い。
Mr
Kが攻めについて質問してきた。高校時代に身に着けた、飛び出し稽古では此処では通用しない。攻めが無いと始まらない。
稽古を再開してたかが半年、気攻めを理解しないと、此処では稽古にならない事に気付いたようだ。中々つかみ所が良い。
7/15/05
災害は忘れた頃にやってくる。熊が取引している冷蔵会社が火事になった。
急激に商売が伸び、熊の店の冷蔵庫が小さくて、在庫のほとんどがそこに預けてあった。
アメリカ産の神戸ビーフや焼肉用の材料など、約100ケースほど預けてあった。
それが灰になった。いや、たぶんローストビーフくらいにはなったのかもしれない。
多分、食べたらうまいだろうが、それが出来ない(冗談)相談。消防隊の原因究明の検査、食品安全局の査定。
おまけに停電であろうから、我々の手の及ぶところではない。品物の確認すら不可能。
おまけに、そこの冷蔵会社は保険の効かない契約である。要するに預かりだけ。商品の保障はしない。
熊の店には火災保険がかけてある。外の在庫は保険が効かない。つまり、丸損。
でも、考え方だ。神様が又、頑張って仕事をしろと言っているのだろう。挽回という仕事が出来た。
またまた、張り切って仕事をしなければならない。若返りの保障みたいなものだ。
難有りて、有難し。感謝、感謝。そのたびに強くなれるのだから、有難いことである。
7/10/05
人生後半になる程ドンドン面白くなって来る。還暦を迎えようとしているのに、この楽しさは一体全体何のであろうか?
まさに、大宇宙の力、サムシンググレイトに感謝の思いである。
「若い内の苦労は買ってでもせよ」と言うが、何であんなにも苦しみもがいたのだろうか、今考えると不思議でならない。
苦労を苦労と感じないくらいに、人生に慣れてきたのでもなく、鈍感に成った訳でもないと思うのだが・・・
今から考えると、人間の欲がストレスの元になり、苦労の元になるのではと考える事が有る。最近、周りにいる人々の、人間欲が見えてきて面白い。意欲と言えばカッコいいが、全ては我欲。欲が有るだけストレスが溜まって、そのストレスに利息が付いて身動き取れないでいるかのように見える。
自分は、何もいらなくなってしまった。そうしたら、逆にドンドン向こうから近づいてくる。欲しいものが手に入り出した。それですら、今欲しいとは思わないのだから不思議なものだ。自分の人生付いていると思う。何かの本に書いてあったが、「付いていると思える人は、努力をしてきた人だ」と書いてあった。それなりに努力はしてきたのかな〜?
7/06/05
モントリオール、日本に近い蒸し暑さを感ずる。街はJAZZ一色。おりしもバンクーバーもJAZZフェステの最中だったので、比較興味があった。残念ながらと言おうか、歴史の違いと言おうか、モントリオールのJAZZフェスはスケールが違った。野外ステージが10数箇所。バンクーバーは4箇所。これだけでも脱帽。今回のJAZZフェスはアフリカンが多かった。複雑なリズムで単純なメロデイーとでも言おうか、軽いノリでメチャクチャ楽しいのである。そこにいる殆どの観衆が踊っている。これには驚いた。フランス系の人々のJAZZ好きは定評がある。CBCラジオ、カナダの公のラジオ局フランス語版は一日の半分以上がJAZZを流している。熊もこの局には車でお世話になっている。フランス語は全くだめだが、音楽は聴ける。熊は若かりし頃、6年間剣道を中断していた事がある。その当事JAZZドラムを叩き、小遣い稼ぎをしていた。だからJAZZは生活の一部。白熊、黒熊は、親父は何の為にモントリオールまで来たのか?といぶかる始末。しかしこれは夕食の後の散歩をかねて聞きに廻った訳だから、剣道とJAZZ両方十分に満喫した。そして、おまけに、此処フランス系の女性は バンクーバーと違い小柄で可愛い。おまけに蒸し暑いから当然肌の露出度がUPしている。その上にオシャレ。子供だと(22)思っていたタケノリが、モントリオールの女性は華があるとは、バンクーバーに帰郷してのつぶやき。これは剣道の審判員たち数人が認める見解。やはり俺たちは一体、何をしにモントリオールまで出かけたのか(爆笑)マア、とにかく、楽しい旅行ではありました。ちなみに友人から聞いた情報によると、MSNのマッチドコム。ケベック州(モントリオールがある所)の女性がダントツに多いとか。これも面白いと思った。やはりフランス系は自由で奔放?か如何は分からないが、楽しい性格ではあることだけは事実らしい。熊も若ければ、剣道も盛んで、礼儀正しい、モントリオールへの移住を考える。そんな妄想に駆られた。当分ケベック病から抜け出せないで居るだろう。
7/04/05
モントリオール、カナダの中ではあるが、フランス語圏だ。カナダ選手権が行われた、マギール大学は,言わば、日本の京大?生徒も頭が良い。で、英語が通じる。彼らの剣風、すこぶる良い。道場の施設もダンスクラブと共同だが、剣道の防具置き場があり。整然と整理がなされている。おそらく日本の剣道クラブでも此処までの管理が成されているだろうか?仕事がらみで白熊が一日早くモントリオールに出かけ、その晩も稽古をしたとか、白熊がべた褒めに褒めていたのでそれなりの期待はしていったのだが、熊の想像をはるかに超えた、ハイレベル。白人先生が教える、白人が殆どの剣道部、今大会29チーム参加で、ベスト4入り。それだけでも驚きだ。実力がある。負けたのは、皮肉にも熊の養心館にわずかの差、二勝三敗で負けた。熊の道場に2勝している。これは賞賛に値する。其れもみんなが5年以下の初心者?中級とまで、言えるかどうかの選手たち。処が試合が始まれば正々堂々と戦い、フェイント中心の日系人剣道クラブを破り、堂々のベスト4を決めた。このチームこれから何処まで伸びるか。生徒たちが熊に何かを話してくれとの事だったので、その剣道に対する態度を褒め、ますますの正しい精進を教え、大学をでても剣道を続ける事の意味を話し、生涯剣道を勧めた。其れを、選手たちがきちんと正座をして私の前に並び、聞くその姿に驚き。躾は日本以上に成されている事に感動し、楽しみな剣道人材の宝庫。クリスチャン先生指導の底力を垣間見る思いがした。その内、剣道でも、伝統文化の伝承でも日本が負ける日が近い事を思わずには居られなかった。試合の勝ち負けに戦々恐々としている日本の剣士諸君、その間に外国ではどんどん本物が出てくるぞ。早く気が付け、目を覚ませ。でないと本当に不覚を取るぞ。
6/25/05
最近稽古で心がけている事が有る、攻めるとき胸を開く事だ。
相手に胸をぶつけて行く様な、自分の感覚だけなのだが、攻めが強くなるような気がする。
と言うか、相手が見えてくるし、なんとなく相手を使える。肩の力が抜ける効果が有るのかも知れない。
これが正しいのか、どうかはまったく責任を持たない。あくまで自分の感覚だからだ。
そのことで、白熊と話をして、攻めの問題から、捨てる問題に話が発展した。攻めて何処で捨てるか。
白熊は最後まで捨てないのが良いのではという。それには其れの理由がある。(見切りの幅の限界としておこう)
武者修行の羽賀範士の教え、見切りを読まれた方は理解が出来ると思うのだが・・・・
熊は、捨てる前に捨てていなければ成らないと言った。 (これも、捨てる見切りの原点が何処にあるか)
話は真っ向から反対意見の衝突に見えた。
処が、その攻めと、捨て切の話を詰めて行くうちに同じ結論を言おうとしていることに気づいた。
言い方が違う、感じている事が同じなのだが、説明のしかたが違う。面白いと思った。
(このつぶやきを、このまま記載すると、消化不良を起こす人が居るだろう、しかし、妙は口では言えませんから)
悪しからず。
6/19/05
一月ほど前の京都の思い出に、鹿志館の森田先生の話を書いた。正装の話である。そして、スーツも剣道もなくなる日がそう遠くないかも知れない、と結んだ。それから僅かの日を置かないで、日本政府の高官が省エネ問題からか、スーツネクタイを取りやめた。小泉首相が、得意満面で、画面に出ていた。政府高官といえば、全ての最高機関である。其処がスーツを止めたと成ると、一般、ビジネス社会にも波及する事は免れない?のかな?兎に角、あまりにも良いタイミングで、そのような事になり、まるで熊は預言者か、霊能者か・・・・(笑)だがだが、熊がいくら超能力に長けている(爆笑)???
とは言え、剣道はそう早く無くなって貰っては熊が一番困る。イヤ、例え現行の剣道が世界中に無くなり、消え去ってでも、日本伝剣道は、熊の道場だけには残そう。カナダだからこそ、雑音が入らない。純粋培養で?本物?が残る。イヤ、残せるような気がする。日本では、試合者といたちごっこで、審判ルールが変わり、剣道形も、委員が変われば変わる。本来、伝統と言う物はそんなに変わらない物だと思うのだが、本物の伝統が段々遠く消えていくような気がしてならない。
6/14/05
無知、これほど怖いものは無い。先日行われた稽古会で、ある生徒が、八段の先生に突きを出した。その後の懇親会で、ひどくその行為をたしなめられたと言う。この行為をたしなめた男は,もちろん当事者の八段ではない。八段の先生に突きを出すのは失礼な行為である、普段の稽古の心がけが悪いと、散々に言われたらしい。私は、その話を聞き、馬鹿を言うなと言いたくなった。熊が 四段で初めて渡辺敏雄範士(当時全日本剣道連盟理事長)に稽古を頂いたとき、何をしても通じなく、無我夢中で突きを出した事がある。その一本の突きが見事に決まり、先生から、ものすごく褒められて、先生の竹刀をご褒美に頂いた事がある。また、以前、NHKで放送された、剣道八段審査の模様。「120秒 、心の戦い」の中の,記録フイルムの中で,持田盛冶範士十段に下位の先生が突きを出されている映像が放送された。勿論、持田先生はその突きを軽くなやされ、突き返しをしておられる。その一連の捌きのすばらしさに、目を奪われた事を今もって忘れられない。 十段の70歳を超えた先生にすら、突きを出して良いのに、ましてや、現役の60代の八段である。突きを出して何が悪いのであろうか?私は逆にその人は八段をなめている。とすら思った。ご存知の通り八段は1%の難関を突破された剣客である。強い方々だけが通過を許される。と言う事は、技も、気位も、強さも兼ね備えて居られるから、八段に成られたわけで、その先生方々だからこそ、突きを出しても捌かれ、なやされ、良いご指導を受けられるのでは無かろうか、勿論、無理な機会に無理な突き方をするのは,如何な物かと思うが、攻防の中で、自然発生的に出た突き。これを失礼と言ってしまえば、この下位者はどのように稽古をしていい物か分からない。其れも突きという技は、剣道における有効な打突部位として、剣道の審判規則にも認められている。これを認めない行為こそ、剣道に対する、冒涜である。勝手に剣道ル-ルを変える権利がその男の何処にあるのだろうか。おそらく本人が突かれるのが怖いから、下位者が突いてくる突きに文句を言うのであろう。元に立つ資格が無い、と言わざるを得ない。熊が、初めて、元に立つ事を許された日、師匠の村雲先生に言われた。元に立つと言う事は、相手に殺されても文句は言えない。其れ位の覚悟と,自覚を持って,真剣に立ちなさい。とご教導いただいた。この話は、警視庁の主席師範を勤められた、小沼先生も言われていた。今もその教えは忘れた事が無い。無知な剣道家が、剣道をだんだん悪くしていく。
6/10/05
夜の長い、カナダの夏、8:30PMおそらく日本の6:00くらいの夕暮れ。ここは10:30PMまで明るい。夕飯を食べた後でも十分散歩を楽しむ時間がある。腹ごなし、ほろ酔い覚まし?外に出て。さわやかな風に吹かれながら、木刀を杖代わりに左手で振りながら気の向くまま、ぶらぶら歩く。意外なほど変化の無いと思える街中も、気をつけてみれば小さい変化が散見される。そこここに 立つ木々でさえ花が終わり、葉が茂り、その葉の色合いが変わる。昔、熊の兄弟子が俺は10年一日のごとく稽古をしていると自慢した。処が。そこに居合わせた謀範士が「それでは進歩が無い、日々これ新たでなければ成らない」と言われた。剣道家は命のやり取り。僅かな違いの変化に気付くだけの繊細な心が必要なのだと思いをめぐらした。
6/05/05
六月に入り始めてのつぶやきである。一月の間、日本に帰国をしていた、ゲスト剣士のミユキさんが、バンクーバーに戻ってきた。
カナダに惚れたのだと言う。どうしても永住覚悟でチャンスを探すと言う。すごい信念である。で久々に養心館で稽古となった。どれだけ体力が持つか、気力が持つか?見ものである。今日の稽古は13人、まあまあのお参り。黒熊が一番手、相変わらず、間合いが分かるようで分からない。下手に打てば必ず返す。しかし白熊に比べれば心の間合いが近いのと、反応が早いので、攻め込む事は意外と楽。器用で、勘のいい稽古ほど、隙も出来やすい。立ち上がりに20分つながられたが、最後に面でし止めて。白熊に交代。白熊は20分待たされた間、見取り稽古をしているので、本日の攻め口が分かるのか、中々、お互いに攻め口が掴めない。しかし気の張りは抜群。お互いが良い所を責め合い、後半グリズリーが捨てた面に出たら、完全に居ついた。その一振りで、流れが変わり、白熊の出足が鈍る。この2人で45分は稽古が過ぎる。後10人を45分で仕上げ、1.40分の地稽古が終わり更衣室で、白熊が面白い事を言った。
「気は強い相手に強い気で当たらねば成らないが、弱い相手に強い気で当たると空回りする。相手より一寸上の気で稽古をするのが難しい。少し上の気で稽古すれば、相手も何とか成ると、攻めてくるから勝負がかけやすい。所が、気に差がありすぎると。相手が逃げるか、待ちに入り、勝負に出てこないから、稽古が面白くない。相手で稽古の気を変えなければならない。」
持田先生が、「相手より一寸上で稽古をする」と言われた事が、頭の中をよぎった。この稽古で行けばたとえ小さい子供とて相手になる。下位者10人を45分で簡単に息を上げていい気に成っている無駄と言うか、粗末というか、剣聖には程遠い。
5/31/05
今日、月末、熊の休み、日本から来た友人と一杯飲んだ。剣道の話が出た。熊は剣道家以外とは飲んだ席では剣道の話はしない事にしている。何故なら、話が飛んでも無い方向へ行き、話しが混乱してくるからだ。所が、この友人、剣道 三段。結構自分の考えを持ち、いまだに稽古を続けている。実力的には、6〜七段の中間と言った所かな?ただし、段審査は受けていない。と言うか、受けないのである。彼の言い分は、剣道はなぜ、人に審判してもらわなければ,成らないのか?と言うものである。真剣勝負なら、斬られたほうが逝く、竹刀でも、打たれたら分かる。なぜ人の判断を仰ぐのか、と言うものである。その為に、誤審、えこひいきで純真な心がどれだけ、傷つけられているか、はかり知れない。と言うものである。彼曰く、京都の立会いでも、お相手の先生に打たれたら、自ら、頭を下げて、お相手を敬った光景をたくさん目にしてきた、打った先生も、いやいやマダマダ不十分と言った仕草をなされる方々が多かった。しかし、最近の立会いを見ていると、先ずそのような光景は見当たらない。これは人が判断する為に、自己の謙虚さが否定された結果だと彼はいう。自己判断を持ち込む術が無くなった結果であると彼はいう。彼は物書きである。人の心理を読むのが得意。熊は返事に困った。
5/29/05
最近、不可思議な質問が寄せられた。先生は構えをどのように構えておられますか?という物だ。熊は、全日本剣道連盟が編纂した、幼少年指導要綱の中に説明されている通りに構えて居ると申し上げた。そうしたら、それは具体的に如何言う風に構えるのですか?と言う返信が来た。意外と皆さん本を読んでは居られない様で、仕方なく要点を書いて返信をした。左手の位置。剣先の方向、足幅、足の踏まえ方。しないの握り方。詳しくは、熊の子剣道教室に書いてありますと結んだ。所が、私の構え方は間違いでは無いかというご諮問であった。彼が習った構えは、左手の握りがへその前、竹刀のコジリがへその前では無いかと仰る。私も昔子供のころそのように教わった記憶があるが、ある日、榊原先生にそれは間違いであると直された。正しくは、左手の親指の第一間接が、へその前だと。説明された。剣先の延長が相手の左目であると、確かに、指導要綱にもそのように説明してあったと記憶する。さてさて、皆様はどちらをとられますかな?
5/24/05
帰国以来、仕事の遅れや、西部地区の審判に出ていたために、変則的な出勤で仕事をしていたが、今週から通常に戻った。23(月)24(火)と二日の連休み。月はビクトリアデイ。此処の旗日である。家内の闘病生活で,長い長い間、家の中も変則的になっていた。この際思い切り掃除をして、模様替えをした。昔から男ヤモメに蛆がわくとは良く言ったものである、この狭い家の何処のこんな沢山のゴミが保存されていたのか、不思議である。勿論家内の衣類も一部、人に分けたが、それでも相当な量ではある。女性のオシャレに対する関心。すざましい。それと、竹刀の割れた竹、半端ではない。外のベランダに箱を作りいれていたが、一人では持てない重さに成っている。それと、紙、雑誌、広告。全部出すと、部屋の中がもぬけの空、人間が生活をするという事は、どれだけの無駄を生み出すものか。恐ろしい限りである。しかし、中にはゴミと解っていても捨てられないものも在る。何かの思い出があったり、まだ使えるかな?と言う品である,何時かは捨てる運命にある事は明白だが、なかなか思い切りが出来ない。実生活は剣道ほど思い切り良く出来ない。剣道が生かされていないな〜(苦笑)
5/19/05
熊の事を知っている人は、カナダで剣道と言えば、かなり盛んに行われていると思う人が多いかもしてない。処が全剣道家を集めても、おそらく2000人は居ないだろう。その殆どが、@バンクーバー、Aトロント、Bモントリオール、に集中していて、各地に少数のクラブが点在している。今回、世界選手権の予選が始まる。各地区で予選をやり、男子の場合、@西部カナダで5人、A中部カナダで、4人、B東部カナダで1名の枠が決められたそうである。その地区予選が、来る、5/21(土)に在る。で、12人が総当りで優劣を争いう。当然の如く我が道場にもそのメンバーに食い込もうとがんばる連中が居る。試合だから、蓋を開けてみないことには解らないが、過去のメンバーの牙城を崩して,新人がポジションを掴むのは容易ではないような気がする。世代交代には、まだ時間が掛かりそうである。審判をなさる先生方も大変だとは思うが、取りミスの無い公平な審判をして頂きたいと、願うばかりである。
5/15/05
年と共に記憶の貯蔵が難しくなる。巷では、アルツハイマーに近い状態と言う。本人はアル中ハイマーだと自認している。忘れない内に書いておかなければなるまい。今回の日本行きで、故郷の富山県高岡市の志貴野剣道クラブで稽古をした。此処は後輩の坂井教士の道場。大人が3組も稽古をすれば隣がぶつかる。狭い狭い道場である。そこに20人がひしめいた。広い体育館的道場と異なり、逃げ場が無いので、みな必死に前に出てきて戦う。自然と攻めと気位が身に着く。此処で何と40年ぶりに稽古をした後輩に出会った。高校以来である、55歳を過ぎてからの、完全なリバイバル組み。40年近く竹刀を持っていなかった割には、なんとなく上手くこなしていた。リバイバル組は剣道をなぜかやめないそうである。イマの所、完全に剣道狂病に掛かっている。技法、身法、心法、等と、あれこれ工夫のしすぎ?上達に対する焦りか?、焦らず慌てず、気長にやれとの指示を出す。元々少し不器用なところの有る学生ではあったがまじめな性格で、一途なところがある。だから今は完全に剣道のとりこになっている。俗に言う、はまっている。剣道を最初から心で捕らえているところが彼らしい。40年の歳月が一気に吹き飛んだ。一日に2度掛かってきた。胡桃無理はするなよ。坂井教士の娘、望も2度掛かって来た。勿論得意技の突きを繰り出してきたが、それはそれ、手玉に取り逆に突いてやる。そしてつきの突き方を伝授。もう一人、同じ坂井と言う名の若いご婦人が居た。稽古をして、間合いが非常に明るい。打ちが少し軽いのが気になるが、思い切りがよく、出足も良い。姿勢もよく。稽古は出来ている。好感の持てる稽古で良い。彼女も昔稽古をしたとの事。結婚で姓が代わり、記憶に無い。やはりアル中ハイマーだ。もう一人若い女性が居た。顔を見ると中学生か高校生のように童顔で可愛い。それで稽古も若くはつらつ、きびきびしている。つい高校生かとたずねてしまった。いいえ、一般です。との事。熊は女性を見る眼も、アル中ハイマー状態だ。ごめんね、坪田さん良い稽古しているからそのまま精進積んでください。さて本題の男ドモ。先ず、舘くん、若い頃から(イマも若いが)気の明るい思い切りの良い稽古をしていたので成長を楽しみにしていた。成るほど、期待を裏切らない修行をしていた。ただ、熊とは線の太さが違う。(体形ではないぞ)解るかな?そう思って、がんがん稽古をつけた。彼もそれは感じたはず。出端をあれだけ打たれれば、考えるよな?彼の偉いところはこれから、で、熊に撃たれた面を、中学生相手にコピーして、打ち込んでいる。熊の出端面を,盗み撮りしている。見取り稽古の実践。だから彼は伸びる。精進が生きてくる。君には逆に教えられた。で籠君、昔の出籠手だけの得意技が、面も応じ胴もさまになっていた。修行を積んだね。それと、坂井教士の弟、隆君。君はやはり見取り稽古の名人だ。その点兄貴より上。俺の脚の使い方、一番初めに気づいて、稽古していたね。特に出端に入る前の攻め足。まだ完全ではないが、そのうちわかる日が来るだろう。精進したまえ。大谷さん中年スタートはどうしても体が硬い。体を楽に使うように、力まないことですよ。荒木先生、剣道の打間を居合いに生かす、その心掛けは見上げたものです。一拍子で、打つことを心がけてください。ところで今回何を隠そう、熊自身が、深く反省していることがある。中学生と稽古をしているときは、ホイホイと使い,気が緩み背中が丸い、旭が稽古風景をヴィデオに撮りDVDにまとめてくれた。8時〜10時まで稽古で12時まで話をして居て、翌朝9時に家を出たから、おそらく寝ずに焼付けをしてくれたのだと思う。感謝の言葉も無い。ところで旭、お前も下を使うとき、俺と同じように背中が丸くなるぞ。いくら俺を敬愛しているとはいえ、悪いとこまで真似るな(笑)で今回久々の稽古、思い切り攻めた。お前も必死で掛かってきた。短時間だが息が上がる稽古だった。最後の籠手は本当の無心で出たこて。息が上がるほど真剣に成れたから打てたこてだと思う。楽をせず自分から攻めて、息の上がる稽古を心がけてくれ。とマこんなわけで、DVDのお陰で、アル中ハイマーの割には思い出してかけた。名前の出なかった諸君。ごめんよ、今度会うときは熊の心に響く稽古をしてくだっさい。皆さんに感謝である。しかし2時間の地稽古はやはりやり過ぎと、チャウ?これはつぶやきではなく、長い長い、ぼやきになりました。(笑)
5/12/05
今回の京都、久々に京都鹿志館の森田先生とお話が出来た。森田先生は、ご存知の方も多いと思うが、京都武専、森田鹿蔵範士のご子息で、おそらく個人道場では広さ日本最大では無かろうかと思えるほど立派な道場をお持ちである。彼は子供の頃から京都大会を目の当たりに見てきた。今回101回なので、年齢的に見て、おそらく55〜6回は彼の脳裏の中に秘められたまま残っているはずである。で、面白い昔話を聞いた。昔のこの大会に参加される先生方は、紋付袴,か、マントルだったそうで、燕尾服を着ていくと、そんな失礼なものは着てくるな、と言われたそうである。どういう訳か、燕尾服より、マントルの方が上だったんだよね。と言うお話である。現在の範士の先生方は殆どがスーツ姿で審判をなさる。大昔の先生方からすれば、大変失礼この上ないと言うことになる。何故この話に触れたかと言うと、今回熊はラフないでたちで、京都に徘徊していた。勿論スーツは持参していたのだが、朝稽古でシコタマ汗をかき汗臭い、ベタベタの体にスーツを着るのが心地よいとは思わないからで、ツイツイ楽な格好で居てしまうのだ。処が熊の先輩8段が、君も8つになったのだから、きちっとスーツを着ていたほうが良いと、ご指導を頂いた。確かに言われる通り、深く反省をした。来年からはそうし様と、心に決めたのだが、ふと、森田先生のお話を思い出し、何時の頃からスーツ姿が不文律になったのか、時代の移り変わりが、面白いと思った。スーツは西洋から入り込んだもの、最近は此方のビジネスマンの間でも金曜日はNOネクタイデーに変わり、隣の州や田舎の方へ行くと、弁護士でもジーンズ姿だ。つまりカウボーイ姿?が田舎の正装に当たる。所変わればである。剣道も時代とともに大きく変容している、どの立会いを見ても昔の先生方のように、気攻めで勝負を争う立会いが少なくなった様に思う。そんなに遠い昔では無いのだが、玉利範士と佐藤(顕)範士が立会いで、お互い一本も出さず、攻め合いをされて、お二方同時に九段になられた事を思い出す。剣道も、スーツ姿も消えていく日がそう遠くないかも知れない。
5/09/05
時差ぼけの中、熊は何とかバンクーバーに舞い戻りました。豊岡高校の剣士諸君、山下会長、吉井先生。大変お世話になりました。京都では、西村塾の方々に冬眠からまだ目覚めきらぬグリズリーの頭に嫌と言うほど刺激を頂き、細い眼を三角に開き、知らぬ間にか牙を剥いて戦い続け、本来の野生の自分に戻れることが出来、感謝の言葉もありません。京都鹿志館で行われた、平成元年会の先生方、日本中の剣道馬鹿が此処に集まる?大変厳しい稽古を頂、グリズリーの剣道馬鹿が小さく見えてしまいました。森田先生、小川先生、お誘い頂いた事に、感謝を申し述べます。又、飛騨の山国剣士の方々。暖かい温情、痛みいります。特に森口先生、山崎先輩。稽古も酒も強すぎます。そして、久々の故郷の機動隊道場での剣士諸君、腕を上げて居られたことに敬服。今後もご精進ください。特に、志貴野剣道クラブの面々。何が何でも2時間の地稽古はやりすぎとチャウ?とにかく,今回のグリズリーの武者修行は、命からがら、カナダに逃げ帰ってきました。しかし、日本中が剣道馬鹿ばかりかな?と思えるくらい。すごい。今回、帰途の途中、羽賀館長のお元気な姿に拝謁でき、いろいろご指導頂けた事が、嬉しかった。親父、長生きしろよ。とにかく。疲れたよ。もう一度冬眠に戻る。
4/26/05
養心館の半数近くが武者修行に出向いている。黒熊は、東京のゴミ捨て場から京都へ移動。ティナ、カズキ、トモコも日本。ケイタは東北盛岡で、岩手のゴンにゴンゴンしごかれて、良いご指導を頂いている。ゴンがサイトに報告をしてくれるのが在り難い。誰が指摘しても同じことを言われている。(ケイタ確り聞いて自分で直せよ。)これからが本当のケイタの正念場。ゴン先生には感謝の言葉が無い。御礼にワインでも持参しょう。ゴンはワイン党らしいから、普通の葡萄ではなく、野苺のワイン。最近いろいろなワインが出始めて、試すのに時間が掛かる。実はグリズリーも白ワインにはまっている。金が無いので安くて上手い白ワインを探す。これが面白い。所で、グリズリーも4年ぶりに日本に武者修行に出る。10日間ほど留守にする。その間つぶやけないが、フアンの方ご辛抱願いたい。(フアンなんているのかな?)しかし間に合うのかな、まだ何も用意してないけど。マア何とかなるでしょう。飛行機に乗れば10時間で大阪に着く。道具と竹刀があればいい訳だから。
4/24/05
春眠、暁を覚えず、此処に来て日中気温がグングン上がり、眠気を催す。京都大会に向けて、何かと準備をしなければ成らないのに、稽古も生活も普段のまま、のんびりした物である。何しろ昔から慌てては失敗ばかりして来たので、ここは一つ焦らずに行こうと決めた。稽古にしてからが、大会に向けての特別の稽古等ある筈もなく、普段の稽古の積み重ねを如何に真剣に取り組んできたか、の問題で、あえて特別にする事もない。仕事は人手不足で、慌しいが、それとて、なるようにしかならない。全て自然が自然に働いて物事を決めてくれる。京都に上洛できるか出来ないか。予断を許さないが、それとて何とかなるでしょう。行きたいと、思う本人の気迫とし執念があれば、地球は回ると思い込んでいる。
4/18/05
忙しさに紛れ、ご無沙汰をした。久々につぶやこう。今年は異常天候。二月に雪がなく、スキー場がお手上げ状態。処が三月の下旬から四月にかけて、寒さが戻り、桜が満開で、山には雪が降り、一昨日まで、肌寒いと感じていたら、此処に来ていきなり20度、体が対応出来ない。こちらの人は、犬をよく車に乗せる。その犬が車の中で、舌を出し、ハアハア、喘いでいる。人間は舌を出しハアハアは出来ないので,薄着になる。今日はじめて、上半身裸で町を歩く若者を見た。彼らの頭のサイクルでは、もうすでに夏。車の保険屋が言ってた。気温が上がりだすと、追突事故が増えるのだそうだ。こちらの若い女性は薄着になると、それは見事。露出度がかなり大胆。世の男性諸氏がツイツイ脇見運転になるらしい。想像出来る。昨日交差点で信号待ちをしていたら、ビキニ水着の上と、下はショウトパンツの女性が前を横切った。隣の車の男性の視線がその女性達を追跡して行くのをしっかりと見た。それその物を見るより、脇の人間ウオッチングのほうが数段に面白い。かなり斜に物を見る傾向がある、剣道見取り稽古の精進の賜物?かも知れない。
4/8/05
四月に入り、何かとめちゃくちゃ忙しい。猫の手も借りたいとはこの事。先日猫の妙実を掲載した。確かあれも猫の貸し借りの話。妙実の中の猫は何もしないで物事を解決できる優れもの。ドッコイ、人間様はそうは行かない。何もしなければ益々忙しさが増すばかり、仕事が溜まる。人間様(多分自分だけ)は、妙実の中に出てくる、猫さまよりも下等動物かも知れない。
4/2/05
世界中が心配したエイプリルフール、四月馬鹿も無事事なきを得て、静かな四月を迎えた。世界中何時何処でテロが起きるかわからない状況。物騒な世の中で在る。テロだけでなく、東京駅で人が刺されたという。自分も完全平和ボケの状況下で生活をしている。何で安全な日本が物騒な国に成ったのか、分からない。熊が子供のころ、見知らぬ人を刺す何て事はなかったように思う。これでは推理小説が成り立たない。おまけに集団自殺。あたら若い命が無駄に消えていく。外(外国)で見ていると日本は奇異な国に変容してしまった。安全で世界一美しい国はもう昔物語なのかも知れない。その点、カナダは今日4/2日冬時間から夏時間変更日。時計の針を一時間進める。それで、一時間損をしたと言う日本人がいた。偶然その人は今日が誕生日。のどかな物。別に一日24時間は変わらない。一年365日も変わらない。その中で時計という人間が作った、時計だけを一時間進める。そして、当然のごとくその時間で、生活圏が動き出す。何の不思議も不満もなく時間が変わる。しかし、今日だけは、朝から晩までラジオが時間が変わるぞ、時計を直せと口うるさく放送していた。平和である。
3/28/05
雨が続いた、三連休。今朝サイトを開けて驚いた。何とアクセス番号、1111マタマタぞろ目。これって何かあるのだろうか??偶然。
先週も777のぞろ目をとった。しかし、熊はばくちと、ギャンブルが大嫌い。だから昔から、賭けマージャン、パチンコもしたことが無い。(カナダにはパチンコが無い)ここ一週間、何かと野暮用で、気分が乗らず、熊が、亀レスになってしまった。肌寒く、ドカーッと音を立てて咲き出した、桜、もくれん、こぶし,等が、雨に打たれて、哀れな姿になってしまった。ここはやはり気温差が大きい。湿度が無いので、爽快で快適だが、冬場と春先は雨が多い。昨日の稽古会は、結構集まりも良く、いい汗を掻いた。白熊が、少し稽古を変えたようだ、坂井 旭が昔書いた、百回稽古の中の自分の稽古振りを読み、何か忘れていたものを思い出したようだ。自分からガンガン攻めて出てくる。こいつがガンガン出て来ると、てこずる。一本だけ、満足のできる面が打てた。応じての胴は何本かあるが、それは後手。先で仕留めるのは至難の業、白熊が強くなったのか、グリスリーが弱くなったのか?アクセス番号がぞろ目の当たりが多いから、もう少し当たっても良さそうな物だが、剣道と、アクセス番号は、どうも関係が無いらしい。(苦笑)
3/20/05
ここ3日間、如何した事か、冬に逆戻り、山は新雪で真っ白にお色直しをした。満開の桜も、このミゾレ交じりの雨に打たれて、哀れ、見る影も無い。このサイトを揚げてから、いろいろの方から励ましのメールをもらう、最近急に訪問者が増えている。有り難い事だ。昨日仕事が終わり、サイトを開いたら、777人目の訪問者が、熊自身だった。ぞろ目、おまけにラッキーセブン。何かいい事の期待が募る。後輩の坂井 旭教士七段の娘からメールが来た。この子は、女の子の癖に、突きを得意技の一つにしていた。試合感はあまり際立って良くは無かったが、中々ガッツのある稽古ぶりで、県下の高校で、ベスト8、か16位まで上がったのだろうか、負けてでも、自分が納得できればそれで良い、とあっけらかんとしていた。この子ももう二十歳は過ぎた?はず。良い娘さんになっている事だろう、最近稽古をしていないとか、再開してくれる事を祈る。そう言えば、熊も高校でてから、家業の仕事で、一時期稽古を離れた。5〜6年くらい稽古をしないで居た。町内対抗の運動会で、100M走った。日ごろ何も運動をしていなかったので、心臓がパニックを起こし、倒れこんだ。医者に診てもらったら、高血圧で、若死にすると言われた。何が幸いするかわからない、これが剣道再開のきっかけになった。おかげで、6年前に患部がグレープフルーツ大の末期症状の大腸がんで入院。30CMの腸を切り取り、奇跡的に何処にも転移が無く、現在稽古を楽しんでいる。メスを取ったDRが30年以上の経験で、患部が其れだけ傷んでいて、ほかに転移が見られないのは奇跡だと言われた。
彼は、恐らく剣道で鍛えて居たから、転移をさせない精神力が働いて居たのだろうと言っていた。それが本当なら、剣道様様である。
3/17/05
ここ最近見事に晴れた日が続き、桜もみごとに満開。今年こそは、桜吹雪が見れるものと期待をしていた。
処が、今朝は嫌に冷え込むと思いきや、昼過ぎには雹が降り始めた。春爛漫を謳歌していた桜の花も無残に打ち砕かれ、哀れ地上の屑と成り果てた。
3/11/05
今日は本来稽古日なのだが、CICの都合で、稽古が出来なくなった。時間が出来た。最近、仕事も、家庭的にも何かと忙しい。おまけに慣れないサイトを揚げてしまい、毎日掲示板や来客数が段々伸びるに着け、何処かで、期待されているのかな?と勝手に思い込み、書かなければ成らないプレッシャーが時々ひ弱な心を揺さぶる。売れない小説家が、何かに取り付かれたような心境?に似た感覚。だが、書いている内容は経験談で非常に無責任で取り止めが無い。処が、書いている内段々面白くなってくる。自分の心の裏側を見るようで、読み返して自分で驚いたり、へ〜〜とおもったり。でも、ここで書いている事には嘘は無い。むしろ、書いている事のほうが普段の自分より正直な気がする。人間誰にでも二面性があるものと思う。其の二面性の何処かで自分の正しい判断が下せるか。きわどい所だと思う。有名な大会社の、おまけにオリンピックを成功させた。人望ある方が逮捕された。伝統ある、名門の車屋山さんが、リコール隠しで、おおわらわ。剣道でも、直心、だとか、誠、だとか、手ぬぐいに良く書かれている。人間とは何処まで正直に成れる者なのだろうか?権力を持つと、足元が見えなくなる。剣道界にも何故か居るような気がしてならない。
今日の俺は一体何を書きたいのか?ワインが回り初めて、思考回路が壊れたみたいだ。時間が有りすぎるとろくなことが無い。(苦笑)
3/7/05
今日は嬉しい事があった。熊は富山出身。昔、飛騨と富山市とで毎年親善剣道大会が行われ、一年おきに開催県を持ちお回りでやっていた。其の頃からの剣友で、神岡(ニュウトリノで有名)に住む、森口氏がこのサイトを見つけて。連絡をしてきた。森口氏には、5年位前、大変お世話になった。当時仕事で静岡の富士宮と富山を車で移動、良く神岡を通る。その山奥の栃尾温泉に彼は仕事で働いていた。それで行き帰りに良く温泉に入れて貰い。夜の稽古会に参加させて頂いた。其の温泉が、露天風呂全国大会で優勝した作品。
川原に作られた、木造りの温泉を、夜の闇夜の満天の星空のした。何とも言えぬ幸福感を味わいながら頂いた。
ある時など、熊が防具を持ち合せていないのに、自分の防具を貸すからと、メンバーを急遽集めた稽古会がもたれた。其の道場には熊が若僧の頃からご指導を頂いた浅村先生はじめ、同門の先輩、芸達者の山崎清男先生。など懐かしい面々がかおを連ね、良い汗を掻かせて頂いた。仕事が変わり、日本へはいけなく成り、ご無沙汰をしていたが、こんな形で連絡が出来たとは、ウエッブサイトの力正に恐れ入りました。サイトがこれほど地球を狭くしているとは思いも寄らず。そう言えば、山形のガンちゃん先生も連絡をくれたな〜。時代がドンドン進むのに、俺たち剣士は、古風な汗臭い剣道をキチガイのようにやり、文化を残そうと必死なのは、時代遅れなのか?はたまた、時代が時代だけに、心を大切にした、剣道の価値が見直される時なのか、何れにせよ、無形の日本文化剣道が、正しく世界に広まるのを願わづには居られない。森口先生、改めて、ありがとう。
3/3/05
このサイトを作って、表に出して、一週間が過ぎようとしている。もう既に200近いアクセスがあった。これが多いのか少ないのかは解らない。今日の稽古で、道場のメンバーに聞いたら、彼らは一度しか訪れていない。サイトが変身を遂げているのすら知らないでいた。すると、どなたが訪れたかは解らない。掲示板があるので、足跡を残していただけると有りがたい。このサイトに乗せている。カキコは、平成11年に私の剣友で後輩の道場のために書いたものを、ココの乗せようと思い立った。今まで、いろいろのサイトを拝見し、参考にさせて頂いたが、剣道の教科書的なサイトが少ないので、其の分野で、サイトがあれば、若い剣士諸君によろこばれるかな?と思い、又、段々エスカレートして、道場の若手メンバーがバイリンガルなので、英語版も作りたい希望があり、頼む事にした。段々大きく成り出した。
当分は工事中が多く出てくるが、どうか我慢をしていただきたい。武者修業では、思い出話なので、ドンドン出てくるのだが、何しろ無学文盲のため、筆が遅い。書きたい事が、多すぎるのかも知れない。マア先が長いので、ゆっくり、書き足す事にする。ココ、バンクーバーは、もう桃の花が満開で、直ぐに桜が咲き出すでしょう。しかしトロントは雪。気温−10度とのニュウス。ひろ過ぎる国は、気候迄のんびり幅広だ。
2/25/05
剣道は、武道かスポーツか、よく人に聞かれた。其の都度、私は剣道をやる人が、それぞれに、個人差が有り、考え方にも色々あるので、一概に、こうだとは決められない側面を持っている。と説明しています。
つまり、剣道には二面性があり、現代剣道では、スポーツの部分と、修行の段階による、捕らえ方によっては、武道としての考え方が、色濃く残る場合があると信ずるからです。
現在行われている、剣道の試合。コートが決まり試合規則があり、制限時間が有り、第三者の審判が勝ち負けを旗を上げ、多数決で決める。これは完全なスポーツに他ならない。しかし、武道、武術には第三者の判断を取り入られる、余地など微塵も無い。例えば、剣道の地稽古。打たれた本人が最初にわかり、打った当人が手応えで解り、それを見ていた第三者、他人に勝ち負けを聞く必要が有るであろうか、もっと、極端な言い方をすれば、真剣勝負であれば、打たれた(斬られた)瞬間、打たれた方は死ぬのである。それを刀の代用品である竹刀で、打ち合うがため、死という危険性が無く、ややもすれば、真剣みが欠け、数うてば当たる式になってしまう。しかし、これは自分の心の持ちようで、一打ち一打ちを大切に、打たれれば自己を反省し、相手に感謝、打たせて頂いて自己を反省し、又感謝。と絶えず己を見つめ、自己反省に基ずき、自分を高めていく努力をしていける所が武道つながるのではなかろうか。スポーツでは勝ち負けが最大の関心事、なかなか相手に打たれて感謝と言う所までは行きにくい。しかし、自己を高める武道であれば、自分の剣道が完璧であれば、相手に打たれる事は無い、「打たれた」と言う現実、自分の欠点を、お相手が、教えてくれる。打たれる前に、心が動揺し、体が瞬間硬直して、打たれる訳けだから、自分の精神状態をコントロールする問題にまで、昇華できる訳である。だから、打たれた感謝、打って反省をしながら、自己を自分で見つめながら高めていける。この部分が武道と言えるところでは無いのであろうか。
2/22/05
カナダには三種類の熊が居る、クロ熊(月の輪熊) 灰色熊(グリズリー) 白熊(北極熊)。この熊は夫々性格が異なる。
1:クロ熊は人里近くに住み、人懐こい?性格、住宅地に良く現れて、銃殺される、オッチョコチョイ。性格的にやさしい。人畜無害?
2:グリズリーは人里はなれて住み、のんびり暮らすが、怒ると人や牛まで襲う。時と場合により、気が変わる。気分やな所がある。
3:白熊は、一番可愛い顔をしているが、住んでる所が極寒の地、一月も餌に在りつけない事もある。だから我慢強いその代わり一番獰猛で、始末に終えない。
我が道場にも、三種類の熊が住む。
親父が=グリズリー、一人孤高の剣士を気取るかと思えば、妙に人懐こい処が有り、そのときそのときの気分で、稽古が変わる。
長男は=白熊、我慢強いし、信念が強く、我が道を行くタイプ、稽古が変わらず、絶対譲らない、獰猛な位に感ずる、強さがある。
次男は=クロ熊、人懐こく、稽古にも甘さがあり、適当に、臨機応変で、器用に技をこなし、人付き合いも良い。
三人三様の稽古をする。それが個性という物なのか、同じ道場で同じ師匠に着いて剣道を学んでも、微妙に色合いが異なる。
面白い。
2/18/05
昨夜久しぶりにバンクーバー道場に稽古に行ってきた。メンバーのK氏とS氏に稽古を頼まれていたからだ。
総勢10人程度の稽古会では在ったが、中年から稽古を始めた人が四人、若い人が三人、女性二人とIS先生面白い稽古が出来た。目立ったことは中年組は皆さん、気剣体が一致していないと言うこと。手と足がばらばらで打ち込んでくる。此れが難しい。この間とタイミング、自然のフェイントになるため、良い見切りの稽古になる。この変則的打突、此れを処理する為に、気が抜けず、結構いい汗が掻けた。若手に韓国系の身長の高い剣士が居た。身長が高い割に思い切りが無く、逃げながら篭手を狙う。前に出で思い切り打つように指導をする。
IS氏は大学時代に習得した、得意の飛び込み面で応酬してくるが、寄る年波か、以前ほどの鋭さが無くなっていたが最後に良い面を頂戴した。この日、頂いた、技、タイミングが完全に外れた面、K氏にもらった小手抜き面。IS氏にもらった最後の面。めんを三本で頂き、いい汗をかいて、帰宅した。
2/14/05
ウェッブサイトを書き初めて、初の武者修行者が来た。東京○○大学の学生?タレにそう書いてあった。
小柄な子だが、気合もいいし、歯切れの良い稽古をする。思い切りがよく、性格の良さが稽古に現れている。
良いだけに、二点気になることが在った。右足踵の、クッションサポーター。踏み込み足が戻り足に成る為に、踵に体重かもろに掛り、痛めているのか、痛いのを避けるためなのか、要するに自分の欠点をカバーするための道具である。これを使用していては、早い上達が望めない。正しい足の使い方が分からないまま過ごしてしまうからだ。
羽賀範士は、「自分の欠点を早く直すのが剣道上達の早道」と訓えられ、サポーターなどを使うと叱られた。
だから当道場では、踵サポーターを着けている者は一人も居ない。
それともう一点、わたしとの稽古中、打てないと分かると、フェイントを掛けて、篭手を打ちに来た。通用しないと分かると、そのうち面も色を見せて打ち始めた。勿論そんな技は打たせなかった。わたしが若い頃、そんな技を使うと、先生からしかられた。武士道で騙し討ちは一番卑怯な手だと、現代剣道が人間形成の道ならば、自分の心に戒めて、騙し打ちは禁じ手にするくらいの心構えが有っても良いのでは無かろうか。性格のいい子だけに惜しまれてならない。ただ此れは一概に彼の責任だけとは言えまい。今まで指導をしてきた先生方がそう言った、事柄を確り指導をしていない。試合に勝たせることばかり訓えてきた弊害の賜物なのでは無かろうか。
彼が可愛そうになった。
2/13/05
昔、師匠に言われた。「段は取りに行くものではない、着いてくる物だと。」三段を受ける時は四段の力付けておけば滑らないと。おかげで、昔、高校生の頃三段で一度失敗したほか、御陰様で七段までストレートに来た。
だが、八段の壁は高かった。四度の挑戦で、一次を三度通過したが、二次の壁ではじかれた。途中、大腸癌の手術を挟んでの受験だっただけに、体調も不完全なものだった。しかしながら手応えは感じていた。しかし、この不景気で、仕事が代わり、日本には行けなくなった。仕方なく、八段が遠のいていくのを感じながら、日々の稽古をしていた。それで今年は、新事業の方も満三年が経ち、軌道の乗り始め、従業員も仕事が出来るまでになり、今年を最後の機会と心に決めて、京都入りを考えた居た矢先、カナダ剣道連盟の会長からお電話を頂き、カナダでの八段審査の申し込みを依頼された。対象になった方が八人くらい居るとかで、審査の背景には、誰か八段を強く希望された人が居たらしく、以前、自分で作った段を強引にカナダ剣連に認めさせたような経緯もあり、不正を防ぎ、今まで、貢献度や名誉で会長の権限で発行していた段位に線引きする必要に迫られたこともあり。日本の八段審査の一次合格者を選考の対象として考えると言うことに成ったらしい。
偶然去年の京都の八段審査でトロントのK田先生が一次を合格されたこともあり。西部と東部一人づつ、八段位を授与することに決まったらしい。本当に段位が着いて来た。カナダ剣連としても、日本での八段審査一次合格者のみ審査の対象として決定したことは、大いなる見識ではなかろうかと思う。自らの未熟をも省みず、八段位を受理したことは、誠にもって心苦しいのでは有るが、此れからが本当の八段に向けての修行をせよとの天の掲示と受止め。命を賭して、八段に恥じない稽古に勤めるべく、心を引き締めて、益々の精進、稽古に取り組む覚悟を新たにいたしたところで御座います。マダマダ未熟な私めに、今後ともご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い申し上げる次第で御座います。
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