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138 近況報告 08/19/07
剣道とは直接関係が無いのだが、自営の悲しさ、仕事が忙しくて書き込みもママ成ら
ない。
だが何が何でも稽古だけは続けている。仕事が忙しいのは、売り上げが伸びて居るこ
とも有るのだが、ここに来て、新工場がそろそろ稼働するので、その追い込みにも時
間が取られ、又、こんな時にアクシデントが続く。
番頭君の父親が倒れて、彼が休暇を取っている。おまけにドライバー兼ミートカッ
ターの中国人が、肉きり機械の掃除で、指先に小さな切り傷を作り、その為に休んで
いる。つまりここ3日間は、ドライバー一人と、熊で仕事をこなしており、その為に
毎朝6時出社で、6時退社。12時間労働をしている。
6〜7人で働いてもそこそこ忙しい仕事を半分の人数でこなしている。まるで戦争だ。
仕事中は汗が体を濡らす。稽古で汗を掻くのには慣れているので、何の事は無いが、
軽い稽古状態が10時間から11時間続いていると思えば良いだろう。当然仕事が終われ
ば体はくたくた。ご飯を食べるや否や、布団にもぐりこむ生活をしている。
早寝早起き、まるで品行方正、真面目人間的生活を余儀なくされているのではある
が、
それでも、稽古日はそれだけ働いた後稽古をする。気持ちが充実しているのと、体が
疲れているので、余分な力が入らず、逆に良い稽古が出来ている。
週に三回ほど、大口の仕入れに持つが届く、1箱60LB〜70LB(30KG位)の箱8個
が週三回、30LBの箱35個狭い冷蔵庫に入れる。力仕事もあるわけだ。
それにしても。この年にしてみれば驚くほどの体力だ。剣道で培った体力と、精神力
はこんな時に威力を発揮してくれている。
新規事業も始めることにしているが、色々の障害にも悩まされるが、その克服アイ
ディアは不思議と泉のようにわいて来る。クヨクヨ考えている閑が無いのと、剣道で
頭がリフレッシュ出来ているから、気持ちの整理にも時間が掛からない。有難い事
だ。剣道が実生活、仕事、経営、全ての面で役に立っている。
137 剣道時代9月号 8/06/06
一昨日、剣道時代の9月号が手元に届いた。その表紙には剣友の北海道の古川教士が
ドント構えていた。
実はこの9月号の中で、K−NETの快楽と言うコーナーで、(P152)養心館のメンバー
写真と、東京の三楽寿司で集まった養心館別室のメンバーが出ている。おまけに其処
には熊の似顔絵まで紹介されている。
養心館のメンバーは全員ではないが、その日参加できた連中だけで、日本の羽賀の親
父の元から持ち帰った、養心館の欅の看板が写っている。
記事の内容は、熊が依頼されて書いた物で、今年、五月、京都大会を初め、全国でお
稽古頂いた、日本紀行を書いた物が記載されている。剣道時代に熊が登場したのはか
なり昔の事なので、記憶も定かでないが、剣道日本には過去、チョコチョコ紹介され
てきた。
今回、この記事が切欠で、又、時代さんの方からコメントの依頼を受けたが、その内
容に関しては書かない。
それが時代さんに対する礼儀だからだ。発行する前に熊がバラシテは本に成らない。
又、MIX@交剣知愛で知り合えた、別の誰かが、養心館別室について、記事を書く事に
成っているらしい。
最近、この別室のメンバーもかなり増えてきたので、少しづつでも剣道が良い方向に
向いてくれればと願っている。
来年の話をすれば鬼が笑うと言うが、来年の京都では何としてでも熊の首を取りたい
と言う勇猛果敢な方々が増えてきたのが嬉しい日本行きの新たな目標になっている。
昔なら、中々、剣道だけで知り合える事が少なかったと思うが、インターネットが出
来て、其処に養心館のウェブサイトを2年半前に乗せた事が切欠で、来客数は、45000
に迫ろうとしている。
ただただ、大先生方から教えを受けた大事な事を独り占めする事がもったいないと感
じて、8段を頂いた事を切欠に、公表に踏み切った。それがこれ程まで皆様に読んで
頂けたと言う事は、望外の幸せであった。
二年目にしてリニュアルを試みて、熊の考え方や、本来剣道はこう在るべきでは、と
いう熊自信の考えを、中には少々辛口で書いている事も在るのだが、大体において皆
様に賛同を得ている事が何より嬉しい。
勿論、熊の意見に反対な人は、中々、書き込みをして行かないであろうから、そんな
方が居るのやも知れないが、二度と訪れてこないであろうから、そんな方の心配はし
ていない。
熊の言う事、書いている事、その母体は大範士の先生方が、何とか後世に残したいと
考えて居られた剣道文化を継承しているに過ぎないので、それを受け入れられない
方々は逆に不幸だと思えるからである。
時代の中でも書いて在るが、本心から、8段にさせて頂いた、感謝の気持で、後進の
剣道人への、ご奉公の積りで、剣道文化の正しい継承に心を砕いていきたいと考えて
いる昨今である。
136 剣客来訪 8/01/07
昨日、剣道7段の、椎川先生が、養心館に見えられた。先生は、通常お仕事が香港を
基点に、中国と日本を行き来してお稽古を詰まれて居られて、昨年7段を合格された
と聞いた。
娘さんが、カナダの大学に留学されていて、その関係で毎年バンクバーを訪れて居ら
れるのだが、剣道具を持参したのは今回が初めてで、娘さんから、カナダでも剣道が
盛んに行われている事を知ったからで有るらしい。
その娘さんと、内弟子のタケノリが、学生の就職活動情報交換会の集まりで知り合
い、そのことが切欠で、
先生の道具持参に繋がったと聞く。
先生の剣風は、姿勢態度良く、非常に明るい気をお持ちで、積極的に攻めに出てこら
れる、好感の持てる剣風。世界を又に掛けて、ビジネスを手広く遣られているそん
な、気位を確りとご自分の剣道に表現されている。
約、1時間のお稽古で、館員全員とお手合わせを頂き、嬉しいひと時が持てた。
稽古後の、第一声が、「息子さんは強いですね〜」だった。カナダに8段が居る事は
知らず、香港や、中国で、剣道指導をしておられる関係で、カナダでも出来れば稽古
を付けて遣ろうと、意気込んで来られたらしい。
ところが、養心館でお稽古してみて、稽古を付けられる側に立たされた事に、正直驚
きを隠せないで居られたらしい。
元に立ち、白熊、黒熊、192cmの大砲、アキラ、タケノリ、の勢いある若手の攻撃
を受けて、シンペイ、クリちゃん、ツヨシ、ミサトの全員と稽古の後、熊の掛かって
こられて、最後はお互いに相面で10本ほど打ち込みを遣られて、先に面を取られて、
休憩に入られた。これだけ遣られれば、それは息も上がるでしょう。
熊自体が、これら若手全員を相手にすると可也しんどい思いをしなければ成らないか
ら、一般の7段の方々では可也キツイ稽古に感じた事は間違いない。最後は黒熊と熊
が立ち会うところを後ろからビデヲを回して居られた。何か感ずる所があったのかも
知れない。
帰り、お送りする車の中で、海外で、こんなにレベルの高い、おまけに、姿勢の崩れ
ない、真っ直ぐな剣風に出会う事が非常に少ないと感心されていた。そして、車を降
りられるとき、来年も道具持参できますので宜しくと、ご挨拶を頂いた。此方とて
も、喜ばしい限りですので、喜んでお待ちいたしますと伝えた。
こうして、交剣知愛の輪が世界中に広がりを見せていく。海外に居ればこそ、その速
度は日本より遥かに早いのだと、感慨深いものがあった。
135 若武者武者修行。
毎年夏場は忙しいのだが今年は人手不足もあり、尚更忙しい思いをしている。
おまけに新工場がほぼ出来上がり、追い込みで、色々検査を受けなければ成らないの
で、尚更時間が取られる。マア、忙しいのは嬉しい事なので感謝しているのだが、
中々書き込みも出来無いので、その点心苦しい。
誰も期待はしてくれては居ないと思うがそれでも、日に100人近くの方々が覗きに着
て頂けるので、何とか頑張って時間を作り書き込みたい気持ちはずっとある。
さて、未だに触れていなかったことだが、今年も養心館のひぞっこが、日本に武者修
行に出かけている。
まあ、武者修行といえば聞こえが良いが、要は鍛え上げてもらいに、しごかれに、
言っていると言った方が表現が当たるだろう。
今年は二年目なので、受ける方も真剣に、対応して頂いているようだ。去年は若年と
言う事もあり、怪我をさせないように、疲れさせないように、お客様扱いだったが、
今年は、完全に其処のプログラムをこなしているようだ。
こなすといえば聞こえが良いが、恐らく付いていくのがやっとではないのだろうか、
それくらい本格的な稽古をしている。
まあ、恐らく、ここ以上の稽古をさせて頂ける環境は現在他には無い。一流の指導
者、選手、綺羅星の如き中でヒヨッコが、必死に頑張っている訳だ。
母親から、時々知らせが来るが、一週間で体つきが見違えるくらい逞しくなったと知
らせてきた。
最初は疲れ果てて食事が喉を通らないくらい疲労困憊していたが、何とか暑さにも成
れ、体も付いていけるぐらい回復したようだ。本人は、切り返しの量が半端でないと
言っていたそうだ、それが当たり前の世界なのだ。
今、遣らなければ恐らく将来こんな鍛錬は出来ないと思う、年とともに体が利かなく
なる。精精20代前半までの事だが、それも10代からの積み重ねが有ればこそ出来る。
海外に居て、中々、本格的な鍛錬は出来にくいが、彼の場合、環境が揃っている。
1000人に一人、イヤ、万人に一人の環境だろう。彼自身、親に感謝せねば成るまい。
若い年代、何もしないでゴロゴロ時間を潰す若者が多い中、夏休みの期間、剣道にだ
け明け暮れる生活が有っても良いと思う。
日本の高校生なら年がら年中剣道に明け暮れる生徒が居て不思議ではない、打がそれ
では燃え尽き症候群になりやすい。期間限定で、死に物狂いで頑張る。だからこそ強
くも成れるのだと思う。
一回りも、二回りも大きくなって、帰って、来るであろう、門下生に心から応援をし
たいと思う。
134 7月13日暑いです。
自宅の、養心館サイト用にセットしてある、パソコンが、電話会社の手違いで5日
間、不通に成っていた。
その影響で、書き込みもママならず、良い塩梅となまくらを決め込んでいた。昨日
やっと復旧してくれたが此方の電話会社もいい加減なものだ。
何処かの家と間違っ接続を切ってあったらしい。これで商売になるのだから不思議だ
日本のお役所仕事と、どっこいどっこい。日本では、社会保険でゆれている。選挙も
それがらみで、論戦が繰り広げられている。ある政党は、憲法九条を立てに論戦を
張っているのだが、戦争を仕掛けない国。これは解る。
だが、万一、攻撃を仕掛けられたら、どうする積りなのだろうか。外国から見ている
と、やはり日本は平和ボケしていると感じてしまう。
毎年、6月の月末が、一番暑い日が続くのだが、今年は二週間遅れた。昨日から30度
を超えている。
湿気が無いだけましなのだが、やはり夜は寝にくい。又、気圧が安定しているのか、
風も無いので寝苦しい。
丁度、夜中12〜2時まで大相撲名古屋場所がHNKで放映されるので、窓を全開にし
て、夜風微風を楽しんでいる。寝不足に成りがちだが、人間眠くなれば必ず寝れるも
のだ。
おまけに、ここ二日、嫌に仕事が忙しい。良い事なのだが、暑いので疲れる。
さて最近の稽古で、相手の出端の気を捕らえる稽古に心を置いて、取り組んでいるの
だが、そこで気づいたこと。誰にでも必ず、打突の気の起こりはある物だが、攻めが
充実している相手はその気が見えにくい。と言う事だ。どちらかと言えば、タイミン
グ、や技だけで打ちに出てくる相手の方が、起こりは見えやすいことに気づいた。
これは何故なのか、自分なりに考えてみたら、ある結論が見えてきた。攻めが充実し
ている相手は、此方も其れなりに攻められている。だから、見えにくいのではないか
と考えた。実力それは拮抗すればするほど、相手が捕らえ難い。ましてや上の人なら
尚更攻めの力が違う訳だから、逆に踊らされてしまう。踊らされたら、起こりが見え
る何処ろの騒ぎではない。
そこで、気分を変えて、モット充実を図った。集中力を高め、打たれて良いと腹を括
り、挑んでみたら、それなりの効果が得られた。つまり剣道は、攻めの強さだ、ナン
ダカンダ言ってもその本人の気持ち次第だと言う事。
その気持ちの持ち方が最終的に明暗を分ける。技術の差などはそう開きがあるもので
はない。
充実した気位で、相手と相対すれば、その気の強さ、集中力の強さで開きが出てく
る。答えは其処にあると感じた次第。但し、技術は、それなりの、レベルに達してか
らの話である。動きを頭で一々考えている間は通用しない。
だから先ず自分の技術力を高めておいて、気の勉強に入るのが一番良いのではないの
だろうか、体が自由を得られないうちに,気だ丹田、攻めが如何のこうのといっても始まらない。
133 怪我の功名
油断して、7/3日に仕事で腰を少し痛めた。昔から、重いものを持つとぎっくり腰に
成る悪い癖がある。
若い頃、重い枝肉を担いで、冷蔵庫まで運ぶ、重ければ重いほど、自分が買って出て
いた。
若気の至りで粋がっていた。バカは煽てりゃ木に上る、それが祟って、腰に来てい
る。
カナダに渡った当時、生活の為に庭師をしたが、その時も、思い土運びや、濡れた
草、庭石を扱い、万年腰痛に悩まされた、このままでは剣道が本当に出来なくなるの
では、真剣に悩み、職業を変えた。
今の仕事はそんなに重いものは持たないが、配達で25kg程度の荷物で油断した。
ギクット腰に来たが、その日は大事をとり、慎重に仕事を進めた。次の日も腰に痛み
は有ったが、稽古に出た。
最初は、生徒の見取りだけする積りで居たが、初心者に打たせてやろうと面を着けた
のが良くなかった。(イヤ良かった)
乞われるまま、稽古が進むうちに、腰の痛みが感じられなくなり、普通の稽古が出来
た。だがその中で、自分で無理が利かないと思っていたので、何時もより慎重に稽古
を進めた。
何時もは自分の気の強さを反映して、少々強引に仕掛ける事が有る。だが
その日は、無理なく相手の動きに応じ、要所。要所を締める感じで稽古してみた。
そうすると、無理が出来ないだけに、打ってやろうと言う欲も出ない。そうすると不
思議に相手が見える。
普段の稽古より、機会の捕らえ方が良いではないか。不思議と面が良く出て、決まる
率が高くなった。
やはり剣道で大事なのは、「単なる強引さではなくて、落ち着いた中での見極めが大
事だと言う事だ」と感じた。
昔から言う「唯、打つと思うな、身を守れ、自ずと漏るる、しずがやの月」と言う教
へが思い出された。
如何に無欲な状態で相手と相対する事ができるか、偶然にも腰痛が教えてくれた気が
する。
132 日本の底力?経済力?
他の書き込みでも書いてあるので、解る人も居ると思うが、先週6/22.23は千葉仁範
士他10名の客を迎えて稽古会と、形の講習をして頂いた。今週は、他の道場に、お忍
びで某範士八段が御来加頂き3日間に渡り、講習会を開いて頂いたようである。
熊自身は仕事の関係で、参加出来ず、最終日6/30日後半に参加をさせて頂き、お稽古
も頂いた。某範士とは、20年以上から、知り合いで、かなり、お稽古も頂いた中であ
る。彼は日本では超有名な剣道家でだから、今回お忍びで観光が目的でカナダに見え
られた。
殆どの剣道家がそうであるように、観光といっても回りがお稽古を期待するので、道
具持参と言う事に成る。
千葉仁範士もそうだし、過去カナダにお見えに成った剣道家の殆どがそうならざるを
得ない。
それは何故か。皆さん剣道の知人を通してカナダに旅行されるからである。只中に
は、極少数、個人的な用で見えられる方々も居る。
その方々は剣道が目的ではなく、仕事が目的であったり、剣道とは別のお仲間と一緒
だったりする。
学校の生徒の旅行の付き添いで、カナダに来たという方もいたり、結婚式に見えた剣
道家も居れば、カナダに居るご子息の元を訪ねられた方も居る.
皆さん剣道界では超有名な方々ばかりなのだが、稽古がいただけなかったのは残念。
まあ、熊の場合、ほぼ毎年日本に出かけるので、お稽古を頂こうと思えば出来ない事
も無いが、地元に居る剣道家は中々チャンスが無いので、出来れば1〜2回は稽古の機
会を頂ければ有り難いと思う。
そのほか来月8月には、東京から、野間道場で良くお稽古されているTK八段もお見
えに成る事に成っている。
やはり日本は元気に成ってきたのだと思う。バブル崩壊後は本当に静かだった、カナ
ダ参り、ここに来て又、脚光を浴びだしたようである。
131 12日目、北信越稽古会、志貴野剣友会の稽古
5月12日朝、8.00過ぎに名古屋から、富山行きの急行に飛び乗り、1.30に富山駅に着
く。
富山駅にはエレベーターも。エスカレーターも無い。50キロを超える重い荷物を手に
持って、階段をあがる。
これは並大抵ではないが、汗を掻き掻き何とか、駅裏に出る。駅裏から、武道館まで
は10分もあれば行ける。
幸い、トランクには車が付いているので、転がしながら、武道館に着いた。稽古は3
時からなので時間がある。
トランクから、道具、道着を出して、準備をしておく。玄関でうろうろしていると、
元県警師範の勇次先生が来た。
挨拶をして、近況を聞くと、血圧が高くて、一度倒れたと聞く。事なきを得て、現在
に至るが、稽古は余り出来ないとの事。年は熊の5才上だが、稽古が好きな人だった
から、心中を察すると心が思い。だから鏡は見取り稽古に徹するのだと笑っておられ
た。自分も血圧が高いので人事ではない。
さて稽古が始まった。参加される殆どの先生方が高段者、中には福井、石川、新潟、
長野、岐阜の垂れも散見される。熊には殆ど、富山勢が掛かって来る。一番手は、弟
分の坂井教師七段が来た。一年ぶりの稽古だ。坂井はかなり意識しているのか、本来
の力が出ていない。今晩の再稽古に期待をする。
長身の、福井の先生が掛かってきた、剣風の好い、綺麗な剣道だが、欲を言えば少し
剣道が硬い。
お若いので、これからの方だと思った。そのうち、、熊の若い頃のライバル?全日本
10回出場の大○君が掛かってきた。彼は熊より5歳下だが、七段審査は同時に合格し
た間柄だ。彼は、全日本で上段でベスト8まで勝ち進んだ事がある名選手だ。
その彼が、熊に手を焼いている。殆ど熊のペース。その稽古を後ろで勇次先生が見て
いて、笑っていた。
熊は、抜歯の術後左肩の痛みが取れたお陰で、左腕の納まりと、操作が軽い。彼が打
ち出す技は殆ど返すことが出来た。
彼自身、驚いていたようである。坂井もそれを元に立ちながら横目で見ていたらし
い。帰りの車の中で驚いていた。試合試合で遣ってきた稽古、地力をつける事だけ考
えてきた稽古、やはり、大きな差が出てきたようだ。
稽古の後、彼れが挨拶に来た。正直水をあけられた事を肌で感じていたようだ。この
稽古のお陰で、次の日の稽古は機動隊の連中が、前に連なった。勇次先生も、大○君
も機動隊の連中に熊に掛かることを勧めたらしい。
さて話は前後した。武道館を出て、告ぎ成り稽古場、高岡の坂井の道場、志貴野に出
かけた。今年は、中身を重視したいからと、招聘した選手は殆どが6段以上、5段1四
段1でこじんまりと行われた。
坂井が今度も最後に掛かってきた。今回は前回の反省からか、中々落ち着いて確りと
攻めてきた。だから技も好い。これが彼の実力なのだが、どうも兄貴分と久々に稽古
すると、気持ちが焦りを見せるらしい。
稽古後、六段連中が皆間合いが近い。その事を、説明して、帰宅したのは11時過ぎ。
稽古稽古の日が暮れた。
13日目、は朝から、又富山武道館に出かけた。今日は全剣連の指導法、審判講習、が
岡村忠典講師の下で開かれた。岡村先生の指導は非常にわかり易い指導で好評を得
た。
稽古会に入り、驚いた事に、勇次先生が面をつけて出ていた。稽古後に聞いたら、昨
日の熊の稽古に刺激を受けたらしい。まだまだ遣れるじゃないですか。
熊の目の前は県警機動隊の連中で、満席状態。彼らは若いし毎日稽古をしている。又
業も早い。だが、此方とて、そうやすやすは討ち取られない。皆、不思議そうに頭を
傾げていた。
彼らの殆どが、必ず色を見せてから打ちに出てくる。その色を押さえて打つか、出鼻
に飛べば此方が有利に立てた。
稽古後、彼らに、リズムで打たないこと、確り攻めて相手を崩してから打つことを勧
めた。
又、県下の若手で、今伸び盛りの連中も我先にと掛かってきてくれたお陰で、好い汗
が掛けた。
充実した稽古が出来た二日間であった。明日は又東京に出る。術後の抜糸、その後千
葉ちゃんと飲むことに成っている。
これで今回日本での武者修行が終わる。色々学ぶべき点が多い旅行だった。健康で居
られる事に感謝した。
130 11日目 常滑市稽古会
今日は稽古会まで時間が有るので、熊女房が昔働いていた会社の先輩達と昼食を共に
取る約束をしてあった。二人の先輩の一人の親御さんが風の盆で有名な富山県八尾出
身と聞き、話に花が咲いた。
短い時間ではあったが、楽しい時間が持てた。そして電車に乗る前に日本の100円
ショップ、ダイソウで買い物をする。熊はジャズの歌物CDを4枚買った。たまに、
気が向いたらギターで弾き語りをしているので、ジャズのスタンダードは、欲しい
CDであった。
熊女房は、料理関係の、ゆず胡椒、や色々の香辛料の練り物、台所で使う何にやら雑
貨を買い込んでいた。
それにしてもこの価格は驚く。価格破壊なのか、それだけメーカーが利益を掛けてい
るのか、少し不可解な気になる。それで、名古屋名物、ウイロウを買い帰途に着い
た。夕方から始まる稽古の為に、お土産のチョコとお茶を用意する。
夕方、風がかなり強い日だったが、稽古会に出かける、ここの稽古会昨年もお邪魔さ
せていただいた。鬼崎中学校の武道場。試合コートが二面取れる、道場なのだが、床
にスプリングがいれてあり、足の心地が非常に良い。最初、二日稽古を休んだので、
何と無く体も重かったが、徐々に調子が出てきた。
この稽古会は毎年名古屋地区で行われる全日本剣道連盟の昇段審査前なので、六段、
七段受検者が、
稽古に来ている。又中には、昨年高校を出たばかりの若手の剣士も居て、バラエテ
イーに飛んだ稽古が出きる。
ここの稽古会で稽古をして毎年感じるのは、稽古振りが良い事である。余り、変な駆
け引きをする剣士が居ない。まあ、昔熊も愛知県の大家、榊原正範士に指導を得てい
るので、剣風が近いのもあるのかもしれないが、
稽古がやり易い。俗に言う難剣が少ないのだ。
真っ向から打ちに出てきてくれる。だから此方も真っ向から行く、さいきん彼方此方
で剣道をさせて頂いて、感じることは、試合剣道が蔓延しすぎて、高段者を相手に試
合剣道で駆け引き稽古を仕掛けて来る剣道家が多い中、ここの剣道会は、細川先生の
ご指導宜しきを得て、正しくご指導が行き渡っていると感じた。
又若手の指導者も、中々真摯な稽古で、ひたむきな剣道には感銘を受ける。
熊女房の昔の師匠が今度七段に挑戦するらしい、審査を意識しておられるのか、少し
硬さが見られる。
技前はそれなりの力があるので、硬さが出なければ通るのでは無かろうか。
若手の剣道家が、ドンドン力をつけて、伸びてくるのは見ていて嬉しく気持ちが良
い。剣道は、やはり人柄が出る。良い剣道をする人は性格も良い。又、逆に性格が良
くないと良い剣道が出来ないのも然りだ。
ここの剣道会稽古後の懇親会が又楽しいのだ。色々質問されるが、出切るだけ解りや
すくお答えする事にしている。
ここでも交剣知愛の輪が広がっていく。楽しきカナ我が剣道修行。
129 10日目、市場リサーチ
今日は、7.00起床で、買い置きのパン、ミルクで朝食。
午前中に母屋まで行き、10時過ぎに家を出て、NHKのビジネス未来人で取り上げら
れた、豚肉専門の肉屋さんに出かけた。この肉屋さんは、半田市にある生産から加工
販売まで一気に手がけ、おまけに非常に旨い豚肉を販売している事で、有名な名店で
ある。
店にはバべキューが出きる施設もあり、近隣のお客様を喜ばせている。又店には、自
家製ソーセ-ジから、惣菜何でも置いてある。偶然社長が在席しておられたので詳し
いお話をうかがう事が出来た。
豚肉を生産した当社は筆舌に尽くせぬご苦労があったと聞く。今は、有名デパートで
も、ここのブランド肉は20%高い値段で市場に出回っている。向こうから買い付けに
来るくらいにまで成ったと聞く。
熊がカナでの肉屋だと聞き、極秘情報を豚肉生産のポイントから、販売戦略まで惜し
げもなくご披露頂けた。
今、熊がここで取り組んでいるやり方に、彼も非常に好感を持ってくれた。味、品質
は絶えず同じ味、品質をキープする。それがお客の信頼を得る。価格は少々高くても
旨い肉なら必ず売れる。
自家生産の豚肉を全ての部分、捨てる事無く全てを使う事により利益率を上げている
のだと聞いた。
熊も、同じ構想で経営をしている。マダ自家生産とまでは行かないが、方向性が同じ
なので先方も驚嘆していた。
大変お忙しい方だと聞いていたので、予約無しに出かけて、偶然お会いする事が出
来、お話が伺えた、幸運だ。お会いして熊も益々、自信の裏づけが出来た事は、大い
なる収穫であった。
お昼は半田市で最近評判の居酒屋兼お食事処で、ランチを食べた。今流行のヒュー
ジョン料理。
無国籍料理。とでも言えばいいのか、先ず最近は味に国境が無くなった。意外性が、
又、旨い。
又食べるほうとしては、旨ければそれで良い。自分が食べ物に非常に興味があるの
で、参考に成った。
昼過ぎは、名古屋に出て、デーパートの地下、食品街の探索。松坂牛、近江牛、但馬
牛、飛騨牛、
それぞれ、非常に品質の良い肉が並び、その価格もかなり高価な値段がついていた。
カナダではマダそれほど高級な肉は売れないが、それでも、それに近い品質の肉を並
べている。
それにしても日本は、異常に神経質な包装をしている。野菜、肉、全てに於いて、こ
れが全てゴミになるのだと、思うと、少し嫌な気がした。地球温暖化がこれほど騒が
れ、世界中が異常気象で苦しめられている時、
小さな島国とて、必ずそのしっぺ返しが来る事は覚悟しておいたほうが良い。
無駄な包装、その為に跳ね上がる物価。カナダが@/3の食材費用で済むのはそれなり
の理由が有るのだと、感じざるを得なかった。
帰宅して、その晩も、近くの 和風レストランで、家族全員で食事をした。
128 9日目 打ち合わせ。やっと休日
9日目朝、4.30時に起きた。毎朝、朝稽古で早起きは体に馴染んでいる。別段苦痛で
はない。
シャワーをとり、朝食は買い置きのパンとミルク。5.45分に女房とホテルを出て、藤
枝駅に向う。
歩いて3分、荷物が何しろ重い。剣道具が二組稽古着が全部で4組入っていておまけに
濡れているからだ。その他にスーツや、着替え、お土産まである。
その荷物を静岡駅まで運び、熊は仕事用のカバンだけ持ち、後は女房に預ける。女房
は一足先に名古屋の実家に帰り、全て洗濯しなければ成らない。自分の荷物と共に、
大人の人間一人は軽く入る、トランクまであるから、大変な量の荷物。名古屋駅まで
両親に迎えに出てもらうから大丈夫と言っていたが、忙しい両親だから・・・
熊は急遽東京にトンボ帰り、朝8時前に品川に着き、品川から山手線に乗り換えて、
目黒まで。目黒にある、畜産関係の大手商社と会合。合う約束が9.30だったが、早く
ついたので9時に出向く。向こうはそれでもキチンとと対応してくれた。
それにしても暑い日だ、午前8時過ぎだと言うのに汗ばんでくる。竹刀だけは自分と
行動を共にしているので、
会社までの道のり役15分、邪魔だな〜と人生で初めて思った。剣道家が剣道の為に道
具と行動をするときは良いが、それでないときは本当に邪魔になる。苦笑。まあ、今
では宅配で道具を送る時代だから、次代も変わったたものだが・・・
会社に訪れた相手も、剣道ですか?
と問われたので、「今回の渡航目的の一つです」と、答えたが、理解には多分ほど遠
いだろうと感じた。
本来ホリーデーで、剣道修行だけが目的だが今回は、仕事が上手く絡んだ。機械の搬
送確認。
将来に向けての取引確認。両社とも非常に乗り気でありがたい。これも今だ誰も手の
付けていない事業なので、やはり機先を制することは、何も剣道だけではない。誰も
気付かない所、誰も手の付けていないこと、それをやれれば、競争が少なくて済む。
後はカナダ政府の対応だけだ。それは息子の仕事、それも時間待ちの状態だ。親爺は
自分の責任をちゃんと果たした。それで、11時の新幹線で名古屋に向う、名古屋から
知多半島の常滑まで約1時間。
午後の三時過ぎに女房の里に着いた。女房は洗濯物の山と格闘中。剣道具を干し、稽
古着、下着、着替え。一週間余、京都のホテルでは下着は洗濯していたが、それでも
旅行は大変だと改めて思った。
毎年、行う剣道旅行だが、今年から新しく新調した剣道具は、日本においておくこと
に決めた。
その晩は、女房の家族と、食事をすることに成っていた。だがその前に義父?の手作
りのビールを飲む。
これがコクがあり旨い。出二人ともほろ酔い気分で食事に出かけた。運転手は飲まな
い義母が担当。
だが、義父、義母とも熊と年が余り変わらないので、名前で呼び合い、義兄弟と言う
事にしてもらってある。
それにしても、寛容な両親だと思う。彼らにはもう一つの別邸があり、熊たちは何時
もそこで泊めて頂いている。
海岸に近く、ほのかに潮の香が漂う、閑静な落ち着きのある家だ。静かに夜は更けて
いった。
127 8日目 養心会での稽古
八日目の朝はゆっくり起きた。朝10時に葛西まで行かなければ成らない、西村医院
で術後の検診を受ける為だ。東京駅に出て、葛西まで行く。西村医院のスタッフは美
人ぞろい。検診を受けて、その夜の稽古の許可が出る。普通、抜歯をしたその翌日稽
古が出きるほうが可笑しい。それだけDR西村の手術が凄いと言う事だと思う。
普通歯を抜けば顔が腫れても不思議ではない、だが顔の何処にも腫れが無く、面をつ
けても大丈夫だと言う事。これには驚きを隠せなかった。だがDRはマダ余り無理な
稽古はしないように注意された。熊の稽古狂いを知っているからだ。ありがたい勧告
だが、面を着装してまで、それを覚えて居れるかどうかは自信がない。
検診の後、東京に戻り新幹線で静岡経由で藤枝に。
藤枝では羽賀の親爺の生徒達が作る養心会と言う稽古会があり、夜それに参加するた
めだ。
それと今回、もう一人の西村氏に大変なお世話になった。藤枝の西村氏は羽賀の親爺
の弟子、つまり熊とは兄弟弟子の間柄。運送会社の社長さんで、今回、熊が、新工場
設立の為に日本あちこちで買い集めた機材を集荷、梱包、保管をお願いしてあった。
それともう一つ。親爺が昔静岡の鞠子で開いていた養心館道場の、看板をカナダに持
ち帰る為にそれの梱包もお願いしてあったからだ。
その看板は欅の一枚板に、墨彫で「剣道養心館」と書かれている立派な物。桐の箱に
納められていた。
それを関西空港まで送り出してもらった。そのほか機械類の検品をして、藤枝駅横の
ホテルにチェックインして。
親爺の家に向う。親爺の家では話に花が咲き3時間くらいご指導にあづかった。
親爺は今年90歳。もう形見分けでもするが如く、ご自分の愛刀2.4寸と斎村五郎
範士が使われた竹刀のレプリカを一緒に熊に預けられた。
これを渡されたと言う事は、もう完全に養心館は熊に譲ると言う事なのだと思った。
責任重大だし、親爺の心を絶対に無にしては行けないのだと心に誓った。
看板、愛刀、師匠からの竹刀。この三点は親爺自身の片身。剣道家としての親爺自身
なのだと思う。
ひょんなことでカナダに来る事になったが、現在の日本の剣道界に置くより、マダ、
カナダのほうが親爺の心を生かせるのかも知れな感慨が深かった。道場の宝として、
大事に代々受け継がれていく事だけは間違いない。
親爺に後刻道場でと挨拶をし、タクシを呼んでもらい、家を後にしてホテルで小休止。
6.30に西村氏が車で迎えに来てくれた。道場ではもう既に子供の指導が始まっていて、
親爺が椅子に座り稽古を眺めていた。
その横には京都の土産の真竹の竹刀が15本置かれていた。生徒の皆に分け与えるため
だ。
熊もそれと同じ真竹の竹刀を仕込んでおいた。それを今日下ろすことにしている。肉
厚の確りした竹だ。
調子身良い。子供の稽古が終わり中学生と大人の稽古が始まる。熊も面をつけて元に
立った、一番手は西村氏、去年から比べれば、格段の進歩が見られた。剣先が鋭くな
り、技が冴えてきている。御精進が伺えた。
その後、次次に掛かってこられたのが、4番目に八段審査の一次を何度も通過されて
いる、兄弟子、彼とは壮絶な戦いとなった。おまけのどっちも譲らない。意地と意地
の戦いのようになった。
おまけに時間も長い。親爺が業を煮やして、何度も立ち上がりかけたらしい。とうと
う我慢が出来なくなったのか、雷が落ちた。「何時までやっとるか。」熊としても
兄弟子の気持ちは解る。
だから此方も譲る事無く、思い切り戦わせて頂いた。西村氏が再度掛かってこられ
た、そして他の生徒の方々と熱い戦いの後、最後に正平先生、羽賀の親爺の娘婿さん
正剣で綺麗な稽古の方だ。その方と思いの行くまで剣を交えて、旧交を温めあった。
稽古後、竹刀を見たら、真新しい真竹の竹刀の竹が折れていた。まあ、刀は尽きたか
も知れないが、熊の心は晴れ晴れとしていた。羽賀の親爺に別れの挨拶をして、ホテ
ルに帰りシャワーを浴びて、西村氏と正平先生と熊夫婦と食事に出かけた。親爺な話
が出た。正平先生は県庁にお勤めで農事部長を勤めておられた。
その彼が、農事部部長を拝命した時に、親爺から耳の痛いアドバイスを受けたらしい。
彼はそのお陰で、意見を聞き入れ間違いなく仕事を勤め上げられたらしい。親爺は何
時でもその時々に応じ、生徒に適切なアドバイスをしてきたのだという。
そういわれれば、熊も人生最大の危機を親爺のお陰で乗り切れた。又、居合いの弟子
の範士の人も親爺に救われたと言っていた。
親爺は剣道を通じ、世間の、世の中の指導者としても一流で有ったのだと改めて感心
せざるを得なかった。
明日の朝、6.00の電車で又東京に戻らなければ成らない。もう一社ミーテイングが控
えている。
話は尽きなかったが、午前様になる前にお開きにしていただいた。心地よい疲れが心
地よい眠りに誘ってくれた。
126 7日目、三楽稽古会
5時に池袋のホテルを出て、新宿経由、中野坂の上にある、三楽寿司へ向う。
6時から、関東圏内MIX会員の方々と、卓上稽古会が予定されていたからだ。
中野警察署を目指して歩くと、途中に小さな肉屋があった。店構えは小さいが、品揃
えは中々高級な肉を揃えていた。同業者なので、やはり気になる。価格、品揃え、陳
列の仕方、事細かにチェック。参考に成る事が多い。時間がまだ有ったので、裏通り
を散策する。やはり日本は道路が狭い。火事になったら大変だろうと思った。
中野警察署の前で、向こうから手を振る御仁が居た。伊福さんが店の前で出迎えてく
れていた。中に入ると店主のクニさんともう一人上品で優しげな女性が椅子にかけて
待っていてくださった。ご挨拶をすると、その方は、kameさんだった。其処に、熊女
房が来る。彼女は友達と会うために熊とは別行動を取っていた。
そこで話をしていると、やぶっちさん、が見えて、Mitsuさん、おにくさん、キーチ
さん。話が盛り上がり、何を話したか忘れた。笑。それくらい皆熱心に熊の引き出し
を空けてくれた。
その時の話は、皆さん色々MIX コミュニティー養心館分室に書かれているのでそ
ちらを参考にして頂ければありがたい。、マア、それにしても皆さん熱心。根堀葉堀
聞かれるので、要らぬ事まで話したような。
三楽稽古会は、熊を囲んでの座談と言う事で始まった。
又クニさんの作る肴が旨い。感謝感激の夜が更けて行きました。
別に熊が特別の剣道秘術が有る訳ではない、ただ、今まで教えを受けた方々が偉大な
方々で、続に言う耳年間。まあ、自分なりに体を掛けて、体得してきた自負はあるが
それとて何ほどのものではない。
ここで一番驚いた事は、参加された方々が皆さんが、非常に真剣に剣道に取り組んで
いると言う事実だ。
MIXの参加者しかり、西村塾の剣客の方々しかり。剣道は何も専門家の一特殊集団
が支えているのではないと言う事、こうした市井の方々の熱心な支えにより剣道界が
成り立っていると言う事を改めて認識させていただいた。
熊は日本から離れたたところで剣道を学んでいる。情報が入ってこないだけ、古い時
代のものを継承しようとしているのかもしれないが、今回、市井の方々のほうが、専
門家集団より熱心に真摯に勉強しているのではないかとすら感じた。剣道から、文化
的背景を取り除いたら、単なる棒切れの叩き合いでしかない。
其処の所をキチンとわきまえて、奥深い質問には正直手を焼いた。だが反面嬉しくも
あった。まだまだ日本の剣道界も捨てた物ではない。この市井の方々が居る限り剣道
は正しく継承されていくに違いない。
そんな、無常の喜びを噛み締めた一晩でも有った。この出会いを心から感謝させてい
ただいた。
新宿の雑踏の中、散りじりに分かれたが、又何時の日か、今度は剣を交えて、解禁を
開いて話し合いたい、そんな思いに後ろ髪を引かれながら、車中の人となった。素晴
らしい剣豪達の夢の後。心から有難う。
125 7日目 野間道場
朝五時に起きて、シャワーを取り、池袋駅西口に向かう、途中の立ち食い蕎麦屋で、
山菜蕎麦を注文。
350円、安くて上手い。ここも毎年利用させていただいている、24時間営業の店だ。
それで有楽町線の改札まで行き、護国寺までの切符を買い電車に乗る。二駅目なので
すぐに着いた。
階段を上がると、講談社の前に出でる。以前来た時は横の守衛門から入り階段を上が
り道場に行けたが、今は工事中で、通り抜けが出来ない。そこで其処の横にある坂を
ゆっくり登った。
時間はまだ早く、道場に来る人影はまだ無い、道場の横を通り、玄関横のお宮さんに
お参りしてから玄関に向かう。玄関はもう綺麗に掃除されて、客を迎える準備が出来
ていた。恐らく会員の誰かがボランティアーで準備をなされていると思うが、大変な
事だ。これだけでも人間修行になる。有り難いと感謝しながら中に入る。
玄関で記帳を済ませ、中に入り着替えをして道場に向い一礼をして道場内に入り、下
座の下に道具を置かせていただく。もう既に一人の女性の方が鏡を見ながら素振りを
しておられた。竹刀を出して熊も準備体操をしていると、係りの方が見えて、熊の道
具を上の席に持っていかれた。
そうこうしていると、友川先生が見えられ御挨拶をする。又中には顔見知りの会員の
方も居て。10数年ぶりですか、と懐かしそうに話しかけてこられた。もう既にそんな
月日が経っていたのかと感慨が深い。
それにしても、厳かな雰囲気の道場だ。床の木目が人の足で削られて、板目だけが
くっきりと浮き出ている。
どれだけの、血と汗を染み込ませて来たのであろう。どれだけの剣道家がこの床を踏
みしめて命を削り鍛えてきたか。その木目一つ一つの年輪の深さに、熱い思いが湧い
てきた。やはりここには神が居る。剣道の神様が居る。
稽古が厳かに始まった。いちはやく面をつけて立った。稽古は大体お一人三分から四
分。次から次10数人お相手させていただいた。中には喧嘩腰で掛かられた方も居たが、
其れは此方も特意とする所、小手返し返し面を強かに打たせていただいたら、自分か
ら矛を納められた。
総じて、お稽古は真面目で気持が良い。間合もそれなりに気を配られてお稽古されて
いる。ただ惜しむなくば、姿勢が崩れる方が数人居られたのが残念。天下の野間道場
での修業をされているのだから、お心の磨けるご修行をしていて頂きたいと思った。
稽古後のご挨拶を受けていたら、柳に風さんが名乗り出られて、ご挨拶を頂いた。
お稽古前に名乗り出ていただければ、もう少しお稽古をしたかったのだが、残念。
だが、真っ直ぐな気持ちの良い面を打っておられた。
やはり剣風は人柄を表す。又お稽古頂きたいと感ずる立派なお稽古でした。
稽古が終わり、お風呂を頂き、汗が中々引かない、更衣室では島亮さんが待ってい
た。彼とも長い付き合い。
10数年前にもお稽古頂いていたのが彼の日記の中にあったそうで、ここ最近は毎年京
都で西村塾で剣を交えている。今回彼は意識して攻撃を掛けて来ていた。何か記する
所が在ったのだろう。彼も正剣で気持ちが良い。
それから池袋に戻り熊女房に道具を託して、そのまま山手線で、目黒まで出る、仕事
関係の、日本最大手のハムやさんに顔を出す。話合は非常に上手く進んだ。後は時間
待ち良い取引が出来そうな感触を受ける。
それから、葛西に出向く、もう少し早い時間に着きたかったのだが、電車が不慣れ、
の為に手間取ってしまい、1時近くギリギリに駆け込んだ。西村先生にかねてお願い
してあった抜歯手術を受ける。この人は名人だ、天才だ。歯の麻酔をかけるとき少し
痛みを感じただけで、後は全然痛みを感じないまま抜歯が済み、上あごの骨まで削
る。
通常抜歯をすれば頬が腫れ上がるのだが、術後全然痛みも無ければ顔に全くの腫れも
出ない。
おまけに、慢性に出ていた左肩の痛みが取れて、腕が楽に上がるようになった。不思
議な事がある。
来年は反対側の手術をお願いしておいた。これは彼だけの世界。誰も信じない世界だ
が、熊は完全に信じる。
其れが後から偉大な力をくまに与えてくれる事はまだこの時点では気が付かないで居
た。
それから又、池袋に戻り宿で少し仮眠を取り休んだ、夕方6時からは又別の稽古会が
ある。この稽古会は、実技が無いので、道具は要らない。ただ術後なので酒が飲めな
いのが少し残念な気もしたが ・・・ 続く
124 六日目の京都
六日目の朝、5時に目は覚めたが、体が重い、おまけに目やにがひどい、熊は体が疲
れると朝、目やにがひどくなる。今日は立会いだから、軽く朝稽古をした方が良いの
だが、面をつけるとツイツイ熱が入り我を忘れて稽古に没頭する癖がある。
恐らくこのママ、朝稽古に出れば、又目いっぱい稽古をしてしまい、立会いに不具合
が出そうな気がした。
それくらい体がだるい、去年から血圧が少し高くなり、薬で抑えながらの稽古だか
ら、万一何か起これば人様に迷惑を掛ける。それだけは避けなければならない。
今まで、京都大会に出て、朝稽古に出なかったのは今回が初めて。だが、やはり昔と
違い何時までも若くない。
長く剣道を楽しみたければ、自重する勇気も必要だと自分に言い聞かせ、朝はゆっく
りした。
別に立会いだからとは言え、気分が高ぶるでもなく極自然な朝だ。
だが立会いの時間が10時頃なので8時にホテルを出て、武道センターで着替えをし
て、軽く素振りだけをして、9.30頃武徳殿に入る。 試合が粛々と進む中、熊の少し
前で警視庁の西川氏が不覚を取った。
去年は目の覚めるような小手返し面で勝ちを収めたが、魔物は密かに今年の彼に、囁
いたのかもしれない。
その試合を見て熊は、急に「よし心を引き締めなければ」と意識をしてしまった。
自分の立会いの番、気力は充実していたが、お相手が九州の先生だったので、多分被
いてくるであろうことは想像していた。案の定被き小手に来られたが、余りに的が当
たりすぎた為に、熊の手元が浮いてしまった。
其処からの面、お相手はその小手が当たらなかったので間を引かれた為に、面が届か
ない。で二太刀そのまま追い込んで面を打った。熊に竹刀はお相手の面を捉えたが、
追い込みが深く深打ちに成ってしまった。
やはり立ち上がりの初太刀が狂えば調子も狂う。その後、3度打ち合いが有ったが、
部位を捕らえているが、不十分な打ちに終始してしまった。
気分では負けていない。戦いでも負けては居ないが、結局2分間ではホームランを打
つことが出来なかった。
去年一年間、腹と左手と丹田を意識して稽古してきただけに、初太刀で手元が浮いた
事が、反省の大きな材料として、心に残った。本番で、それが実行されなければ何に
もならない。自分の未熟を恥じた試合内容だった。
通常、熊は京都大会は最後まで見る。だが今年は仕事の絡みがあり、昼過ぎに京都
を発ち、新幹線で富士宮に向かった。其処には熊の35年来の教え子が酪農をやってい
る。彼の息子も現在熊に家に居て、内弟子をしている。その彼に日本の牛肉生産の実
態を学ばせてもらうための準備を頼んでおいた。
翌日は、豪雨の中であったが、生産者との話、実際の肥育現場を目の当たりにして、
牛肉肥育は30年前とは完全に変わったことに驚かされた。そしてその生産者が卸をし
ている肉屋まで出かけてその牛肉の味見もした。
非常に上品な牛肉に仕上がっていた。色々面白い構想が浮かぶ中、東京に出て池袋の
ホテルに入る。
朝、野間道場の稽古会に出る予定があるからだ。池袋から有楽町線で二駅、便利が良
い。
又警視庁武道館までも乗り換え無しで行けるので、熊は東京では必ずここに宿を取る
事にしている。
久々に、池袋の歓楽街の居酒屋で楽しい夜を過ごした。
123 五日目の京都
朝稽古、今日は朝から元に立った。熊は、名前が売れていないので、最初の挨拶の時
は誰も並んでいなかった。だが、隣の八段連中の中ではいの一番に面をつけて立った
ので、隣の列に並んでいた人が、先に出てきてお相手に成ってくれた。
熊は確かに有名では無いが、稽古は日本の方々に負けないで遣る自信がある。誰も始
めていないから逆に目立ったのか、一人目の方をお相手しているうちに、熊の前にも
行列が出来た。殆ど知らないお相手ばかりだった。
だが皆さんに出きる限り気を抜かないでお稽古を勤めさせていただいたが、中にお一
人此方が打った後、後ろから打たれた方が居た。カチンと来たので、それではと、お
相手をにらみつけて、よしと、気合を入れ直し挑んだ、一太刀浴びせると、有難う御
座いましたと座られてしまった。
多分10数人お相手できたと思うが、時間が来たので、範士に掛かることにした。今日
は、東京のN範士。
毎年、出鼻の面をご教示頂き<八に成り、位取り、昨年は位攻めで押し込まれてし
まった。
その、ご教示に答えるべく、今日は1mmも下がらず、範士の攻めに出る瞬間捨てる
事だけを考えていた。
範士は案の定強い攻めに出て来れれた、打が熊襲の出端に思い切り面に飛んだ。範士
の迎え突きが熊に喉をそれて、熊の面が炸裂した。二本目も同じ剣先が逆を貫いて面
が炸裂した。三本目は範士が胴に返されたが、遅れて熊の垂れを打った。範士はウン
とうなづかれて、修められた。面の中ではにこやかに微笑んで居られた。
嬉しい限りだ。初めて範士から、納得を引き出した。約15年間毎年出鼻の面だけを打
たせていただいた。
その出鼻の面を、熊の修行段階に合わせて毎年課題を加えていただき、やっと合格点
が頂けた。
どんなに難しい技であろうと、一念かけて心を込めてやり抜けば何とか形になる。本
当に心から頭が下がった。
京都大会に毎年出てお稽古を頂く方々は沢山居られると思う。だがその中でどれだけ
の方々が毎年の課題、テーマを持ちご指導頂いているか、熊はありがたい事に、本当
に素晴らしい先生方からご指導が頂ける。
剣道家として、こんな冥利に尽きる事は無い。
そして今年はもうお一人、山口のF範士にお願いをした。同じく1.2は良い面が出
た。3本目に受けられて返されたが、不十分で、そのまま短い技の応酬になり、手元
を浮かされて胴に切られた。稽古時間が過ぎていたので、其処で収めた。範士は熊の
事を覚えておられて、10年ぶりだね、と言われた。熊も先生来年再チャレンジさせ
ていただきます。と御挨拶を返した。範士は、ウンとうなづかれてお互い分かれた。
今年の課題が又見えてきた。ありがたい、そこで、礼が終わったので例により、サブ
道場に下りて、西村塾の先生方との稽古。島亮、ゴマちゃん、菅ちゃん、剣と禅さ
ん、イソちゃん、そのほか、pu〜さんも掛かってきた。
通常の稽古時間が過ぎているので、横にいた、警視庁の某先生が着替えて熊の稽古を
ジット見ておられた。
稽古が終わり、汗を流そうとシャワー室に入ると、京都の高橋先生と顔をあわせる。
まだ稽古していたの?相変わらず熱心だね。と笑われていた。何しろ熊は元手が掛
かっている分元を取らなければならない。
着替えて、テントで休んでいると、テントの外で熊の顔を見て挨拶されるご婦人が居
た。誰だか解りますか?
熊はご婦人の知り合いが居ない、間違えて、うりちゃん?といったら、彼女は嬉しそ
うに、そんなに若く見えます?
と言われたので、そうかbabaチャンだとわかった。彼女は2年位前から熊のサイ
トのお客さんで、話はしていた。
それで、以前からの約束で、千葉ちゃんとの写真を撮る為に千葉ちゃんを探している
時、佐藤博信範士に逢う。babaちゃんは博信範士とも写真を撮り上機嫌。笑、それで
元のテント前で千葉ちゃんとめでたく2ショット。
これで去年からの重責を果たす。笑
そのうちに、うりちゃんが見えて、こたちゃんもあらわれる。午後からは京田辺にあ
るウウエルサンピアでうりちゃん主宰の稽古会がある。2時に武徳殿を出て、途中ホ
テルで熊女房をPIC−UP田辺に向かう。
其処での稽古会も楽しいものでした。沢山のインタネ仲間にお稽古頂き、二次会稽古
も質問攻めに合い。
気分良く、京都のホテルに帰った次第。
122 四日目の京都
5月3日、今日から恒例の朝稽古が始まる。朝、親爺がまだ寝ているであろうから、走
り書きのメモを部屋のドアから入れて、出来れば誰かと、武徳殿まで来てくれるよう
に、お願いして、朝稽古の為にタクシーに乗る。
熊のホテルは駅前近くにあるので、武徳殿まで10数分掛かる、DRワイズナーに渡す
道具を北斗のテント裏で渡し、玄関で、朝稽古参加の登録を済ませ、青い、垂れたす
きを受け取り、下座に陣取る。通常、八段以上は元立ちだが、毎年、必ずお願いする
範士が居る、それと、熊が京都に出る最大の目的は自分の修行のためだ、上に掛かる
ことが目的それを優先する。
今年も、賀来範士に一番にお願いして、薫陶を得る。今年は何とか去年の課題をクリ
アーできる内容で有ったと思う。それで二番手に福岡の松原輝範士にお願いした。範
士は以前脳梗塞を煩われ、物凄いリハビリの後奇跡のカムバックをなされた。お稽古
を頂いて、さすがである。一太刀も浴びせる事我出来ないまま終了。
そこで、初めて、下に下がり、元に立った。沢山の方々とお稽古を頂く中に、西村塾
の、マアちゃん、関根先生が掛かってくる。毎年お稽古を頂くのだが、二人ともかな
り腕を上げておられた。マアちゃんは攻めが出てきた。
関根先生は、強引な無駄な打ち方が消えていた。真っ直ぐ中心から割って出ておられ
た。気分が良い稽古。
元に立っていると、知らない方も掛かってくる、その中には、感心するお稽古の方も
居れば、そうでない方も当然居る。熊の場合は、そうでない方は極端に打たせないで
稽古をする悪い癖がある。中には無礼としか言いようの無い方も居る。打たれた事を
認めないで、後打ちをして来る人だ。そのような方は徹底して打たせない。
追い込んで、追い込んで、後ろで、待っている、列の中まで追い込む事にしている。
意地が悪いのだ。笑
だから、熊と立会いって、自分が列の中まで追い込まれた方が居たとしたら、ご自分
の稽古のあり方をお考え頂きたい。お互いモット気分のいいお稽古が出来るはずで
す。
【剣道は打ち合いでなく、攻め合いである】という事を肝に銘じてお稽古頂くと、彼
方方ご自身のお稽古も上達が早くなる。その確信から、あえて、そのようなお稽古を
させていただいて居ります。
お互いがお互いを認めて、本当のお稽古に成ると思います、我と我の張り合いでは良
い稽古にはなりません。
打たれた事を謙虚に認めるからこそ、自分の反省点が発見できて次なる進歩に繋がる
とお考え頂きたいと思います。恐らく、ここに参加されている殆どの方々は、5段以
上、本来、錬士六段以上のはずです。
ご自分の剣道を、崇高な物に発展しえるか、単なる意地に張り合いで終わらせるか、
彼方方ご自身の心掛け次第で御座います。
その後、サブ道場に下りて、西村塾の先生方とお稽古を頂く、中に、福岡の松原弟先
生が居た。15年ぶりの再会で、熱の入ったお稽古を頂いた。
朝稽古を終えて、外にでると、早10時近く、汗を拭き拭きテントの中を覗くと、何と
親爺と、西善延範士、井上義彦範士、其処に森島建夫範士が顔をそろえて、会議?が
始まった。この先生方の話は次元が違う。笑
これだけの剣道界重鎮が顔を揃える事も珍しいが、これも京都大会ならではの事だと
思う。
この大範士の方々話の内容は、少し憚られるが、我々若手が奮起発奮の為、ありがた
い教示として、大体掻い摘んで書こう。
「最近、八段の剣道の実力が落ちたと思いませんか、」
「試合試合でやって来た連中だから、地が無い」
「いや八段だけならまだ分かるが範士の力も落ちている」
「それは、八段どまりにした事が、それ以上の修行をするものがいなくなった事が原
因していると思う」
「いや本来修行は、自己のためであり、範士や段位が目的ではない筈」
「昔の範士とは、心構えも、目的も変わってきている。比べ物にならない」
「やはり体の掛け方が違う」
「少なからず、範士に成る物は命がけの修行をしてきたものにしか出してはいけな
い」
「だが、そうすると、八段を審査できる物が居なくなる」
「その便宜を重んじ、年功序列的に、範士を出すからいかん」
「それの繰り返しが、剣道を弱くしている原因なのだが」
「イヤハヤ、今後剣道界がどうなって行くのやら」
この大範士の方々だから言える事で、こんな話を横で聞いていた熊も、自分の実力は
さておき、耳だけは肥えてしまう。苦笑。
親爺と親爺のお孫さんの義父の先生と熊の三人で、武徳殿向かいの軽食喫茶店で、食
事をした。
親爺がもう疲れたので、午後の新幹線で静岡に帰ると言い出した。そこで、タクシー
を拾い新幹線口につけてもらうが何しろ歩く距離が長い、切符を買い、親爺をホーム
まで送ったのは良いが、昔と違いホームにはイスが無い。静岡止まりの新幹線まで45
分ほど待つ事になる。親爺には大変な時間だった。
車椅子を手配しようにも、時間が掛かり使い物に成らない。日本は便利なようで、身
体障害者にはまだまだ未発達だ。世界一流の国とは到底呼べるレベルに無いことを改
めて知らされた。
何とか無事親爺を、新幹線に載せ、家族に電話を入れておいた。大体何時頃藤枝に着
くはづだと。
それから、ホテル二帰り、シャワーを浴びて仮眠を取り、午後6時にホテルを出て、
京都駅に向かう。
ラーメン横丁でラーメンを食べてコンビニで、ビールを買い、西村塾へ懐かしい顔、
顔、顔、もう既に剣道の話題に花が咲いていた。夜の更け忘れて楽しいひと時を気を
過ごした。
夜、親爺の家に電話を入れたら既に帰宅していたので、ホット安堵する。
121 三日目の京都
朝起きて、親爺のご機嫌伺いに出向く、お茶を入れて話していると、其処に二人の静
岡の剣道家が挨拶に来た。一人は、八段審査の審査委員。前日の審査では静岡県は全
滅だと報告をされていた。
今日は若手が一人受験すると言われて、期待していると言っていた。ここ最近静岡勢
は八段合格者が多い。
やはりいい指導者が居る所は、それなりの効果を生む物らしい。そのお二人が退室さ
れた後、二人でホテルの食堂で食事を取る。そして武徳殿に出かけた。今日は開会
式、各種形の演武、居合道の演武が行われる。
親爺が何時もお邪魔をしている、奈良の北斗武道具のテントの中で陣取っていると、
沢山の人が挨拶に見える。
静岡の居合道範士が親爺の席が武徳殿の正面に設えてあるので上覧を勧めて来られ
た。親爺は各種形が終わった頃、武徳殿の中に入り座って演舞を見ていた。その間熊
は時間が有るので、あちこちの道具屋を見て回る。その時、昔同じ道場で稽古をした
仲間と遭遇した。彼女は名古屋に引越し、30年に成る。
確か同じ年だったと記憶に有るが、お子さんが居ないので、非常に若く見えた。今は
もう居合いの八段を受験しているのだという。それで彼女の演武を拝見する。実に見
事な居合いを披露されていた。昔は熊が彼女に手解きをしたが、今はとても側に寄れ
る腕前ではない。最近どこかの大学で居合いを教えているのだという。
若い子供達から若い気をもらうので、自分も若返るのだと、嬉しそうに話を聞かせて
くれた。懐かしい出会いがあった。親爺が、昼頃、トイレに出てきたところを捕まえ
て、一緒にご飯を食べに誘った。杖を突きながら、歩くので、遠出は出来ない。武徳
殿前の軽食喫茶でカレーを食べる。親爺は何でも食べてくれるので手が掛からない。
食べ物に好き嫌いが殆ど無い。
だから毎年カナダに指導に見えていた頃、海外での生活でも何も不自由はしないと言
われていた。
それで午後の武徳殿に又戻られたので、そこら当たりをふらふらしていると、刀屋の
五十嵐君が熊の所に来て、今、カナダ人が来て居合いに興味が有るので通訳をして欲
しいと頼まれた。彼はトロントの方から来ているのだと聞いたので、トロントで居合
いを学べる所を教えて、刀の長さも教えてやった。彼は喜んでいたが。刀を買い求め
たかどうかは解らない。
そうして、またそこらを散策していると、後ろから英語で声を掛けられた。何と15年
ぶりにあうDr ワイズナー。
昔アルゼンチンからカナダに移住して、モントリオール大学病院で働いていたが、今
は病院が変わりトロント近郊の大学に居るのだという。剣道は確か六段だったと思
う、もう七段位成ったかもしれないが、エアーカナダで送った道具が、関西空港に届
かなかったらしい。そこで、明日の朝の稽古は熊女房の道具を貸す事に話をした。
道着は偶然トランクの中に入れてきたので心配は無いといっていた。彼は稽古が出来
ないと諦めていたので、非常に喜んでいた。海外からわざわざ剣道の稽古だけに京都
に来る。日本で居る人々には想像も付くまい。
明日の朝、北斗武道具のテントの後ろで、6時に逢う約束をして別れた。今日は何と
懐かしい人々に会う日だ。何か幸先が良い予感に包まれていた。
そして一日の演武が終わり親父とホテルに戻る、そこで今日は何を食べようかと相談
をしている所に、親爺の弟子の居合道家たちが帰ってきたので皆で先斗町にまで出か
けようということに成った。親爺が長くは歩けないので心配したが、タクシーが目的
の店の近くに車を着けてくれたがそれでも親爺には大変な距離だったようだ。
見ていて気の毒に成り、オブロウかと申し出たが、断られた。
武士の一分とでも言いたげな、風情だが、腰が曲がり杖を突いていても、武士だとい
う自覚は何処にも消えては居ない。精神力の強さがここまでの長生きを支えているの
だろうと勝手に感じた次第。
120 二日目の稽古
朝食の後、9.00AMから居合道の稽古があり、午後2.00PMから形の稽古、3.00から
剣道の稽古。
その間親爺は昼食とトイレに立っただけで、ズート会場に居て、講師の指導を見てい
た。
昔は練成が主で、講師の話は少なめで要点だけを注意していたのだが、最近の講師は
話したがりばかりで、練成に掛ける時間が少ない。それで業を煮やした親爺から若手
指導者に檄が飛んだ。「モット体を掛けさせろ」と
段位が幅を利かせる剣道界、居合道界に於いてこの発言は危険だが、刀の持ち方がい
い加減な居合道範士が居る。恐らく物を切った事が無い範士だろう。剣道と、居合道
両道平行で修行している人なら、突きがどういう有物かわかる、だが居合道だけの方
には突きがどういうものか理解が出来にくい。まるで踊りだ。
その辺が大きな問題として、指導人にも現れてきている。親爺はそれを嘆いていた。
特に最近は居合いは形を重んじる。相手を仮想して、切るということを大前提にして
は居るが、相手と組んだ事が無い、打ち合うことが無い、居合道家はおかしなことを
平気で言う人が居る。自分勝手に、相手が動いてくれるとでも言いたいのか。
理屈と、膏薬は何処にでも付く、本当の理合いを教えなければ意味が無い。少なくと
も偏ってはいけないと思う。刀を知らない剣道家、間合いを知らない居合道家親爺の
目から見たら片手落ちなのだそうだ。
確かに、熊の目から見てすらその変容は明らかだ。恐らく今からの居合道界は益々そ
の格差が大きくなるのだと思う。
午後の剣道形は以前から見ればかなり皆さん進歩がある。かなり高度な形を打つ講習
生も出てきた。
良いことである。剣道の稽古、昨日の例の剣士が掛かってきたが、あくまでも叩き合
いの域を脱しては居ない。
剣道の本当のところが解っていないのだろうな、田舎で七段で大先生に成れば、誰も
教えてくれないからね。
熊はまだ、仮にも八段頂いていても、師匠からまだ注意、指導をを受けているんだか
ら、その差は大きいですよ。
だから、此方も遠慮なく叩かせていただいた。首を傾げておられたが、此方だって命
がけで遣ってきたのだから、それくらいは出来ますよ。といいたい気持ちを抑えた。
親爺もその稽古を見ていたのか、後から「色んなのが居るな」と苦笑いをされておら
れた。
一人、富山の後輩が、抜き打ちの稽古中左手を切った。大した傷ではないが救急車が
来た。刀で傷を受けた
そのことが原因で、警察が調書を取りに来た。あくまでも事件ではない。事故なので、
どうする事も出来ない。
ひとしきり聞きまわった後帰って行った。居合い刀とは言え刃が付いている、気の緩
みは絶対に危険だということを改めた知らしめた事故だった。
練成会が全て終わり、幹事の方の車で京都のホテルに着いた。幹事の方は急用が出来
たと静岡に帰られた。
後は、自分ひとりが親爺の面倒を見る事になった。夕食を二人で取り、久しぶりに水
入らずで話が出来た。
決して気難しい人ではない。ただ、礼を失するとうるさい。間違った事をすると煩い
だけだ。だから、何でも先に聞けば良い。どうしたらいいか教えてくれる。それを遣
らないから叱られるのだ。皆、単純な事が出来ないだけ。
師匠を立てておけば、引き上げて引き立ててくれる、自分勝手に立とうとするから、
叱られるのだ。何でもそうだが、焦りは厳禁なのだ。熊はまだ親爺の話を聞くのが好
きだ、勉強になるからだ。皆さんはどうも違うらしい。
師匠が煙たい方々が増えた気がする。
119 卒寿の祝いと懇親会
会場に一人ぽつんと座った親父が、何かを書いている、多分、挨拶に使う原稿を書いている
のだろう。そばに行き、会場までの付き添いができなかった事を詫びに、席まで行き、話すと、
卒寿の祝いの心意気を歌に認めていた。
「朝夕の庭の千草におく露は 卒寿の夢の熱き思い出」 楽天
九十になってもマダ心意気は熱いぞと言わんばかりである。この人の心は老いと言う物が無い。
そして会場が開くと会員がぞろぞろ入場する。その場で皆に渡された一冊の本。平成八年から
平成十九年までの会長挨拶(訓示)を収録して、文字にしてあった。ということは全て原稿が用
意されていたと言うことになる。
タダみんなの前で話をしているだけだと思っていたが、用意周到にも原稿を書き、それを記憶
して、皆さんに披露していたわけだ。卒寿になってもボケないわけだ、それにしても物凄い記憶
力。やはり、一流と言われる人物は、人と違う。熊なんか、この人の道場を本当に請けて良い
のか、責任の重さに身震いがした。この本の内容も何時か時間を見て皆さんに公表したい。
そこで会計報告、事業報告、と進み、卒寿の祝いに、漢詩を作り親父に贈呈された九州の、
年齢も親父に近い先生が、浪々と詞を吟じられた。その漢詩を掛け軸にして後日親父におくる
のだという。そして、毎年恒例の、山下範士(書道の大家)の掛け軸、「不動心」を皆じゃんけん
で争奪合戦が始まる。しかし、この掛け軸を飾れる、床の間と言えば、12畳の広間で、書院作り、
幅二間の床の間が要る。出なければつりあわない立派な軸だ。
乾杯の音頭を副会長の野正範士が音頭を取り、会食が始まった。足の悪い、親父のために、
口に合いそうなものを、掻い摘み皿にとって、親父に渡す。酒を注ぎ、自分の席に戻った。
自分の席と言っても隣のテーブルの、親父のすぐ横、幹事に頼み、その場所を取って頂いた。
何時でも親父の酒と食べ物が取れるようにと、万一何か用事があるかも知れないからだ。
其処に、親父の直弟子の居合道八段が挨拶に来た。何か叱られているようだったが・・・・
弟子も、段々偉くなると、自分の世界が出来て、師匠を忘れる。その事の注意だったようだ。
熊が少しやり過ぎなのか、一寸先輩にすまない気もしたが、やはり、お世話が純真に出来ない
方に問題があるのだと、考える事にした。師匠を忘れて、今の自分が有ると思う方が可笑しい。
そこで、宴たけなわ、親父も疲れたようなので、部屋に送る。二次会の部屋の案内が来た。
親父は、大坂の居合道家で、指圧の先生に体をほぐしてもらうのだと言っていたので、後は一人
で寝るだけなので、挨拶をして、二次会会場に顔を出した。
其処には先ほど、稽古をした剣道七段が良い機嫌で待っていた。少し酒癖が悪いのか、絡ん
で来た。自分が熊に打てなかったことを愚痴る。もっと自分は強いのだと息巻いた。歳も65歳。
では明日もう一度、お手合わせを致しましょうと、なだめて置いた。だが、打つ打たれるのレベル
で、剣道を考えているようでは、今の熊には無理だ。少なくとも今の熊は其処を越えていると思う。
周りの、仲間も彼には辟易していたが、酔いは人間を変えるので、適当に煽てて気分を持ち上げ、
なだめて置いた。明日の事もあり、自分の修練と、親父の世話が有る、早々に部屋を辞退して寝た。
朝は6時に起きて、顔を洗い、親父の部屋に出かけた。朝食を取らせる為の準備をさせなくては
ならない。昔と違い服を着るのも時間が掛かる。だが、部屋を、訪れた時は親父はモウ既に着替え
ていて、熊の来るのを待っていた。さすが武士である。朝食にはマダ少し早いので、お茶を入れて、
少し話したら、昨日の指圧が利きすぎたか、体が少し痛いとの事、会場で一日座るのは、大丈夫か
心配になったが、無理をするなと言えば、尚無理をしそうなので、好きにさせる事にした。
昔から自分の体は自分が一番分かる人だからだ。疲れたら疲れたと言うだろう。それを待つ事。
それが、熊が親父にできる事だと、思いなおした。
118 京都大会と武者修行 05/16/07
本日、日本から帰国いたしました。諸先生方には色々お世話になり心より御礼を申し上げます。
今回の武者修行の顛末を此処、新着情報で書き込みを致します。お暇と、お時間のある方は、
お読み下さい。
4月28日12時にバンク-バーを離れたAC36便は無事29日夕方4時に関空に到着した。
今回の旅行は仕事の絡みもあるので、携帯電話を借りた。便利な世の中になったもの
だと改めて感心する。
熊は、関空から特急「はるか」に乗り京都に向かう、熊女房は新大阪まで同道するが
其処から名古屋の
実家に向かった。
京都で予約してある宿に着き、荷物を解く、今回熊女房の道具もあるので二組の剣道
具がトランクに詰められていた。明日朝一番の電車で新田辺のウエルサンピアに向か
わなければ成らない。羽賀の親爺が会長を務める、武講同窓会の居合道講習会に参加
しなければならないからだ、この居合道講習会は全国から250名ほどの参加者を毎回
数える。
其処の講習会では、居合道家全員に剣道形を学ばせている。それは、どうしても、居
合道だけの方は相手との間合いが掴みにくい、それを補う形で、剣道形を必修にして
いる訳だ。それと、剣道、居合道両道を学んでいる人は剣道の稽古もある。熊はそこ
の剣道と、形の講師のお手伝いをしている。
今回其れに、親爺の卆寿の祝いが執り行なわれた。親爺は三年前から会長職を辞退し
ているのだが、剣居両道範士で、見識が高く、物が書けて、講話が出きる人物と成る
とどうしても限られてくる。その為に、否応無しに押し付けられている現状だ。腰が
曲がり、杖を突き、一人歩きもママ成らない状態なので早く任を解いてあげて欲しい
と願っているが、こればかりは熊の力ではどうにもならない。
今熊に出きることは、親爺のお世話をする事くらいだ。人生の師であり、剣道、居合
道の師で、仮にも親爺と名乗る人だ、出きる限りのお世話はしなければ成らないと、
お手伝いさせていただいた。靴の抜き履き、車椅子の後押し、歩行の先立ち、親爺も
心から喜んでくれていたようだ。
居合道の講習は、6班に別れ、それぞれ4名の八段が専任講師でつき、居合いを抜き、
指導を仰ぐ、今回熊の居る班に若手の八段が着いた、彼は始めての選任なのか、正直
褒められた指導ではない。
生徒を正座をさせたまま、延々と話す。おまけに先輩講師をさておき、何と合計1時
間45分喋り捲った。
自分が話すのに意識が取られていて、生徒が正座をしている事すら忘れていて、先輩
講師から注意を受けたが、それでもマダ延々と話した。それも、話にまとまりが無
い、あちこち技の説明も飛び火しながら説明するので、何を話したいのか皆目検討が
着かない。生徒も各講師もあきれ返っていた。
昔から言う、
駄目な指導者は良くしゃべる。{無駄な話をする}
普通の指導者は説明する。
良い指導者は範を示す。
最高の指導者は燃えさせる。
この典型を見せられた気がした。居合道八段に成り、舞上がっているのかもしれない
が、余りにもお粗末。
自分も指導をする立場なので、くれぐれも気をつけなければ成らないと感じた。
午後に入り、終盤、形の指導と剣道の稽古があった、一年ぶりなので親爺に稽古を見
て頂く。
今回、女性の剣道家が掛かってきたので、面を打つと見せて、出籠手を打たせた。そ
うしたら、親爺が、
のこのこと道場に入ってきて、後ろから熊の肩を叩く、面を打つときは最後の最後ま
で、打つ瞬間まで剣先を上げるなと、女性剣士に飴玉の積りで籠手を打たせて居たの
だ
が、親爺の目はごまかせなかった。恐ろしや。
その他、稽古で七段クラスが掛かってきたが、皆さん一応に打たれたくないが表に出
て、首を傾げる、逃げながら、打つので、頂けない
熊は首を傾げて打突を避ける事は、打たれる事より恥ずかしい行為だと思うのだが、
意識の違いなのか・・・・
心を崩され、姿勢まで崩されたら、何おや言わんである。打たれたく無ければ、面を
着けるなと言いたい。
講習会一日目が終わり、親爺が疲れたようなので、部屋に送り休んで頂く、自分の道
具を片付け、汗を掻
いた稽古着のまま、お世話をしなければ成らないので、大変だが、
これも修行と思
い、その任を済ませて、その間に風呂に入り、懇親会に出向く。だが、
もう既に親爺は誰か
に連れられて会場に出てきていた。
117 養心館分室 03/20/07
熊が依頼されて参加した、交剣知愛@MIXなる剣道家の集まりが在る。
会員制の集団だが、そこで熱心な方々が、熊を囲んだ研修会を開いて欲しいと要請があった。
会を取り仕切るのは、埼玉の6段剣士。1日で14〜5名が参加希望があった。
おまけにその名前までが、「養心館」だそうで、穴が在ればの心境である。
だが望まれて居る内が花、と館長をお引き受けした。こちらの館員は日本全国殻の参加だ。
皆さん非常に熱心で、かなり突っ込んだ話し合いになる。面白い熊自身も勉強になる。
参加希望者は、熊にご一報頂ければ、@MIXをご紹介したい。
116 修復完了?だいたい出来た。03/19/07
一時どうなる事かと、ひやりとした。サイトのファイルが全部消えた。
だか女房の機転で全てが戻った。ありがたい、感謝で有る。
引き続き、お楽しみ頂ければ幸甚です。
熊の交流先で、新たな出会いがあり、メンバーの一人が研究会を立ち上げたいと、
申し出てくれた。熊如きの、知識で、皆様のいくばくかのお役に立てるのならば、
この上ない、身の光栄と、お引き受けした。
世の中には、素人剣士集団でも熱心に熱く剣道を語る方々がいる。
熊もその一人と、自負している。そんな人々が手に手を取り、文化としての剣道を、
後世に伝えることが出来るように尽力をしたいと考えている。
115 稽古の課題 03/09/07
昨日の稽古、白熊の号令で、荒稽古、何でもありが始まった。
熊は、相手に成る生徒の一人一人の課題を示しながら稽古をした。
ケイタと黒熊は、打つ前に右手で竹刀を握る癖が出る、其れを注意した。実際に其処
を打ってみせる。
アヤコと、ユウノスケは、技の尽きた所に気が抜ける。其処を叩いてやり、気の持続
を促した。
タケノリはだ突時に体が崩れる事がある、で組討で足腰を鍛えてやった。
アキラは起こりで、相手を脅かそうとするので、出鼻で其の愚を遣らせないように指
導した。
中学生、ヤスとツヨシは何しろ掛かり稽古の延長みたいな物。身体を練ることに集中。
後アレックス、白熊は真っ向勝負。
それぞれ課題を持たせながら稽古をする、此方も良い勉強になる。
114 写真再構成 02/20/07
サイトをリニュウして、メンバーの写真を整理した、途中で抜け人、稽古にこなくなった人も削除した。
稽古場が去年四月二日本語学校に変わり、遠くなり出てこれなくなったメンバーもいる。
だが古くから遣っている連中は変わらないが、新たに何人か増えたので入れ替えに写真を撮った。
その中で、数人以前の写真が御気に召さず、載せ替えを希望する、メンバーも居て、数人は取り直した。
本来なら、鏡を見てから来い、と言わなければならないところなのだが、写真写りが悪い熊が一番に
名乗り出て写し代えを遣る事になった。何しろ人相が悪い。前科が有るだの、病人だのと揶揄された。
まあ、新しい新人も沢山居るし、将来の世界選手権の選手候補も居るので今からマークをしていて
貰っても損には成らないと思う。笑。とにかく写真ができた連中からUPしたいと思います。
113 大改造 02/15/07
かねてから大改造を試みたサイトが要約できた。まだ、幾らか不十分に感ずるところはオイオイ直して
行きたい。
また、日記もブログ状態にするほうが皆さんのご意見も聞けるかもしれない。検討中。
剣道考察日記を初めて寄稿。つぶやきも寄稿。
112 大会感想
ステイーブストン剣道大会が終わった。
団体戦を制したのは、なんと平均年齢37歳のステーイブストン道場だった。
この道場本当に不思議で、この連中稽古は殆どしていない。月1回の稽古だったら
多
い位だ。
だが試合になると何故だか勝つ。
稽古をすれば100叩きに出きる連中なのだが、試合
根性、チームワーク、
試合度胸
だけある。
昔、試合で鳴らしたとは言え、このパワーは何処から、本当に不思議な道場だ。
こんな年寄りメンバーで勝てるものかと思うのだが、終わってみれば、勝っていた
と
言う感じ。
審判のえこひいきとか地元採点とかそんなものは全然無い。熊自信の目で審判をした
としてもその勝ちは明らかだ。
何かが乗り移ると言う表現が、ピタリ。正直、基本動作もウン?と、首を傾げたくな
る連中なのだが、打つタイミング、見せ場作り、神がかりとしか表現が出来ない。昨
日なんか。世界大会で活躍してベスト8、今回の4段以上の個人戦を制した、そのK田
選手。団体優勝戦で初一本を取り、完全に彼のものと誰もが思った。
その次の瞬間、出小手を奪われた。と思いきや、今度は面に飛んだところを返されて
面。
面返し面、こんな神業みたいな技が彼らから出るはずが無い。処が其れが出るのだか
ら恐ろしい。
今回のk田選手は、世界ベスト8が自信となり、非常に体の動きも技の切れも抜群
だった。
完全に波に乗り切っている選手が、まさか、と皆唖然とするしか、無かった。
おまけに、この戦い、先鋒次先鋒とも初一本取られてからの逆転。中堅戦で、優勝が
決まってしまった。
何とも、恐ろしい限りなのだが、殆どその伝統は子供達にも受け継がれて来ているよ
うだ。
昔から連綿と受け継がれてきた、漁師魂が生きているのか、先師の魂が乗り移って居
るとしか思えない。
これが殆ど毎年なのだから、やはり不思議としか言いようが無い。10年くらい前に熊
の教え子達が1回勝っただけでは無いだろうか。剣道界、北米の七不思議のひとつ
だ。
それと、今回は世界大会が終わった後だったせいか、アメリカの有力選手の参加が先
鋒のM君だけだった。
彼も中々に良い試合をしていたが、準決勝で、K田選手の面に沈んだ。
其れと今回、熊の道場に入門した、他道場籍の姉弟、姉の方が14.15歳の部で男子に
混じり2位になったことだ。真っ直ぐ、面,小手面、だけで勝ち上がった。男子から
比べれば小柄でひ弱な彼女が打ち出す技は、会場の目を引いた。
皆一様に驚いていたが、熊の道場で稽古をしていると知り、納得していたようだ。
だが、次が危ない。欲が出ると、養心館の生徒達と同じ徹を踏んでしまう事になる。
女史の部では、W中野、過去世界大会三位が、ママさんになって久々の試合だった
が、二位。やはり頑張る。
優勝を手にしたのは、宮城県から語学勉強に来ている、女性だった。前日に熊と稽古
をして、熊を唸らせた。
間合いの取り方、業を出す機会。綺麗な稽古をする子だった。やはり良いものは良
い。
マア、養心館の生徒達は全滅だったが、これはこれで良い経験になった筈だ。負けて
学ぶ事が多い。
皆それぞれに自分の課題が見えたことだろう。今回大会を盛り上げていただいた、関
係各位にお礼を申し述べたい。
111 二時間立ち切り
昨夜の稽古、
明日の合同稽古をにらんでか、意外と集まりが少なかったが、お陰で二時間たっぷり
と全員で3本勝負が出来た。
中には、養心館を代表するメンバー4人、と熊一人カナダチームでやった。結果、熊
の勝ち。笑。
悔しがってたね。そりゃ、経験が違う、ずるさが違う(爆笑)、巧妙さが違う、流れ
の作り方が違う。伊達に年は食っていない。笑
だが彼等もそれなりに腕を上げてきた、ナカには3本の内必ず1本は取る奴が出てきた。
しかし、試合とも成れば、コチトラも、気が抜けないので結構しんどい。だが、何時
も自分から積極的に出て行く稽古をしているので、足がまだ利く。動きはまだ、17歳
や、20代には負けない。
其れを見ている父兄も段々目が肥えてきて、一本一本解説をしているらしいのだが、笑。
コチトラ、そんな事どうでも良い。ただ以前と父兄の見所が変わってきた事を実感する
のは、今まで、熊が打つと、成るほど、と感心していたのが、熊が打たれると、わ〜〜と
大歓声が上がるようになってきた。
おまけに若手が打たれると、残念そうな顔つきになりだした。それだけ父兄は若手に
期待していると言う証だ。 つまり若手が実力をつけてきたということだ。
勿論、親は子の身方だと言うことは100も承知の上だが、道場全員を敵に回し、試合
をするのも結構楽しい。 孤軍奮闘。武士の本懐と粋がってる。まだまだ青い。笑。
子が打たれると、親まで悔しがる。と言うことは、あわよくば、子供でも熊から一本
が取れると言う期待が有るからに他ならない。子供の成長と共に、剣道の先生は益々
地獄を見ることになるのだ。爆笑。
身体を張って、あちこち叩かせて、子供たちを鍛え、強く正しく美しいい剣道を身に
着けさせて、その御礼が、全員敵に成るのだから、剣道家はバカでなければ出来ない。
でも、二時間元に立って3本勝負を続けると、稽古着の重さが半端でなくなる。
勿論、体もそれなりに、疲れを感じるが、何故か、気だけはますます意気軒昂に成る。
ただ、昔と違い、面を脱いだ時、ド~~と疲れが押し寄せてきた。このとき初めて年を
感じてしまった。面をつけている間、意気軒昂だということは、面には何かマジックが
施されているのかも知れない。
ならば、日常の生活も面をつけていれば、何時でも溌剌と活きられるか?笑。
そんなばかげた事を考えて今日一日過ごした、熊は冬の間はのどかなものだ。冬眠中だからね。
110 ハプニング
昨夜の稽古、基本稽古打ち込みの後、試合前なので、全員三本勝負で交代するように
指示した。
一番目に掛かってきたのは白熊、何かきするところが有るのか、尋常の気迫ではな
い。此方も負けじと対する。
お互い、打つ打たれるではない事を念頭においての稽古だけに、相手を崩すのは容易
な事ではない。お互い納得の行く稽古に20分掛かった。
その後若手が掛かってきたが、此方は白熊との稽古で気が燃え盛っている。エンジ
ン、フル回転だ。
殆ど、秒殺に近い状態で相手を交代させて稽古を付けていた。何人目だか忘れたが、
アキラが掛かってきた。
アキラにもほぼ秒殺状態で二本打ち。だが、今、養心館の若い連中は、熊との稽古を
何とか長引かせようと、必至になり、中々負けを認めたがらない。笑。 まあ、其れ
は其れ、内輪なので大目に見ている。
そこで三本目に成った時、アキラがエキサイトしすぎで、思い切り突っ込んできた。
其れをかわし、面を打とうとした時に、熊の竹刀が、火災警報装置に当たった。ま
あ、宝くじでもこんなに上手くは当たらないだろうと言う確立で、その警報装置は、
物凄い警鐘音で鳴り響いた。
100年を経過した、貴重資料保存の建物である。当然消防車が駆けつけるので、先に
電話を入れて、間違いで、警報装置が成った事を電話で伝えた。消防車は5分で、サ
イレンを鳴らさずに到着した。
だが館員はアキラと、白熊以外皆面をつけて稽古を続行している。消防署員が、珍し
いものを見るように剣道の稽古を見ていた。アキラが、負けを認めなかった責任を感
じてか、消防隊の対応をしていたので、白熊が又面をつけて稽古に戻った。
そこで消防隊が警報装置を止めようとしたが、警報装置は、セキュリテイーの会社が
管理している為に、電源を切らないと、止める事ができない。そこで警備会社に電話
した。警備員がすぐに来るとの話だったが30分経っても誰も来ないので、何度も電話
をしたが、たらい回しにされて、知らぬ存ぜぬで埒が明かない。
そこで日本語学校の役員に電話をしたら、そのまま警報装置を鳴らしておいてくれと
言う。
明日の朝、誰かが学校に出てきたら、対処するとの事で、稽古が終わったら、セキュ
リテイーを掛けて帰宅するように指示を受けた。だが警報は鳴りっぱなしなので、セ
キュリテイーを掛ける意味が有るのか????笑。
我々は仕方なく。警鐘を鳴らしたまま残り時間を稽古を続行した。そのうちにいくら
か音が小さくなったと感じたら、誰かが、床拭き用の雑巾を、警鐘ベルの上に乗せ
ミュートを掛けていた。笑
しかし、この国は本当にいい加減だ。セキュリテイー会社も、消防署も、学校側も、
気楽な物だと呆れてしまった。だが、余り大きな声では言えないが、熊を筆頭に警鐘
の鳴り響く中、稽古をやめない稽古馬鹿連中もいるのだから、困った物である。苦
笑。
そして、最後に白熊が再度掛かってきた。途中で面を脱いだ分、稽古が足らなかった
のか、制限時間10分超過で、最後は掛かり稽古で、やっと稽古を終えた。笑。
ドイツもコイツモ、皆本当に稽古馬鹿。恐らく、本当の火事でも皆焼け死ぬまで面を
脱がない連中だ。苦笑。
こんな、稽古馬鹿どもを育ててしまった、熊の反省や如何に?そんな物微塵の欠片も
持ち合わせてはいない。
何故なら、本人が一番馬鹿を自認しているのだから、つける薬が無い。笑
109 不断の稽古
試合が近い、バンクーバーで行われる2大剣道大会の一つ、カナダ剣道発祥の地ステ
イブストンで行われる大会。数えて75周年に成るとか、この歴史は凄いと思う。今年
はイベントもありかなりの選手が参加予定のはづだ。戦時中一時は中止された大会で
は有るが、75周年も続いている。日本なら解る。これが海外での話しだ。
勿論、我が養心館もこの大会には参加させていただくが、昨日から白熊が若手の選手
に試合稽古と、審判稽古をを取り入れて、遣らせていた。私はホールに陣取って、掛
かってくる相手を捌いていたが、試合稽古ではタケノリの動きがよく、良い機会に思
い切りの良い打ちを出していた。全般に若手の動きは良いと視た。
熊の最近の稽古は、昨日のMIXの中でも書いた、間合いについて気をつけて稽古を
している。
熊は毎回の稽古で必ず課題を持ち稽古をしているが、其の課題は無限に有るわけで、
其のテーマは日々変わる。白熊との稽古は、どちらが先を取れるかに終始した。白熊
は緊張感の有る稽古をする。当然間合いも良い。
剣先、触刃から、交刃にどちらが先に攻め込めるか、下手に出れば出鼻面が飛んでく
る、上を狙えば小手が待っている。だから、白熊の呼吸を読み、気の切れ目を付いて
出て行かなければ効果が無い。
出る機会に後れを取れば、当然面に乗って来られる。機会と見たら(感じたら)中心
を割って入り面に飛ぶ。
お互いに譲らないのでついつい時間が掛かる。15〜20分は繋がられてしまう。熊はど
ちらかと言えば白熊に掛かっていく稽古に勤めている。元立ちで、ややもすれば、受
けては返すばかりの楽な稽古になりがちな自分を戒める為に、先で出て行く。
当然白熊も先で出て来るので、当然稽古は激しくなるが、それでも、稽古の中で、満
足のできる打ちが1本でれば良い。其れが中々出ない。相手もそう簡単には崩れ無い
からだ。
どちらかに満足の行く打ちがでたら稽古が終わる。だから一本勝負を遣っているよう
なものだ。
昨日、他の道場の生徒と遣っていて、間合いを全然気にしないで稽古をしている生徒
が居た。
蹲踞の時点で剣が交差をしている。だから立ち上がりたらもう中結でまで間が詰まっ
てしまい、緊張感がまるで無い。そんな生徒は、触刃の間から一寸攻めると、手元が
簡単に浮いてしまう。其れを注意して稽古をさせた。
たかが間合いと思うかもしれないが、それに気を配り稽古をするのとしないでは、進
歩に大きな差が出てくる。
触刃から、交刃の攻めで相手をいかに崩せるか、其れを課題に稽古をしている。
108 往来
約二年間、盛岡に出かけていた、ケイタが帰郷した。
ケイタは、日本で四段を取得した事もあり、彼なりに日本で稽古に励んできたのであ
ろう。
稽古が良くなっていた。彼は4歳から剣道を始めたので、その特徴とでも言えば良い
のか、どちらかと言えば器用な、竹刀操作で、観に頼る事の多い稽古であった。
だが今回手合わせして、手ごたえが違って感じた。確りとした攻めがあり、それから
捨てた打突きにでて来る。
此方がせめても、簡単に乗ってこない。理合いに乗っ取った、確りと攻めて、溜め
て、本当の機会に出てくるまでに成長していた。
可愛い子には旅させよ、とは昔から言われる言葉だが、今回も彼の成長振りが顕著に
見て取れて嬉しい限りである。本来、彼は、帰郷前に警視庁で稽古をお願いしてから
帰る予定では居たのだが、其の時間は取れずに終わった。まだまだ機会はあろうと思
うし、何、カナダでもそれなりの激しい稽古は出きる。
彼は帰国した、其の日に時差ぼけを押して稽古に出てきた。そして、一番初めに熊に
掛かってきた。
久々の稽古である、彼も気合を入れていたのであろう、良い稽古が出来た。
其の後、館員のツワモノどもが、ケイタとの稽古にてぐすねを引いて待っていた。
彼は眼一杯戦った、そして後半、足に痙攣を感じながら最後まで立った。何時までも
甘えん坊でしかなかったケイタのイメージを払拭させるに足る、出来事だった。日本
での社会経験は人間的にも大きな力に成ったのだろう。ケイタを暖かく見守り、大き
なご指導を頂いた、盛岡の先生方に、改めて御礼を申し上げたい。
さて、其れと引き換えといってはなんだが、カナダで指導をされていた、西郡先生が
盛岡に赴任されて、お稽古に参加されたらしい。なんとアパートも武道館から歩い
て、5分とか、彼の熱心さを裏付ける話なのだが、もう既に彼の就任は、事前から知
れ渡っていたようで、大学の医学部長さんまでも、彼の剣道の事を知っておられたと
かで、彼自身驚いて、熊に連絡してきた。「熊の顔を潰さないように頑張ります
と。」
熊の顔などはどうでも良いから。どの道潰れて、原型を留めて居りませんから、ご心
配なく。ガンガン暴れ幕って、ガンガン稽古に励んでください。其れを受入れられる
大きな力が盛岡の先生方はお持ちです。
東北人特有の人情味と、人懐こい、包容力が彼らにはあります。熊自体、お世話にな
り肌身で感じています。
ココにおいで頂いている、盛岡の先生方、彼の事を宜しくお願いを致します。
西郡先生は、真面目な非常に良い男です。
是非に可愛がってやっていただきたい。心から謹んでお願いを申し上げます。
そして、もう一つ、熊のサイトの時々おいで頂いている、埼玉県で少年剣道に力を注
いでおられる、市井の剣道家のかたから、熊の拙いサイトを参考にしていると、そし
て子供達には剣道を通して、技術だけでなく、教養を教えなければ成らない事を心掛
けていると言う、ありがたいお話も頂いた。
ややもすれば、試合試合で、勝つものだけが持てはやされる現在、こんな市井の心あ
る剣道家の方々が、地道に頑張って折られる姿に感動を覚え、日本の剣道界もまだま
だ捨てた物では無いと感じた次第です。
こうして剣道の輪が、世界に広がっていきます。日本の無形の伝統文化。竹刀で当て
る剣道ではなく、心で心を打つ剣道。だからこそ、感動に感動が呼び、世界の中でも
受入れられていくのだと感じる次第で御座います。
107 呼吸
今朝は冷え込んだまま、小雪がちらほらの朝を迎えた。
10時過ぎには北の方角から晴れだして、山の上だけ光が当たる、珍しい現象が見ら
れ、午後は完全に青空が広がった。気温−7度
今晩は、我が道場の新年会。我が家に生徒と家族が集まる。
持ち寄りパーテーで、皆、稽古風景録画を見て今年の矯正ポイントを学ぶ。
昔から診れば便利になった物だと思う。自分の欠点がすぐに見れる。
昔の先生は余り教えてくれなかったが、時代と共に、進歩を早くさせようと、教えを
聞けるようになった。
私も各先生方から色々於教えていただいた中に、今持って研究中のことが有る。其れ
は呼吸法で有るが、研究するに従い、私の一人の恩師と意見が違ってきてしまった。
多分熊がまだ未熟なので其れが悟れないのだと思うのだが、
わが師は、「攻めは吸気である」と申された。
( その意味の深さがまだ理解出来ていないのかも知れない。)
ところが、人間ハット驚いた時は、呼気ではなく吸気の状態になる。
後ろから、「ワッツ!!」と驚かされて、驚いた瞬間、普通は息を呑む。其れが疑問
の出発点だった。
だから、打たれるときは息を吸っている状態ではないか?
で、呼吸法成るものの文献を自分成りに読み出して、禅の呼吸法も、ヨガの呼吸法
も、他の文献も、それがほぼ同じで有ることに気づいた。
私が今、信奉している、中村天風先生の、クンパハカ、もこの呼吸法で、「肩の力を
抜き、肛門を閉め、丹田に軽く力を入れて、粋を長く吐き出す。」と、言われている。
熊は今これを実践している。
これは本当に、嘘でなく、非常に精神のコントロールに役立つ。
今、NHKの朝の番組で、二人のスーツ姿の若者が体操をやり、「吸って吐くのが深
呼吸」とやっているが、アレは間違いで、「呼吸」というのは字の如く、
吐いて吸うのが深呼吸=呼吸なのではなかろうか。
禅も、ヨガも、ゆっくり長く息を吐く事を勧めている。吐ききれば、自然に新たな吸
気が生まれる。肺が空になれば吸気は自然に行われる筈。
この吐ききる事が呼吸法の原点では無いのかというのが今の熊の持論。
肺の中の炭酸ガスが全て吐き出されるために、新たに入ってきた酸素が血液中に十分
に行き渡る。
ところが吸って吐いたら、まだ汚れた空気が肺の中に残留する。
汚れた空気が残留すれば、当然、新たな酸素の吸収の濃度が落ちる。
血液中に回る酸素量が落ちる、と言うことになりはしないか。
とすれば当然、脳内に回る酸素量が減るわけで、脳の活性化が遅れる。
つまり判断力に差がでて来る結果に繋がるのでは。と考えた。
だから今は、息を吐きながら、攻めて入ることにしている。
不思議と、肩の力が抜け、相手の攻撃にも動じる事が少なくなった。
それと、相手が良く見えるようになった。見切りが上手く出きる感じがする。
そこでココを見ている諸君にお願いが有るのだが、稽古の時、実験をしてみては頂け
ないだろうか、
攻めて出る時、吸気がいいか、呼気が好いか。
どちらがやり易いか。多分個人差が有るかもしれないし、修行段階でも違うかもしれ
ない。だから、皆さんのご意見を拝聴したいと考えている。
我が道場の生徒はおおむね熊の意見に賛同を得ている。が其れは参考に成らない。
何故なら、良いにつけ、悪いにつけ、私の生徒は熊を信奉しているし、熊に絶対だか
らだ。苦笑
これは自分の研究もさることながら、一つの裏付けとして、考えたいので皆様のご協
力をお願いしたい。
106 気
今期の冬は、異変が続いている。過去28年間こんな強風が吹いた歳は無い。
6日と9日、街が完全麻痺するくらいの風が吹いた。信号機が落ち、街路樹がなぎ倒さ
れた。
あちこちで停電。電気一つで、街が死ぬ。殆どの家庭が、電気コンロで調理をしてい
る。其れが麻痺。 現代人を殺すには刀は要らぬようだ。
おまけに今朝は雪。信号機が働かない上に、道路コンデションが最悪と来れば、如何
な事になるか・・・・
ご想像願うしかない。大自然の摂理の中では、慢心仕切った人間の力、能力なぞ無い
に等しい。
昨日、休みを利用して古い書類を片付けていた。其の中に、一服の掛け軸がでてきた。
昔、堀口清範士九段にしたためて頂いた、「戦気、寒流月を帯びて澄めること鏡の如し」
の意味
を書いたものである。
先生は非常な達筆であられた。恐らく書道家としても一流で有ったのではなかろうか。
その書を拝見しているうちに「戦気」=「気」とは何ぞや、との思いが心を駆け巡っ
た。
「気」、中国の漢字文化の中では、目には見えぬが何かしら物を動かす力の存在に、
「気」と言う字が当てはめられている。
電気=目には見えないが、電線を通り、コイルの中を通りモーターを回せば偉大な力
がでて来る。
雷、電灯、テレビ、ラジオ、携帯電話、パソコン、電熱器、マイクロウエーブ、全て
電気の力だ。
空気=空気が動けば風になり、時には台風になり、物事を崩壊させる力さえ持つ。
蒸気=上昇気流を生み、圧縮されれば、タービンを動かし、汽車をも動かす。
冷気=流動性の有る水を凍らせ、固形にしてしまう。
磁気=目に見えない肉声を、録音と言うカタチに置き換えて、100年後の明日でも
本人の言葉が聞ける。
霊気=人間世界の不思議とされる、何かを感じさせる心に働くテレパシーとでも言え
る不思議な力。
又、人間の心=気持ち、気が合う、気が合わない。気が弱い、気が強い。陽気、陰
気。気持ちが良い、気持ちが悪い。などなど、人間の心を働かせ動かしている。
例を上げれば切が無いが、目に見えないが、物を動かす力の存在「気」=宇宙に存在
する、大自然エネルギーが「気」と言う言葉、文字で表されているのではなかろう
か。と考えれば、其の人間により、其のエネルギーを上手く取り入れることの出きる
人。上手く出来ない人の差があるのは当然の事と考えられる。
気の強い人=気を上手く取り入れられる人。
気の弱い人=気を取り入れるのが下手な人
陽気な人=気の働きを上手く使いこなせる人。
陰気な人=気に働きを十分に発揮できない人
こんな風に考える事が出来ないだろうか。
とすれば、人間の身体は電気のバッテリーのような役割を持つとして考えれば、容易
に理解が得られると思う。
バッテリーの容量が大きい人、=気働きが活発で、躍動感に溢れ、行動力があり、偉
大な力を発揮できる人
バッテリーの容量が少ない人は、=自信が無く、全てに悲観的で、生きているのが
やっと、と言う人。
昔からよく言われる、丹田に気を修める。=気のバッテリーの容量を増やす、=豁然
の気が生まれる。
と言うことに、なりはしないか。
では其の気の力をどのようにすれば大きな容量として、使うことが出来る様になるの
か。
大自然の摂理に従順に従う事ではなかろうか。
汚れの無い心、欲の無い心、悪を持たない善良な心、全てにおいて正しい心を維持す
る事が、一番大事なのではと考えるに至った。
正々堂々の心が無ければ、大宇宙の力はこの身には大いなる力を与える事が無い。
曇った、悪を抱く心に、正しい力が降り注ぐとも思われない。其れを考えれば、宮本
武蔵が言う「戦気、寒流月を帯びて澄める事鏡の如し」
この意味が読めてくる。
鏡のように何等曇る事の無い、澄んだ汚れの無い心、其れに繋がるでは無いか。
正しい心がが出来て初めて、本当の「戦気」が身に付くと考える。大自然の偉大なエネ
ルギーを、全身で受け取り、丹田に修め、大自然と一体となり心を働かせる。それで
初めて、絶対の気、「戦気」が生まれる。と考える未熟な熊である。
105 初稽古、
1月3日、養心館の初稽古、参加者20名、昨年暮れに、映画祭のイベントで、日本
語学校のホールが使えず。旧校舎の二階で、稽古をしていた。其の校舎は100年の
歴史有る建物だが、木造で自然のスプリングが利いていて床が良い。思い切り打ち込
みが出きる。
で、去年の12月の稽古は殆ど旧校舎で遣った。ところがクリスマスの稽古と年末の
稽古を通常のホールに戻したら、床がコンクリートのために、飛べないし、飛び込ん
だら、カガトを傷めるし、腰に来る、それで皆旧校舎の方が良いと言うことに成っ
た。
旧校舎は、教室2つと階段ホールの踊り場を利用して稽古する。教室では3組x2で
6組。ホールでは1組全部で7組が稽古が出きる、子供たちがの稽古が1時間で終わ
るので、大人だけの稽古は十分稽古が出きる。
子供達が@教室を使う間、A教室では大人たちが基本練習をやる。一時間基本を遣り
それから地稽古に入る。
子供の指導は、タケノリ、アヤコ、アキラ、ユウノスケが、交代で教える、教えるポ
イントは元気を教えろと指示して有る。お前たちが元気の良いところを遣って見せ、
其れを真似させろとだけ指示して有る。
どの道、基本の指導は、熊が彼等に教えてきたことしか教えられないわけだから、安
心して任せて良い。
ま、いわば、熊の純粋培養と言った処か・・・
で大人の部は、白熊と、熊が見ることにしている。昨日は特に左手の竹刀の持ち方に
重点を置いて指導をした。左片手で、竹刀が思い切り振れて、それで打ち込んだ後、
竹刀が手の内で滑る事無く、止められるか。
これは結構コツを掴むまで大変な作業だが、熊は構えの原点、竹刀操作の原点が左手
の握りに有ると考えているので、其れをやかましく指導をしている。
これが正しく身につけば、あの、見苦しい、三処避けは絶対に出てこない。構えも崩
れない、左手が正しく納まるからだ。昨日は白熊が中心で指導をしていたが、白熊も
子供の頃から其れをやかましく仕込まれていたので、何等問題なく遣って見せること
が出きる。説明も的を得て説明ができる。
熊の持論でこの握り方を3段までにマスターしなければ、あとは伸びが遅い。この握
り方が身につけば、後はぐんぐん伸びる。今まで其のサンプルを沢山見てきた。良く
剣道では、左手、左足、左腰と言われるが、其の原点が左手。其の左手の納まりがそ
の人の剣道ライフを左右すると言っても過言で無いと考えている。
さて地稽古は気が付いて見れば30分超過、ほっておけば何処まで遣るか解らない。
仕方なく止めを掛けた。基本練習とあわせれば二時間半。良い汗を掻いた。部屋が狭
い事も有り、熱気に包まれて、稽古着はズクズク、絞れば、汗が滴り落ちるくらい。
狭い部屋での稽古は、逃げ場がない分、相乗作用で気合も入る。
非常に充実した幸先の良い新年稽古が出来た。人間、何処で何が幸いに成るやら解ら
ない。
意外と、逆行と思っていた事が、良い結果を生む事だって有る。物は考えようとは昔
から言うが、100年経った木造校舎が、自分たちの稽古を引き上げてくれた。こん
な幸先の良い事は無いではないか。
お陰で、2007年も心置きなく精進ができる。ありがたや、ありがたや。
104 世代交代
最近他道場の生徒で、養心館に、というより熊に入門してきた姉弟が居る。
父親も剣道五段で、剣道一家。以前から、養心館の剣風に憧れを抱き、何とか熊に指
導を受けたいと常々考えたいたのだという。
だが、彼は仕事の関係で現在の道場との繋がりがあり、道場の移籍なしで稽古に通っ
ても良いかと聞いてきた。熊は、来る者拒まず、去る者追わずを、信条にしてきた。
誰であろうが本人達が剣道が好きで上達したいと真面目に考えているのであれば、喜
んで引き受ける。道場の看板など問題ではない。
但し、一つだけ条件を出した。熊に入門する以上、基本から練り直し、途中試合が弱
くなるかもしれないが、今まで熊が育ててきた生徒達が強く成っている事、生徒達の
成績がものがったっているので、それを信じて、自分の剣道を素直に直す事を約束で
きるのであれば引き受けると話した。
向こうに異存は無い。そこで、竹刀の持ち方、素振り、切り返しに至るまで全て形に
はめ込む作業から始める。
ミクロの矯正、そして稽古後に必ず、話をして、理解力を計り、時には考える宿題問
答を出したりしてきた。
二人とも非常に素直で、筋も良い。身体を掛ける事も厭わない。だが、いかんせん、
試合を中心に剣道を考えてきたので少なからず稽古に癖が有る。先ず癖を直すところ
から始めなければならないので、本人達は歯がゆい思いをしているに違いない。
一生懸命に取り組んできた姉弟には、気の毒な事なのだが、意外と基本をおろそかに
指導を受けている。
いや、恐らく、指導者はこれで基本は十分と考えて居るのかも知れないが、熊の眼か
ら診れば、問題点が多い。其れを一つ一つ説明をしてやると、驚いた顔をすることが
有る。直さねば成らない理由がわかるからだ。
そして、初めて自分の悪弊に気づかされるからである。
弟との稽古の中で出小手をガンガン打ち、何故出小手を打たれるか其の理由を考えて
こいと、宿題を出した。
昨日、その宿題の答えを聞きただした。「彼は攻めが無いからだと思います」と答え
た。
ではお前の考える攻めとは何か?と聞き正したい気持ちにも駆られたが、中学生が答
えられる事では有るまい。
だから、私は其れも有るが、一番の問題は、打ちたい、打ちたいと考えているから、
間合いの遠いところから手元を上げてくるから、起こりになり、簡単に打たれるのだ
と説明してやった。打ちたいと言う焦りが自分を見失う原因だ。だから間合いも相手
も見えなくなる。
打ちたいと言う気持ちを抑え、剣先を中心につけて、度胸を決めて死を覚悟して、遣
るなら遣ってみろ、と開き直るくらいの気持ちで、相手を確りと見据えて、間合いに
入り、相手の変化の出るところを打つように、心しなさいと教えた。其れを横で聞い
ていた白熊が面白い事を言った。「本当はもう一つ上の位が有るんだけど、ネ!!」
其れはどういう事か解る?当然二人には解るはずが無い。そこで熊は白熊についでだ
から説明をしてあげなさいと言った。彼は「エ!!」といったような顔をしていたが・
・・
本当に腹が出来て、相手を恐れなくなると、相手も其れ相当に腹の出来た剣客なら、
お互いの実力が解る。
お互いに油断が無いし覚悟が出来ているからね。そうなれば、お互い戦えば必ず二人
とも死ぬ事になる。相打ちになるからね。そこで、お互いがお互いの力を見抜けるよ
うになれば、闘わないですむ様になる。
お互いが必ず死ぬ事が解れば、相打ちになるような馬鹿なことはしないからね。其処
まで行って始めて剣道の修行の目的が達成される。「活人剣だね」
だけど、其処まで行く為には、死ぬような辛い稽古に耐えてガンガン遣る。遣りぬく
から自信と覚悟が出きる。目標は高いんだよ。と教えていた。
もう、年寄りがしゃしゃり出る幕ではない。そう言えば、昨日の白熊は、素晴らしい
構えをしていたね。成長が見て取れた。構えが自然だから、攻めも効いてくる。白熊
は構えているだけなのにアレックスが完全に浮かされてしまっていた。眼に見ない、
プレッシャーが、恐らくアレックスの心に迫っていたのだと思う。
其の稽古を全員が見ていたが、其の違いに気づいた人が剣道初段で、現在稽古休息中
の人だったとは・・・。
養心館の生徒達もまだまだだ。理想の剣道を追求していこうとすれば、先は長いね。
このトンネルは永久に続くからだ。
103 友を送る。剣道遺産。
オンタリオ、のウェスタン大学で研究活動をされていた、西郡先生が、岩手県に赴任
される事になり、カナダを去られる。先生には大変にお世話に成った。そしてカナダ
剣道連盟に多大な功績を残していただいた。
先生は自らの医学研究にご多忙の中、剣道を大学で指導もなされ、そして過去無かっ
た、大学同士の大会開催にご尽力頂き、素晴らしい足跡をカナダ剣道界に残していた
だいた。
そして世界選手権の強化にチーム指導にも自らの身体を献身的に掛けられて、アキレ
ス腱の切断と言う、アクシデントに見舞われると言うハプニングを引き起こすほど。
懸命なご指導を頂いた。
カナダ選手権大会で、審判員としてお会いして、熱心なお稽古振りに舌を巻いた事が
昨日のように思い出される。そして、審判員をしていて、休憩時間に、自分の審判技
法、態度を、私に何か気づいた事があれば教えて欲しいと謙虚に指導を仰いでこられ
た。
そんな一人の侍を、カナダ剣道会から消えるのは、非情に残念な事では有るが、先生
の前途を祝して心より、お祝いを申し上げたい。そして、先生の残された偉大な業績
を、残された大学生達は、忠実に発展させて行ってくれると確信をしている。
新赴任先の岩手には、熊の剣友が沢山居る。かの地に赴かれても是非健康に留
意されて、
ご精進をお願いいたしたします。
そして、ここを読んでいる、岩手の先生方くれぐれも彼の事、宜しくお願いを致した
くお願いを申し上げます。
西郡先生、有難う御座いました。心より御礼を申し上げます。
さて今回はもう一つ、、前回のつぶやきで、アメリカ剣道の歴史の中で、偉大な功績
を残された森寅雄先生に付いて、少し触れた、森先生は、講談社の創立者、野間道場
の創立者の御養子として、幕末の剣豪森要蔵の血を受けた、昭和初期を飾る時代を圧
巻した、大剣客である。
そして其の彼を育て、幾多の名剣士を輩出した野間道場が、今取り壊しの危機に立た
されている。
野間道場は、江戸の講武所の道場を移設されたかもしれない、(調査中)貴重な文化
遺産でもある。
戦後、講談社のご好意で、其の道場は一般に開放されて、朝稽古は連綿と受け継がれ
てきた。
熊も何度もお世話に成った、剣道の神様が鎮座ましますと言われる位素晴しい道場だ。
今其の保存運動が、数名の熱心な、方々で、進められている。我々、海外に住む、剣
道人も何かのお役に立てる物であれば、是非お役に立ちたいと思うものである。特
に、アメリカ、カナダの剣道家は少なからず森先生のお世話、ご指導の流れを汲んで
いるはずだ。
其の先生に対する恩返しの意味でも、行動を起こしたいと考えている。たとえ署名運
動だけでも良い。
熊の力で出きる事があれば是非協力をさせていただきたい。そして又、北米の剣士の
皆様にもご署名のご協力を、伏してお願いを致したく。謹んでお願いを申し上げる。
日本側の方で何らかの方針が決まり次第、此方のほうでも何らかの方法で皆様にお願
いの連絡をさせていただきます。その節は宜しくお願いを致したくお願いを申し上げ
ます。
102 克服
愚息、黒熊が世界選手権の後の昇段審査で、三度目の正直、32歳で、6段を合格させて
頂いた。 カナダの場合年齢制限を日本より厳しく設定して有るために、最速で6段受
験は31歳に成る。
恐らく本人には、やっとの思いが有ったに違いない。京都、岩手、と二度不合格を頂
いた。
人間とは本当に弱い物だなと感ずるのだが、彼は子供の頃から、試合成績は悪くない。
カナダ選手権優勝2度、三位2回。世界大会でも、個人8位、団体戦でも日本チームか
ら1勝を上げている。
北米の西海岸では、兄の白熊についで、優勝経験が多い。殆どのタイトルを兄弟で分
け合ってきた。
だから、大舞台での経験も有り、ここ一番はそれなりの剣道が出きるはずなのだが、
審査は不合格。
通常の稽古、普段着のままの稽古が出来れば、不合格になど成るはづが無い、技術的
実力は有る。
と、私自身確信していた。ところが、彼に取り審査は別物だったにようだ。慢心して
いたわけでは無いだろうが、とにかく、自分の剣道が出来なかったと反省していた。
生れ落ちた時から、剣道をやらされる環境に育ち、10歳から、羽賀忠利範士、佐藤博
信範士の薫陶を受け、時には、中西、楢崎両九段に指導を仰ぎ、その他多くの範士や
八段の先生方にご指導頂き、身体も掛けさせてきた、そして、警視庁にも三ヶ月合宿
させて頂き、海外で剣道をやる人間の環境としては最高の環境の中で育てられて来
た。恐らく日本でもそんな環境は中々作れない環境をを作ってきたつもりだ。
だから彼自身にもそれなりの自負があったに違いない。だが結果審査に落ちた。その
事が大きなトラウマに成ったのか、ココ1年不思議なくらいスランプに落ち込んでい
た。しかし、それでも、ココでは試合成績はそれなりに残しているが、それは彼自身
にも、我々親子にとっても当たり前の事で、ココまでやってきた、自負が有るから、
勝って当然だと思っている。
其の彼が、世界大会に出る直前まで、稽古内容も最悪の状態になっていたので、恐ら
く今回は力を出せないまま終わるであろうと、観ていた。昨日、台湾に応援に出かけ
ていたメンバーから、DVDをもらい、夜中に観戦していた。やはり私の予想通り、黒
熊がチームの足を引っ張った。牽引する立場の人間が無心に成れていない。
攻め、打突、観ていて、これが本当に黒熊か、と思える剣道をしている。俗に言う空
回り。私が知る限り彼の試合でこんなに内容の悪い試合はお目にかかった事は無い。
見ていて、こんな内容の試合で良くぞ6段が合格できたな、と不思議に思った。恐ら
く、黒熊の頭の中は、真っ白だったに違いない。
如何に、場数を踏んだ、選手といえども、一つ精神の充実を欠けば、無残な物だ。そ
れが剣道の怖いところだ。
今回彼が、幸いにして6段を合格させていただいたのは、恐らく、余りにも出来の悪
い試合内容に、自分自身に腹が立ち、やけくそになり、開き直って、どうせ又滑るで
あろうから、暴れまわってやろう位の心境になったからっでは無かろうか。
そして普段着の稽古がそのまま出たのかもしれない。それとも、私には見えない何か
が彼の心の中に目覚めたのか・・・・
とにかく、彼自身、まだまだ心の弱さが有るということだけは、ココ一年自分自身で
学んだに違いない。私にはその弱さが何処から来るものなのか、親だから嫌な程分か
る。だがそれを言葉で言ったとしても、本人の自覚が無ければ如何にも成る物ではない。
それを如何、克服していくか、苦しみ抜いて、悩み抜いて、自分で見つけていくしか無
い。
それが、天が彼に与えた試練であるとするならば尚更である。彼がこの試練を乗り切
れたときに本当の6段の力が彼に備わるだろう。
101 過去を振り返る
年末の大掃除ではないが、古い剣道関係の書類を整理して捨てる物と保存すべき物に
振り分て見た。
ところが、あれこれ読込んでしまい、仕事にならなくなってしまう。苦笑。
カナダに来てからの記録が殆どだが、自分でも驚くほどの剣道家との出会いがあっ
た。
死んだ女房がそれなりの整理していた事もあり、大先生方の手紙、写真、一言メモ、
教え。殆ど忘れかけていた事、面白いほど出てきた、暇を見つけて又皆読破し再整理
しなければなるまい。
そして、自分の手書きの原稿、メモ、其の時点での理解力での捕らえた剣道観、中に
は本当に其の頃そんな境地の高い事を考えていたのか?と、感心させられるのも有っ
たが、殆ど、まだまだ未熟な剣道間をを曝け出している。でも、それを読んでいると
自分の剣道の足跡が手に取るように解り、自分の進化も見て取れるのが面白い。
其の中に、熊の後輩で、弟のようにしてきた剣士が、熊との100回稽古を記録に止
めて、其の都度、感じた事、気が付いた事、疑問に思った事などを事細かに記録して
有るものが出てきた。彼は教士七段で、熊勉の中に、奥伝で、彼の翻訳した物を書い
て載せている、坂井、旭という人物なのだが、読んでいて、感心させられる事しばし
ば。8〜9年前は熊も1年の半分は日本で仕事をしていたので、彼と良く稽古が出来
た。
それを読んでいて感じた事なのだが、今の自分はそんなに事細かに観察したり、考え
たりしては居ないと言う事に気づかされた。当然といえば当然なのかも知れないが、
年とともに、心と身体が勝手に相手に反応して、打突、にしても捌きにしても、剣先
のやり取りにしても、全てが作為的に行われなくなってきており、それとともに色々
一々頭で考えなくても勝手に身体が動き、反応して、相手と稽古のやり取りをしてい
る。
昔のそんな記録を紐解いていると、マア自分でも驚くほど事細かに考察をしている。
左の拳の位置の高さで、面打ちの打突の速度や打ち方が変わる、などといった研究も
なされていたり、攻め合いの間合いでの足の使い方、触刃の間合いから、交刃の間合
い。其処までの攻めと溜め、崩し、剣先のやり取り、そんな事細かなことを、研究考
察しながら、稽古をしていた。マア、無心とは程遠い訳だが、それらの段階を超えて
来たから今が有るのだと、改めて感じた。
つまり工夫をしていたのだろうと言う事。今も確かに毎回毎回の稽古では自分なりの
あれこれ工夫をしているが、其の頃とは全然違った時点での工夫になっている。つま
り、肉体的技術研究から=心法の研究に移行こうしているのである。意識的にそうし
てきたわけではない、気づいてみたら、そうなっていたと言うのが正直なところ、そ
れに気づかされて、自分で驚いている。
100 めでたい事
新着情報100目を記念したかのような、素晴らしいタイミングで、遂にユウノスケが優勝した。
11月18日にアメリカ、シアトルで行われたアメリカノースウエスト剣道大会18歳以下
の部で、勝利を手にした。
以前から熊のサイトに訪問されて居られる方ならお判りだと思うが、彼は剣道を始め
て2年と2ヶ月。
まだ17歳の少年だが、クマが彼に出合った時、非凡なものを感じて、最後の弟子とし
て指導を引き受けた。
指導は1年半、徹底的に基本、打ち込みと掛かり稽古を中心に、遣らせた、そのメー
ニューは今もあまり大変わりはしない。その彼の指導の中で、構え、立ち方、姿勢、
しないの振り下ろし、腕の降り方、竹刀の持ち方、足の踏まえ方、打突の姿勢、など
事細かに注意をして、カタチにはめ込んできた。
そして今年の夏警視庁に送り込み、徹底的に竹刀を振らせ体を掛けさせた。その効果
が見て取れたので、秋口から、徹底的に叩いた。叩いたといえば語弊が有るが、要す
るに鉄は暑いうちに打てと言うことである。
鉄にも打て良い機会が有る。機会が早すぎても遅すぎても行けない。卒啄之機と言う
難しい言葉が有るが、
まさにその見極めであろうかと思う。
今此処で、熱く燃え盛る若い血潮に一段と活を入れて、もっと熱く煮えたぎる灼熱の
熱意と気迫を彼の心体の中に植え込まんと、稽古も厳しく、わざと口やかましく叱咤
もした。おそらく途中で自分の剣道に自信をなくした事も度々であったろうと思う。
中途半端な自信は逆に自滅につながりかねない。彼にはもっと上を見据えて稽古をさ
せたかった。
稽古ではそれなりの手ごたえは感じていたが、そんなところで妥協はしなかった。例
え17歳であろうとも命があれば、必死で戦えるはずである。だから熊は今後も彼には
妥協はしない。
昨日、日曜の稽古で彼の母親が試合の模様をビデヲで収録して持ってきた。それを夜
中に見ていた。
こんな子供と思っていたが、もうすでに後姿に壁が出来つつある。17歳で背中に壁が
出来てきたのは、白熊、黒熊に継いで、おそらく3番目ではなかろうか。中々、背中
に壁が出来る剣士は出てこない。それが見えてきた。
日曜の稽古でも試合の優勝が間違いなく彼の心に一条の自信に火をつけたことは間違
いない。
昨夜の稽古の中で、彼に完全な面を1本決められた。打たれた瞬間、なんともいえぬ
嬉しさがこみ上げてきた。
力がついた、実力、地力がついた。もう完全に熊の稽古相手になる。
生徒を教えていて、一番嬉しいのが、そのこが本当に強くなった時だ。稽古の初めに
最近入門した沢山の子供たちにそのことを伝えた。ユウノスケは2年と二ヶ月で優勝
した。君たちにも同じチャンスと可能性が有る。
力いっぱい取り組んで、一生懸命に頑張れば誰にだってチャンスは有る。可能性が有
るから頑張れと諭した。
子供たちの稽古の勢いが変わった。
全てそうだが、良い事が有ると相乗効果でいい事が起きる。だからいいことが続くよ
うに、日ごろから心がけて努力を続けなければ成らない。結果はその努力にかならづ
着いて来るからだ。
99 剣友遠方より来る。
水曜日の稽古、突然にでは有るが、はるばる1000kmの道のりを車で走り、バンフの塩
野先生が稽古に見えられた。山はもう雪。行程には二箇所大きな山越えしなければな
らない。彼は付いている。テレビのニュースで観た。其の前日は山が吹雪で大荒れに
荒れて、多くの車が雪のために事故の遭遇していた。
又、稽古日で有る水曜日も急激に気温が下がり、山は荒れていたようである。彼が山
から下りてきた、火曜日だけが、道路状態が良かったらしい。標高2000Mくらいの峠
を越えて来る訳だから、冬場は命がけだ。
彼と稽古をして、毎回感心させられる事だが、その街バンフには剣道をする人間が誰
も居ない。彼が稽古をしたいと思ったら、カルガリイーの街まで150km走らなければ
ならない。だから相手と稽古が出きる機会が非情に少ない、にもかかわらず彼は確実
に腕を上げてきている。
其の秘密は、仕事と、一人稽古に情熱を持って取り組んでいるからだ。私も商売して
いて良く理解できるが、
商売も。真剣勝負、気を張り、集中力を高めて、危険を察知する感覚を常に保ってい
なければ成らない。
出る機会、じっと溜めて我慢をする時間。それらの見極めを絶えず身に着けておかな
ければ成らない。
緊張の連続。つまり仕事そのものが剣道な訳だ。そして彼は恐らく一人稽古に精を出
しているに違いない。
でなければ、稽古のできない状況で、腕を上げ続ける事は不可能に近い。そして彼の
稽古態度が素晴らしい。崩れない稽古、彼の信念が立派に稽古の中に反映されてい
る。彼は真っ向勝負で挑んでくる。
だから稽古をしていても気分が良い。そして久々に気持ちのいい面を頂戴した。完璧
な面。ついぞ最近にない、素晴らしい面であった。おまけにそれが初一本で有る。熊
の完敗である。勿論、熊も其の後は気分を引き締めてお願いしたので、お互い良い汗
を掻かせて頂いた。
お互いを高める稽古。それにはやはりお互いの人間性が重要なポイントになる。
単に何でも当てれば良いと言う稽古、其処からは何も生まれない。お互いが意地にな
り、単に叩き合うだけ。
根性が悪くなるだけの稽古をしている連中がどれだけ多い事か。熊自信が昔はそうで
あったから尚更反省が深い。
やはり剣道は、お互いの心と心が昇華されてこそ本当の剣道が有ると信じている。切
磋琢磨。ダイヤを磨くのはダイヤ。お互いが高めあう、だからこそ、本当の交剣知愛
が生まれる。カナダの中にもこんな心栄えのいい剣士がいることに改めて感謝をし
た。
98 自然感知と剣
秋の長雨、と言う言葉がココ、バンクーバーでは定説である。日本の雨季は梅雨。コ
コでは秋〜冬に掛けてほぼ、毎日雨が降る。それが落ち葉の季節と重なり、落ち葉が
マンホールの口をふさぎ、道路のいたるところで、大きな水溜りが出きる。車のス
ピードに気をつけなければ、跳ね水が歩道にまで散水してしまう。
そして、昨日は、木枯らしが吹いた。不思議だが、ココ、バンクーバーには台風のよ
うな大嵐は無い。
精精で、風速10M位の強風?が一年に1〜2度吹く程度である。先日まで目を楽しませ
てくれた街路樹も、
半分くらい裸に成った。今年の紅葉は例年に無く、見事な鮮やかさで、心を癒してく
れた。自然は崇高な最高の芸術家である。
昔から、「一芸に秀でる者は万芸に秀でる」と言われる。かの宮本武蔵の絵、鍔、等
を見れば剣に劣らず天才的な感性が見て取れる。熊のような、凡人には一芸にすら秀
でる事すらママ成らないので有るが、感づる処、剣道における見取り稽古(見て学
ぶ)は、其の万芸に秀でる為の入り口では無いのであろうか。
教えは色々な形や手段で伝えられていく、其の学徒の中にも飲み込みの早い物も居れ
ば、悪い物もいる。
最近聞かなくなった言葉に「一を語れば十を悟る」と言うのが有った。昔の人は感働
きが冴えていた。
今は情報が溢れ過ぎてて居る為か、一般に感働き(動物的感)が落ちてきているよう
な気がしてならない。
飲み込みの悪い人々が増えてきたような気がする。だが、一方で、運動競技の中で、
高難度技術が開発されて、それを難なくこなす人が出ていることも確かだ、昔、オリ
ンピック体操の鉄棒で大車輪が高難度の技とされた時代が有る、今では、もっと高度
な技を入れなければオリンピックに参加すら出来ない時代になった。
女子のフイギアスケートでも3回転は当たり前で4回転に挑む時代になっている。
こう考えていくと、技術はできる人は驚異的に進歩を遂げている事がわかる。と言う
事は、ここでも格差が出てきているのかもしれない。理解度の良い人、悪い人では、
其の格差は大きい。ましてや、剣道では年齢に関係なく、バトルが出きる。機械体操
では60代の人が高度な技を披露する事は皆無だと思うが、剣道では20代でも高度な
技を披露する者もいれば、80代でも範士は高度な技は見せる事が出きる。
自分で遣りながら剣道は本当に不思議である。八段はもらってはいるが、出来ない事
だらけ、解らない事ばかりだ。奥が深いといえばそれまでなのだが、そんな簡単な言
葉では片付けたくない、何かが有る。
巷に有る、本に書かれている教えは理解できる、身体もそこそこ考えなくても相手に
対して自動的に動く、
だが、それで完全に相手をこなす事が出きるかといえば「NO」と言わざるを得ない。
其のNOが今だ多いので有る
完全な芸術は無いのかも知れないが、機会体操は器具が相手、自分の肉体のコント
ロールが如何に上手くできるか、スケートも自分の肉体と、氷と言ういわば器具との
調和であると思う。剣道は、自分の身体、と器具(竹刀)の上に相手が有る、柔道、
レスリングでは直接相手であり、その間に器具は存在しない。
この器具を介在して相手とのやり取りが有るのが剣道だ。其の点テニスが器具を介在
して相手がいる点では似ている。だが、テニスでも恐らく20〜30代の選手と、60
〜70代の選手とではバトルは出来ないであろう。
では、何故剣道だけが、バトルが出きるのか、先日来、試合が近い事もあり、新人教
育に時間をとられる事もあり、地稽古を三本勝負形式に変えてやっている、当然、世
界選手権に参加する選手を含め、皆と三本勝負で遣っているが、殆ど負け無しでやる
事が出来る。落としたとしても、1試合か、2試合だ。勝率80〜90%だ。
まづ、不思議で成らない、61歳の熊が、20代後半から30代前半の脂の乗り切った、若
手に勝てるのか、自分でも分からない。それどころか、親爺が83歳の頃、50代の熊も
20代後半の白熊も黒熊も、他の生徒達も全く触れないで、コロコロに息を上げられた
事が有る。これは何故なのか。全く不思議な世界が其処に存在する。
親爺は書を書く、書は師匠無しで独学だそうで有る。つまり、見取り稽古で書を学ん
だわけである。
勿論、其の背景には数知れぬ手習いと書き込み練習、一人稽古が有っに違いないが、
物を見る目が有ればこそ、成し得たに違いない。学ぶは=真似るから来ていると聞い
た。真似るは=観る、観察する事から始まる。
感働きの良い人は、真似る事が上手い人だ。つまり観察力が有る。つまり見取り稽古
が出きると言うことだ。
大自然の働きも敏感に肌で感じ、心で観る事が出きる。其処から剣道が始まる。単に
棒振りの技術だけではない。肉体の技術動作を超えた処に本当の剣道(大自然の芸
術、大宇宙との調和)が存在する事を知った。
97 巨星逝く
カナダで戦前から剣道界に偉大な貢献と足跡を残された、谷上盛春先生が89歳の天寿
を全うされ亡くなられた。くしくも、親爺、羽賀忠利範士と同じ歳なので、お互い親
交も篤かった。紹介したのは勿論熊である。
これで、完全に、明治から戦前、戦後と連綿として続いてきたカナダの剣道にある意
味での灯が消えてしまった。
カナダ剣道連盟のホームページの表紙の中に先生の若かりし頃の御写真がある。
若い頃は中々の試合巧者で鳴らされたと、アメリカの古老の先生方から聞かされた事
がある。其の方々も皆今は既に鬼籍に入られてしまった。時の流れは非情なものであ
る。
熊が、カナダに移住をした頃、カナダでは当時の連盟会長が独善的に段位を決めてい
た。と言うより全てが個人の考えの下に、剣道界が運営されていたと言ってでも過言
ではない。
若い熊はそれに改革を挑んだ、当然嫌われ、有りもせぬ噂を流され、足を引っ張ら
れ、潰されようとした。
有る時、日本からの剣道家を案内して、ステイブストンの道場稽古に出かけたとき、
谷上先生から稽古を差し控えるように言われた事があった。熊の行動に誤解を受けて
いたわけである。
しかし、カナダ、剣道発祥の地、ステイブストンの谷上先生は常識の有る方であっ
た。と言うより、独善的に進められる、剣道界に一抹の不満を感じて居られたのであ
ろうと思う。有る剣道界の会議の席上で、熊が昇段審査会を是非作り上げ、全ての剣
道家に公平に審査を受けさせる機会を作るべきと訴えた。
当然、会長は大反対、それにはそれなりの背景があった。彼等が持っている段位は、
高野佐三郎、個人名の賞状である。これは実際に熊が目にした。だから戦前、戦後の
当時の剣道界(全日本剣道連盟も、国際剣道連盟も設立されていない時代)の背景と
して個人的若しくは道場で段位を発行されていた物と考えられる。
だから、当時の会長としては、個人で段位を発行することは権威に関わる問題で、是
が非でも手放したくない権威で有ったに違いない。しかし、熊は将来のカナダ剣道界
を鑑みて、最後まで食い下がった。
其の時に、審査会を公平に遣るべきとの考えを谷上先生が支持してくれたお陰で、話
が急速に進んだ。
それが、地元の先生方の意識を変革させたかどうか定かではないが、会長職が現会長
のロイ阿佐氏に移譲される事にまで発展して一気に日の目を見る事になった。
広いカナダである、審査を一箇所で遣るわけには行かない、そこで、西部地区(バン
クーバー)と東部地区(トロント)で行われる事になり、西部地区は谷上先生に審査
委員長をお願いして、熊が事務局を預かり、審査会が発足した。
先生にはそのほか、BC州剣道連盟再構築にも大いに力を振るっていただいた。上の
先
生方を立てて、大事にする其処から、剣道界を上手く運営させる知恵と、知識を学
ん
だ。今は全て後進が働いてくれている。
なき谷上先生のご意思を無にする事の無いように、正しい運営を望む物である。
96 工夫
いよいよ長く続いたインデイアンサマーも終わり、肌寒い雨の日が多くなった。
街路樹の紅葉は今が盛り、山の自然林は針葉樹が多いので、紅葉は望めないが、街中
の落葉樹が綺麗だ。
今年は晴れの日が長く続いた為か、紅葉が一段と鮮やかで、素晴らしい。
最近、入門した子供達が、頑張りを見せて、稽古を休まず出て来る。
週2回出てくること、1回しか出てこれない事では当然ながら伸び方が違う。今のとこ
ろ3回出て来る子供は居ないが、其のうち、ある程度出来る様になれば、興味を持ち
出てくるように成るだろう。
この子供達の指導と、12月に行われる審査に向けて、一部の生徒は形の稽古をしてい
る。
其の為に最初の30分は其の為に時間がとられてしまう。そこで、一般会員の稽古時間
に工夫をした。
最初の30分は経験者が手分けして、指導に回り、30分は全員で基本の打ち込み、それ
も毎回一つの技だけ遣る。
面打ちは、毎回取り入れていたのだが、時間が無いので、其の日によりメニュウーを
変えてやることにした。
そして稽古は、全て3本勝負、勝敗がつき次第別の相手と遣る。審判はあくまで自分
で遣る。
ところが中には中々自分の負けを認めないのが居る。苦笑。当然試合が長くなり、気
合も抜けてだらだら稽古になる。
自分が打たれた事が解らないという事は、絶対に進歩しないと言う事だ。打たれた事
が解るから反省が出来其処から工夫が生まれる。ところが意地で負けたくないだけの
人はやはり、打たれた処、機会が解らずに過ごしてしまうので、進歩も遅い。情けな
い限りなのだが、其処が解らない。当然、熊は爆弾を落とす。だらだら稽古では効果
が上がらないからだ。
熊は当然、相手が下なので、手元を浮かされたり、掠られたら熊の負けだと考えなが
ら稽古をしている。
前回の稽古では、45分連続で三本勝負を全員に遣らせた。途中、生徒の中には何度か
休憩を挟みながら稽古をしていた連中が居たので、稽古後、皆に聞いた。毎回通常の
1時間の地稽古と、今日の稽古はどちらが疲れたかと、異口同音に帰ってきた言葉
が、連続で試合稽古をした方が疲れると言った。
そこで熊は、何故短い稽古時間なのに早く疲れるのか皆に聞いた、答えは、三本勝負
だと真剣に遣るから、と殆どの生徒が答えた。熊が生徒に聞いた。皆さんは、普段の
稽古をそれだけいい加減な気持ちで稽古をしているのですか。皆言葉を呑んだよう
だ。
昔から、「稽古は試合の如く、試合は稽古の如く」と言う教えがあります。普段の稽
古でも、試合と同じ気持ちで遣らなければ効果が薄い。つまり時間の無駄。要は自分
の心構え次第で、進歩も早くなれば、強くも成る。
其処のところを、確り肝に銘じて稽古をしてくださいと結んだ。三本勝負、掛かり手
は次の相手まで休めるが、元立ちは休めない。
最近、酒も減らし、食事療法と、8kmの早歩き、お陰で、血圧が抑えられて、
激しい稽古をしても、息苦しさが消えた。マア、半分爆弾を抱えながらの稽古だが、
最近ストレスが減ったので、楽しく稽古が出きる。
此方は身体と真剣勝負。心臓が動いて生きている間続くだろう。
95 回想 そして 夢
カナダに来て、自分の子供の剣道指導と、丁度折り良く同年代の子供達が沢山加入し
てくれて、一時期子供の大会を6年連続無敗で優勝させた時期が有った。其の頃に
育った剣士たちは、世界大会でも活躍してくれた。
しかし、其の反面、子供達が大人になる頃、15〜6歳で殆どの子供が剣道から放れて
行った。理由は沢山有るのだが、一番は大学進学である。進学すると勉強が本当に忙
しい。1年から2年になるときに20%の生徒が落第する。2年から3年に成るのに20%が
落第していく、要するに大学を4年間で卒業できるのは全体の20%にしか過ぎない。
此方では、猛烈に勉強しなければ卒業が出来ない状態なのだ。
だから大学に行きながら稽古を続ける事は至難の技といえる。逸れに拍車を掛けるの
が身体が大きくなり、子供用の剣道具が間に合わなくなる。大人用の道具を揃えるの
には、莫大な費用が掛かり、子供の教育費大学の授業料等で、剣道具まで費用が回ら
ない。
第三が車の免許取得と同時に出来るガールフレンドや、その他もろもろの興味であ
る。 道具を持ち家を出て道場に来る筈が、途中で方向転換をする事居になる。笑。
そんな事や、時代背景の変化、親の考え方が変わり、子供に対して熱心に道場に連れ
てくる親も少なくなった
そんな背景があり熊も年と共に、子供の指導の熱が冷めていた。だが、2年前に15歳
のユウノスケが入門する。彼には、何か感じるものがあり、最後の生徒としてもう一
度指導をしてみる気持ちに火が付いた。
其の後ヤス13歳が入門してきた。これが恐らく最後の生徒だろうと思っていた。とこ
ろが、その後、アヤカ、ツバサ、姉弟が入門して、段々入門の年齢層が下がりだし、
研ちゃん9歳が入門、そこに田中兄弟、10歳と6歳が入門。おまけに日本語学校で募集
した生徒が、小さな子達が最近沢山の子供が入門してきた。
最初の5〜6人は稽古着や道具は使い古しのお下がりで何とか間に合わせる事が出来
た。ところがそれを上回る生徒の数に、道具はまだ7組あるので何とか間に合うが、
稽古着が足らない。子供はすぐ大きくなるので、稽古着はできるだけお古を皆で回し
ながら使ってきた。
だがここに来て、お古の稽古着も底を尽いた、日本には子供が途中で止めたり、身体
が大きくなり切れなくなった古着が沢山有るに違いない。熊も以前後輩に頼み道具や
稽古着を集めてもらい、其の道具で子供達が育った。今又、それを後輩に頼まねば成
らない時代が来た。
無心に、熱心に大きな声で頑張る子供達には、心を打たれる。この純真な子供達に本
当の剣道の良さと、勝ち負けは自分に有る、と言う剣道の本質を教えて遣りたいと思
うようになった。幸いなことにココでは試合が少ない。其の分正しい基本を学ばせる
事が出きる。
子供を教える、若手も基本に忠実に指導をしている。この子供達の中から、時代を継
いで世界大会に出てくれる選手が育つ事だろう。そして、真の剣道家を育て見たいと
考えている。
年老いた今、次代に残せる物は残した。後一分張り、子供達の役に立てるなら、粉骨
砕身頑張らねば成らないと、天が導いてくれた様な気がした。熊が世の中の為にに役
立つのであれば、こんなに嬉しいことは無い。
94 新入生の指導
先週から、土曜日の午後1時から、初心者対象の指導を行っている。
指導するのは若手の連中だ。彼等に任せて大丈夫なのかと、幾許かの不安もあったの
だが、
其の心配は水泡と化した。思っていた以上に彼等は子供達の心を掴み、上手く指導を
している。
子供達が喜々として、頑張っている。若手の連中を長年手塩に掛けて指導をして来た
甲斐があった。
上手く指導が伝わるかどうかは、何処で判断するか、習う子供達が、其の動作をすぐ
に理解して動けるか如何かに掛かっている。下手の指導では、同じ子供達でも其の動
きが飲み込めないで、時間が掛かる。
熊は、カナダに来た翌年から、スキ−スクールに入り、其の指導法を学んだ。英語の
生活では、日常会話の中に体の動作の表現が出てはこないのと、どんな説明をすれば
解りやすいのかを知る為である。言葉がわからない熊は、見取り稽古で、其の表現法
を学び身に着けて、指導員にもなった。其の時の経験が、剣道指導にも物凄い効果を
もたらしている。
言葉が話せなかった当時、熊は自分で自分なりのスキー指導法をマニュアル化して
ノートにした。其の指導で、片言言葉でしか話せない、指導法でも、生徒が上達する
様子をスキースクールの校長が認めてくれて、時給を上げてくれた。其の指導マニュ
アルが、25年経った今でも其処のスキースクールで使われている。
昨年冬に、20年ぶりに其処のスキー場に出かけた驚いた。スキースクールの指導員全
体が其の方法で教えていたからである。
私の指導法を自慢する積りは毛頭無いが、基本動作、合理的な動作だけを、集中して
自分がやって見せ、
Do this, Do like that,だけで三歳の子供から、七十を超えるお婆ちゃんにまで指導
をして滑られるようにした。
説明は簡単に、見本を見せ、それを真似させる。子供達の視覚に訴えて、真似させ
る、これが初心者には一番わかり易い。そして、ある程度動作が自由出来る様にな
り、それから、少しづつ、矯正していくのである。
先ず出来るという楽しさを教え、興味が湧いたところで、こうすればもっと良くな
る、もっと上手くなる、と理論的に教えていく。
それで、それを習って、上達して来た生徒達は最終的に、基本を確り身に付け、又そ
れを口喧しく伝えられてきたので、当然彼等も当然それを模倣する。自分が一番理解
しやすかった指導法を取り入れて指導をして行く。
見ていて頼もしい限りである。最近の父兄は、忙しく遣る事が多いのか、週三回の稽
古は参加できない。
おまけに参加できる日も、バラバラだ。だから、中途半端にならざるを得ないのだ
が、それでも若手を利用して、みんなの英知を持ち寄り、子供達の理解度に応じて、
班分けにして教えている。
1日目、2日目、3日目、経験者とレベルに応じたクラスに入れていく。この子達が何
時の日か、時代を背負う剣士になる事を夢に見て、又、果てしない、彼等自身の修行
の日々が続いて行くのだ。
93 新学期
ここカナダでは新学期が、9月からスタートする。
現在道場をお世話に成っている日本語学校。其の生徒にもにほんの文化としての剣道
を指導しては頂けないかとの、問い合わせが有った。此方とて、願ったり叶ったりで
ある。
熊はカナダに来てから今まで28年間、剣道指導を全てボランテイアで指導して来
た。何のことは無い、自分が稽古をしたいからだ。それは今後もも変わらない。だか
ら指導料はなし、剣道具も稽古着、竹刀は自前だが、初心者の間は、防具は無料貸し
出し、道場使用料だけ、皆で折半する。
現在6人の子供が養心館で稽古をしている。子供達がもっと増えてくれればありがた
いことだ。
其の、指導のために、初心者グループを土曜日の昼授業の終わった後、1時間半稽古
をすることにした。
指導は若手の、アヤコ、タケノリ、アキラ、ジョウコウ、ユウノスケ、達が担当す
る。
彼等も将来確りとした指導者になってもらうための、資質と下地をここで学んでもら
いたいからだ。
剣道の指導は、段があるから指導が出来る物ではない。指導者の資質がモロに剣道に
出てきて生徒を引き付けるか、否かが決まる。それを若いうちに学ばせたいと考えた
からだ。
勿論、時間の許す限り、熊親子も指導のチェックはする。間違った指導は避けなけれ
ばならないからだ。
若手の連中には、今まで、其れなりの指導をしてきたので、そうは大きな間違いを指
導するとは思っていない。
彼等なりの工夫で、子供達に飽きない指導をしてくれる事を祈る。
ある一時、熊のサイトで、八段が子供の指導をすべきだと、訴えた方が居た。確かに
子を持つ親にしてみれば、段の上の先生に見てもらえれば、何か得るものが大きいと
お考えに成るかも知れないが、実際はそうでは無いと考える。子供の指導は若い連中
に限るのだ。何故なら、段が上の先生は総じてお年を召している。
からだの動きが若者とは違う、子供に教えるには若々しい動きがいいに決まってい
る。ただ、高段者は経験上、間の駆け引きや、読みや、玄妙な技術が出来ているの
で、若い人に負けない稽古が出来る。だが、それは口では教えられるものではなく百
錬自得の他は無い。だから子供に伝えよう等としても土台無理な話なのである。
子供にそれを伝えようとして、伝えられる物であれば、剣道なんぞ命をかけて、長年
修行する値が無い。
若し八段が子供達に指導をすると言う事が有るとすれば、解りやすい話をすることぐ
らいか・・・
又指導を受ける子供は、相手が八段だか、4段んだか、解りはしない。それが証拠に
子供に聞いてみるが良い。
得てして、お年を召した先生の話は、高度で難しく、子供には理解できにくく、苦手
な時間であるはずだ。
だから、小学生に東大の試験を解けと言って何人の子供がそれを出来るとお考えにな
るだろうか。
高度で、難解な剣道なら、子供は剣道離れをしてしまうに違いない。修行には段階が
ある。
だから、子供の指導は、年が近い指導者の方が良いと考えている。
92 小さな剣客 14
我々の車は、ペイト湖を後にして、更なるビューポイントに向かう、烏の足跡という
氷河に着くが、モウ既に其の氷河は爪あとの部分は消え去り単なる氷塊と化してい
た。こうしてみると、本当に地球の温暖化が物凄い勢いで進んでいる事がわかる。だ
から其処は止まらずに横目で眺めながら通り過ぎた。
そして次なるポイントは、モレーンレーク。名所レイークルイーズのわき道から山道
を行く事15分。
過去カナダの20ドル札の、裏面に印刷されていた景色である。のこぎりのような山並
を後ろに配し、深い緑色の水をたたえて、湖面に山陰を映す。ここは絵になる風景
だ。我々は、岩場にのぼり写真を写す。
小さな子供連れの親達もこの岩場に登ってきては同じように写真を写していた。
駐車場には、BC州、オンタリオ、マニトバ、カナダ全州からの車のナンバーが見れ
る。遠くはアメリカカルフォルニア、ワシントン。それぞれ我々以上の行程を車で
走ってきている。さすが世界に名だたる観光地だけの事はある。恐らく我々が走る
2700kmなぞ、へのうちにも入るまい。やはりアメリカ大陸はとてつもなく広いの
だ。
太平洋から大西洋までゆうに6000kmは有る。この大陸を東西に分けて流れる源流が
ここロッキーなのだ。
次に訪れたのは本日最後の観光スポットレーイクルイーズ。恐らくロッキーの中では
一番有名な観光スポットではなかろうか、湖畔にたたずむ、豪奢なホテルは、シャト
ウレイークルイーズと呼ばれ、観光客には、バンフスプリングと並び根強い人気があ
る。湖面に映る氷河はロッキー最大の見せ場である。ホテルの中も段々に拡張され
て、昔の倍の大きさになった。
ここで、先ほどから、お腹が張ってきていたので、ホテルでトイレを借りた。やは
り、氷河で飲んだ水が原因なのか、お腹が緩んでいた。剣客も少しお腹に痛みを感じ
ていたのだとか、昔は氷河の水を飲んでも全然体調に影響はなかった。やはり年とと
もに体が敏感になったという事か。ここでボトルに汲んであった氷河の水を捨て、水
道水に入れ替えた。やはり氷河の水は飲みすぎに注意という所か?観光案内人は、若
返りの水等と言っていたが、やはり気をつけたほうが良い。
そして終点、バンフに向かう。バンフの街に入るわき道にトナカイの雌が草を食んで
いた。我々はモウ野生動物は珍しくも無い。そのまま通り過ぎて街中に入り、この街
に住む、友人S氏に電話を入れる。無事着いた報告をする。
彼はこの町で25年間、観光業に携わり、成功を修めている。ホテルの手配もしていて
くれた。
日本のお盆のシーズン。物凄い数の日本人観光客がバンフをおとづれる。其の為に、
彼は物凄い多忙の中、昼夜寝ずの頑張りで、働くのだそうだ。其の彼が我々のために
食事の時間を取ってくれた。夜八時に迎えに来るという。
我々はバンフパークロッジのスイートルームに荷物を居れ、八時までの時間、ジャク
ジーに入り疲れをとる事にした。40度のお湯とジェットバブルは、疲れた筋肉に程よ
い刺激を与えてくれて、非常に心地が良い。
剣客と、裸と裸の付き合い、話は弾んだ。剣客は、何しろポーカーフェイスである。
観光スポットも彼なりの感動はしていたのだ。我々は7.30にジャクジ−を出て、部屋
に帰り、水着を干し、30分時間を潰す。
8時、10分前にロービーに下りて、友人S氏を待つ。彼は剣道六段錬士、高校生の頃
は、インターハイで名を馳せたらしい。カナダに来て、仕事柄、剣道からはなれてい
たが、40歳になったとき、剣道を再開した。場所が場所だけに、稽古をするところが
無く一時間半かけてカルガリーの街まで降りて大学で稽古をしてきたらしい。
其のうち、熊の教え子(タケシ)がバンフに移り住み彼と一緒に剣道を始めた、現在
養心館にいるアキラ北海道で始めた剣道をこの街で再開する事になる。S氏は高校生
の頃相当に稽古を積んでいたらしい。日本に帰国して一発で六段合格。彼とも何度か
手合わせをさせて頂いたが、端正な剣風で真っ直ぐな綺麗な稽古をする。だから熊と
は気が合う。
彼は、5分前にロビーに現れた。彼の愛車ジャガーでお出迎えである。それで、街一
番の高級イタリア料理の店に出向いた。前菜を頼みビールとワインで乾杯、再会を祝
す。剣客は8オンス、230Gのアルバターステーキである。熊はシーフードプレーイ
ト。みなそれぞれに好みの料理で、即時を取りながら、彼は剣客に良い話をしてくれ
た。
剣道は剣道で学んだことが人生に活きていなければ成らない。自分も過去、バブルの
頃は日本からの観光客を相手に寝る時間も無いくらい働かされたが、剣道で辛い辛い
稽古をして来たお陰で、何のこれしき、と頑張れた。今はバブルもはじけて、丁度良
いくらいの忙しさ、出又剣道が出来る様に成った。
だがこんな山の中である、稽古時間も、場所もママ成らない。だが、剣道がしたくて
したくて、たまらない、だから何時でも真剣に時間の無駄使いをせず、取り組んだ、
そして、時々日本に帰り、昔の仲間と稽古をするうちに、気づいた事が有る。彼等は
何時でも何処でも稽古が出来る、其の彼等の進歩より自分の進歩の方が早い。
だから、どんな困難な場所であろうと、不利な場所であろうと、人間自分の取り組み
方で、剣道を上達させることが出来る。
以前、バンフで、カナダナショナルチームの剣道合宿をしたとき、黒熊が、率先し
て、雑事に当たってくれて、私Sを助けてくれた。他道場の生徒は、誰も自ら進んで
ボランテイアも稽古もしなかった。其の時私は改めて、養心館は剣道だけでなく、剣
道を通して、人間道を教えていることが解った。其の布石として、熊の教え子
(タケシ)が昔、私Sの元で働いていた時も、其の生徒からそれを感じたと彼は言っ
てくれた。だから、アキラも養心館に預けた。
世間に出て、剣道が自分の人生にプラスになる。そんな剣道が本当の剣道なのだ、そ
して自分がどんな剣道を学ぶのか、其のポリシーを確りと決めて、それを絶対に崩さ
ない努力をしなければ成らない。打つ打たれるでない、確り心に恥じない稽古を積
む。姿勢や構えが崩れたら、心を崩されたのだから、モウ既に負けたのだ。
だから心を崩さない、崩されない稽古をすることが人生に繋がる稽古だと思う。頑
張ってくれよ。 といったような話だった。
剣客も其の都度うなづいて納得していたようだ。恐らく今の彼の段階では理解が難し
いかもしれないが、将来ここで聞いた話が必ず活きてくる事があるに違いない。S氏
には感謝である。楽しい話のうちに時間が進み、
お会計になり、熊がレシートを取った。彼は、血相を変えて熊に言った。「先生ここ
はバンフです私に払わせてください。、その代わり今度冬に私達がバンクーバーにお
邪魔した時は、先生の方でお願いいたします」
いや〜〜 これには参った此方は三人。自分で払う積りで居たから、’ワインもボトル
で頼み、料理も一番高い物を注文していた。
しかし、郷にいり手は郷に従え、この店で常連の彼の顔を潰してもいけないと思い、
お言葉に甘える事にした。
彼は25年この街に住み、日本からのお客様をそれぞれのレストランに案内する事もあ
り、まあ、言わば顔である。それを潰す事は、憚られたので、仕方なく熊は引き下
がった。S氏には散在を掛けたが、其のお礼は冬、バンクーバーでお返しすることに
した。彼は忙しい時間、我々のために時間を割いてくれた、監禁状態の事務所から出
してもらえるチャンスをくれた私に逆に感謝された。超多忙の彼に感謝した。やはり
剣友は良い、絆が違うと感じた。
忙しい彼を気遣い。「我々は町を散策しながらホテルまで、帰るから」というのに、
ホテルまでお送り頂き感謝に耐えないひと時を過ごさせていただいた。剣客も将来、
人と人との出会いを大事にしてくれる人間に育って欲しいと願いを込めた一日でも
あった。
一夜が開け、バンフの街観光はしていなかったので、食後チェックアウトを済ませ
早朝の街を観光する。先ずは、かの有名なバンフスプリングホテル、中世のヨーロ
ッパのお城のような景観に、ポーカーフェーイスの剣客も「うわお〜」と叫んだ。
折角の機会なのでホテルの中も散策する。重厚な作りのホテル、テラスに出てみれ
ば、足元にホテル専用のゴルフコース、マリリンモンロウの映画で有名な帰らざる河
のロケ地、ボウ川を望み、目の前にサルファ〜マウンテンがそびえる。絶景である、
テラスは花で埋め尽くされんばかりに、色々の花が植えられている。
朝の冷えた空気が非常に心地良い。しかし、ここでも大勢の日本人観光客である。S
氏の超多忙が解る気がした。館内に戻ると、有部屋に写真が展示されていた、このホ
テルの歴史がうかがわれた、1925年のホテルのメニュー、料理が1ドル50セント=150
円。サラダが25セント=25円何と今の30分の一位か。でも其の当時は
一般庶民には高値に花で高いホテルでだったのだろう。
偶然其の中に、足首に包帯をして、ゴルフに興ずる一人の女性の写真が目に入った。
剣客母が愛してやまない、かの、マリリンモンロウ嬢である。其の横で剣客を並ばせ
写真を撮った。確かこの撮影でか彼女が足首を骨折か、くじいたことは有名な話だ。
川を筏で下るシーンがあったように記憶している。
恐らく剣客母がここに居れば異様に興奮するであろうかとが創造されて、ほほえまし
い気分に成る。
(あんたの息子が変わりに写真に納まっているからそれで我慢しな)と一人ごちた。
一旦街に向けて車を戻したところで街の中心通り、で写真を取り、橋の右手、この谷
の下方に、フドーと呼ばれる、観光スポットがある、其の手前にスプリングホテルの
裏前景が望めるところで写真を写す、目の下にはボウ滝が、音をたてて流れていた。
フウドウは風の浸食で砂岩が削られて出来た奇怪な岩軍である。
鍾乳洞を逆さにしたといえばイメージが出来るだろうか。期待した程のことも無く其
処を離れた。
熊は、剣客に一度は、大平原の地平線を見せてやりたいと考えていた。恐らく日本で
は北海道意外診る事が出来ないのではなかろうか、バンクーバーからここまで約900
km後5000k以上もの大地が大平原をなし大西洋まで続く。其の一部を見せてやりた
いと考えた。剣客は車に乗ると深い眠りに落ちていた。
車を1時間カルガリーに向けて高速道路を走る、大平原が見れる場所で剣客を起こ
す。高速道路をまたぐ、道路に車を入れて其の上から大平原を望んだ。ここから又
1000キロをバンクバーに向けて、戻る訳である。
途中、バンフ、レーイクルイーズ、を越し、ヨホー国立公園に入り、観光スポット
の、汽車のトンネルを見る。
山の中腹に渦巻状にトンネルを掘り、高度を上げて行くトンネルで日本にも昔清水ト
ンネルだかタンナトンネルだかがそんなカタチになって居たと記憶する。この3000m
級のロッキーを越えていく難所である、我々は其処でトイレタイムを取り、一路山道
をゴールデンに向けて走る。この道は何度通ってでも緊張する。
岩肌に張り付いたように狭い二車線が蛇のうねりの如く続く、目の前は千尋の谷、谷
底が見えない。
途中山ヤギの一群に出会う。モウ野生動物には関心が無い、ただただ一路帰路を急ぐ
事に成る。
ロッキーの麓ゴールデンを過ぎ、リバーストークに車を向けて走る、その町で丁度、
午後一時街中のレストランを探す。今回熊が旅行するに当たり、絶対に、マクドナル
ド、やバガーキングなどの均一された、チェーンレストランは避けたことである。何
故なら其のローカルのレストラン方が必ずその町、場所の特徴有る食材が食べられる
からである。
ここのレストランの期待にたがわず新鮮な野菜が豊富に使われた、サラダや、手焼き
のパンのサンドイッチが食べられた。美味しかった。特に新鮮な野菜は、熊をうなら
せる美味しさがあった。恐らく無農薬栽培の地元のホウレン草だと感じた。こんな
シャキシャキとした歯ざわりの野菜はバンクーバーでは口に入らない。又ここのパン
も美味しいパンで、自家製の手作りである事は其のカタチから一目で解った。旅に出
たときの楽しみの一つががこれである。
そして車は、サーモンアームを過ぎガソリンを入れて、キャムルプス、ココハラハイ
ウエーイを走り、メリットを横目に、ひた走りホープを抜けて国道一号に入り、チリ
ワックの町を横目で眺めて通り過ぎた。時間を見れば6.00過ぎ、家に帰れば7.30PM
ご飯の用意をそれからさせるのは酷なので、アブツフォードに最近店を出した古い友
人の店に寄る事にした。そこで寄寓にも熊のお客様と出会う、彼も何故こんな一時間
も離れた町に着たのか不可解だったが、其の店で働くキッチンコックが,元彼の店で
働いていた従業員で、開店祝いの挨拶に出向いてきたとの事だった。
ココで剣客は丸二日、三日目にして、やっと日本食にありついた。剣客の注文は?皆
さんならモウお気づきであろう。親子丼に鳥のから揚げである。美味しそうに食べて
いた。日本食から離れて初めて日本食の美味しさを改めて知ったようである。ココか
ら、一時間車は無事熊の家にたどり着いた。走行距離2700km日本では大変な距離
に思うかも知れないが、此処カナダでは、何等皆さん結構、日常に走る距離である。
それが証拠にバンクーバーの街では良く。他州のナンバーが見受けれる。広い国は、
其れなりの生活スタイルで生活圏を活かして生きていると言う事か。長きに渡り書
いてきたロッキー旅行も無事終わり、後は二回の稽古と、農業祭の見学を残すのみに
なった。
剣客も頑張った。これに献身的に協力をしてくれた、みゆき、タケノリ、黒熊、白
熊、養心館道場全館員に感謝を述べたい。それに熊の我がままで店を留守にして、そ
の間頑 張ってくれた店の従業員も影の協力者である。有難と思っている。、
剣客は今なんで俺をこんなに連れまわしたのだろうと思うかもしれない。そう簡単に
これる場所でもない。行ける場所でもない。二度とこんなチャンスは無いであろう。
だが、彼は必ずココで見たこと体験した事、何時の日か感謝する日が来るに違いない。
他人の中に入り、他人との共同生活には其れなりのルールも学ば無ければならなかっ
た。
ヤル気が見えないと、先輩に叱られた事も何時かは良い思い出になるはずだ。これか
ら、剣客がどんな道を歩み、自らの剣道を探して精進していくか解らないが、限られ
た環境の中で真剣に剣道に打ち込む、同年代の子供達も彼には良い影響を与えたに違
いない。
剣客は、日本に帰り、又もとの世界の戻っていく。剣客には違和感の有る外国生活が、
其処に住む人間達をたくましく育てる起爆剤になる事も学んだはずだ。剣客の将来は
明るい。どうか頑張って、自らの境地を開ける剣客に育って欲しい。其の時は、この
熊の頭をイヤというほど叩いてくれ。それくらい強くなることが、熊にに対する恩返
しだという事を忘れないように。剣道家はある意味でバカだ、自分の頭を叩かせ、貴
重な時間を費やし、体を掛けて、無形のものを教え込もうとする。そして、叩かれる
回数が増えれば増えるだけ、嬉しいのだ、それが教えた生徒の実力に寄るものなら
ばなお更嬉しいのだ 。
剣客よ、真っ直ぐな剣道で、試合も稽古も剣風も立派な本物の剣客に育ってくれることを祈る。
91 小さな剣客 13
昨夜は、眠気に負けて完結できずに床に就いた。今朝はこの続きを書かねば、又強迫
観念に(笑)襲われそうなので、書くことにした。一応今日は熊が休みの日なので時
間が割りと自由に使える。ありがたい。
さて車はアサバスカの滝を後に、更なるビュウーポイント(展望台)を求めて、南下
する。以前にも書いたが、地球温暖化で、山頂の雪、氷塊が解けて、其の美しさを半
減させてしまったロッキー山脈、ただ空しく地層をむき出しにした石灰岩の岩肌を哀
れにさらしている。
確か20年前、親爺が引き連れてきた、静岡の剣道少年チーム40名を案内してロッキー
に来た時も8月だった。其の頃はまだ壁面に雪が有り、氷塊も迫力で迫っていた。熊
は、今回、7回目のロッキー観光である、其のたびに感動をしてきたが、今回は無残
に其の思い出が覆されてしまった。
ここにおいでの読者諸氏に一つのアドバイスをしたい。若し将来カナデイアンロッ
キーを訪れるなら、6月中旬から下旬が一番良い。何故なら、其の頃はまだ雪が山頂
に残り、真ん中の岩肌、裾野の針葉樹林、が素晴らしいコントラストとなり、湖面に
映す姿は感動を通り越して、神秘にすら感ずるからである。
八月のロッキーは残骸にしか見えない。同じお金を使うなら、6月を中旬から下旬を
お勧めする、おまけに其の頃はまだ、航空運賃も安い。恐らく八月の半額それ以上安
いはずだ。ホテルも当然静かで安い。
良い事ずくめなのだ。
さて話を戻そう、車はそれぞれの展望ポイントで写真を取りながら、ゆっくりコロン
ビアアイスフイルドに着いた。
11.30AM。そこで雪上車に乗る乗車券を買う。12.00発の日本語案内の雪上車をリク
エストして、座席が取れた。待ち時間をお土産買いに時間を潰す。
5分前に、雪上車乗り場までのつなぎのバスに乗るために外で待つ。15〜6名の小さな
日本人団体が同乗する事になった。案内は日本旅行のガイドが案内役を勤めてくれ
た。英語のわからない剣客に取り、英語案内は理解できないであろうから、日本語案
内にして良かった、ガイドは面白くわかりやすく案内をしてくれた。
バスのドライバーも、雪上車の運転手も、片言の日本語で、挨拶をする。それが笑を
誘う。
バスを下り雪上車に乗り換えて大氷原の真ん中に雪上車で上る、雪原に下りるとき急
な坂道を雪上車は下りるのだが、その斜度15度。だが、直径1.5Mのタイヤの上に作
られた座席から診る斜度は45度くらいに見える。
途中、クレバスや、氷原を流れる川を見ながら雪上車は雪原を登りだし、10数分かけ
て氷原の真ん中に車を進めた。
車から下りて、剣客は、先ず記念の写真を撮る。そして、氷原に流れる、雪解け水を
口に含み飲む。
熊は、この水は、数億年前のバクテリアを含んだ水だから、飲みすぎると、腹を壊す
から、飲み過ぎないように注意をする。だが、結局、剣客は3度場所を変えて飲ん
だ、おまけに何を思ったか、ジャケットを脱ぎ半そでのTシャツ一枚に成る。幾ら夏
とは言え、大氷原を吹き降ろす風は、クーラーの風どころの騒ぎではない。
熊は、剣客に、お前は熱を出しやすいのだから、ジャケットを着るように言うのだ
が、雪上車が出るまで車の外で半そでで居た。熊は、薄手のセーターの上にウインド
ウブレーカーを着込み外に出てたが寒さに耐え切れず車に戻った。他の日本人観光客
は冬装備である。何が剣客をそうさせたのか?
出発寸前に雪上車に乗り込んできた剣客が言うには、「これで友達に自慢できる。」
何が自慢の種になるのかは、知れないが、やはり子供の感覚は、大氷原の偉大な眺め
より,ほかに興味があったようだ。
それと一つ気になって、居た事だが剣客は車に乗るとすぐに寝てしまう何処に出かけ
るときもそうだ。だから、展望台や、観光ポイントで起こされる以外の風景は殆ど見
ていないのだ。良く寝れる物だと感心してしまう。
雪上車に乗り込み、出発駅に戻った我々は、昼食を取る、私とみゆきはホットドッ
グ、剣客は、カップヌードル。
剣客は、どうも、洋風の日常食には弱いようである。先ず、マクドナルドのハンバー
ガーは食べない。サンドイッチも二食は続けては食べれない、今後、剣客が海外に出
ることがあるのなら、食改善は余儀なくされるであろう。
まあ、大した事ではないが、海外生活は何でも食べれる事が第一基本。食べ物が食べ
られ無ければ体は持たない。だから熊は、カナダにいる間に、かなりの嫌いなものも
食べさせる習慣を剣客に強いた。笑。これも修行。
その後、大氷原を後にして、峠を越える、河の流れが完全に逆になる、氷原に隣接す
る山は、太平洋、大西洋、北極海に流れを送る、源流を持つ、世界でたった2つの山
の一つなのだ。そんな、イマジネーションが剣客の脳裏に残ったかどうかは定かでは
ない。剣客は相変わらずすやすやと寝ている。
車は、コバルトブル−に輝く、ペイト湖に向かう、駐車場から、30分の坂道を登る、
標高が高い事も有り、酸素が希薄なのか、血圧が高めの熊には、呼吸が苦しい坂道
だった。
この、湖は周りの山々に石灰岩が流れ出て湖に注ぐので、水の色がトルコ石の色にな
る。神秘な佇まいで我々を迎えてくれた。観光客が多いので、写真を撮るのに良い場
所を陣取る競争が始まる。白人は日本人と比べて気が利かない。自分達が撮ったから
といって、場所を譲るような事はしない。だから、此方から、其の意思を伝えなけれ
ばならない。
最近の子供剣道大会でも陣取り合戦が華々しく、観戦する親の無軌道ぶりに手を焼く
大会主催者が苦労する話と、何故かダブってしまった。日本人も、我だけが良かれバ
良いという人が増えてきた事は、日本文化の崩壊を意味する。良い習慣は残しておき
たい文化なのだが、残念だと思う。こんな事は世界並みにならなくて良い。
続く。
90 小さな剣客 12
今、カナダ時間、21日夜10時、母から、電話があった。
「元気なの?皆心配してるよ。サイトがアップされないから。」
ハイハイ、皆様ご期待に沿えず、カキコが遅れて申し訳ございません。
一応これでも、零細企業の経営者でございます。3日間仕事を離れればそれなりの仕事も
溜まります。書きたい気持は山々ですが、13名の従業員の生活が掛かっておりますので、
そちらを優先させていただいて居りました。
19日、帰宅して、即、書き出したものを、昨日20日アップした、本日はマダ書けません
でしたので、こんな物でも皆様のご期待に預かるのであれば、急いでカキコ致します。
何しろ売れない小説家が、急に売れ出したみたいで戸惑いを感じて降ります。爆笑。
ロッキー第二日目、我々は朝6時に起床した。朝方4時トイレに目覚めた時満点の星空
だったが、6時に起床した時は、空は70%雲に覆われていた。昨夜寝る前の小雨と言
い、今朝早朝に見た星空は奇跡と言うほか無い。だが西の空に青空が広がっていたの
で、ロッキー観光は晴れるであろう予測はついた。
朝方、バスルームでシャワーを取る。水が硬水なので、石鹸の泡立ちが少ない。何
か、すっきりとしない中で、洗顔と歯磨き髭剃りを終えて、外に出て、木刀で素振り
をする。其のうちに剣客も出てきたので、形の復習をする。カタチは完全に覚えてい
る。後はどれだけ修行を積んで更なる技術、形の重厚さを身に着けていくかだけの問
題だ。誰か良い相手が居ればできる。中高生では恐らくお話にならないであろう。高
段者、それも形に詳しい、造詣の深い方が望まれる。が其処までは熊は残念ながら面
倒が見切れない。 持続して稽古を積まねば、簡単に忘れ去られてしまうで有ろう。
朝食は、外に木製デッキ用意されている、ガーデンテーブルで各自好みで買ったジュ
ース、と大型サンドイッチを分けてそれぞれ口に運ぶ、ロッキの石灰岩の岩肌が目の
前に迫るキャビンで、食事の写真をタイマーで取る。それにしても高原の朝は涼しさ
を超えて肌寒く感じる。「此処はマイナスになるのですか?」と剣客が聞いた。
「冬場はマイナス40〜50度には気温が下がるよ」「うへ〜そんな寒さってどんなだろ
?う」「後で氷河の上に立つから、何か感じると思うよ」「ふ〜〜ん」
この会話が後から、剣客の不可思議な行動に繋がることは熊にも予想が出来なかった。
車に荷物を積んで、キャビンを出発したのは、朝八時。又ジャスパーに向けて60km
逆戻りだ、途中野生の狼が道路脇を駆け足で走っていた。恐らく昨夜の間に車に跳ね
られた野生動物の死骸を探しているに違いない。 簡単に餌を取ることを覚えた野生。
此方はおかげで珍しい野生動物?に出会える。有り難く又、ご苦労なことです。
それから又10kmぐらい坂を下りたところで、野生のエルク、トナカイのオスが一匹
草を食んでいた。このオスは、雌争奪作戦に敗れて、孤立しているに違いない。通常
トナカイは群れを成し、ハーレムを形成している。
戦いに負けて、一匹草を食む大鹿が一抹の寂しさを感じさせた。立派な角の割には光
沢が良いので、恐らく若いオスに違いない。 頑張れとエールを送る。
車は一路、ロッキーマウンテンパークウエイに出て、国立公園使用料の代金を支払
い、一路南に進路を取る。ハイウエイは時速80km、野生動物が徘徊する地区は70
kmと、所々に看板が指示を出すしている。公園管理局には生息地が解るのだろう。
ココだけは制限速度を守り、ゆっくり車を走らせた。途中、山ヤギの群生に出会う。
通常この白いヤギは岩場に住んでいて、道路近くに出てくることは本当に珍しい。恐
らく、冬場、春先に路上凍結を防ぐ為に蒔かれた塩分を舐めに路肩まで出て来たに違
いない。それにしてもどの動物も人間に慣れ過ぎているのが気になった。
何代も、何代も、人間に恐れをなさない環境で生きてきた国立公園の動物達は、本当
に野生なのだろうかと、フト感じてしまった。最近、聞いた話だが、国立公園内で、
野生動物が道路に出てきて、長居をした場合は、観光バスドライバーはクラクション
を鳴らし、山に逃げ返すように仕向けて居るのだとか、だが熊にしろ、トナカイにし
ろ、ヤギにしろ全然クラクションを怖がるそぶりも示さない。
全てに言える事なのかも知れないが慣れとは恐ろしい物だと感じた。
日本の剣道も、本来の修行を忘れ、勝ち負け本位の当てっこを、遣っていれば、その
内、何れ痛い目を見るのでは無いのかな、と、ダブって見えてきた。
野生動物も、人間の中で、環境を保護されて、本来の自分で活きるすべを忘れたなら、
剣道も、いかに早く相手を打ち、旗を上手く揚げるかばかりの上手さ本位の剣道で、
本来培わうべき、強さ、逞しさを、動物も人間も忘れ去られようとしている事に危機
を感じるのは。熊はまだ大自然の野生をなくしていないが故の取り越し苦労なのか?
一抹の不安とともに、今回第二に感じた、旅行での収穫といえば、これになる。
一番目の見所、アサバスカの滝に車を止めて見学。何億年掛けて削られたか、元の滝口が、
強大な水の力で削り取られた痕が生生しくみえ、怒涛をして流れ込む滝つぼに二本の虹が
たった。「おお、虹虹」と剣客は大騒ぎである。
其処に、大勢の韓国人の団体が観光に来たので、騒がしい。で、我々は、滝壺にまで降りた。
かなりの段数道のりを下る。其処の川は、何事も無かったように、静かな流れを再現していた。
そして上に上った、あにはからんや、其処は銀座の様を呈して、記念写真を撮る韓国人が、
大声で客を集め、石の上に客を立たせて、客にポーズをとらせる。何故大自然の中で、態々、
大げさなポーズを取らせて写真撮影する。それに皆右習いで次から次写す、文化の違い?
皆さん芝居が上手いな〜〜と感心した。
もう夜も更けた。続きは明日書く。お休み。
89 小さな剣客 11
17日の朝4.00起床、4.30に一路ロッキー山脈に向けて車を走らせた。
早朝だから、車は空いていると思ったが、あにはからんや、意外と交通量が多い。そ
れだけ郊外の人口が増えたと言うことなのだろう。一時間くらい走りアブツフォード
を過ぎる当たりでヤット車が空きだして、快適に走行できた。平均時速120Km。カ
スケイド山脈に朝日が昇り始め、稜線が茜色に染まり、漆黒の大地と、薄水色に、染
まりだした、天空の境を際立たせる。実に雄大な眺めだ。この当たりは農園地帯、景
色をさえぎる建物は無い。空が、物凄く広い。快適に走る車の窓に、寝とぼけた昆虫
が、体当たりで突進し、玉砕していく。
其の痕がフロントガラスに、尾を引いて汚く残る。140km走った所に、ホープと言
うこじんまりした、国道の分岐点の街がある、そこで、ガススタンドにより、ウイン
ドウを洗う。そして運転を変わった。後は国道5号線で、山の中を最短距離で抜ける
道を選ぶ、高速道路で、最高時速は110km、其処を平均時速120kmで走る。10km
オーバーくらいなら、交通違反には成らない、タイヤの減り具合で、それくらいの誤
差が出るらしいのだ。
熊は何度も走りなれた山道なので、ミユキが運転を買って出た。剣客は、後部座席
で、まだ夢の中である。
車は2時間で、山を超える中間に料金所がある、カナダでは数少ない有料道路だ。と
言っても1000円。
山を超えると、盆地のメリットと言う町に向けて車は高度を下げていく、この町辺り
から、景色が一変して、砂漠地帯になる。赤茶けた地肌に、背の低い箒草が、まばら
に大地にしがみついている様は、西部劇に出てくる、あの様相だ。
車はカムルプスに3時間で着く。昔はこの街まで4〜5時間を要した。便利になった。
車は1号線に合流して、街中を抜ける、其処から、又5号線に乗り継いで一路ロッキー
に向けて北上する。途中ヘヒリクリークと言う村?でガソリンを補給して、窓ガラス
を洗い、トイレを使う。ガソリンは半分くらいしか減っていないのだが、一時間半く
らいで窓を洗わなければ視界が非常に悪くなる。車のダッシュボードやバンパーに
は、昆虫の玉砕痕が重なり重なり、地肌の色が見えないくらいに汚れるのだ。それだ
け、自然が残り豊かだと言う証なのかも知れない。
其の村はずれに、景色の綺麗な川沿いの駐車場があり、そこで朝食を取る。みゆきが
早起きして作ってくれたおにぎりをほうばる。日本人は本当に便利な携帯食を開発し
た物だと、改めて感心する。
ここを基点に、道路は旧道を走るのだが、交通量が少ないので対面二車線なのだが制
限速度は100Km。 其処を110kmで走行する。
この道は、平坦にゆっくりと高度を上げていく、極端な曲線カーブもなく非常に走り
やすい道だ。
5号線が16号線にぶつかり、其処から16号を東に車を走らせると、わずかな時間でい
きなりドカ〜〜ンと言った感じで、目の前に巨大な山が出現する。ロッキー山脈内で
は最高峰MT,ロブソン3954m。地層がむき出しになった壁面に、雪が吹き付けられ
て、横縞の洒落た衣装をまとい、大空にそびえて見える。
そこでしばし休憩して、トイレを使い、運転を変わり一路ジャスパーへ。
途中、湖や景観ポイントで止まり写真を写しながらジャスパーの町に着いた。走行時
間8時間。20年昔は11時間掛かった行程を、のんびりゆっくり走って、8時間。3時間
の短縮は、体の疲労を極端に減らしてくれた。
街中に入りガソリンを入れて窓を洗う。そこで、ホテルに電話を入れるも何処も満員
で宿が取れない、案内所でもらったパンフレットにある、ホテルに電話した。料金モ
良心的だと思ったら、其のホテルは何と、ジャスパーから60km離れた、高原の町の
外れに位置していた。
マア、何とか宿が取れた安堵感から、街中を散策する、4〜5人の日本人にも行きかう
が、多い数ではない。
バブルの頃は、観光客の1/3が日本人だった。剣客は、誰かにお土産を購入していた
ようだ、この町は名前の通りジャスパー、ヒスイの名産地であり、色々な玉石が取れ
ることでも有名で、工房も沢山ある。
剣客は、何か二三玉石を買って、絵葉書も買った。誰のお土産なのかは熊が知る由も
無い。お昼は、勘単にピザで終る。
そして、大きな街ではないので、散策を終えて、時間があるので4時頃から、マリン
湖に向けて出発する、片道約100Km強。途中熊が出る掲示が出ている。出会うか出
会わないかは、時の運。
途中、観光バスが止まり人が沢山屯して、路肩に向けて写真を撮っていた、何と野生
の熊の親子が、草の実を食べているところに出会う。熊は観光成れ?しているのか、
屯している人間には全然興味も危険も感じないのか、小熊も無心に実を食べていた。
人間と其の距離10Mくらいか。剣客の顔を入れて写真を写すが草むらに半分姿が隠れ
ているので、上手く取れているかどうかは解らない。
時間を余り取れないので其処を引き上げて、再びマリン湖へ車をはしらせる。マリン
湖は、ロッキー山脈の数ある湖では有名なところ、写真集に必ず出ている。カヌー遊
びをしている人が結構居た。其処でも日本人に出会う。至る所に、青山有ではない
が、日本人有だ。今回、残念なのは、季節が八月、温暖化の影響で山頂の雪が消えて
いることである。よほどの高山か、北側斜面でなければ、雪は見れない。雄大な景観
は美しさを半減している事だ。
車がジャスパーの街に戻り、ホテルに向けて、東へ向かう、途中、頭の上から耳の横
に向けて角を巻いている、山羊の群れに出会う、、少し走ると、トナカイのメスが草
を食んでいた。車は40分位で、瀟洒な山小屋風のモーテルに行き着いた。
ここはキャンプ場、丸太小屋、山小屋風モーテルと、お好みで選べる施設が用意して
あった。熊達はモーテルを選び荷物を置いた。其処にはレストランがない?、で、仕
方なくヒントンの街まで行く事にする、行程35KMだ。
つまりジャスパーから次のヒントンまで約90〜100Kmは町らしきものはない。
ヒントン、高原の町の町外れに広大な敷地のショッピングモールが建設中で有った。
其の中の食品スーパーで、明日の朝食を買い、其のモール内にあるレストラン入る。
平均して、田舎のレストランは、味はイマイチだが量的には辟易するくらい出てくる
ことが多い。力仕事が多い性なのか、今までの経験が教えてくれている。
だがこのレストラン、味もまあまあ、そしてボリュウームは二人前、それで価格はバ
ンクーバーの半分?位か。
バンクーバーで三人で食べれば、節約しても100ドルは飛ぶ、一万円だ。だが、ここ
では50ドル、チップを入れても55ドル、5500円で済む。剣客はここでも鳥だ、多分、
剣客は日本に帰ると、背中に羽が生えているに違いない。皿には、鳥の片身のバー
べキューにフライドポテト、焼きポテト、サラダが大皿にてんこ盛りで出てきた。
剣客はナイフもフークモ使わず手づかみで、まさに格闘と言う表現が似合う食べ方
で,何とか全部片付けた。
この鳥を食べる時は白人でも手づかみで食べる。これはマナー違反でも何でも無い。
我々は魚の一品一皿を、分けて食べてビールとワインで丁度いいくらいの夕食になっ
た。
仕事柄、肉はどうも食べ飽きた感がある。、こんな内陸で魚と思ったが、結構行ける
料理が出てきた。
そして、ホテルに帰った頃は8時を少し回った頃、剣客と、形を10本全て打ち、コタ
チの使い方、刷り上げかたで、音が違う事まで説明した。形でも昔から言い伝えてい
る、理合いを話すと、偉く感心したかの如く、理解が出来たようである。最近は形の
理合いを説く先生が少なくなった。カタチだけを教えて、中身を教えることが出来る
人が少なくなって来てるのかも知れない。剣客には少しでも伝統的に培われた教えを
伝授した。
怪我の功名と言う事がある、ここは高山、海抜恐らく1200mは超えている。空気が希
薄、アルコールを飲んだ性か、暖房が利きすぎている性か、寝苦しい。寝る前に小雨
が降ってきたので、朝方4時にトイレに立ったついでに外を見た。何と、空には満点
の星、星が降るとの例えもあるが、其処の星は手を伸ばせばつかめるくらいに感じる。
星一つ一つが大きく見える。思わず外に出て、寒さに震えながら眺めた。
星の数が多すぎてどれが何座か、検討も着かない。天の川の砂銀に見える、
星の一つ一つが数えられる位に見えるのだ。
思わず部屋に戻り、みゆきと剣客を起こした。剣客も丁度トイレがしたく成っていた
のか、すぐに目を覚まして外に出た。「わ〜〜スゲ〜〜」が第一声である。アレが天
の川だと説明すると、今まで見たことが無いと言った。
確かに熊の子供の頃は日本でも見えた。今は街が明るくなりすぎたのか、不夜城と化
した日本では、山の上でも行かなければ見れない星空に成ってしまったのだ。おまけ
にココは、ジャスパーから60KM、ヒントンから35KM離れた、山の中である、街明
かりなど届かない別天の地。空気が澄んでいることも有るのだろうが熊の人生の中で
も始めての経験だ。この星空を見れただけでも、今回の旅行は価値があると感じた。
アラスカやユウコンで見た星空もココまでは輝いていなかったように思う、標高差
が、1200M分、星に近く成っているせいか、我々に惜しげもなく見せてくれた大自然。
大パノラマだ。怪我の功名で、ジャスパーで宿が取れなかった分、素晴らしい、
星空に出会えたことに感謝した。
87小さな剣客 10
最近。熊の書いた、剣客シリーズ?物議をかもし、剣客が険悪になって居るらしい。
人それぞれの受け取り方があるので、弁明も弁解もする積りは無い。ただ此処で起き
ている事実を書いているに過ぎない。ただ、文と言うのは熊の心全部を伝えられるも
のではなく、かいつまんだ報告になるので、受け取る方が色々詮索して、悪しく解釈
するのは迷惑千万なことである。
昨日は、剣客の形を熊の期待以上に剣客に指導してくれたタケノリに感謝の意味と剣
客に、異文化、同じシャブシャブでも中国スタイルのシャブシャブが違うところを見
せるために、外食に出たことは書いた。
そこで、剣客に色々修行者のあるべき姿などを自らの失敗した例を挙げて話した。そ
して剣道は一生修行で、自分から直す努力の積み重ねがその人の剣道を決めると言う
ことも話した。誰も完璧な剣道家は居ない。
だから真摯に謙虚に学ばなければ成らないこともといて聞かせた。何度も何度も同じ
事を言っているようだが。
剣道の剣は刀である。昔ならいい加減な修行をしていたら、即,死に繋がった。
だからこそ真剣にとり組まなければ成らないことや、だから自分で出来る限りの悪い
癖から一日も早く抜ける努力をしなければ成らない。等など彼は真剣なまなざしで聞
いていた。
おそらく彼は自分がそんなに悪弊につかっているとは自分自身でも気がつかないでい
たに違いない。
これは彼の責任でも何でも無く、かれの周りに居た人たちの不注意に他ならない。
それが証拠に、一昨年東北の大先生から指摘を受けた悪弊が今まで正されて居なかっ
たことでも明らかだ。
彼はただ指導者を信じて一生懸命に努力をしてきただけだ。それを頭から、熊に否定
されて、迷惑をしているのは誰あろう彼自身なのだ。
熊は剣客がに憎くて情報を発信しているわけではない。今までこれだけ一生懸命に剣
道に体をかけてきた、剣客に対する、一剣道家の思いから書いている。日本の彼の周
りに居る指導者に、もっと注意深く、剣客を見て欲しいが故に、発信している。マ
ア、バカな指導者であれば逆の効果が出るやも知れんが・・・・
一日も早く、その悪弊から抜け出させるために彼には毎日説いて聞かせている。
彼はいったって、素直に熊の言葉を受け入れている。日本の八段も、剣客の事が如何
でも良いなら、指導はしてくれなかったはずだ。剣客を何とかしてやりたいから、厳
しい言葉も出たのだ。だから自分がお願いをするときは全力でお願いしなければ自分
の損になり、又大変失礼なことになる。と言い聞かせている。
彼らは日本で高校生を教えている。ものすごい情熱をかけて、指導をしている。それ
が証拠に彼等が育てた立派な剣士を熊は沢山知って居る。そして愛情を注いで、育て
てきた生徒が、とちゅうで、脱落していくと言う現実に、一番空しい思いをしている
のは彼等ら自身なのだ。剣客にはそれが痛いほど理解できたようだ。何故なら彼の年
代でもすでに脱落して行った仲間が居るからだ。
そして、剣客は言った。
(デモね先生、僕の仲間で、剣道を辞めた奴が又再開すると言ってきたんですよ。剣
道部で彼と稽古が又出来るんですよ)
そのときの剣客の顔は、あのポーカーフェースが嘘のように崩れ、満面の笑みを浮か
べていた。
「ほう、良かったな。剣客は、これからも、仲間を大事に、1人でも脱落しそうな仲
間を励まして。一緒に頑張ろうと声をかけてやれる人間になってくれ。」
(ハイ、僕も彼が剣道部で一緒に稽古できるかもしれないと思うと、大変嬉しいんで
す。)
この言葉をききながら、子供を預かる大人たち指導者が如何感ずるか、指導と言う名
目の元に、彼等に非情な体罰、精神的苦痛を強いているのではないか、そんな悔しさ
がこみ上げてきた。
剣客と熊とタケノリは夜が更けるまで剣道を熱く語った。タケノリに色々教えてもら
い。剣客自身も自分の熱心さに欠けていたことを深く反省していたようだ。彼は今カ
ナダで熱く熱く、剣道に燃えて居る。
自ら治さねば日本では誰も手助けしてくれない現実と、彼は真正面から向き合ってい
るのだ。
15日のあさ、店から電話が入り、荷物を受け取った。中には全日本道場連盟の全国大
会のCDが入っていた。
それを二人で見ながら話した。剣客は自分の出来があまりよくなかったのか、あまり
進んで見たがらなかったが、熊は、勝ち負けではない、負けたときほど、勉強になる
のだと諭し、横で見させた。
そして一つ一つ説明をしてやった。彼は至極納得していた。
先ず全般に見て、現在の日本の子供たちを取り囲む剣道がどんなものか見れて興味が
深い。
それと、おまけに?入っていた、九州の、如○館、と愛○県の双○館。優勝戦で戦う
道場とベストエイトに止まる道場の指導の違いも手に取るように見て取れた。これは
熊に取り収穫である。指導をしている道場はきちんと基本指導してることが分かった
だけ心が和んだ。
これはあくまで、熊の主観である読まれる人の中には又、不愉快になる方も居られる
やも知れないが、今後の修行のためと思し召し読みたい方は読まれたい。読みたくな
い人は読まずともよろしい。
まず、優勝戦で戦う二つの道場が、他の道場、(ベスト4は知らない)と違うところ
は、基本だと言うことだ。二つの道場の特色は、竹刀が確り振れているという事。だ
から、竹刀の持ち方が正しいのであろう事は想像がつく。
非情に正確な竹刀操作をしている。小さいながらもし竹刀が、打突瞬間に竹刀が振ら
れているためにうちに冴えがある。だから1本に成りやすい。右手と左手の作用が出
来ている。
だが、其処まで進めない道場は、打ちの正確さに欠ける、つまり竹刀操作が十分に出
来て居ないということだ。
殆どが右手頼りが多く、そのために竹刀が上下に振れて無い、(振り回しているのは
目に付くが、)冴えが無い。
ということは刺し面になっている、冴えが無いので、打突部分を竹刀が捉えていて
も、1本になりにくい。
試合中を見る中で、剣客にも惜しい面が3本あった。冴えていたら完璧に旗が揚がる
であろう打ちだ。
姿勢や、ミドコロヨケ、をするのはどこの道場も総代わりが無い。姿勢が崩れ構えが
崩れるのは今や日本の剣道界の常識?変な常識だがこれに話題が進めば際限が無い。
だからこれには触れない。
各道場打突機会を捉える、目、センスも殆ど同じだ。途中敗退だが西○寺の中に構え
が良い選手が居た、案の定いい面を打っていたが旗は揚がらなかった。ビデオでは正
確に見れないが、ああいう剣風の子供も居ることに心が和んだ。
それと、強いて言えばやはり勝つ道場は気迫が有る、気迫があるから体の出が好い。
それともう一点見ていて完全に違うのは。真っ直ぐの構えから、中心を割って面に伸
びていく打ちで、腰が入っている。やはり途中で消える道場は、頭から突っ込んでい
くが腰の入った打ちに繋がらないことだ。
それは剣客も見て説明をされて完全にその違いが理解できたようだ。
自分でもアレは俺のライバルだ、などと言っていた。勝ち負けは時の運と言う言葉も
あるが、やはり勝つべき道場は勝つべくして勝っているというのが率直な熊の感想
だ。基本の錬度が勝敗の分け隔てをしている、それを如実に見て取れた。
剣客に言った。此処では一度には直らない、日本へ帰っても自分でそれを治す努力を
絶対忘れてはいけない。
彼の顔にも、新たな、ヤル気が脈々と沸いて来るのが読めて取れた。良い時に良い教
材が、手に入った。
これも天がくれた、恩恵か、母の一念が通じた賜物か、一度では変わる筈も無いが、
剣客には、此処に来て、大きな光明が刺して来た様だ。
今日夕方、養心館の岡田先生事、シンペイさんに誘われて、1人電車で郊外へと出か
けた。
最終駅で落ち合う約束をしていた、見も知らぬ初めての行程である。全然臆する風も
無く、嬉々として出かけていった。剣客はそれなりに逞しく成長しているよ。
と言いたかったが〜〜〜〜〜〜
処が今この場に剣客から電話が入った。どうやら電車を間違えて、違った方向へ行っ
たらしい。でも彼は落ち着いていて、シンペイ先生に遅れることを伝えてくださいと
告げてきた。電車の乗り換える方法を教えて、電話を切った。シンペイ先生からも時
間まで彼が来ないので心配の電話が有る。彼は今そちらに向かい電車を乗り換える趣
旨を告げた。
そして10分後、彼等はちゃんと出会えた今連絡が入る。大したものですよ。電車を間
違えて事も乗り換えも誰の手も借りず、落ち着いて対処できる。この話を書けば又母
がドキドキまごまごするかもしれないと思ったがあえて書いた。剣客は進化してるん
だよ。空港事件が彼に度胸と自信と、冷静さを教えたんだね。何が薬になるやら。
86 小さな剣客 9
今日は先ず、13日審判勉強会から書かなければならない。
朝、9.00AMからSFU大学構内のジムで行われる勉強会に参加するため、熊はあさ、通
常より早出で会社におもむき。その日配達する注文票をまとめ、伝票を作る。伝票に
目方だけを記入すれば後はコンピュウターーが自動的に価格を算出してくれるので、
配達要員に目方の数字の入力と伝票のプリントアウトを頼み、8.45AMに店を出えた。
SFUはバーナービー山の山頂に位置し、店から30分はかかる、だが日曜と有り、車の
交通量が少ないので車は20分でSFUに着いた、会場が非常に分かりにくい場所にあ
り、探すのに多少し手間取ったが、何とか間に合った。
黒熊、タケノリ、剣客は別の車で家から直接SFUに移動をする。現在、タケノリがSFU
に在学中で、黒熊も此処で学んだ。だからかれれはスムーズに此処に来れたらしい。
勉強会は9.30からスタートした。
先ず講師役のY八段が挨拶をする、それをSFU指導員のO氏が通訳をする形で進行。
Y8段が開口一番、「今此処で参加されている人で、審判規則をお持ちの方?手を上げ
てください。」
彼は、英文と、日本語の二つの審判規則のブックを手にかざして言った。教える方は
ちゃんと用意しているのだ。
だが手を上げたのは数人。他には誰もいない、居たのは、何と養心館の生徒だけであ
る。
「では、この本を持っている人、読んだ事がある人?」一名だけ、白人で熊の元生
徒。6段今は道場主。
「これでは話になりませんね。皆さんは何のために此処に来たのですか?」
熊は1人ごちた。(先生方、どこでも同じですよ、それだけ剣道を学ぶ連中の意識が
低いということですよ。)
私は常々、道場で館員に、つたえている、「審判に出るとき、講習会を受ける時は必
ず、審判規則や、形の本を持参して、ノートを取りなさい」と。しかし驚いたね、此
処に参加している、7段でも審判規則を読んだことも無く、持って居ないとは・・・
・・彼等の意識は低いことは分かっていたが、これで指導者として、大きい態度だけ
は取りたがる。何のために自分が指導者をしているのか?毎回思うね。ホント。嘆か
わしいよ。マッタク。
だから当然、勉強会も、程度の低いところから始めなければならない、本当に、先生
方、お気の毒です。
勿論旗の持ち方、さし方、表示の仕方、配置の付き方。全てきちんとご指導いただい
た。感謝である。
しかし、これを聞いて、居たはずの連中、特に7段の先生方が立ち姿、旗の持ち方を
直されていたのは、
意地悪くも痛快であった。
日ごろ熊が口やかましく、きちっとした事を伝えているのに聞く耳持たぬで、やって
きた、罰がてきめんに出る。
このお二方を呼んだのはO氏である。通訳をしている。O氏が一番治されていた。稽古
のときなぞ、面うちだけの打ち込みをやらされていた。マッタク剣客と同じレベル、
といえば剣客が気分を害すか?笑 お気の毒としかいいようが無い。8段は、誰であ
ろうと、基本は確り教えるのです。学ぶ方の意識が低ければどうしようも無い。
剣道修行は、富士山に似ている。初心者は、沼津か富士市、沢山の初心者が居る。裾
野は広い。
段がが上がれば、富士宮市?頂上に近くなるに従い、円錐形が狭くなる。
富士山は普通の健康体の方なら誰でも登れる。剣道の修行も誰でも出来る。
ただ、其の円錐形の頂上にまで到達できるかどうかは、登頂を目指して一歩一歩、努
力をして歩いた人だけが、登頂できる。剣道も、一歩一歩正しい修行をした人だけが
頂上に到達できる。
そして、沼津や、富士市に住んでいる間に磐石の基盤、基本を作り上げる、だからこ
そ美しい富士山の容姿を作り上げることが出来る広い裾野、磐石の安定した基礎。こ
んなことを思いながらの講習会であった。
剣客といえば、講習会には興味が無い。当然だろう、自分が審判をするわけではない
からだ、だが、講習をする先生方はどれだけ熱心に、指導をされて、正しい、フェ
アーな審判を伝える努力をしているか、それを知っただけでも、彼の将来に、役立つ
筈だ。彼は、隣の○中君とずーと一緒に居た。一気に間がなくなった感じだね。
昼食にはミユキさんが4人分のおにぎりをとお茶とを用意してくれていた。剣客に
は、スポーツドリンク。
日本の方々は笑うかも知れないが、何と此処ではポカリスエット小さいボトルが何と
1本7ドル=700円だ。
何故なら、それは輸入品だからだ。だから彼には、カナダ産のスポーツドリンク1本
300円を飲ませている。
午後の講習会後、時間の関係で30分だけの稽古会が行われた。熊もカナダで、公に講
習会や、稽古会に出たのは5年ぶり?店の開店や、家内の病気等で、一線から身を引
いていた。別にでかい顔をしたいわけでもないし、君臨したいしたいわけでもないか
ら、意識の低い連中に指導して、憎まれる必要も無いと考えたいたからだ。
ただ自分が日本に帰った時は、毎年何処かで講習会には顔を出して、勉強させていた
だいている。
稽古では、久しぶりに昔教えた連中が掛かってきた。先程の白人6段がイの一番にか
かってきた、相変わらず、硬い稽古だが、指導者としての自負心が付いたのか、かな
り腕を上げていた。稽古後彼は涙を流さんばかりに、熊に礼を言った。長い間熊と稽
古が出来なくて、自分の稽古を見てくれる人が居なくて寂しかったと。
マアナ、以前は鼻持ちならない、自信家だったが幾らか人間も出来て来たか?幾らか
謙虚になったようだ。
そして自分の生徒を連れてきて、全員紹介していった。
稽古会は地元の指導者連中も最後とあり、7段クラスが全員お願いしていた。実際叩
きのめされたと表現していい位の,コテンパンに叩かれていた。中には最初から最後
まで打ち込みしか、やらされないのが居た。笑、そこで、最後に日本の8段がお互い
の掛かり稽古、これだけやってもマダマダ出来るぞ〜といわんばかりに見せてくれ
た。修行者としての、態度を、遺憾なく発揮っして、身をもってご教授いただいた、
感謝感謝である。
そして夕方6.30、今日二度目の稽古である、通常日曜日は、居合いの稽古から始める
が、今朝から長丁場で稽古をしてきた。その後熊は店に戻り仕事をして道場に駆けつ
けている。ユウノスケが帰国しているからだ。
で、黒熊も、熊も居合いは真剣を使うので、注意力や筋肉の疲れを考えて、事故防止
で、居合いの稽古を、剣客の、形の稽古に振り向けた。模擬刀で居合いを稽古してい
る連中は、居合いを稽古している。
まず、ユウノスケと、剣客に形を打たせた。ユウノスケは日本に一月出かけていた。
形の稽古はしていない。
剣客は此処最近タケノリに特訓されているので、剣客の形のほうが、幾らか上手に見
えた。それを見て取り、黒熊が、剣客の指導にたった。一応カタチは出来ている、タ
ケノリの指導の賜物である。
で黒熊が理合いを含め間の取り方や突く場所、切る場所、刀の使い方等、小さなミス
を直していく。面白いと思ったのは、形の技の中に剣道の悪弊が出てくる事だ、これ
にはみていて熊が噴出した。
怖いものだと思ったね。
稽古はユウノスケが、10秒かからず面をつけて掛かってきた。さすが警視庁で、やっ
てきただけのことは有る。
素振りの段階から、熊をうんとうならせる、稽古量をうかがわせた。竹刀が走り、手
の内がしまる。背中の壁が厚くなった。今はおそらく疲れの極限だろうと思う。顔の
頬はコケ、無駄な筋肉贅肉が削ぎ落とされていた。
面打ちが確かに正確さをまし、打ちが早くなっていた。一日三回の稽古は伊達では無
い。
剣客は今日も三番目に掛かってきた、本日のメンバーは十五人。そこで熊は剣客に基
本の面打ちを20分時間を割いて指導をする。頭と腕から出る面打ちの癖が中々抜けな
い、腕と頭から、飛んで出るので、尻が後ろに引けて残る。だから逆にスピードが落
ちて、腕が先に出るので、刺し面になる。
剣客の後ろではタケノリと、トモ子が、「アッ、尻が又残った」と激を伸ばすので、
剣客も手が抜けない。笑。
剣客と熊との稽古の後剣客とユウノスケの稽古が始まった。丁度アヤコが熊にかかっ
ていたときだが、熊がちらちら其処を見るので、アヤコが、怪訝そうに、其方を見
た、アヤコには大変し失礼な事をしたのでその後、アヤコに真剣に稽古を付けた。
熊が丁度見ていた時、剣客と、ユウノスケの立会いが始まり、初一本はユウノスケに
完全に面を割られた。
其の途中はどんな稽古だったかは熊は見ていない。だが、60/40でユウノスケが有利
だった。最後の1本も面を割られたらしい。それは剣客が夕食後、言っていた。
夕食後。剣客に「彼は、2年未満で、あそこまで行った。今お前が楽しんで稽古をし
ているヤスは一年未満だ。
同じ剣道でも、出来るだけ悪い癖を出さないように気をつけて稽古を積めば、どれだ
け進歩が早いか、分かるか?」と聞いたら、ユウノスケの一年未満の週二回だけの稽
古で、で自分が勝てないくらイに伸びれるということが、彼には驚きの何者でもな
かったらしい。「え〜〜うそ〜マジスカ〜」とにわかには信じられない様で有った。
「だからお前も真剣に、悪い癖を直さなければ、だんだん後から追い抜かれてしまう
ぞ」{ハイ分かりました。}
とは。言ったがどこまで自覚したかは定かではない。彼には彼で将来の夢がある。そ
の道もだんだん固まって来たようだ。剣客には今後も夢を抱いて進んで欲しい。
85 小さな剣客 8
8月12日この日は剣客母のリクエストで、お土産を見に出かけた。母は、カナダ国旗
入りのニットの帽子をご希望で、4個買うように指示をして来た。母が其の品物を探
したのはガイドブックに記載されたものだ。
其の店は確かにグランビルマーケット内に有った。しかし、熊の心配が的中した。其
の帽子は宣伝用にガイドブックが勝手に載せたものらしい。何故なら、其の店は、名
前を電動ミシンで刺繍する店で、そこで、オリジナルのニットを編んでいるわけでは
ない。店員に聞いても其の品は見たことが無いという。ガイドブックは当てに成らな
い。
おまけに時期が夏だ。ニット商品は冬場の商品、今あるわけが無い。其の上、グラン
ビルマーケットは観光の名所。何しろ値段が高いのだ。そこで其の買い物は諦め、剣
客母にメールで事情を伝える事にして、次の指示を待つ事にした。
その次に出かけたのは、買い残した、キーホルダーだ。これも、DTの街中のお土産
屋ではなく、街中のデイスカウントショップだ。お土産屋で5ドルするものがデイス
カウントショップでは1$75Cで売っていた。
そこで不足分のキーホルダーをゲットして、次は、何処かの店でで写真集を探す事に
した。旅の想いでは、街中景色の写真集。プロが写した写真集はそれはやはり素人と
は違う。まるで、天国のように写してある。
そしてブックストアーで、素晴らしい本を見つけた。それを三冊買い、剣客にお前も
自分の記念に成るお土産を買えと、指示したが、僕は言いという。経済観念が、母と
はかなり違う。笑。将来ビジネスマンにしたい位だ。笑。
そこで熊も仕事の途中を抜け出して、買い物に出ていたので、食料品と野菜を中国人
街で購入して帰宅。
そこで剣客母にメールを打ち、そして店に戻る。其の途中、携帯が成った。剣客母か
らである、其の時思った。この人何時寝てるんだろうとね。
時々ハハコールしていることは知っていたが、どうかすると、化け物でも起きていな
い時間に掛けてくる事がある。日本の夜中の2時から4時?デ時々、頭が居たいのと
か、熱があるとか、体が震えるとか、言う。サイトに書いているからね。笑。熊は吼
えるぞ!!「あんた寝不足とチャウノ〜」と言いたくなる。爆笑。
ソンデマ〜ほざく事。熊に女の子が喜ぶ何かお土産を探せと言う。オイ、オイ、熊は
野生、ガサツ、硬派バリバリの番長男、自慢じゃないが、昔から女の子にもてた事が
無い。其の熊に女の子が欲しがるプレゼントを探せ?そんな繊細な心があり、女心が
解れば、もっと苦労をしないで、女を口説けたよ。爆笑。
で剣客の事を含めて、デスカッション、何と一時間は、時間オバーダチュウノ。笑。
でも何が欲しいか解ったから、今度出かけた時見てくるよ。
剣客の話が完全に剣客母に占領されてしまった。笑。其の夜、日本から来加中の八段
剣士との会食会があった。其の席で、Y八段もS八段も、「息子さん二人とも良い剣
道されますね」と仰っていただいた。
「やはり基本ですね、基本が確りしているから、崩れない、打ち負けない、イヤ〜良
い稽古になりましたよ」
{日本でやる、三か月分くらいの稽古をカナダで頂きました。笑}
「所で、あの、○○とか言う子供、JAPANと書いてあるので、何処の代表かなと
思っていたが、こんな子供が、JAPANを代表してくる筈が無いし、あの剣道で
は、代表されても困るしな〜、笑 アレは何処の子?」
(ハイ私が日本から引き受けた子供なんですが、試合には結構強いらしく、ただ親御
さんがどうもこのままでは将来伸びないのではと、考えられて、私に指導を託してき
たわけです。此処に来なければ殆ど毎週試合でしょう。)
「そうだろうね、夏場は試合が多い。あのままじゃ、将来問題だね。俺の所にも稽古
に来たけど、全然自分から打ってこない。一人前に、待ってんだよね。で仕掛けた
ら、小手なんか狙いやがった。小細工が利き過ぎている。」
{あれ位の時は、自分から積極的に打って出て、ガンガン掛からなけりゃ、気剣体一
致の体を作る。でなきゃ、将来絶対に伸びないね。今、基本を固めて、試合なんか勝
たなくても良いと思うんだが・・・中々今の日本じゃ出来ないのかもな〜勝ち負けだ
けに走らせる指導者が多いからね。}
(でも先生方は高校で教えておっられる訳でしょう、あんな生徒が入ってくる。それ
をどう指導されているわけですか?)
「ん〜〜、マア、一言では言えんが、中学で活躍してきた子供の半数以上が潰れるん
と違うかな?」
{そうですね、私の所にも中学で活躍した子が入ってきますが、活躍した子供ほど、
素直に癖を直せないで、直せば勝てなくなるし、止めていくのが多い。勘だけで稽古
している子供ほど其の傾向が強いですね}
(そうですか、運動神経が良い子供ほど危ない。私にも経験が有るのですが、世界の
ベスト8に入った子でも、今は剣道から離れています。だから、○○なんか、私のと
ころに来て、まだ出来ないまでもあれこれと言われて、今直し始めたばかり、本来素
直な子供なんで、何とかしてやりたいと思っているんですがね。)
「イヤ彼は、ラッキーでしょう。親御さんも良く決心したと思いますよ。」
稽古に出かける前、熊は注意をしておいた。どんどん自分から攻めて打って出ろ。打
たれて当たり前だから、元気のいいところを見せろ、しかし、何か躊躇していたよう
で、トモコ女子に後ろを押されてやっと、八段に掛かったらしい。気後れしていたの
か、遠慮していたのか?
熊と、前回三本勝負した後遺症が残っていた?とも考えられんが、やはり彼本来の癖
が出たと言うほかは無かろう。ただ、此処での収穫は同年代の剣友が出来た事くらい
か。
8月13日、日曜の審判勉強会にも、彼等姉弟は来ていた。朝から二人つるんで話して
いたから、仲良しに成ったみたいだ。これだけでもめっけもんかな?今日は誰と稽古
をしていたのやら?・・・・・熊は知らない。笑。
これから養心館の稽古だ、ユウノスケが帰ってくる。剣客と、ユウノスケが如何な稽
古をするか楽しみだ。
84 小さな剣客 7
8月11日八段稽古会。夜八時からバンクバー道場で行われた。
先ず他道場の批判をする積りは無いが、せっかく日本から八段が来ているのに、彼等
に指導をお願いしないで、手前味噌で、3段くらいの女の子が基本練成をしていた。
勿体無い事をするもんだ。
熊なら絶対に其の日は日本の先生に全ての指導を任せる。今までもそうしてきた。其
の方が、新たな発見があるし、人の指導法を学ぶ事が出来る。それと、自分達で気づ
かない欠点を指摘してもらえるからだ。
白熊も、横に居て、其の幼稚な指導を見て、「やはり知らないと言う事は怖いね。」
と方をすぼめていた。
其の指導をしている女性は、真剣に、一生懸命にからだを掛けて指導をしていた、マ
ア、それが救いだったが・・・・
剣客も其の中に混じって、打ち込みをしていたが、何を考えているのか?英語がわか
らないからか、素振り以外、完全に日本の悪弊そのままに打ち込み稽古をしていた。
困ったもんだ。苦笑。場所が変わり揚がったか?
途中で、白熊が見かねて声をかけた、熊も足の裏を見せて打ち込むなと激を飛ばし
た。意識が飛んでいた。
30分の基本?稽古打ち込みを終えて、7段以上が元立ちで、稽古会が始まった。この
地元の7段の元立ち4人のうち二人が熊の不詳の弟子。笑 皆それぞれ道場を持ってい
る。逸れにプラス8段が三名。ここでは豪華な稽古会だ。
地稽古1時間半のうち、最後の30分は指導者どうしの稽古とされていたが、40分足ら
ずで、生徒達が音を上げた。それはそうでしょう、7人の元立ちに、20人程度の掛か
り手では、相手にならない、それも殆どが初ニ段クラス、4段が3名しか居ない。でも
と立ちがお暇になりかけたとき、それを見ていた白熊がS八段に挑戦。
初心者ばかり相手にしていたので、S氏に油断があったか、立ち上り可也苦労をさ
れていた様だ。が時間がたつにつれ、壮絶な戦いとなり気迫のこもった稽古を展開
していたようだ。その後もほぼ白熊は自分のペースを崩さずに稽古が進んだ。
お相手は手数が多い。白熊は逸れに少し惑わされそうになりかけるが、
最後まで、気で押し、崩れる事は無かった。で白熊はY八段に並ぶ。
其の時にカナダの子供で、丁度剣客と同じ年頃の子熊に掛かりに来彼は13歳。この地
区ではマア、それなりに使う子供だ。このこの父親も剣道五段。この子の上に15歳女
の子が居る、この子はすこぶる元気で、気の明るい良い剣道をするので、将来非常に
楽しみにしている。他道場の子供だが、熊は目を掛けている。
弟の男の子と稽古を終えた後で、剣客と遣らせて、日本の同年代の子供の力を知らせ
る良い機会だと思い、
トモコに頼み二人で稽古をさせた。そ其の二人の稽古は、チラリとしか垣間見る事が
出来なかったが、後で、カナダの子供に聞いたら「強かった〜」といっていたので、
恐らく剣客はそれなりに頑張って、男の意地を見せたのか?
稽古が進むにつれて、熊の前にも並ぶものが居なくなり、そこで熊は下に下りS氏に
稽古をお願いする。
丁度、熊の前には、剣客がS八段に挑戦?していた。完全日本流に逆戻りで、チョコ
チョコ当てに行くので尚鴨にされる。マア、チュウボウが相手だから、相手も真剣に
は稽古はしていない。二言三言アドバイスがあったようだが、本人はそれんを理解出
来たかどうか?である。
そして
熊の番がきた、S氏は熊に上座を譲る、で稽古は、ここでは書かない。お互い10分く
〜15分らいはやったかな。
そのご、カナダ側の指導者が、日本の八段位掛かる。マア、これも書くまい。
ただ、七段八段に成ればもっと、一太刀、一太刀に心を込めて稽古をしても良いので
はと思った。
稽古後車の中で剣客が、「先生、打たれた後で何ぼ打ち返しても駄目ですね」。とは
剣客の言葉
それなりに見取り稽古はしていたのかな?だが今日の剣客の稽古は熊が見る限り感心
しないね。 単に地稽古になるとどうしても当てっこに逆戻りする。
やはり他道場では、負けず嫌いが表に出て、基本から離れてしまう。相当重症だぞこ
れは。
直すには相当本人の自覚と、回りの厳しい目がないと、勘単に逆戻りする事は避けら
れまい。日本に帰るまで、洗脳することはやはり無理かも知れない。
83 小さな剣客 6
オイ、オイ、オイ、オイ、ふざけんざね〜〜ぞお〜〜。笑
この82番を掲載したら、養心館のメンバーから電話が入った。
「先生、ビクトリアの八段稽古会はキャンセルになっています。」
(なに〜〜?)
「今サイトを見たので急いで連絡したのですが、行かれても無駄になると思います」
(なんでだ〜なんでキャンセルになった?)
「何でもシアトルからのフェーリーの時間が間に合わないそうで、取りやめになったそうです」
仕方が無いので、確認のためビクトリアのH先生の電話を入れた。
「ハイ、実はそうなんですよ、」
(では通常のUVICの稽古は有るのですか?先生は出られますか)
「いいえ、実は私も明日仕事が入っていまして明日、稽古は出来ないんです」
(そうですかそれは残念ですね)
H氏が稽古に出れない?では道具を持っていっても仕方が無い。
でもナ、正式にカナダ剣道連盟のウエッブサイトにまで稽古会の案内を出しておいて、ドタキャン?
子供の使いじゃ有るまいし、フェリーの時間何ザ、20年前から変わっちゃイネ〜〜ちゅんだよ。
そんな子供でも犯さないような、陳腐な計画立てていたのかよ。タク〜〜、ザケンジャネゾ〜〜と
言いたくなった。
だがな、こちトラ、3週間前から。計画を立てて、従業員に休みを代わってもらい、計画してたんだ。
いまさらドタキャンされたからと言って、計画が変更出来るか?てんだい。
それと、一度決めた事はトコトンやらなきゃ気の治まらない性分。初志貫徹で剣客を連れて行く。
何が何でも行く。雨が降ろうが矢が降ろうが、男なら、決めた事は遣る。という、熊の悪い癖が出た。
先ずその話は後にして、時間を追って話そう。先ず、9日の夕方養心館稽古会。剣客はちゃんと掃除を
していた。今日、黒熊が体調を崩したとか言うので、稽古に出てきていない。白熊は週一度の稽古だから
当然居ない。剣客に取り、お目付け番が居ないことになる。それではと仕方なく、熊が見ることにした。
仕方なく?と思われるか?実は熊には道場で仕事がある。それは、何と{チイチイパッパ}である。
チイチイパッパ?とは、幼少年、初心者の子供たちの指導、これは亡き女房がつけた名前である。
まあ、幼稚園の子供とお遊戯を遊ぶ如く、楽しく遊びながら剣道に触れさせていく処から彼女が言った。
それを熊が遣る。教士八段が遣るチイチイパッパ。熊の英知と、経験を全てだしてやるわけである。
もったいないと思うか、無駄と思うか、贅沢と思うかは、読者の方々の判断に任せるしかあるまい。
そこで剣客の稽古を同時に見て行かなければ行けないという状況になった。先ずは素振りである。
剣客は自分で治そうという意思が出てきたのか、それなりに問題点を注意しながら素振りをしているが
何しろ500本である途中疲れてくると元に戻りそうになる。それを熊が横から、「小さいもっと腕を上げろ」
「左手は鳩尾の高さ、剣線は顎の高さ、手首をもっと伸ばせ」と激を入れるわけである。
チイチイパッパもこのとき一緒に500本振らせる。もち論、彼等は適当に手を抜いてはいるが、それでも
懸命についてこようとしている。
熊には持論があり、剣道は素振りで作り上げる、と思っている。自らカナダで実践してきて、学んだ経験だ。
1人稽古でも十分に強くなれる。道場だけで遣る稽古以上に考えながら遣ることで、効果が上がる。
それを剣客に教えることが出来ればと考えて実践させている。
で稽古に入った。剣客は三番目に掛かってきた。マダ遅い。先輩剣士、に先に行けと言われてである。
マダマダ自覚が足らん。そこで、攻めて攻めて攻めまくり、息を上げてやった。マダ試合剣道で相手を見て
待つ気配が有る。自分から積極的に攻めて出ていない。稽古後それを注意した。
その日彼は巨人アレクスと稽古をしていた。192cm日本では中々お目にかかれない相手だ。
巨人は適当に剣客を相手にしていたようだが、剣客にも,もっと牙を剥いて掛かって行く気迫が欲しい。
剣客はマダ子供とはいえ、少し気迫にかける処が有る、それを注意しなければならない所だ。
剣道が、上手いということと、強いということは別物なのだ。その辺が理解できれば将来は明るい。
そして、稽古の終わりに、1人ポケ〜と立っていたので、呼びつけて。剣客に熊が三本勝負を挑んだ。
そして「どんなことをしても、何をしても良いから俺に勝て」と言い放ち試合が始まった。
結果は二本とも秒殺。剣客も案にたがわず、酸欠症候群的癖が有る。打突後に必ず気が抜ける。
其処を叩いた。そこで改めて1本勝負。
これも秒殺。これは熊が先を掛けた。彼が待ちの剣風だからそれを衝いた。そして帰路車で、
説明して諭した。何故まけたか。どこに弱点があるか、まけるには必ず理由が有る。それを考えさせた。
今日の三本勝負、八段が真剣に遣った勝負。彼に如何映るたかは熊の知る由も無い。
帰宅後、今日は神戸ステーキ、タケノリが「全部食べろ」の言いつけに、持て余しながら、全部食べた。
その肉の美味しさに目を白黒させながら。700gのステーキを全部平らげた。タケノリは900g以上平らげた。
さて10日の朝、5.00am起きである。6.00am家を出た、ソラは今にも泣きそうな空。剣客が出かけるときは、
何故かしら天気がよくない。フェーリー乗り場、トワッサンまで30分で着く。通常45分かかると思っていたが
意外とマダ交通量が少ない。途中で、フェリーの込み具合が表示された看板を見る47%と書いてある。
これで、7.00時発のフェリーに乗船できることは間違い無い。ターミナルで車を止めて順番を待つ。
フェリーは丁度7.00に岸壁を離れた。熊一行は最上階の展望船室に陣取り、おにぎりの朝食をとる。
外は風が冷たく、外に出て景色を眺める気持にもならない。とうとう降りだした。海上が白波を立てている。
どれで、、晴れろと念をかけて、眠りに着く。途中の島々の景色も今日は興味が無い。深い眠りに落ちた。
フェリーは1時間30分で、バンクーバー島、スワッツベイに着く。ビクトリアまで30kmの道のりハイウエイを走る。
雨はマダ降っているが、午後は晴れるであろう事は自信が有ったので、途中にある、ブッチャートガデンは
帰りに寄ることにした。雨の中を庭回りしても詰らんからだ。そして街中に入り、空は晴れだし雨は小雨に
なり、DTの中華街に車を停めた頃は晴れてきた。、9.00amなので、町はマダ静か、八百屋だけが開店準備
に追われた居た。
まだ、始まらない街中を色々と散策した。中華街に幅1M位の小路を見つけて中に入る。中にはブテイック、
骨董品や、床屋、楽器屋が有った。楽器屋の中を覗くと面白い楽器が有った。しかし見せはマダ開いていな
いので後で見に来ることにした。繁華街の店店もまだ開いていないので、一旦車に戻り、DTを一回りして、
又中華街に戻り一日駐車$6.50に車を入れて、其処から歩き始めた。そう大きな街ではないので、時間を
かけて廻るそのうち土産物屋も開店してあちらこちら見て廻った。
剣客に土産物を買わないか?と聞いたが、彼は買わないので、熊がビクトリアの絵葉書を買い彼に渡す。
それで、同行者が、チーズケーキの美味しい店が、ガイドブックに乗っているとの事で探したが無い。
もうすでに潰れていたのだ。よくあることだがガイドブックには宣伝費を払って載せてもらう例が少なくない。
だから、それを真に受けて出向くと、良く期待を裏切られる。熊はだからガイドブックは一切見ない。
地方ででレストランを探す時は、何しろ沢山人が入っている店、はやるには必ず理由があるからだ。
味が良いか、値段が安いか、量が多いか。先ず外れが無い。で、かの有名なエンプレスホテルの、
テイータイムに20年ぶりに入ってみたいと思った。何と値段が1人35ドル紅茶一杯が3500円?驚いた。
おまけに、エンプレスホテルはよほど観光客に荒らされたのか、一般人は入れないように様変わりしていた。
ゲートには監視員が付き、客以外出入り禁止なのである。時代の流れとは言え名門ホテルのロビーで、観光
客が大騒ぎしながら写真でも撮られたら、宿泊客が迷惑する、中にはそのテイールームに座りいかにもお茶を
楽しんだか如く、写真だけ写して帰る非常識な観光客が後を絶たず、苦肉の策として、監視員を置いたの
だろう。想像に苦しくはない。
こんな所にも、世界中の人間が自己中になり、自分たちの世界を狭くしている原因を見てしまった気がした。
そこで昼食はエンプレスを諦め、議事堂に行く。議事堂には案内役として、映画の俳優の卵たちが、100年前の
扮装で案内役を務める。説明言葉も、日本で言う、候言葉、古い時代の言葉で案内をしてくれる。なれない熊に
は聞きなれない。言葉発音だ。剣客は議事堂に感動したらしい。で、議事堂の中、外を散策して、レストランを探す。
海が見えるレストラン、ローズガーリックというイタリア系の店に入ることにした。客が並んでいたからだ。
その前のもっと眺めの良いレストランがあったが、値段も高く人も並んでいない。そこでメニューを見て、剣客に
自分の好きなものをオダーしなさいと。告げた。今度ばかりはme too で済まされない。
処が剣客はメニューが分からなかったのであろう、トーストだけ注文した。熊がそれでは腹が減るぞと言ったが、
それで良いといった。案の定出てきたブレッドは剣客の腹の足しに成るほどの事も無い。そこで熊が自分の
スパゲテイーとシーザーサラダを分け、おまけにガーリックブレッドも彼の皿に入れたやった。
勿論彼はペロリと平らげたが、後で腹が減ることは予想がついた。
午後は高級住宅地のオークベイを周り海岸に下りて、潮の満ち引きを見たり、石や海草を拾い遊んだ。
そして運転を同行者に代わり熊は仮眠をした。30分ほど走行して、同行者に起こされた。どうも道が違う?
それで、ガソリンスタンドで道を聞いたら、とんでもない方向へ車を走らせていた。笑。
で一路、帰路を目指して、ブッチャードガーデンに車を走らせた。何と入場料が35ドルこれのも驚いた。
中に入り、イギリス庭園、オランダ庭園の説明をする。剣客は「先生は何でも知っているのですね」と言う。
熊は、昔カナダに渡航して10年間生活のために庭師をした。その畑違いの仕事を学ぶために、此処に来た。
見取る稽古。その経過、経緯をはなし、何でも真剣に、真摯に
学んで、此処まで生きた来たことを話してやる。
彼は海外での生活を得るためには相当苦労がある事を知ったようだ。
だが。このブッチャードガーデンはどうも失敗だった。なぜなら、剣客は男の子、あまりお花畑には興味がない。
早々の写真を撮り、帰路についた。上手くいけば5.00時のフェリーに間に合う。処がどこを如何間違えたか、
ハイウエイを逆方向に走り出す。途中で引き返したが10分くらいミスをした。波止場に着いた時は5.00のフェリーは
満席、仕方なく6.00のフェリーを待つことにした。
フェリーが後れること10分で港を出て、又最上階の展望ルームで座る。剣客に話をした、将来どんな方向に
行きたいのか?彼は黙り込んでしまった。沈黙の後。彼は「先生腹が減ったので、何か食べ物を探して来て良いですか」
「
ああ、行っといで。」彼は話をはぐらかし、出て行った。空ははれ、海風が気持良いので熊は甲板に出て、風に吹かれた。
マダ、剣客には自分の将来の希望と現実が一致して居ないのかも知れない。マア、無理も無いのだろう。
焦ることも有るまい。マダマダ考えも変われば、希望も変わる。それが若さだ。未来は何れにせよ、前途洋洋だ。
フェリーは20分遅れで、本土に着いた。7.50PM食事を考えて熊は一路DTに向け車を走らせる。昨日開店した
焼き鳥屋に開店祝いの口上と景気つけに寄る事にした。剣客は、焼き鳥どんぶり、焼きおにぎり、焼き鳥セット
を食べて、熊がおつまみに注文した、から揚げ風の鶏軟骨をお変わりした。剣客は母が言ったように鳥のから
揚げがあれば一年くらいは暮らせそうだ。カルピスと焼きとりでは気分も出ないだろうが、
マダ子供だから仕方が有るまい。今日今晩こそは八段稽古がある筈だ。まさかドタキャンは有るまい。苦笑。
82 小さな剣客 5
剣客が段々此方の生活に慣れてきた。一人で近くのスーパーやコンビにも出かけてい
るようである。又、絵葉書も買い足しに電車で出かけたようだ。
5日の土曜日は、バンクバーの花火大会がある。これは毎年4カ国が参加して行われ、
音楽に合わせて花火を打ち上げて其の芸術性を競い合うもので、単なる花火大会とは
趣を異にしている。
バンクーバー周辺都市の全人口が170万人、この花火を見るために出る人口が100万人
を超す。 終了後、街は人で溢れ返り、交通が完全に麻痺?状態になる。
今年は中国と、メキシコが前評判が高く、我々は最後のメキシコの花火を見に出かけた。
家からDTまでは電車、DTから、イングリッシュ湾まではバスを乗り継ぐ、しかし、
バスは会場手前2KMの所で、客を降ろす、それ以上は人で侵入が出来なくなるからだ。
花火は、日照時間の長い北国、10時の日没後に始まる、8時に家を出て会場砂浜に陣
取り待つ事一時間半。ようやく花火が始まった。熊達の席の前に陣取ったのは偶然に
もメキシコ人たちのグループ。テンションの高い事高い事。大騒ぎである。ラテン民族の
陽気さが溢れかえっている。
花火は予想していた以上に芸術性?音楽との適合性が完全なまでに一致していた、一
時間の及ぶ火の祭典は、感動の連続で、我を忘れて見とれていた。剣客はカメラを忘
れてきたようで、携帯で其の模様を写していた。で予想通り、メキシコが優勝した。前の
メキシコ人グループは、世界は我のものと言わんばかりの興奮状態。
問題は帰りだ。余りの人出に、歩く事もママ成らない。万一迷子にでも成れば大変な
ので、熊は、同行者と、剣客の手を握り、すり足で、会場を出る。歩けないのであ
る、押し出されると表現すればお分かり頂けるか。
通りに出てもそれは解消されなかった。やっとの事で、次の通りに入り、やっと人の
流れが出来、歩けるようになった。
余りの人出で恐らく電車が込む事だろう事がわかっていたので、熊の得意先の居酒屋
で時間を潰す事にした。小一時間熊は生ビールと同行者は白ワイン、剣客はオレンジ
ジュウスに鳥のから揚げ。その他食べ物、を軽く食べて時間を過ごす。
しかし、人の
流れが一考に少なくならない。で11.45PMを回ったので、席を立つ、電車の駅まで
歩いて30分ぐらいか?其の居酒屋の有る通りは、ニュウハーフの多いことでも有名
で、途中其の人たち専門のクラブの前を通りかかると、長蛇の列で、入店を待つ人た
ちが並んでいた。
男同士が、目と目を見つめあい、うっとりし抱擁している其の様は、熊には理解でき
ない。笑。剣客も逸れに気づいたようで、「アア、アレがホモですか」とあっけらか
んと言い放った。熊はわらてしまった。「この通りはそんな人が多いので有名なんだ
と説明した。」
そんな話をして交差点を渡ろうとした時、同行者と離れ離れになった。剣客は熊の後
をついて来たのだが、
バス停で、バスを待つもどのバスも満員で乗せてくれない。仕方なく電車の駅まで歩
く事にした。
そしてバラード駅に着いて驚いた、1km以上人の列。で、モウ一つ後の駅まで歩く
事にした。しかし、其処も長蛇の列。
仕方無くではタクシーに乗ろうと。駐車しているタクシーを見つけて行き先を述べた
ら、拒否された。
今ここまで込み合う時間帯、街中を走れば人間が右往左往していてDTにある駅にタ
クシーで駆けつける。其の方が回転が良い、なにも街外れに行かなくても料金は稼げ
るからである。
そうこうしている時、同行していた彼女から、電話があ入る、彼女は始発の駅まで歩
いたが其処も長蛇の列。そこで臨時バスの停留所を見つけた其処から、熊の家の近く
まで行くバスが出る。との連絡を受けた。2ブロック離れたバス亭だったので、剣客
と走った。
しかし、バスは出たところ、其のバスを追いかけていたら、又電話が入る、其のバス
の後に同じバスが出るとの事、で又バス停に逆戻り、次も満員だが、三台目に来たバ
スはさすがガラガラに好いていた無事座る事が出来た。帰宅したのは1.30AMを回っ
ていた。いやさすがに疲れた。楽しい後には苦がある典型を味わった。
其の疲れが出たのか、彼女は寝込んでしまう。日曜店から帰ると、顔面蒼白で、病院
に行きたいという、日曜の夕方である。緊急病院に自分の車で担ぎ込む。
先日から色々と気は使っていた。其の気疲れも出たのかもしれない。だが病院で安静
にしている間に、気分が収まりだした。しかし、念のため再検査をすることに成る。
其の為に熊は日曜の稽古に参加できなかった。黒熊が、剣客に指導をしたらしいが、
連続の打ち込みを遣らせたところ、剣客がうまくできなくて(当然)其の新たな事を
学ぶ事で嬉々としていたらしい。家に帰宅しても朗らかに笑い話をしていた。
そこで日曜の稽古を診て遣れなかったので昨日の火曜日は夕食後、竹刀の柄をを直し
弦を張替え、中結いの固定の仕方を教え、構え剣先の使い方、剣先が利くとはどう言
う事かなど其の原理を話した。剣客は始めての話をすると、嬉々として喜ぶ。
これをどれだけ覚えてくれるか、聞いたことはノートに書きとめておけといっておい
たが、まだ書くことにも成れていない。少しずつ、少しずつ進歩を見守るしかなかろ
う。
何故チュウボウニと言う意見もあるかもしれないが、何れそれを学ばなければいけな
い。今からおぼろげながらもそんな事を意識していくのも悪くはあるまい。
今週の月曜6火曜7の休みは何処にも出かけない。何故なら今週バンクーバー島ビクト
リアに出かける予定があり、其の為に休日返上で日程をやりくりしなければならな
い。ただ、月曜日にDTに出かける用事があり、剣客も同行させた、何故なら、剣客
は日本に持ち帰るお土産を見ておかなければ成らないからだ。
そこで、DTで車を土産物屋の近くに停め、繁華街を案内する。DTには結構日本の
店がある。言葉の不自由も余り無いのと、万一道に迷えば其処に行けば良い。そして
電車の乗り場も乗り方も再度教えた。
迷子になれば携帯に電話しろと伝えて、一人DTに解き放つ。
熊が帰宅すると。既に剣客はDTからも一人無事帰宅していた。お土産を沢山買い自
信に満ちた嬉しい顔をしていたね。
今週の10日に日本から、ビクトリアに山中、斉藤両八段がこられるとの情報が入っ
た。丁度、剣客にも機会があれば、州都ビクトリアは見せてやりたいと考えていたの
で、出かけることに決めた。ビクトリアは、バンクバーから海路1時間半の所にあ
る、四国程の島である。カナダの中では一番南に位置し、メキシコ暖流が沖を流れてくる
ために、気候が温暖で、多くのカナダ人がリタイヤー後の生活をこの街で送る。
街は古く落ち付いていて、州議事堂や、州立の博物館、エンプレスホテル、等もあ
り、風光明媚なところである。夏場の観光地としては、ロッキー山脈に次ぐ名所だ。
その町で剣道の講習会が在る。
剣狂の熊が出かけない訳が無い。勿論剣客も同行させる積りだ。
フェリーに乗るために自宅から45分掛けて、フェリーのターミナルに行く、朝7時の
フェリーに乗るとして6.00AM前には家を出る。この顛末は次回で報告する。一応本
日までの経過はここに報告できた。熊も安堵している。
81 小さな剣客 4
ウイッスラーでの食事は日本レストラン、剣客はうどんと鳥のから揚げ、を注文し
た。から揚げは彼の大好物。
熊は刺身の盛り合わせを同伴者と剣客の分を含めた3人前を注文した。剣客が刺身は
食わないと聞いていたが、何でも食わせてやろうと言うのが、熊流。だが、剣客は海
老の刺身は美味そうに食べたが、後の生魚には手を出さなかった。
剣客はかなり食べ物に好き嫌いがあるようだ。熊は食品関係の家に生まれたために、
食べ物の好き嫌いは絶対に許されなかった。其のお陰で何でも美味しく頂ける。剣客
も将来、強豪校の宿舎に入れば好き嫌いなど言っては居れなくなる。其の下準備?
(本人には大きなお世話)と思いながらも、出来る限り何でも食わせるように勧めて
いる。
この店の客の99%が白人なので、刺身類も品数が限られている。白人はサーモン
(鮭)ツナ(マグロ)はたべる。
だがその他の魚は名前を知らない事もあり余り手を出さない、むしろ、巻物に人気が
ある。
カリフォルニアロ−ルという此方流の巻物が人気商品。通常海苔巻きは、ご飯を中に
入れて海苔で巻く。
カルフォルニアロールはご飯を外にのりを内側にまき、ご飯にマヨネーズを入れた、
カニフレークを入れ外に白ゴマを散らす。
これが大人気商品になり其のカニフレークを作る会社がここ15年で急成長した。いま
や従業員100人を超す。
海外では何が成功の元になるやら計り知れない。
そこで、食事を終え帰路に着く、そして、今朝来た道を逆に眺めながら一路バンク−
バーへと車を走らせた、朝見た山々はまだ雲に一部かくれていたが夕日に輝き一段と
荘厳な風景になっていた。
海岸線を抜けて、高速道路に入った時、剣客の携帯が鳴った。ハハコールであろう事
は察しが付いた。
家に着き、其の日は何も無く終わる。其の後、竹刀を500本素振りしたかどうかそれ
は熊は知らない。
剣客の悪弊を治すために熊が仕組んだ稽古法だが、毎日たった10分間やるか遣らんか
は
本人次第。
熊は一切強制はしない。直す意志が本人に無ければ熊がどれだけ教えた所で直りはし
ないからだ。
8月2日は稽古の日である、稽古前に剣客はタケノリから5本目までの形を習う。覚え
の悪い子では無いので、カタチ動作は覚えたようである。当分はタケノリに指導を任
せたい。最終的には熊が最終チェックを行う積りだ。
さて2回目の稽古、やはり素振りの段階で悪弊が出る、竹刀を拳骨握りで握っている為
に、素振りの竹刀が面を打つ高さにならず、竹刀が立ってしまっている。
そのために、腕も突っ張り、ひじに余裕が無いので、軟らかい冴えた打ちが出来ない。
また、竹刀操作が右手頼りになり、左手がへそまで下りて来てしまう。左手が全く効
いていない。
そこで黒熊が横に付き、竹刀二本を持ち、片方を鳩尾の高さで、もう片方は
顎の高さに持ち、其処に向けて剣客に素振りををさせる。
左手が、鳩尾以下に下がれば、手が竹刀に当たり痛い思いをするのは剣客だ。
振った竹刀の剣先が顎の高さにまで振り下ろさなければ、手首が伸びず、打ちが弱
くなる。それで、竹刀が顎の高さの竹刀にあたるまで振り下ろさせる。あたらない
場合は、黒熊の竹刀が胴に飛ぶ。意識をさせる為にだ。
そして、剣客の右側から見ているので左手の握りの小指丘が柄皮の縫い目を外れると
激が飛ぶ。左手が頭上に上がり、肩を使わなければ激が飛ぶ。人間癖を直させるのに
はいくつかの方法があるのだが、恥ずかしい思い
をさせるか、痛い思いをさせるのが、
一番効果がある、恥ずかしい思いをしたくなけ
れば直せば良い。痛い思いをしたくな
ければ直せば良い。何しろ今は癖を直すことに
全力を傾けさせる。
その日の稽古は二度目の稽古ということもあり、剣客も幾らか心の余裕が出来たのか
自分から、相手を探し稽古をしていた。その中に、ヤスが居た。ヤスは彼と同じ年、
マダ一年未満の初心者。それとかなり長い時間稽古をしていた。道場では熊は剣客の
立場があるので注意はしなかった。
家に帰り食事の後、剣道日本の付録、DVD最強の高校の稽古方法を見せながら、説明した。
良い方法、悪い方法、何故悪いか、そして指導者の指導態度にも触れ、謙虚さが有るか、
指導者自身稽古態度、着装にまで話は及んだ。
そして自分が過去失敗した例なども話し、自分が強くなりたければ、自分より弱い相手と長々
と稽古をしては行けない事。自分から強い人に出来るだけ係り、自分から学ぶ姿勢を大事に
する事、剣道全般に渡り話して聞かせた。頭の悪い子では無いのでその辺は理解したようで
ある。
おまけにその日、食事が終わる頃、自分のさらに取った食べ物がさらに少し残っていた。
タケノリが言った。「お前自分で皿に取ったものくらい、きれいに食べろと、食べ終わってら自分
の食器は台所に自分で下げろ。」まるで熊の家が何処かの大学の合宿所の如く、
様相を変化させた。笑
熊がタケノリの父親を指導下のは丁度10歳離れていた。内弟子に来て、何も知らないタケノリ
を教育したのは白熊黒熊兄弟、丁度10歳くらいの年齢差。今剣客の生活指導はタケノリ、
丁度10歳違う。熊はそれを見ていて、何となく笑いがこみ上げて来た。因果はめくる?笑
タケノリも長男で男1人、剣客も1人。タケノリが熊家に来た時、彼は牛肉が食べられなかった。
実家が酪農家で、豚肉は食べるが牛肉には、抵抗が有った。それが今では何でも食べ食欲旺
盛である。おまけに、大先生方のお世話をさせた事で、稽古着袴のたたみ方、防具のしまい方、
お茶の出し方、行儀見習い、敬語の使い等で苦労をさせられた経緯がある。彼も何も知らず
にカナダに来た。15歳の時である。昔の自分と、今の剣客が重なって見えているようだ。
熊家では確り兄貴分の役割を果たしている。
剣客には、おそらく面食らう事ばかりであろう。しかし、その経験が将来、彼が世の中に出た時
に必ず約に立つと信じている。
80 小さな剣客 3
8月1日熊の休みを利用して、世界最大のリゾート地ウイ一スラーにドライブに出かけた。
此処は2010年冬季オリンピック会場に指定されて、開発が一段と進んでいる。
昨日から天候が良く無い、予報では、午後雨と出ていたが、熊は晴れるように昨日から念を
送り続けた。朝方厚い雲に覆われていた空に、西の海岸線から青空が覗き始めた。晴れる。
途中の道は山が海岸に押し迫り海岸線を九十九折れにうねりくねった道路が続く。それを4車線
の高速道路へと道幅を広げ、曲りもできる限り直線に作り直している。快適なドライブが出来た。
非常に走りやすくなった。全線開通すれば、かなり時間短縮が出きるだろう。
道路工事で道幅が広がり、路肩の雑木林が消えて、海岸線の景色の視界が広がった。
ちょうど島々を繋ぐフェリーが白い船影を群青の水面に映し、就航していた。リアス式海岸独特
の入り組んだ島影海岸線の景色は心を奪われる。で、剣客を見ると彼は寝ていた。笑
海と山路の境にスコアミッシュという町がある、元々は海のインデイアンと山にインデイアンたちの物々交換
の場所としてこの町が成り立ったと聞く。その約 3KM手前に、落差450Mの大滝がある。そこで彼を起こした
その前にあるレストランで、アップルパイでお茶にする。そのその庭に野生のウサギが草を食み、人を見て
も逃げない。そのレストランから滝の全容が眺められるのだが、滝全体を背景に写真を撮り後で、滝つぼに
散策することにした。春先は雪解けの水が瀑布となり、大地を揺るがすが、今は水量が少なく、静かに流れ
落ちている。
剣客はアップルパイにご満悦のようである、一休みして、トイレを使い、滝壷に散策に出かけた。此処も以前
自然道がついていただけだが今は駐車場も広がり、滝壺への道も整備され、見晴台も整備されていた。
そこで写真を撮り、一路ウイ一スラーに向け山路に入る。途中、海抜300Mくらい上がった所に、雄大な、
万年雪を頂いた、切り立った山並みが見る場所がある。標高3000M軽く超える山肌に食らい付くように、
張り付く氷河のブルーアイスがクレバスの口を開けている様子が見て取れる。この風景には剣客も感動。
日本では如何な山岳地帯でもこんな風景には御目にかかれない。富山の立山連峰を庭の如く歩き回った
高校生の頃、槍や穂高、剣、を登頂した。そんな山々が小さく見えてしまう。それくらい此処は雄大なのだ。
あまりにも荘厳すぎて、登頂してやろうなどと、いう大それた気持が湧き立たない。山頂が雲に覆われて
全容が眺められないのが残念だった。
道が思ったより出来上がっていたために予定より20分は早くウイ一スラーに付く、町の入り口で写真。
それで最近開発中の高級別荘地に車を向けた。スキー場全体が眺められて、下にはゴルフ場が広がる。
大きなログハウス郡に目を奪われて、しばし其処の景色に観惚れる。
街中に入ると、ちょうどマウンテンバイクの、祭典が開かれた居た。町中自転車だらけ、会場ではレース
の為の練習か、コースをアクロバット的に乗りこなす選手たちが競い合って坂を下りてくる。
そこで、でちょうど取引先の板前さんに出会う。「今日は観光ですか」の問いに剣客のために此処を見せ
に来たことを告げる。帰路、食事に寄ることを告げて、街中を散策する。
剣客の母から、お土産を買わせて欲しいとの依頼があったので、熊は街中のベンチに座り、剣客1人で、
お土産屋を散策させることにした。彼はあちらこちら廻ってみていたようだが、あまり感心が無いのか、
すぐに戻ってきた。
そこで其処に居ても時間がありすぎるので、もう一つ奥の町ペンバートンに出かけることにした。
昔熊は、カナダ住宅を日本に輸出していた。その時お客から、杉の大木で作ったログハウスを注文受けて、
この町に杉の電柱を作る会社があり、ログハウスに向く、真っ直ぐな杉材が簡単に手に入るので、職人を
仮に住まわせ、輸出したことがある。それでこの町を良く知っていた。途中の山並み、湖がきれいなところだ。
行程約45分、原住民の部落もある。カナダのそんな影の部分も見せることも勉強になる。そう、感じた。
行程の山並みが美しく、湖も美しい。途中グリンレーク剣客の写真を撮る。
ペンバートンの町外れの、インデイアン居住区で、一休みして、新たな道を探していたら、D'arcy の
看板が目に入る、120KMと書いてある。熊にとっても未知の世界である。行こうか?との問いに、ウン!!
一路北に向けて車を走らせる。道は2車線。舗装はしてある物の、凸凹である。周りに見える建造物は
送電線の鉄塔と、北に上る、鉄道の線路だけ、跡は、岩山と、其処に生える栄養失調の樹木だけである。
5分〜10分措きにすれ違う車以外、何者にも出会わない。地図の上にある小さな村の名前が、家が二三
軒見え隠れしたらその村は、もう通りすぎていた。走ること一時間半でその町についた。
町の人々の顔は全て、我々に似ている。町で一軒のコンビに?ストアーに寄り、情報を得る。
人口180人、全て原住民。店で散見される、白人は近くにキャンプに来ている連中だ。
食料品の買出しらしい。此処には美しい大きな湖がある、我々も湖畔に出て石投げに興じた。
静かでのどかな村だが、こんな処で何を成り合いにして生活が成り立つのか不思議な気がした。
観光の名所でもなく、ただ静かな湖があるだけ、しかし其処に建つ住宅はかなり洗練されたきれいな物で
驚いた。ペンバートンの居住区とは比較にならない。夏場には白人がキャンプに来るかもしれないが、
かれ等にとって邪魔者の何物でもないはず。それが証拠に、町の入り口に原住民の検問所が作られていた。
多分、道路エンドのこの町には何かお金になる、資源があるに違いない。木材か、鉱石か、何かが有るのか。
しかし、人間が何かを開発している気配はまるで無い。ただただ、静かなだけの町。
でなければ町がこんなに裕福なはずが無い。町並みに反し、落ちぶれて廃墟と化した教会が異様に映っていた。
処が其処の原住民たちが我々に意外なほど親切に、色々教えてくれた。湖を教えてくれたのは店の店主。
町の名前を教えてくれたのは中学生か、高校生くらいの若者だった。皆良い笑顔の連中で人なっ」こい。
まさに何者にも汚されていない、純朴な人間愛を感ずる穏やかな町の佇まい。しばし湖畔で遊んだ後、
ウイ一スラーに車を走らせた。ウイ一スラーに付いたのは5時。レストランは5.30から、でも先に入れてもらい
お茶を飲みながら、開店時間を待つ。
続く
79小さな剣客その後
剣客は2日めにして、バスと電車共通の回数券を自分で買い、ショッピングモールへ
と出かけた。
このショッピングモールは、バンクーバー最大のモールで、2000店舗以上が入店して
いる。
大型スパーが3軒あれば、デパートも4軒あり、12の映画館もあれば、数多くのレスト
ランもある。熊の家からは2駅で行ける。其処に連れて行った、目的は、日本でお世
話に成った方々に出す絵葉書の購入と郵便切手の購入。そしてフードコートでの食
事、全て自分で買い物をさせる経験のためにである。
電車と、バスに乗れて、食事が一人で食べられれば、何処にでも一人で行ける、行動
範囲が広がるからだ。
と言っても、絵葉書購入は言葉が要らない、黙ってレジカウンターに出し言われた金
額を出せば良い。
切手は何セント切って何枚とオダ−しなければならない。一番面白かったのはフード
コートで何を注文するか、ここカナダは、移民の国、色々の国の色々の食べ物があ
る、其の中から何を選ぶか、そして上手く逸れにありつけるか。
熊は最初、カナダでマクドナルドで注文した時、コヒーを注文したら、コラーが出て
きた。発音が通じなかったわけである。
そして、小さな剣客は何をオダーしたか、インドのカレーである、熊もインドのカ
レーを注文したので、それと同じ物を注文した。Me too とだけ言えば良い。中々利
口である。笑。
そして、其のモールの広大さ、外壁ガラスのビル、鏡の高層ビル軍と英語の看板を見
て、言った言葉。
「全てが外国だ」彼にとり、眼に飛び込む全ての物が異次元の世界に見えたに違いな
い。
そして帰宅した彼に待っていたのは白熊、先ず構えの重要性を説かれ、構え方、姿
勢、構えの原理を説明されていたが、そんなものがあるのかなと言う顔つきである。
初めて聞くことばかりだったようだ。とりわけ黒熊は姿勢にうるさい。中学生にと思
われるかもしれないが、正しい事を学ぶには早いほど良いというのが熊の心情だ。
そして3日目から形の稽古が始まった。指導はタケノリに任せた。タケノリは我が家
の内弟子。我が家の親子同然に剣道に取り組み、8年目になる。その間、熊が、日本
から招聘した、9段の先生方を始め、多くの先生方のお世話も経験している。剣道形
も熊がそれなりに指導を認めているのだから、それ成りの形は打つ。
剣客は1〜3本目のカタチを覚えた。ただ、まだ子供である、自分から教えてください
とは言わないので、熊が注意をした。
剣道は、教えられる事だけやっているようでは駄目だ、自分から求めないものには誰
も教えてくれない。だから、タケノリに、時間のあるとき又形をお願いしますと言え。
といったが、どうもシャイな性格で、タケノリにはまだ一言もお願いしていないよう
だ。笑
それで4日目に入り、バンクーバー、市内および、近郊、ダウンタウンの観光に出か
けた。 先ず一番初めに、ノースバンクーバーにある、リンバレー峡谷、家からわずか
20分で、静寂な森の中に着く。
歩く事40分、高さ30の吊橋、渓谷に流れる滝、其の滝壺に、若き自殺者の遺影が飾ら
れていたのには少し驚いたが、野生の熊が出るから注意のかんばんには、小さな目を
大きくして笑いにならない笑を顔に浮かべた。
剣客はどうも高所恐怖症であるらしい。吊橋から滝壺を覗く写真を撮ろうとしたが、
顔が強張っていた。
その次はバンクーバーの街発祥のガスタウンに出かけた、200年前の町並みが未だに
保存されている。
赤レンガの建物、石畳の道路、ビルの飾りの石の彫刻、蒸気時計、三角のホテル、
花々が吊り下げられた、古い鉄製の街灯。彼の眼には如何映ったであろうか。
それから、中国人街、其の街並みの一番外れにギネスブックに載る世界一幅の狭いビ
ルデイング幅1.6Mで、剣客が両手を広げて写真を取る。其処から歩いて、中華街入
り口の大門をくぐり、街中を行く、漢字だけの看板、街中が朱色に塗られた、街並
み、中国語だけ飛び交う雑多な店頭で、何が売られているか解らない代物が並び、漢
方薬の店の独特の匂い。魚屋、八百屋、鴨、豚の丸焼きまで、ウインドウに並び、そ
こで食事をする中国人。同じ黒い頭の人間の生活空間が、まるで違った世界をかもち
だす。彼には違和感があった様だ。
それから、ダウンタウンに入り、日本のラーメン屋で中食。剣客は味噌ラーメン、熊
は塩チャシューに餃子。剣客は美味そうに食べていたが、量が半端でなく、少し食べ
残した。餃子は苦手とか。でも2個食べさせた。
体が資本の剣道家は、食べ物に好き嫌いがあっては絶対に勤まらない。そう考えたか
らだ。
それから、スタンレー公園を車で一回り、空が曇り空なので、晴れた日にレンタル自
転車で、外周を散策する事にして、グランビルアイランドのマーケットに出向いた。
空模様が余りハッキリしない、時々霧雨が降る、そこで一軒の、ハンモック屋で。ハ
ンモックに寝る剣客を、白人女性店員と、写真を写す。大人なら、目じりを下げてに
やける所だろうが、剣客は相変わらず、ポーカーフェーイスで写真に納まる。
それから、グランビル通り周辺のショウネシーと呼ばれる地域の富豪の家並みを見
る。敷地最低1000坪の巨大住宅軍。古き良き時代の、佇まいが、軒を並べる。
それを見て、リッチモンドの我が社工場により、剣客に貸す、防具袋と、最近始めた
子供の道具稽古着を取り出す。剣客が我が家に滞在するに当たり、納戸にしていた部
屋を開けた。其処の荷物を工場の事務所に移したので其処にとりに出かけたわけであ
る。其の時は既に4時を回っていたのと、剣客が疲れている様なので、帰宅して休む
事にした。
30日は夜6.30から稽古である。熊は店から直接道場に移動するので、タケノリと黒熊
と道場に来る。
熊が着いた時には、床掃除、雑巾掛けが始まっていたが、剣客が手をこまねいて見て
いたので注意をする。掃除は自分から進んでするようにと。
最初の45分は居合いを抜くので、剣客には形を打たせる。覚えが良い、細かい小さな
間違いはあるにせよ、カタチは頭に入っているようだ。黒熊と熊が、3本目まで一度
手本を見せる、剣客は気迫の違いに驚いていた。
そして、剣道の稽古に入った、素振り500本から始まる稽古、剣客の素振りが小さ
い。見ると竹刀持ち方も可笑しい。そこで直したがそう簡単には直らない。、面をつ
けて切り返しが始まりこれも小さく角度も狭い。つまり、基本通りにやっていない。
回り稽古で、面打ちをやるに至っては、刺し面で、手と上半身から飛び出す。
熊は見かねて。丁度剣客が白熊のところに来たので、白熊に専従で全て可笑しいとこ
ろを全部直せと頼んだ。
養心館の生徒の連中の鋭い視線が光った。今まで誰もが、白熊を占領して指導を受け
た事が無い。誰もが羨ましいと思って仕方が無い事だが、そんな事にはかまって居れ
ない。
其の個人指導を見ているうちに腹立たしさを覚えた。それは、剣客に対するものでは
なく、其の指導に当たって来た人々のいい加減さにである。彼は試合に強いかもしれ
ない、又勝たせるために、サイボウグ的に訓練をさせられて来たに違いない。
動きを見れば解る、非常に鋭い動きをしているのだが、無理と無駄がある。だから打
ちも正確さを欠き、姿勢も崩れる。しかし、彼の本当の将来を考えると、今基本を固
めて置かなければ、明るい将来は無い。
剣聖と歌われた、持田盛治10段も言われている、基本を体で覚えるのに50年掛かった
と、熊も未だに基本を追求している。悪い癖は、早いうちに芽を摘まねば、後で大変
な苦労をすることに成る。今の小さな苦労か、将来の大きな苦労か、誰が考えてもわ
かる事だと思う。
だから、剣客はカナダに来たからとはいえ、今即強くなって帰るものではない。
いや、むしろ弱く成って帰るであろう。何故なら基本と言う手かせ足かせの稽古に
戻すからだ、ただ、それが何時の日か彼の身に付いた時、剣客は強くて美しい稽古
になる事だけは請合う。
だから熊は、心を鬼にして、剣客は不本意であるかも知れないが、カナダでは、徹底
して基本に帰る事を重点にした指導をすることにした。弱くなるのを覚悟でね。
78 小さな来客
今、日本から小さな剣客が来ている、彼は無口で、無表情、結構勝負強いと聞いているので、
ラスベガスにでも連れて行き、ポーカーでもさせれば大金を掴むかもしれない。
まあ、冗談はさておき、彼が入国をするとき、大変手間取った。というのは、何しろ子供の
一人旅である、どこに行くのかどこに泊まるのか、入国管理局では不審に思ったに違いない。
さらにに所持金が、ホテル、外食で、一月暮らせるほどの額ではない。言葉も分からない。
おまけに、通関をする前に電話をしていた。通常カナダでは、この年齢の子供は携帯電話等
持たない。それが仕切りと外部と話している訳である。不信感をもたれたであろう事は容易に
想像できる。そして、荷物を受け取ったと言う電話が有った後、交信が途絶えた。
日本で携帯を所持している、方なら、色々な機能をお持ちなので、相手の番号も読めるかも
しれないが、彼は日本の携帯で、国際通信が可能な機能を搭載させてカナダ入りをしている。
此方の携帯は、会話は受信できてでも、彼の受信記録が残らないので、此方から返信する
ことが出来ない。
機は11.50AMに間違いなく到着している。で、通常は30分もすれば、通関、荷受をして出てくる。
それが1時間経っても出てこない。1時間30分を越えて頃、不審に思い、空港サービスに頼み
小さい剣客を探してもらった。処が、004便の荷物は全て引き取られ、それらしき少年は居ない。
と報告を受けた。そこで考えられることは、移民局の審査に引っかかったとしか考えられない。
そこで、空港内移民局に出かけ、事情を話し、子供が居ないか聞いてみた、処が、検察官は、
入管前の人間がマダ200人以上並んでいるので、マダ分からないとの事、もう少し待ってみて
くれとの事だった。しかし2時間経っても出てこない。それで再度、移民局に出向き、絶対に
可笑しい。探してくれと頼み込んだ、そこで、自分の携帯と番号と、身分を明らかにした証明書を
提示しておいた。
待つこと事20分、移民間から電話で、剣客の素性、親の承諾の有無。渡航目的、滞在期間など等、
じぶんの身分もあわせて聞いてきた。それにこたえて、向こうがやっと納得したようで、10分後に、
大きな荷物を引きづり、疲れきった、顔の小さな剣客が、到着ロビーに姿を現した。
それで、剣客から荷物を受け取り、空港ターミナルを出て、車に向かおうとした矢先、その
母親から電話が入る。グッドタイミング、と言おうか、これほどのタイミングは無いという状況の
電話は、母親の霊感ともいえる、蟲の知らせか・・・・母親の力や恐るべし 笑
とにかく無事 熊の手元に剣客を引き取らせて貰えたので、安堵する。
マア、波乱な幕開けとなった小さな武者修行は、これからもどうなる事やら??
何らかの形で報告をしていく事にする。
76 ボケ防止
ここ最近、養心館がにぎやかだ。カナダと日本国の間にはワーキングホリデーと言う
30歳までの若者がそれぞれの国で生活体験交流のシステムが取り決められている。毎
年5000人程度の若者が一年間生活体験として、語学も学び働きながら、滞在できる。
其の中に、剣道の経験者が意外と多い。昨日の稽古でも、うら若き二人の女性が、稽
古参観に訪れた。
日本では高校まで続けていたそうである。
彼女等はカナダに剣道が在る事すら知らないで来たのだが、偶然何かの新聞で剣道の
存在を知り、思い出して遣りたくなったらしい。非常に結構な事だ。だが、問題が無
いわけではない、彼女等もそうなのだが、道具は持参していない。
そこで此方で、何とか工面をして、貸し出す事になる。しかし、実際に剣道を再開し
て、仕事に付くと殆どの子が稽古にこれなくなる。其の事情は、仕事である。ワーホ
リの若者が仕事に就けるのは殆どが日系レストラン。
夜の仕事になるからだ。何故なら、昼の仕事はカナダ人が働ける職場なので、そうは
仕事が無い。
おまけに、昼仕事につけるほど語学力が無い。
そんな事でかなりの若者達が、夜の仕事に付く。夜の仕事となれば稽古には参加でき
なくなり、其のうちにほかに興味のあることも出てくるので、大体2〜3回出てきて、
稽古参加が終わる。此方は道具回収に走る事になる。
今までざっと数えただけで20人は越えている。全てが同じパターンだ。ただ一人だけ
例外が居たが、彼女は週一回は必ず出てくる。現在移民の申請中だ。中には子供の頃
から高校〜大学まで遣ってきた若者も居る。中には高校に剣道特待で入りインターハ
イに出たような若者も含まれる。
そして一応に、若い頃に燃え尽きてしまった事を口にする。楽しくなかったと。だが
時間がたつにつれ、其の辛かった事も、薄らいで行き、剣道再開のきっかけになる事
が多いと聞いた。ただ仕事の都合で続かない。
又学生ビザで、こちらにきた学生の中で、此方の初心者の多い道場に行った場合、即
指導者として、君臨できるので、中々、養心館道場で稽古を続ける人が少ない。日本
を出るとき、先生の道場でお願いしますと書いてきた生徒がいつの間にか他道場で指
導していることに出会う。
中には何故初心者クラブに出かけるのか?聞いてみた事がある。中には簡単に叩ける
からと不埒な事を言った奴も居たが、大体は良い格好が出来るからと、何と無く英語
圏で指導をしていると言う錯覚に陥るらしい。
マア、どんな切欠であろうとも、剣道を再開してくれることは嬉しい事だ。こんな若
者達にも眼をかけて遣らねばと思っている。
それと、前に書いたことがある、9歳のケンちゃん、最近10歳と5歳の仲間が出来た。
お互い非常に良いライバル意識が燃えたのか、稽古を休まず熱心に出かけてくれる。
子供が熱心に取り組んでくれるから、此方もあの手この手で楽しく工夫をして稽古を
させる。やはり子供は、興味をいかに持たせるかで、上達の速度が極端に違う。
最近暑さのせいもあるが、帰りには頭から汗を流し真っ赤な顔をして、嬉々として
帰っていく。
熊はユウノスケを最後の直弟子と考えていたが、どうもそうは行かなくなって来たみ
たいだ。
まあ、熊としても純真な子供達と純真な心で剣道を楽しめることは、絶対に呆け防止
に役立つと考えているので、子供と初心に帰り童心になって剣道指導で遊んでいる。
ひよっとして、童心に返っている事自体が、既に呆けたのかも知れないが、マア、そ
れならそれで良いではないか笑。
75 剣道留学
ネットとは、人の輪を広げると言う意味では大変に面白い物である。
このサイトを開いて、1年半が過ぎようとしている、そしてアクセス数が、ぐんぐん
伸びて22222を超えた。
何故22222を書いたかといえば、其のぞろ目を取ったのは熊自身だからだ。それは一
昨日の夜の事。
最近一日大体100件くらいのアクセスがある。ブロバイダーは、アクセス数が多いの
で、もっと容量を増やせと、しきりに、催促してくるが、それとて、5ヶ月前に増や
したばかりである。これは機械が自動的にアクセス量に対して送信してくるらしいの
で、気にしないでくれと、此方の問い合わせにブロバイダーが言った。
それだけ沢山の方々が、熊の書いていることに興味を示してくれていると言う事はあ
りがたいことだと感謝している。中には、勿論、面白くない方々も居るかもしれない
が・・・
熊は、自分の本音で書いているので、面白くない方は、どうぞアクセスをご遠慮頂き
たい。
さて、本日の本題。このネットなる物で、知り合った一人の中学生が居る、わずか半
年余りの交信で、カナダに剣道留学?(そんなシステムも無ければ、学校も無い)し
たいと言う事になった。
処が、其の希望を聞いて此方は快くOKを出したのだが、先方の事情があり、中々そ
れが決まらない。
それで、熊には解らない事バカリなのだが、先方ではもめにもめたらしい。此方とて
彼が来るなら其れなりの受け入れ態勢を準備しなければならない。わずか、夏休みの
一月とはいえ、此方の生活時間がそのことにより完全に束縛されて仕舞うからだ。他
人様の、お子を預かると言う事は此方にも其れなりの覚悟が居る。
五月に始まった、留学話が、彼が渡航希望する、二週間前にやっと決定になるとい
う、おまけが付いた。
其の中学生の父親から、正式の依頼状が届いた。熊は、「おお、やっと決心が付いた
か」と言う感じだった。
恐らく、回りからの雑音も両親に迷いを生じさせる原因になり、子供一人の初渡航不
安があった物と推察する。
この待つという時間、熊にとり、本当に長い時間に感じられた。何故そんなに迷われ
るのか、物事を簡単に考えて、成る物はなる、成らない物はならない、と考えて人生
を過ごしてきた熊には、そんなに迷われるのであれば、送らなくても良いのではと
サジェストさえした、処が、当の中学生は完全に来る気になっていた。
其の中学生は毎日毎日稽古をしている環境であるらしい、熊の処は現在週二回だけの
稽古だ。
ただ、ここで一言付け加えなければ成らないのは、確かに剣道では体を掛けなければ
成らない時期もあるし、体を掛けなければ会得できない事もある。しかし、熊が考え
るに、毎日毎日の稽古が本当に稽古になっているか?稽古ではなくて、単なる運動に
成ってはしないか?と言う事である。
むかし、野間道場の師範室で話された記実に、ある先生が、八段受験に落ちて、い
きまいて、憤慨をされたらしい、
「俺ほど稽古をして、これほど体を掛けて、やっている人間は他に居ないのに、何故
俺を八段に合格させないと」
其の時、某範士が諭されたそうである。
「君は体を掛けて運動をしているだけで、稽古をしている訳では無い。君は稽古の意
味を履き違えている。
君のやっている事は、単なる運動であって、稽古、古を鑑みる。つまり、考えて稽古
をしていない。だから合格しないのだ。」と叱られたと聞く。
それにあやかる訳ではないのだが、此方では日本のように毎日稽古が出来る環境では
ない。だけど、週3回の稽古でも、十分に、自分も生徒も、実力を伸ばしてくる事
も、昇段も試合も其れなりの成績を収めてきた。
逆に、環境が整っていない分、真剣に、眼一杯、取り組んできた積りだ。だから今が
あると思っている。(現在に満足していると言う意味ではない、精進は続く)
つまり、体を道場だけで掛けてきたわけではない、日本との環境の違いを逆手に取
り、考え、工夫をして稽古をして来た。勿論、一人稽古の重要さも、お陰で知る事が
出来た。道場で面を着けてやる稽古だけが稽古ではない。
自ら望んで、工夫をしてそして体を無理、無駄なく掛ける。そんな事を伝えてやる事
が出来たらと、考えている。
74 ヴィジター剣客
7/5日水曜日、前回の稽古で、香港の除さんが稽古に見えられた。
そして今日、7/9日日曜日、日本から伊集院さんが稽古に見えられる。夏場は来客が多い。
嬉しい事だ。
除さんは、大きく正しく面を打とうと努力されている様子が伺える。少し、負けず嫌
いが出て、打たれた後に、打ち返すことが、在ったが、総じて言えば非常に紳士的な
稽古で好感がもてた。
総じて中年稽古は硬さが出てしまう。ごたぶんにもれず、除さんも稽古が少し固い、
が今後楽しみな剣士である。来年には香港から、バンクーバーに戻られるそうなの
で、又剣道仲間が増える、嬉しい事だ。
さて、其の伊集院さんの稽古。九州は鹿児島の産、薩摩隼人である、東京は明○大で学び、
語学留学に3年間ほど滞在するらしい。一年ぶりの稽古とかで、基本打ちだけでも可也
辛そうにしていたが、地稽古に入ると本領を発揮していたようである。彼の剣風は中々、
性格のいい稽古をしていた。彼の稽古は、タケノリ、アキラ、若手達にはいい刺激になるだろう。
おまけにこの日は、飛び入りで、ヒトミさんが稽古に来た。初段だそうで、15年振りの稽古。
可也、張り切って参加だったが、基本稽古を終えた時点で、エネルギーが燃焼し尽した感じ。
その後、1時間正座のままで見学していたので、驚いた。剣道の素養はありそうなので、
これに懲りず、稽古の参加して、徐々に体と、体力を慣らしていってもらいたいと思う。
最近、剣友のサイトを覗いてふと感ずる事がある、それぞれ皆さんが、其の段階で感
ずる事を書かれている。
それを読ませていただいて、ア〜ア成るほど、この人は今この辺にまで来ているのだ
という事が解る。
詰まり、その人のアビリテイー、修行段階のレベルが手に取るように解るのである。
面白い事に、多少のずれが、あるにせよ、皆さん大体剣道修行で通る道筋が決まって
いるらしく、其の段階ではこの壁にぶち当たり、次の段階ではこの壁と、其の時々の
自分に抱える問題が顕著に出てくるのが面白い。
何故そんな事が解るか、何のことは無い、自分も同じ道を通ってきたからに他ならな
い。若し自分でも理解できない事で、悩み、考えておれれる人が居られれば、その人
は自分より上、と言う事であろう。
45年に渡る、剣道修行で、歩いてきた道のりは、自分にも其の段階段階に応じた壁が
ありそれを一つづつ、
攻略してきたから、今の現在の自分の剣道が在るのだと、皆さんのサイトを覗き、知
らされた思いがした。
73 日本丸
今年のジャズフェスも最高の天気に恵まれ無事に終えた。そして今日、やっとお湿りが来た。
お陰で今日は風が涼しい。殆ど毎年恒例のことだが、日本の練習船が来る。
今年は日本丸が来る。あの優雅な船影は東洋の美女にふさわしい、称号を得ている。
バンクーバーのバラードインレットに白帆を満杯に上げて入港する姿は何度見ても感動する。
其の入港時の歓迎レセプションの花束贈呈式に熊の孫娘に白羽の矢が立った。
其の日本丸が入港した日に船上では、地元有志を招待して船上パーテイーが挙行される。
そして、其の練習船の生徒、乗組員達の剣道部員達が養心館に稽古の訪れる。
其のパーテイの時に其のメンバーと対面し段取りを話し合う事になっている。
思い出せばこの稽古会も20年以上の経緯があり、昔は船上でコートを作り、手旗信
号で審判旗に仕立てて、地元剣士の間で交換試合が行われた。それが、熊が指導をし
始めて地元の剣士が上達するに従い、地元剣士の実力と船員達の間に断然力の差が出
てしまい、試合に成らなくなってしまい、稽古会に変わってしまった経緯がある。
白熊や、黒熊、アレックス当たりが、中学、高校生くらいまでは、何とか試合も楽し
めたが、今は、係りの方から、「又練習船が来ます、恐れ入りますが、又、遊んで
やってください」とまで言われるくらいになってしまった。
港と、日本語学校が近いので、船までの送迎が簡単、それと当然だが規律が厳しく、
稽古後9時までには乗船しなければならない。交剣知愛というが、以前寄港された生
徒の方々から未だにクリスマスカードが届く。
それと、今日香港の剣道家から電話が入った、ブラジルの剣道家、ロベルト岸川氏が
香港転勤で教えた生徒が今バンクーバーにきていて稽古に参加させて欲しいと連絡が
入る。養心館も中々国際的に成った物だ。
其のほかにも日本で18年間剣道を続けてきた剣道家からも稽古の要請があった。武
者修行、道場アラシは大歓迎なので、快く引き受けている。其のうち、来訪客で、既
存の道場メンバーを越える人数で溢れるかも知れない。そうなれば尚の事嬉しい事に
なる。剣道は良い。本当に良い。日本の子供の剣道離れが嘘のようだ。
72 師弟関係
いよいよ夏本番。ジャズフェステイバルも始まり、ここバンクバーは一番良い季節を 迎えた。
子供はもう既に夏休みに入っている。今年も何人かの生徒が日本に帰国?する。
皆どこかの道場で稽古を続けてくれるのだが、今回一人、ちょっとした冒険をさせてやろうと考えた生徒が居る。
ユウノスケ、熊が最後の直弟子として、指導をしようと考えた子供である。今彼は17歳、剣道暦、1年と9ヶ月
剣道初段である。其の生徒を、何と警視庁の武道専科に送り込もうと言うわけである。誰が考えても、
無謀としか思えないであろう。それゆえ、警視庁の先生がユウノスケの剣暦と段位を聞いて、驚いたそうである。
確かに、常識的に考えれば、1年9ヶ月でどれだけの実力があり、天下の警視庁武道専科の稽古に付いていけると考えるであろうか。
確かに無謀といわざるを得ない。常識的に考えればの話だ。 確かに多少無謀は否めないのだが。
処がこの熊は、非常識を看板にしている。笑。ユウノスケが一月と言う短期間ではあるが、
其処の稽古に付いて行けるだけの力を備えてやったと自負をしている。彼が養心館で稽古をするのは、たった週二回の稽古だ。
おまけに学校の試験が在れば稽古を休む事すらある。
誰が考えてもこの1年9ヶ月で、それだけの実力を備える事は不可能と考えるに違いない。だが、
熊は出来ると考えている。何故それが出来るか。手の内を明かそう。
単純明快なことだが、無駄な稽古はさせない。無理な稽古はさせない。無意味な稽古はさせない。
それと、悪弊を徹底的に排除していく。そして褒めて自信を持たせる。本人が剣道が好きになる。
そうすれば、どうしたら、強くなれるか、本人が熱心に考え出す。
それと。是が一番大事なことだが、剣道指導に関し、雑音が入らないと言う事。今のユウノスケは熊親子以外、
他の誰からも指導を受けていない。受けたとしても、熊が許可した人のみである。昔は、剣道を学ぶ時は、誓紙を入れて入門した。
他流を学ばないと。其の先生だけに教えを請うと。
今は時代が変わり、情報がありすぎて、雑音が入りすぎる。又先生になりたがる人も多い。生徒も親も八方美人になり、
何処からでも教えを請える物なら請いたいと、焦りにも似た、状況を呈しているからである。
詰まりインスタントに強くならせたいが為の焦りがそうさせているのだと考える。
だが、初心者の間こそ、ある程度の基本が確立するまで、確りと其の教えだけを守り、確りと身に着けていかねば成らない。
守破離の守を徹底して守るからこそ、師弟間に間磐石の信頼感が生まれる。
其の上で初めて、他流を学ばせに行かせる事が出来る様になる。初めから、あちこちの、他流のつまみ食い指導を受ければ、
受けるほど、師弟お互いの信頼感は薄れていくだけで、本物を学ぶ機会を逸するのである。
ユウノスケは、幸か不幸か、つまみ食いが出来ない環境で、育てる事が出来た。だから、熊は彼を信頼して、
他流を学ばせに、警視庁に預ける事が出来るのである。
71ある父兄の質問から
先日、ある父兄から、「熊先生はカナダに長く住んで居るのに、なぜ沢山の日本の先生方と知り合いなんですか?」と聞かれた。
何故といわれれば困るが、今まで、熊が日本中を廻って稽古をしてきたこと。世界大会で、3度審判をさせていただいて、大先生方と懇意になったこと。
それに、カナダは何と言っても観光の拠点、今まで沢山の剣道家が個人、団体で訪加され、そのお世話をさせていただいた事。
それと、稽古や指導に派遣された先生方とも稽古を通して仲良くなれる。そんな所でしょうか。
と答えて置いた。此処、バンクバーは今まで本当に沢山の先生方に来ていただいた。思い出すだけでも200人〜300人はくだらない。
団体でお出でになられる先生方は、余程でなければ印象に残らないが、それでもやはりその中の高段の先生方とはお稽古を通して、懇意にさせて頂けた。
本来此処で、お名前を書いても良いのだが、中には失念した先生方もいそうなので、それは失礼に当たるので伏せますが、そうそうたる先生方です。
勿論その中には、日本では地方の方々なら、よだれの出そうな先生方が沢山おられました。武者修行で、ご紹介している先生方はほんの極僅かで、
そのほかにも若手で、元気の良い先生方も沢山来ておられます。中には2度3度とおいでいただける先生方もおられ、その意味では、日本の田舎で、
稽古をしている方々から見れば、恵まれた環境に住んでいると、申し上げた方が良いかも知れない。
先日も、私の剣友、○葉ちゃんから、FAXで観光に一番良い季節は、とのお問い合わせ。すぐ電話で、お答えをしたのですが、今度は奥様と剣道を中心に、
少し観光を交えて、訪問の予定を知らされた。○葉先生は、ジーンと来る話で有名ですから、お分かりでしょう。先生は、偶然、
子供の頃の同級生が、バンクーバーに住んでいることを知られて、その方を訪ね、その折に稽古と観光をとお考えの様子。
○葉ちゃんは、今年は、USAとオーストラリア、そのほか、韓国、台湾にも出かけられるそうで、来年の話になるかもという事だった。
まあ、来年の話をすれば、鬼が笑うが、訪問いただければ、審判講習、形の講習、稽古で、こき使おうとひそかに考えております。
おまけに奥様も有名な方、東洋の魔女と歌われたメンバーのお1人。お話を聞けるのも非常に楽しみ。
先生は、よく宴席で、「オレの女房は魔女じゃネー、鼻もぴくぴく動かネー」と、よく皆を笑わせられておりますが、その魔女を如何にコントロールしているのか、
されているのか、先を取っているのか、取られているのか、剣道の奥深い話を、この機会に、ぜひとも解明しなければ成らないと考えております。
○葉ちゃんは冗談(上段)の名人。これは非常に良い酒の肴?熊勉の新たな資料。○葉ちゃん覚悟してカナダに来て頂戴。笑。
70養心館近況
長い間、京都大会と武者修行に時間を割いていたので、養心館の情報を書けないで居た。
5月から、稽古場、道場が変わり、日本語学校に移しての稽古。開始時間も早めた。 理由は幾つかある。
先ず日本語学校のある地域は、大昔から比べると、治安が悪い地域になってしまった。
戦前は日本人街として、隆盛を極めた地域であるが、街は人の流れで、移動をしてしまう。
今は、正直、中小商業の倉庫、作業場なり、荒廃して廃墟の感すら漂っている。
実際には、被害はそんなに多くはないのらしいのだが、何しろ近くの公園はホームレスの溜まり場と化してる。
そんな事が、人々に敬遠されている理由があるのだと思う。だが実際、彼らは何にもしない、人畜無害だ。
しかし、其の地区を気味悪く感じる人のために、夏場は、10.30PMまで明るいので、出来る限り明るい内に稽古を終えて帰宅出来る点を考えたのと、子供の稽古を考えた末である。
今まで夜8.00からの稽古では、終わりが夜10.00を回る。それから帰宅してでは子供の明日の学業に差障りが出てくる。だが6.30〜7.30なら、終わりがいくらか早くなるので子供が稽古に参加し易い。
実際にここ最近子供の生徒が増えてきた。それでなくても子供の剣道離れが大きいので、ありがたいと思っている。実際、子供の親御さんは子供に剣道を習わせたいと考えている方々が少なくないらしい。
たが、色々昔しと違い、親が忙しい?子供に剣道を続けさせるにはかなり親の負担,努力が要る。
何故なら、子供が自転車などで通える距離に道場は無い。親が車で送り迎えしなければならない。
それも、近いところで2〜30分はドライブタイムが掛かる。甚だしい場合は片道45分〜1時間掛かる。
よほど、剣道に魅力を感じていなければ、親も子供も続けられない。
それとやはり、文化の違いが影響していると思うのだが、カナダでは日本ほどの厳しさを求められない。
最近の日本の少年剣道界は、一部に異常と思える道場が数多くあるが。それでもある程度の厳しさは、求められて然るべきで在ると思うのである。それが、剣道の文化だからである。
親も其の厳しさを子供に求めて来ていると思うのだが、それが、我々の育った頃とかなりの開きがある。
イヤ、ここ20年ですら、開きが大きいように思う。其のギャップを如何埋めていくかが、指導人は悩まなければ成らない。親との根気比べが、原点になってしまっているからだ。
それと今の親は裕福になっている、夏休みは子供を日本に返す親が多い、子供の日本語を残す為にだ。
夏休みは、冬場と比べ航空券も3倍の高値になる。それを圧しても子供を日本に帰す。親も大変だ。
教育に金は掛かる、イヤ掛けられる時代になった。熊が子供を日本に帰したのは、移民10年後だった。
当時15歳の白熊を警視庁に預けた。それは当時、特殊なケースだった。黒熊が18歳になった時、彼もも預けた。大変な稽古。死に物狂いの稽古を経験させることは、莫大な費用と時には命を完全に預ける覚悟が無ければ出来ない。
今年も一人預ける予定だ。彼も命がけの修行を経験するに違いない。頑張ってもらいたい。そのほかにも、生徒が日本に夏休み帰国する。
だから、此方から、日本でも稽古を続けてもらう為の努力をしなければならない。
それもまた大変な話なのだ。
69京都大会 その8
時間のたつのは本当に早い、光陰矢のごとしとは当にそれ、京都大会から既に一月が経過した。
バンクーバーも真夏を向かえ、非常に爽やかな、季節を迎えている。
昨日は、久々に、スタンレー公園を二時間かけて歩いた。帰国後雑用に追われ中々歩く時間も見出せないで居たが、快晴に晴れ渡る空を見ていると、ふと世事から離れたくなり、潮の香に吹かれながら、軽い汗を掻いた。
さて、日本武者修行の続き、常滑の稽古会。事前にお願いしていた事もあり、沢山の参加があった。
それよりも、まず驚いた事は、鬼崎中学校の剣道場、試合コートが完全に二面取れる大きな道場。
其の床が非常にいい、多分スプリングが入れてあるのであろう、踏み込みの痛さが感じられない。
素晴らしい道場で、感心していた。お世話いただく数人の先生方と、名刺を交換して、すぐに稽古に入る。
総勢、20名くらいお相手させて頂いた。皆さん中々良い稽古を為さる、名古屋の昇段審査を控えているので、
掛かるほうも気合が入り、実に良い稽古になった。愛媛を出てから、毎日雨で、道具が乾かない。
稽古着も肌に重くジットリと濡れている。ここの稽古でもやはり飛ばすと息苦しさを感じた。
不安が少しよぎる。
そして稽古会の最後に一人の女性剣士が掛かってきた、この方には驚かされた、実に確りとした稽古だ。
稽古後お話を聞いたら、地元からPL高校、そして中京大学剣道部出身との事。なるほどと感心した。
稽古を終わり、着替えをしようと下がったら、二人の子供?の父兄から名刺を下さいとたのまれた。
(帰国後、子供をバンクバーに留学させるので、養心館に入門させて欲しい趣旨のメールが来た。多分その為)
そして、この日は通常より稽古を始めるのが早めてあり、稽古後に時間をとって下さいと頼まれた。
懇親会を、計画されていたようで、お断りするのも失礼と思い、参加させていただいた。
参加人数の多さには驚かされた。予約してあった居酒屋サンの部屋に入りきらない。
カウンター、や廊下にまで宴席が広がる。この店の娘さんも高校時代は剣道で鳴らした方だとか、皆和気藹々、楽しい時間が過ぎた。
そして、一日置いて、静岡へと場所を移す。午前中はタケノリの父タカマサ氏と久々に逢い、夕方藤枝に入る。駅には、西村先生が迎えに出ていてくれた。藤枝の駅は、以前と変わり、非常に近代的な駅に様変わりをしていた。確か以前に来た時は親父が稽古をしていたから6〜7年位前、変われば変わる物と感慨深い。
まずホテルに荷物を降ろし休憩、6.30PMに西村先生の車で、藤武館に向かう。ここは、羽賀先生の稽古の流れを汲む、養心会の方々も稽古をしている。つまり、全てが羽賀先生
の門下。
上の先生方は以前から顔見知りの方々ばかり、強い方々が目白押しなのである。
中学生の稽古が終わり、一般の稽古会に入り、いきなりツワモノたちが攻めてくるので、呼吸が息苦しい、蒸し暑さだけではない、何かがあると感じた。帰国したら、病院で検査をする必要があると感じた。
剣道家は体が資本、熊から剣道を取ったら何にも残らない。無理は厳禁と思うのだが、未熟ゆえ、攻め手が強面ばかり、掛かるほうも手抜きはしない。それはそうでしょう。
一応、養心館の跡取り師範?が稽古に来たのだから、兄弟弟子としては、目に物見せてくれようと(笑、皆さんそんなに意地悪な方は独りも居ない)ガンガン攻めてくる。でも其処は熊とて立場があるから、ガンガンお返しをさせていただく。稽古を終えた時は、疲労困憊。さすが親父の直弟子の方々は強い。
そして、ホテルに帰り、汗を流して、西村氏と夕食に出る。途中から、北村先生と合流、彼は、羽賀先生の長女のお婿さん。本来彼が、養心館を継ぐべきお人だが、公務と、藤武館があるので、養心館のお鉢が熊の所に来た
。彼はさすが親父仕込みだけあり、立派な稽古をされる。熊とはいわば、血縁の無い兄弟。
楽しい話に、夜が更けるのを忘れた。翌朝、親父に電話で挨拶をして、健康に留意して、無事で居るように頼み、名古屋に戻る。
さて、次は富山、荷物が多いので駅まで、坂井旭教士に迎えを頼む。彼とは言わば兄弟以上の付き合い。それこそ餓鬼の頃からの悪友?剣道仲間である。今回も彼の借家に世話になる。
今回の彼の道場の稽古会、人数を制限して中身の濃い稽古会を彼は狙ったようだ。もともと狭い道場。三組遣れば横がぶつかる。今度彼は床を張り替えたらしく、心地よい踏み込みが出来た。みな、一応に腕は上げていたのだが、同じ仲間だけで稽古しているので、ややもすれば、馴れ合いになり、気迫に欠けるきらいがある。
それを、敏感に感じたので、旭との稽古は、気攻めで追い込んで、手元を上げてやった。そして一言、
「コラ、手元が浮いたぞ!!」と叱咤した。これは、よほど気心がわからなければ、こんな失礼な稽古は出来ない。何、昔から、兄弟以上に付き合って来たなかだ、遠慮会釈も無い、其の方が奴の為になる。
一番怖いのは、彼とて教士七段、八段の受験資格すらある。先生として、胡坐をかいていれば、もう望むべきも無い。彼も、熱心に精進を積み、工夫を怠らないで居る。それが無ければ厳しい態度では臨まない。
どうせ彼も死ぬまで竹刀は離さない。それなら、厳しく叱咤激励するのが本当の愛情だと考えたからだ。
ところが、人間出来ていない奴は、叱られるとそっぽを向いて、出てこなくなる。こういう輩は、ホープレス。
お互いの信頼関係があればこそ、厳しい稽古も出来、厳しい指導も出来る。又、相手もそれに応えられるだけの、努力もすることがわかっていなければ、こんなまねは出来ない。
そして後日彼からこんなメールが届いた。「田舎で稽古していると、時々自分の悪いところに気づかないで過ごしてしまう、其の点、俺は幸せだ、必ず俺の悪いところを教えてくれる人が居るから。感謝します有難う。」と
熊に羽賀の親父が居る如く、旭にも誰かが居る。剣道の修行で、師匠ほど大事な物は無い。
そして、次の朝、富山県の審判講習会に出た。講師は、静岡の石川8段、言わば羽賀門下の兄弟子である。
気心は知れている。昼食も同室で取り、昔話に花が咲いた。「親父も年とともに口がますます達者で元気」と
地元で使える者の、羨ましい話に、何時までも元気で居てくれるなら、少々煩い方が良いと結論した。
熊は、富山は田舎とはいえ27年前に富山を出た。帰国のたびに富山で稽古はしてきたが、今回、旭の計らいで、講習を受けさせていただく積りで赴いた。ところが、開会式になると、富山の先輩師範から、熊に上席に座れとの指示があり、仕方無く、末席を汚す。
講習会、非常に学ぶべき点も多々あり大変有意義に進められたが、一応末席を汚す身としては、旗の持ち方、旗の上げ指し、扱い方などを、審判稽古を終了した方々にお手伝いで、ご教授させていただいた。
閉会時の挨拶に、県連副会長の中居先生から、熊の名指しで講師のお手伝いの感謝の意を述べられたのには驚いた。
その後の稽古会でも県警機動隊の若手を含む20人以上の方々と剣を交えて稽古を終了。
熊の前に挨拶に並ぶ其の人数の多さに、旭が後で、驚きの声を上げていた。
短時間で、沢山人に稽古をつけるのは何の自慢にも成らないが、限られた時間、幾らかでも熊と稽古をしたい方々のために、精一杯使わせていただいた結果である。人数を考えながらお相手したわけではない。
それにしても、時間のたつのは早い、気心が知れた剣友、仲間、楽しい稽古会ではありました。
これにて今回の日本武者修行は、完結にさせていただく。
今回お稽古を頂いた数々の先生方にこの場をお借りして、お礼を申し述べたいと思います。
有難うございました。
68 京都大会 その7
5月5日の朝は立会いがあるので、軽めの調整と考えていたが、元に立つと、熱心な掛かり手の為に、つい我を忘れて、稽古の没頭してしまう。
太鼓の後、九州のS範士にお願いした後、早々にサブ道場へ切り上げた。
サブ道場では、面を取り、一息ついていると、西村塾の磯ちゃんが、お願いに来たが、立会いがあるのでごめんなさいと断った。汗が引いたところで、試合用の稽古着、袴に着替えて武徳殿に入る。
そこで、其の日一番の立会いにでる、アメリカの田川氏の挨拶を受ける。
彼とは25年ぶりくらいの再会。昔彼はカリフォルニヤに住んでいた頃、一度漁師町ステーブストン剣道大会に来加、其の時以来。
試合後の懇親会で、彼はカラオケでプロ並みの歌唱力を披露した。曲は、大川栄策の山茶花の宿。
熊も歌は好きな方なので、彼の其の歌唱力に驚き、未だに記憶に新しい。
彼は、その後デトロイトに移り住み、同じアメリカ大陸に住んで、剣道をしているが、中々会う機会も無い。
熊の立会いは10.30AM頃、其の日は一番から立会いを拝見させて頂いた。熊の一番前が、警視庁の西川清紀教士、お相手は大阪府警の先生。
この試合、実に見事な立会い。改めて、西川氏の修行の深さを目の当たりにした。やはり一流は、物凄い見せ場を作る。
それに、良い刺激を受けて、熊も立ち会ったのだが、思うような立会いは出来ずじまいで終わる。
反省の多い立会いとなった。打突が4回。内3回は部位に竹刀が届く物の、一本に出来ない。
お相手に打突後、竹刀を巻き込まれて防がれてしまう。応じ胴があったが、間合いが近く、腹を切る。
冴えた打ちに出来なかった。まだまだである。精進あるのみ。
立会いが全て終わり、武徳殿の前で、東海大学の網代先生、元、筑波大の佐藤成明範士と写真を取る。また、これから向かう、四国愛媛の少年と、イワゴン先生とも記念写真。武徳殿前が混むので、タクシーは、500M位はなれた処から三人で乗り込む。
ホテルで、預けてあった荷物を受け取り、一路大阪港へ車で向かう。何度か道に迷いながら、無事大阪港について、フェリーの乗り場で、休息をしていたら、偶然、大分の、林8段から挨拶を受ける。
彼も昔カナダに住んでいた事があるらしく、、当時の思い出話に楽しい時間を頂けた。
フェリーに乗り、ビールを飲んだせいか、睡魔に襲われ、疲労も溜まっていたのだろうか、泥のようになり眠る。
朝、目が覚めて、慌てて、顔を洗い髭を剃る。下船準備に掛かり、かなり遅れて車に 乗り込んだ。
下船の後、朝食を取っていたら、お迎えの佐薙先生のご挨拶を受ける。
それから、新居浜に向かい、三浦先生宅で、ご挨拶。三浦先生には羽賀の親父が来賓で毎年お世話になる、全国規模の少年大会、三浦旗が一週間後開催される。親父も年で稽古が出来ない、その代わりといえば何なのだが、今回熊がお稽古に伺った。
そして朝9時から夕方4時まで、地元の中学生40数名に指導をする。先ず準備運動を兼ねた各学校の稽古を拝見して、できる限り、無駄な稽古?というより、いくつかの稽古を混ぜ合わせて時間の短縮を図る稽古法を指導。そして、先生方にも、短い時間で、出来る限りの効果を狙った稽古方を考えていただくように、参考例を示した。
子供達は嬉々として、基本稽古に励んでいる。気持ちのいい少年達。昼食時間に、ハローと熊の胴を撫でに来た、人ナツコイ、子供も居たりして、笑。
そこで頂いたのは、佐薙先生の母上が手作りのお弁当。巻き卵、鳥のから揚げ、大変美味しく頂きました。
一番心のこもった、お弁当に感謝感激。午後の指導も誠意一杯、勤めさせて頂いた。
子供達に、正しい、竹刀の持ち方で、正しい振り方をすれば、竹刀でも新聞くらいは切れることを教え、子供らも、わいわい楽しんで遣っていた。
大人の先生方も遣っていたが、中々上手く切れなかったみたい。笑。
意外と、高段者が切れない事がある。長年付いた手の内の癖。、まあ、参考にして頂ければ幸甚です。
その後、熊が書いたプリントを子供達に渡して、説明をして、子供の稽古を2.00PM終えて、指導者との稽古に入る。
中には、愛媛代表で、全日本にも出た、豪の者も居て、非常に良い汗を書かせて頂きました。
最後に、二人の子供と約束していたので、改めて稽古をする。一人の女の子は、非常に良い小手を打つ。
中々、良い感性を持った子だ。将来が楽しみな子だ。
男の子は、二度目の稽古。打突のスピードは凄いが、守りに入ると弱い部分が出る。今から、色々な処で鍛え上げられていく事だと思うが、信念を持って稽古に励めと、二人の子供に託した。
この稽古が時間を大幅に超過して、4時になってしまった。そして、5.30〜7.30PMまで新居浜武道館で稽古。
この武道館、歴史ある素晴らしい建物。大事に使って欲しいと願う。一日中稽古着を来たままの一日。
剣道家として最高に、幸せな一日を経験させて頂いた。皆々様に感謝である。
京都武者修行はこれで終わり。後は、愛知県常滑の稽古会と、静岡の藤枝の稽古と富山での稽古を書く。
67 京都大会 その6
4日朝稽古今日は、全剣連の申し合わせで、前半は元に立つ。故郷の剣士富山の片山 氏と、末永氏が来た。そのほかに、警視庁で鳴らした川原氏も掛かりに来た。彼は警 視庁を退職して、どこかの大学の事務局に勤めていると聞いた。、もともと警視庁の 特錬上がり、力はある。良い稽古をさせて頂いた。10人くらいお相手をさせていただ いたが、やはり呼吸がいささか苦しい。
其の後、範士の先生にお願いした。東京の福○範士、間が詰まるまで、手元を上げな いでいたら、稽古後、 熊の良い点は足を使うところだ、もっと、遠間から打ち込め、年寄りじみた稽古はす るなと叱られた。
そこで今度は、東北の雄、H範士にお願いした。やはり、自分から攻め入り、お相手 の動向を見てから動いた。 おおむね、熊の思いどうりの稽古ができたと思いきや、間を詰めて、動きが見えたと 思ったので、面に飛んだら、綺麗に、胴を抜かれて、万事休す。やはり範士はお強 い。
その次に、大阪の○田範士にお願いした、何処を如何間違ったか完全に熊のペースの 稽古になった。 後で、ご挨拶に伺ったら、イヤア〜、熊さんトロント以来のお稽古、腕を上げたとは 聞いていたけど其処まで上げたとは、お見事です。頑張ってくださいよ。と励まされ た。嬉しいやら、面映いやら。でも確実に範士の方々に手ごたえを感じた2日間の朝 稽古でした。
其の後、サブ道場に下りて、西村塾の方々とお手合わせ。ここで、本当は島亮ちゃん が出てくるわけ。熊ボケ。 新しく、仲間になった方々とも稽古をして、最後はガンちゃんと閉めくる。 処が其の後、新潟のキーチ先生ともお稽古を頂く、其の後、滋賀の赤胴すず丸先生と もお稽古を頂く。
その後、私なりに気づいた点を、キーチさんと、すず丸先生にお話をさせて頂いた。 至極ご納得いただけたようである。そして、まっちゃんが鏡の前で、立っていたの で、熊の考えで、竹刀の持ち方と、面の打ち方を伝授した。彼なりに工夫をする事だ ろう。
続く
66 京都大会 その5
京都其の4で、話が前後しているところがある。熊も呆けてきた物だ。3日の夜、武徳 殿から帰ると、親父がホテルのロビーで待っていた。それで、すぐ道具を置いて出て 来るからと、ロビーで待たせておいた。
タクシーを拾い、行く当ても無く何処に行きますかと尋ねたら、昔行っていた武徳殿 の近くのすし屋が良いとう。で、駅前近くのホテルから、武徳殿近くのすし屋に向かう。このすし屋は、親父が30年来行きつけで、なじみ。
明石の鯖のいいのが入ったと言う事で、お任せで、刺身の盛り合わせで、乾杯。親父 は日本酒、熊はビール。 其の後、勧められるまま、筍の煮付け、他何品か出してもらい、話が弾んだ。
親父がかなりご機嫌で、すし屋の親父に、俺のカナダの息子だと紹介する。以前にも 同行していたので、親父は記憶にあるらしく、以前に来た時の事を思い出し、「羽賀 先生、あんた幸せでっせ、剣道一本で世界中を回り、世界中に弟子が居る」言われて みれば、確かに、ブラジル、オーストラリア、アメリカシアトル、ニューヨーク、台 湾、カナダの朝岡。85歳まで毎年どこかに訪れていた毎年一年に海外旅行が2回。
親父も、本当に俺は人生に感謝しているよ。おまけにこんな良い奴が道場を継いでく れた。俺は自分の天命を楽しむだけ。だから、雅号を楽天とした。伯楽天、でなく、 羽賀楽天だ、ワハハハ、と駄ジャレていたが・・・。 かなりご機嫌で、ほろ酔いだった。
最後に握りで閉めてもらい、又タクシーでホテルに帰る。そして親父を部屋まで送り 届け、其の足で、西村塾に出かける。 部屋には遅れて入ったので、皆さんかなり話が盛り上がりを見せていた。西村先生 が、技の説明をして、 体の動きを説明する。彼は色々の研究をしていて、非常に興味深い話をする。何時も 楽しませていただく。 そこで、今朝一番にお願いしました、と言う、関根先生に挨拶を受ける。それで思い 出したが、お年の割りに、厳しい強い、お稽古を為さる方だと、記憶がよみがえっ た。
島亮先生に、何か記帳してくれと頼まれたが、無学非才、以前、親父に書いてもらっ て、我が家の額に入れてある、言葉を書いた。この言葉は、親父が、2代全剣連会 長、石田和外先生から親父が頂いた言葉だそうで、 「守愚、其の神の心を養う」と書かせていただいた。どんな意味ですか、と尋ねられ たので、 人間中々バカになりきれない。バカに成りきり、天地天命の真心を養えと、解釈をつ けた。
これは、熊が、カナダ剣道界での人間不信に陥っていた頃、この言葉を頂いた。真っ 正直に、真面目に自分に磨きを掛け、何時かは其の時が来ると自分を信じさせてくれ た尊い言葉であった。この言葉のお陰で現在の自分がある。といっても過言ではな い。いかに過去自分を励ましてくれた言葉であろうか。
それとこのとき西村先生に大変貴重な体験をさせて頂いた、歯の噛み合わせで、人間 の気迫がまるで変わる。それを目の当たりに見せていただいた事だ、先生は熊の噛み 合わせに問題が在る事は昨年から指摘を受けていたのだが、カナダの歯医者ではそれ が理解できずに、抜歯してもらえないもどかしさがあった。 今年も時間が取れず、お邪魔できないで居たが、来年は何とか東京に出て先生に見て もらおうと決心した。
だから、3日の時点ではまだ、島亮ちゃんとの稽古は出来ていなかったのである。熊
のアルチュウハイマーが出た。
続く。
65 京都大会 その4
京都3日目、5/2日は私用があり、休みを取った。良い休養になったが、5/3日は朝、6:00AMにホテルを出て、武道館に向かう。6:30AMからの朝稽古、 八段以上は元立 ちとなっているが、熊は京都は自分の勉強の場、毎年掛かる範士の先生にお願いする ことにしている。
今年から、前半は八段以上が元立ちで、後半は八段と範士が稽古をし、七段以下は七段 以下で稽古をすることに、成ったが、熊は下からだけ掛かることにした。
今年も、奈良のK範士にお願いした。K範士には毎年、翻弄されるだけで、稽古を終 えてしまう、そこで今年は、今年一年の精進を見ていただこうと、虚心坦懐で望ん だ、そして、何故毎年翻弄されるのかを考えた。
やはり打ちたいが打たれたくない心がどこかに働き、それが自分の心を曇らせるのだ と気づいて、今年は、自分から攻めて出て、先生、殺すなら殺してくださいと、開き 直った。
自分で言うのも可笑しいが、何時もと違い腹がくくれた。その結果、毎年のように翻 弄されないで稽古を終えられたように思う。自分ではある程度納得がいく稽古であっ た。しかし、稽古後、範士からは、まだお前は自分を大事にしすぎる、と叱られた。自 分では完全に捨てられた積りで居たが、まだまだ先があるようである。
その次に、かねてからの念願であった、千葉の○立範士にお願いした。立ち上がり は、お互い遜色ない攻め合いで出来たと思ったが、打突の後の次の立ち上がりが、範 士のほうが全然早い。というより攻めに切れ間が無いと表現した方が良いかも知れな い。三分後には、次の立ち上がりに完全に面を割られた。万事休す。
そして、三人目に、警視庁の範士の先生にお願いする。範士とは、長年入魂の間で、 思い切り良い稽古ができた。範士も、熊の腕を上げた事に驚きの賛辞を送ってくれ た。少し面映かったが・・・・自分の思いが通じた。
そして、其の勢いで、毎年指導を仰ぐ、東京のNの前に立つ。N範士には毎年出ばな面 だけのご教授を頂く。 そして、去年は、攻め合いの仲から、相手の心の起こりを打つように、無言のご教授 を頂いた。 処が、今年は完全に様相が異なった。気の練りあいの後、範士の心の動きを読んで、面に跳んだつもりだが、全て、範士の剣先が、熊の喉元を捕らえ、気が付いたときに は、壁際まで、押されていた。それを三度繰り返した時、範士は蹲踞された。
熊としては全く納得できない稽古で終始する。稽古後、御挨拶に伺ったら、中々積極 的なお稽古ですね。 良いですよ。と言われたが、何か違うところをご指導いただいたそんな気がした。 武講同窓会の稽古で、親父が指摘してくれた、攻めをもっと大事にしろ。其の教え が、現実となり、N範士をして、知らしめてくれたのでは無かろうか。
それを確かめたくて、次の日もお願いしたが、全く同じ結果に終始してしまった。来 年まで、もっと揺ぎ無い攻めを身に着けなければ、N範士の前には立てない。そんな 気がした。気位、気攻めそれが今年の熊の課題になった。
そして、稽古終了前に、サブ道場に下りて、西村塾の先生方と稽古をする。今年は、 島亮先生に翻弄される事無く、無事に稽古ができた。
午後は、道場連盟の稽古会があり、元に立たせていただいた。1時間半の稽古、汗だ くになった。 朝稽古にしてもそうだが、日本は蒸し暑い。汗の出る量が、カナダの倍なのではと 思ってしまう。 稽古開始後、体温が上がりだした頃、途中で、息苦しさを覚えた。これは今までに無 かった事だけに少し心配が出てきた。
空気が悪いせいか、タバコの煙が多いせいか、日本に来ると、咳が出て止まらなくな る。したがって、 呼吸困難を引き起こしそうに成るので、以前ほど稽古が飛ばせない。考えたくない が、やはり年かなと考えてしまう。
64 京都大会 その3
そして、京都2日目の夜は、武講同窓会の立食パーティー。乾杯の音頭の後、すぐ に、足が悪く、歩行が困難な親父の為に、好きそうな食べ物を皿に取り、親父のテー ブルに運ぶ。日本酒が好きな親父に日本酒を注ぎ、その後、親父の手元にある皿に、自 分の食べ物を取り、自分の席に戻る。回りの先生方と色々話をするが、時々、親父の テーブルに気を回し、食べ物が切れていないか、酒は大丈夫かと気配りをしながら、 閉会まで楽しむ。親父は身の回りの世話をしてくれる弟子が居るので、かなり機嫌よ く、宴会を楽しんでいたようである。 閉会の辞が終わり、部屋まで親父を送り届け、自分の部屋に戻る。4人部屋の同室に なった講習生ははじめての参加らしく、遅くまで他の部屋で飲んでいた。明日のキツ イ練成を知らぬが為か・・・・。
京都3日目の朝は8時から居合の練成に入った。班別は昨日と同じ,講師も同じ。 5人一緒に5本を抜き、次の5人と交代。その間に、自分たちの講師から、注意点を 聞く。 そして又、繰り返し抜く、それで、注意点を矯正できていなければ又さらに遣らされ る。 結構ハードに、絞られる格好だ。足腰がかなりキツイ。昨夜の同室の若い連中は、か なりきつそうにしている。 あたりまえだ。遊びに来たわけではない、練成が目的なわけだ。これもいい経験に なるだろう。
そして、45分の昼食をはさみ。午後からは、居合と、剣道形小太刀の練成に入る。
形の練成最後に、見本と言う事で、わが道場のトモコ四段が形を披露する。お相手 は剣道七段の先生。 少し、見せようとする気が出ているが、先ず先ずの出来。そして、大詰めに、M八段 と、熊が形を披露した。
その形を見ていた、親父から、お褒めの言葉を頂く。珍しい事もあるものだ。親父が 熊の形を見て褒めた。 その後、剣道の練成に入る、野正範士を筆頭に、伊藤八段、熊、M八段と4人が元に 立つ。
その掛かり手に、九州F県の剣士が居た。非常に稽古が悪い。あからさまに叩きに来 る。引き技、ごまかし技で、何とか当てようと見苦しい。おまけに打たれた後 で、打ち返してくる。熊は一旦稽古を止め、お相手に、叩き合いを遣りますか?と 尋ねた。お相手は、イイエイイエとんでもない、と言いながらも稽古態度が変わらな い。おまけに打たれても相手を認めず、熊の肘を叩いてきた。熊も若い、まだ青い ね、頭にきたので、けちょんけちょんに叩いてやった。
その稽古を親父が見ていた。案の定、叱られた。八段とも成れば、もっと鷹揚に使え と。それは解りますがね。 熊はやはり未だ未熟、稽古態度が悪いと、すぐカチンと来る。お相手の尊いお体を竹 刀と言う武器で叩かせて頂きながら、自分の心を磨く、その為には、お互いが謙虚に お互いを認めて初めて、稽古が成り立つ。 それを、傍若無人に、人を叩き台にして、自己満足だけで、お相手を叩く人、剣道本 来の理解できないお方は、此方もやる事にしています。目には目を、歯には歯を。
続く
63 京都大会 その2
さて、2日目の京都、朝、9.00時に、親父と武講同窓会、事務局長の水野氏の車 で、新田辺に向かう。 稽古会は会場の都合で、1.00PMから始まる。開講式で、全剣連からの派遣講師が紹 介され、班別に別れ、15人に5人の八段が着き、居合の稽古が始まる。熊には、新 潟の草間八段と、高知の三谷八段がついてくれた。草間先生とは若かりし頃からの旧知 の仲、歯に衣着せぬお言葉で、ご指導を得る。
熊の居合は、気迫がありすぎる。そんなに気迫で迫るのではなく、もっと簡単に切 りなさい、と指摘を受けた。 全剣連居合は、正しい太刀筋を学ぶもので、気迫で相手をぶった切るものではない。 もっと、簡単に切れ。 気が入りすぎると、ぎこちなさが出るようだ。三谷先生からは、熊に、何時まで六段 で居るのか、力があるのだから、七段を受けなさいとのお言葉、しかし、これが中々 難しい。外国からの真剣の日本持ち込みは困難を極める。
熊は、正直、居合は武士の裏芸、たしなみがあればいいと解釈している、本筋は剣 道。しかし、今回親父にも言われたが、居合も道だ、剣道と平行して学ばねば成らな いと、諭された。遅まきながら、又、自分を知る為に、段を受けなければなるまい。 そのために、新たな、真剣も用意した。2尺5寸5分、現代刀、1050g。
一つには、この草間八段とは、若い頃、同じ段で、勝敗を争った中、一勝一杯の仲。 外国に出た熊にはその後昇段審査を受けることにハンデイが出てきて、この差がつ いた。勿論、草間先生の努力は並大抵ではなく、九段大先生を父に持ち、人一倍のご精進の賜物で八段に成られた。その点は、三谷先生 も同じだ。
多分、今回、熊にこの若手8段、二人の先生を当ててきたのは、親父の意思が働いて いるものと思う。 親父は、熊の過去の成績やどの程度の居合いを抜いていたか、熟知している。熊に発 破を掛ける意味で、 当ててきたものと思う。又お二人も真剣にご指導を賜った。熊は、居合に着いて再考 を迫られる結果になる。
その後、剣道形の講習、総じて、居合いだけを学ぶ人は実際の間合いが理解出来にく い。そこで親父の発案で、居合道講習生全員に、剣道形を貸した。剣道形は、間合い と、気迫が学べる。 その点を、お手伝いさせていただいた。
最後に4:00PMには剣道の稽古会があり、久々に羽賀の親父に稽古を見てもらえるの で、事前に指導を仰いでおいた。ここでは、準講師の立場で元に立つ。稽古が始ま り、十数分たった頃、親父が杖を突きながら、稽古場に入り、熊の背中を叩く、何か なと、思い聞くと、胴打ちの後の足捌きを注意された。打った後、相手に背を向ける なと。
この足捌きは、左足に鍵があり、以前から稽古をしていたので、できるのだが、長年、 気を抜いた稽古で、元に戻ってしまっていた。だから、師匠は大事なのだ、自分で良 いと勘違いしている、稽古の中身をちゃんと悪弊を見つけてくれる。ところが、普通、八段とも成れば、自分の世界が在り、中々、指導は仰げない、悲しい性とでも言おう か。
そして稽古後に、後二つ、指摘を受けた。一つは、8段に成れば、争わない稽古にな らなければならない。 一つは。気攻めを大事にすること。(このことは、京都の朝稽古でも、痛いほど身に つまされる結果となる)この点については、後日述べる事にする。
熊は野生を自認しているせいか、打たれると、なにくそと、打ち返す、負けず嫌いな ところが、すぐに出てしまう。 それを戒められた、八段とも成れば、打たれても、もっと余裕を持ち、相手を認め て、鷹揚に、対処しなさいと。
気攻めでは、気位を大事に、相手に気で勝つこと、打ちで勝ってはいけないのだと、 言われた。 つまり、打ち急ぐなと言う事か、これはいまだ課題として、脳裏に焼きついている。 これらは、それなりに、理解が出来ていると、思っているのだが、それ以上の境地を 求められていると言う事であろう。心したい。
又、こんな指摘も受けた。八段とも成れば、気も、技も強い。だから、下を使う時、 気は緩めず、剣先を緩めなさいと。剣先も、気も張っていれば、下は入ってこれない で、つぶしてしまう事になる。 今それも考え中で、実際思考錯誤をしながら、あれやこれやと、遣ってみているが、 中々難しい。
つづく。
62 京都大会 その1
長い19日間のホリデー、武者修行を終えて,何とか無事にバンクバーへ舞い戻った。 驚いたね、たった19日、2週間半の旅行の間に、バンクバーは完全に真夏。 カナダの夏は日本と比べて早い。日本の雨と、蒸し暑さ、湿度には防具が乾かず、閉 口させられたが、 真夏日の、バンクーバーで寝苦しい夜を体験するとは思わなかった。
真っ先に、汗を含んだ、袴と稽古着を洗濯して、袴を脱水機に掛けて、半日もした ら、殆ど乾いていた。 袴の襞を、戻すのに、苦労した。それだけ此方は湿度が少ない、同じ地球上だが、や はり違いを感ずるね。
さて、熊は、一応バンクーバーに舞い戻りはしたが、旅行の後、片付けを終えると、バ カになって寝た。 合計、14時間。おかげで、時差ぼけからは、何とか抜け出せた気がする。 今晩稽古だから、それを終えると、完全復帰は間違いない。
処で、今回の武者修行、色々考えさせられる事が多い旅行であった。その点を、3つ に分けて、書きたい。
一つは、旅行記?稽古日誌的なもの。これを新着で書く。稽古の中身や、人との出会 いで感じた事、反省を含めて、つぶやきで書き、先生方から頂いた教えを熊の武者修 行で書きたいと思う。 おまけに今回、熊が、養心館ウエッブサイトを書いているのを、賀来先生が知られ て、寄稿分を渡された。 現在における剣道の腐敗を嘆かれて、君は正しい事を広げ伝える役割をして欲しい、 と頼まれた。
羽賀の親父からもわざわざ文面で書き記されたものを渡された。これは熊個人に書か れた教えであるが、 皆様にも公表したいと思う。これは八段に成ってからの修行について書かれた物であ る。
熊の未熟を嘆かれて?子を思う親心から出たありがたい教えである。 原文そのまま載せるので、皆様にはわかりにくい事もあろうかと思うが、熊なりの解 説を含めて書きたいと思う。
さて29日に京都のアパホテルに入り、シーズン盛りは、ホテル代も値上がりで、素泊まり8,000円を、10,000円。 おまけに、ホテル備え付けの、タオルで、体を拭いたら、肌が荒れて顔がヒリヒリ、 面の皮が厚いはずの熊の肌が負けた、おまけに足の踏み場が無いほど狭い部屋。旅行 かばんも開けない有様。二度と泊まるまい。 人の足元を見る商売、今の日本を見る思いがしたね。続く。
61 道場移転
CICが売却されて、道場が無くなり、浪人生活を、余儀なくされる。と、冗談で書 いていた。 以前から、話を進めていた話が、日本行きを前にして、慌しく話が決まり、何とか、 浪人生活をしないで済む。
新しい道場は、日系人の象徴である、歴史ある、日本語学校。古い建物を、一部記念 に残し、その横に近年近代的な建物が建った。そのホールをお借りする事になった。
以前はリトルトウキョウ,と言われた,日本人街の近くにある。20年位前までは、 日本人街的な名残はあったが今は面影も無い。殺風景な小工業地帯の中に鎮座してい る。
このホール、広さは今までの倍。試合コートが4面取れるくらいだだが、床がコンク リートの上に、ビニールタイルが張られていて、床は固い。まあ、浪人生活を思え ば、容認せざるを得ない。
広さが倍になった分、家賃も倍になった。これは皆で協力して、払わねばならない。 これも仕方が無い事だ。 とにかく、稽古場だけは、何とか確保できたので、安心して日本に行ける?
と思いきや、配達ドライバーが、他社に引き抜かれて、又、人手不足。本当にこんな 事で、日本に行けるか?去年も、京都行き寸前に、従業員が止め、てんてこ舞いされ た。ま、これは剣道に関係なく、不徳至りだ。 経営者は、ホリデーを取るなと言う、天の啓示?まさか、そんな事は無いと思いたい のだが????
しかし、其処は、頭のいい、白熊が、何とかしてくれるであろう。他力本願。苦笑。
しかし、この状態、何時どうなるか解らない。万一日本にいけないような事があれ ば、腹でも切るか?笑。
60 小林姉弟
ケイタが日本で剣道四段合格との知らせがあった。めでたい限りである。
熊はこの子に特別な思い入れがある。私の手元に来たのは彼が4歳の頃、姉、アヤ コと二人で入門してきた。 その当時、マルコメ味噌の宣伝に出ていた小坊主の顔が、彼の顔にそっくりで、く りくり頭にくりくり目。 本当に可愛らしい子供であった。未だにその童顔は抜けないで居るが・・・・。
彼らが小さい頃から剣道をする子の特徴とでも言おうか、成長するに付けて彼は器 用な技を使うようになる。 この子がはじめて熊から完璧に取った業は小手。その時から、小手のケイタの異 名を与えた。 彼も小手は、得意技の一つであろう。それに加え、彼が持つ小手返し小手は絶妙な 技で、大抵の人はもらうであろうと思われる。
彼ら兄弟が剣道を続けてこれた背景には、彼の母親の絶対的な影響と協力を語らずに は居られない。 彼女は先ず、絶対に稽古は休ませなかった。子供が風邪を引いていようと、見学だけ にでも道場に連れてきた。 家から片道40分の距離を10数年間一度も休む事無く遅れる事無く、週3回の稽古、 必ず参加させていた。
熊は今でも、剣道を全てボランテイアで指導をし、自分も道場使用料を会費として 払い込んでいる。 自分が剣道を遣りたいが為である。相手を育て、自分の稽古相手にする、その為に指 導をして来た。 だから、熊は、彼ら入門に当たり彼女にこう伝えた。「貴女が、お子さんを道場に 連れてくる事が授業料です。」
そして、彼女の道場通いが始まり、そして彼女は縁の下の力持ちに徹した。見事なま でに。 道場の催す大会などの協力は黙々とこなし、絶対にでしゃばる事無く、謙虚にただ一 心に、協力を惜しまない方であった。正直、私は彼女に人間として全幅の信頼を寄せ ている。
また、彼の父親は、東京の有名な和食の料亭で修行をした、一流の料理人である。修 行の何たるかを心からご存知の方であった。それも彼らには幸いしたのであろう。 この二方の信念には頭が下がる。 こんなご両親の子供を預からせて頂いたことは熊に取り無常の喜びである。育て甲 斐がある。
だから、熊はこの子らには、ある意味の自分の子と何等変わらない感情で付き合っ ている。 しかし、よくもマア、上手く育ってくれたものである。彼は、ここぞと言う一番は 勝っていると思う。 彼にもよく感動をさせてもらった。トロフィーの数も、白熊、黒熊に次いで多いので は無かろうか。
こんな風に育てた子が日本でも通用意する剣道家に育ってくれる。指導者としての 冥利に尽きる。 姉のアヤコにもカナダ剣道連盟の四段の賞状を3日前に渡したばかりである。 そして今度は弟のケイタが合格をした。嬉しい事である。 そして、ケイタ、新たな感動を有難う。そして、ご両親にも心からお目でとうを言 いたい。
59 道場売却
養心館、存亡の危機?、 と言うほど大げさなものかどうかは未だ解らないが、現在道場をお借りしている CICが売却された。 今まで、日本人中心に留学体制をとり、宿舎付きで英語教育に取り組んできていた。
開校当初、そのシステムが当たり、BC州のネルソンと言う田舎町に分校を持ち、か なりの人数が留学に来ていた。田舎町のタクシーが日本語で、町で一番安いタクシー と書いてあったくらいだから、街の文化まで変えてしまったと、言われていた。これ も、バブル期の産物の一つだった気がする。
ところが、雨後のたけのこのように、あちこちで、英語学校なるものが増え、競争の 激化、又、バブルの崩壊以後、生徒が段々少なくなり、ネルソンは閉校、ついには、 CIC本部校まで、閉鎖状態に追い込まれた。
我々が道場を借りた4年前は、未だそれでも生徒の数が多く、生徒の剣道経験者も稽 古に来ていた。 極端に人数が減り、少なくなったのは昨年。円安がそれに拍車をかけた形になった。
円が安いと、生徒に掛かる日本円の支払いが莫大に成る。US$103が現在$117〜8の差は大きいだろう。
それと、ワキングホリデーと言う若者対象の一年間働きながらカナダライフを経験で きるシステムが大きく響いたのかも知れない。このシステムも当初学校には行けない システムであったが、法律が改正され、3ヶ月〜6ヶ月は学校に行けるシステムにな り、何も留学の形態をとらなくても、気軽に生活体験が出来る様に成った。
我々は、道場をお借りしている関係で、こんな事を言うのも何なのだが、生徒の殆ど が日本人。指導する先生が幾ら白人でも、朝から晩まで日本語で話をしている学生。 本当の英語教育が出来るのか不思議であった。
後で分かった事だが、やはり、出来る生徒と、不出来の生徒には格段の差が出来るの だと聞いた。 出来る生徒はこんな環境の中でも、どんどん実力を伸ばし、駄目な生徒は、街に出て バスさえ上手く乗れない状態だったらしい。そんな、生徒が良く私の店にも来てい た。生後の試験の単位が取れなくて留年したと、 笑いながら話をしていた。そんな事柄も評判を下げた原因があったのかも知れない。
今、巷では、その英語学校がどんどん店じまいに追い込まれている。 養心館も閉鎖?の危機に立たされている。笑。ま、どこかに道場が見つかるまで、浪 人暮らしもマ、イイカ。
58 ケイタ帰省
昨夜、日曜日、稽古の参加者が26人を数えた。ケイタが一時帰国したせいかもしれ ないが、26人は最近にない参加人数。バスケットコート一面取れる体育館が、狭く感 じた。横で稽古している組に竹刀がぶつからないように、気遣って稽古をしたの は、CIC体育館で稽古初めての経験。
4人が初心者。2人が、面を着けたばかり。残る20人が、経験者。日曜の稽古は。7時から一時間居合いをやり、8時から打ち込 み稽古。9時から地稽古。全部を相手にしてやろうと、息き込んでで稽古をした。終わったのが、10時半。 本来、10.00までに稽古を終わらなければ成らないのだが、学校に生徒宿舎があるた めに、 ガードマンが、24時間在中なので、大目に見てくれる。これはあり難い。
しかし20人全員は出来なかった。しかし中には2回掛かってきた五段も居て、新品の竹 刀が1本壊れた。 一時間半、皆に真剣に稽古をつけると、かなりの重労働?稽古後は息も弾み、稽古着 が重い、重い。 恐らく体重1.5KGは落ちたはず。夜中に、足が痙攣を起こした。これも久々の事であ る。
最近、若い連中には遠慮しないで突きを出すことにしている。勿論彼らも突いて来 る。 突きは、まともに当たれば痛くないが、横に外れると、首の周りにKISSマークが 出来る。 一番大きい傷をくれるのが、アレックス、192CMの巨体から繰り出す突きは、それは 迫力満点。 殆どの連中がビビル。片手で、スッと突いて来るのが、ケイタと黒熊。
諸手で、確り突いて来るのが白熊、タケノリ、アキラ、ユウノスケ。しかし、ユウノ スケとアキラは、未だ宝くじ。 当たるか当たらないか、出してみなければ分からないと言ったところ。 そう言えば、トモコもアヤコ突いてくる。怖い、お娘ーチャンたちなのだ。 女性なので此方からは軽く片手で突く事はあるが、それはまれ。
アキラ、ユウノスケの突きは宝くじで、意外性でどうかすると見事にやられることが ある。 今日の一本に紹介されているアキラの突きが、まさにそれである。 ユウノスケにも一度突かれた、この二人は未だ突かないと、タカをくくっていたのが いけなかったということ。 油断大敵とはこのことなり。
だからそれ以後彼らにも突きはある物と考えて稽古している。こうして、若い連中が 力を付けて来て、熊を虐待しようと、虎視眈々と狙ってくる。,こいつらには、動物 愛護などという観念は全く無い。 それで、ついつい、熊も牙をむき出して戦う事になる。面白い限りである。 稽古後体重が落ちるのも無理は無い。
57 初心者
先日、バンクーバーの日系マガジンに、養心館が取材を受け、それが素晴らしい記事 になり、好評を得た。 そのためか、雑誌を見た方々から、入門の問い合わせが沢山あり、入門者が増えた。 ありがたい事と感謝している。
其の中に、研ちゃんという9歳の男の子が居て、一生懸命に頑張っている。少し太り 気味の体で汗一杯掻いて、可愛らしさを振りまいている。養心館では、学校の体育館 を借りているので、稽古始にはみんなで雑巾がけをする。
恐らくカナダで育った子供達は、雑巾がけなどしたことが無いはづ、それもゲーム感 覚でやらせれば、結構楽しみながら遣れる。もうすぐ、サイトに顔写真が載ると思う が、小さな子供が少ない今。貴重な存在である。大事に育てたいと思っている。
最近ヤス君が力をつけて来た。まだまだ打ち込み掛かり稽古だけの稽古だが、動きが 良い。彼も楽しみな存在だ。 後、アヤカとツバサの兄弟。素直な子供達で、良いセンスはしているのだが、稽古が 週一なのが痛い。 今やっと面をつけたばかりなので、動きも大変で、汗だくだ。 後台湾系の中国人も2り入る。
日本人で居合いに興味がある人も居る。にぎやかに成る事だろう。
それと日本では当たり前の事なのだが、カナダではあまり、紐を縛るという行為はし ない。 精精靴の紐?それです太最近はマジックテープになりつつある。 剣道のおかげで、結ぶ、縛るという文化も伝えられる。剣道はいい事ばかりなのだ。
56 熊の子剣道教室ビデオ作成
先日、大阪の堺市で剣道をしていた20の女性が稽古に来た。 大変、癖のない素直な稽古で、好感が持てた。二年ほど稽古から離れていたとの事だ が、中々どうして、 確りした打突を繰り出していた。熊は、あまり無理をせず徐々に体を慣らすよう にと告げた。 今度、一度日本に帰り、防具を持参で、カナダに戻り、1年間ワーキングホリデーで カナダライフを体験するのだと聞いた。姿勢の崩れない素直な稽古なので、養心館の 家風に合います。と、告げると、嬉しそうにしていた。
最近、日本のある父兄から頼まれて、養心館の指導をビデオ撮りして送った。 養心館のサイトを良くご覧になられている様で、熊の子、剣道教室ビデオ版を作って 欲しいとの依頼があり、それに応じたもので、性急に、素人で作り上げたので、大し た物ではない。
しかし、熊の子剣道教室には、あまり技術的な事は書かれていない。だからビデオで は、技術編として、我々が、羽賀先生から受け継いだ剣道理論、基本を元に、私なり に纏めて、工夫をした指導法を取り入れて映した。
決して、この指導法が良いと言うわけではないが、基本を確りと見据えて、基本通り 応用にまでつなげて行く、 指導方だと思っている。この指導法で、幾多の選手を育ててきて、間違いではなかっ たと自負している。
非常に簡単なビデオで、10分程度ではなかろうか?ビデオの最初に熊の顔がいきな りUPで出てくるので驚いた。とのコメントが寄せられた。別に熊の顔を売りにしてい る訳ではないので、それは。無視していただきたい。
そこで、英語で細く説明しているのは何方かとの問い合わせに、黒熊が英語で説明し て、模範を示している、と告げたら、彼の動きには目を見張らせる物があります、と の事だった。父兄のお子さんも見たらしいのだが、 其の動きに、目が釘付けになったとの事。マア、何でも参考にして頂けるので在れ ば、作った甲斐がある。
55 人間形成の道
最近、某サイトで剣道高段者への非難がすざましい。 特に八段と言うこの世界最高段位を持つ指導者と呼ばれる人間について、非難が集中 しているようだ。 思うところ、剣道の八段位は其の世界では苦労をして、謙虚に研鑽して、ある意味で 命がけの稽古をしてこなければ到達は出来ない。1%未満と言う合格率からもそれは 伺えよう。 それゆえか、勿論人それぞれだが、中には八段位を授理して舞い上がり、足元の見 えなくなってしまう御仁も居るやに見受ける。
剣道は、この世界だけで通用する資格である。何も人間的にえらい訳でも優れている者ではない。 あえて言葉悪く言えば、竹刀での叩きあいが人より少し上手いだけである。ところが、昔からの不文律と言うか、剣道即人間修行と裏づけされた伝統があった 為に、剣道の高段者=立派な人間的勘違いがまかり通ってしまって居るように思う。
これは勘違いも甚だしい訳ではあるが、これは、剣道人も猛省しなければならない所である。回りで剣道に接する機会のある人々にもそんな妄信を払拭して頂かなければ いけない。あまり期待をしてはいけないと言う事なのだ。
全日本剣道連盟が剣道理念として、「剣道は剣の理法の修練による人間形成の道である」と歌っている所にも、問題が在るのかも知れない。この理念を制定された中心人物に熊が信奉する亡き小川忠太郎先生が居られるの で、非常に残念な気持ちにさせられるのであるが、時代と共に良いものが消えていくのは時代の縮図なのだと自分に無理に言い聞かせている。
全剣連も段位の審査は、技術力を見ると位置づけて、人間性を見る試験でない事を打ち出している。確かに、中には素晴らしい人格者の先生方も居られるには居られる。熊自身、何人もの素晴らしい人格者を剣道の中に見てきた。
ところが残念な事に、其の人格者のトラの威を借る狐、では無いが、自分が偉いと勘違いしている御仁がいる事は確かだ。
これからの、剣道界、どのような御仁が、舵取り運営をして行かれるのかは知らないが、大きな岐路に立たされる事だけは確かなようで、余程ふんどしを締めて掛からね ば仕事は出来ないであろう。お気の毒である。
それにしても、昨夜の、白熊と黒熊の稽古はすざましい稽古だった。気迫にあふれ、真っ向からの真剣勝負。体力、技術、精神力の限りを尽くしていた。恐らく少年剣道だけしか見ていない方々 からすれば、暴力と見間違われるかも知れない。これだけの激しい稽古を経験していくのだから、人間形成に役立たぬはずは無いと思いたいのだが・・・。 奴らには人間的にも立派になって貰うための剣道をしてもらおうと、思いを強くした。
54 昔流
ここ、最近、2回の剣道大会があった。 それぞれ内容は、良い奴もいればイマイチの者も居た。で、勝ち負けの成績もイマイ チだったが、彼らなりに何かを感じたのか、やはり試合は勝ちたいと、考えているら しく、強くなりたいと言い出した。 それならば、絶対根を上げるなと約束させ、稽古を昔流の激しいものに変えた。
処が、タケノリが軽い肉離れを起こすわ、白熊が、足を痙攣させるは、長い間に 奴らの筋肉は、弱くなった?
しかし、道場全体の空気ががらりと変わった。勿論、中年、初心者は無理が利かない ので、グループを3つに分けた。 死んでも強くなりたいチーム。?(笑) 中年と、一部初心者で、強くなりたいけど、無理は利かない?(したくない)チー ム。それと完全に防具以前の初心者チーム。
それぞれこなすメニューは同じなのだが、気持ちの持ちようで、スピードと、迫力、 技の強さ、気当たりが違ってくる。 しかし、一寸の違いでも気持ちが緩めば事故に繋がる。それがタケノリの場合出てし まった。 奴は正直に体を掛けるからなおさらなのだが、気持ちに体が付いて行かなかった。 熊には自己信念みたいなものがあり、足の衰えは、剣道では致命傷。だから、足をガ ンガン使わせる。 手がどんなに早く動こうとも、足が利かなければ剣道は止まる。それを白熊も自覚し ているので、少し無理をした様だが、それは自分で克服しなければ成らないであろ う。
道場の空気が変わり、稽古に迫力が出てきて、良い刺激になっている。 嬉しいではないか、若い連中とまだまだガンガンやれる。 打たれて結構、打たれて結構。ただ、そう簡単には討ち取られてたまるものかと、思 いつつ稽古をしている。
53 スティーブストン剣道大会
2月、11日S道場の大会があった。 今回、養心館の試合成績は、いいとは居えない。 もともと、熊は試合の成績には興味がない。それは試合者、審判の、モラルが低く、 到底、人間形成などに役立つとは思えない内容であるからだ。
試合者は、いかに相手をだまして、下手な鉄砲数打ちゃ当たる式に、バタバタ鶏の喧 嘩の様相だし。 審判と言えば、良い格好しで、そのくせ、審判規則も知らずに、エコ引き、メクラ同 然の審判を平気でする。 人間性に欠陥があるのではとしか、思えない輩が多い。
事実、前回等、自分の道場の自分の娘の審判を平然とやる父親が自分の娘を優勝させ るお粗末があった。 それを、なんとも思わない所か、してやったりと、得意がる。、またある審判は、優 勝戦で、完璧なこてを消し、 相手方のかすった小手に、旗を揚げ、試合後、優勝選手に、「あの小手は危なかった な」などと話している。 それを、若手のやつらがツルンでやるから、始末が悪い。
そんな連中が審判をする環境で、勝ち負けを言っても始まらない。 だからここで行われる試合は、生徒の試合内容を検分するだけにしている。
昨日、一番に光を放ったのは、ユウノスケ、高々、一年半、(小学校で二年)の経験 があるだけだが、 自信に満ちた、試合内容は、目を見張る、上達を思わせた。 上の相手に、ひるむことなく、どんどん技を出し、良い審判の元でなら、形成が逆転 していたかも知れない。 其の負けた相手が、モントリオール、切っての稽古の虫。これも熊が目をかけている 一人だが、 この選手の上達も目を見張るものがあったが、ユウノスケは完全に其の上を行ってい た。
熊の教え子で、七段を持ってる男が、あんな選手何処に居たか、と聞いてくる始末。 教えて一年半だと告げたらびっくりしていた。 去年暮れ、初段を頂いたばかりの彼だが、三段の部に居ても、恥は掻かないであろう 内容であった。
今ひとつは、白熊の試合。相手に恵まれた事もあり、お互い見事な剣道を披露した。 剣道を遣る方なら、お分かり頂けると思うが、中京大学の、林範士の子息、D君が、 錬士六段が相手。 同じ錬士六段同士の戦いになったが、立ち上がりから、はじめの3分間はお互い一手も 出さずに、 ビリビリした気迫の攻め合いが続き、よくもあそこまで、お互いが我慢をして、溜め て居られる物と、関心をした。
延長に入り、かなりの時間対峙していたが、白熊が、攻めに入る瞬間D君がケレンみ なく、真っ直ぐ面に飛んだ。 白熊は、小手にあわせたが、面に勢いがあり、旗が揚がる。
しかし其の小手を打った白熊の姿勢は頑として首一つ曲がらない、崩れのない、姿勢 であった。 D君の激しい攻めに、微動ダニしない、白熊の構え。気迫に満ち溢れ、泰然自若とし た構えは、 白熊の平常心、不動心の境地の深さが、見て取れる試合であった。 打った、D君も立派な構え、立ち姿、確かな技前、やはり良い試合は、感動を生む。
ただ、この立会い、何人の人が理解できたか、京都大会でもそうはお目にかかれない 立会いであった。
結果は、白熊の負け。お互い今後の精進を期待したい。将来カナダの剣道会を背負っ て立つ事は紛れもない事であろうと思う。
52 取材
1/29の日曜日、養心館に雑誌社のインタビューが有った。 その記者の方は、写真取材にものすごい時間を掛けられて、初めから最後まで3時間 以上もの稽古に、お付き合いいただいた。そのカメラの数も3台、三脚を立てて、 ズームを使ったり、ワイドを使ったりされていた。 そして、数人の参加者からの意見や、情報を集めておられたので、どんな記事が出来 るのやら、楽しみである。
記者の方は、非常に物事の道理を見抜く力、聞き取る力がおありのようで、初心者に 指導する居合いの理法の説明に、至極納得されたいるようで、説明あるごとにうなず いておられた。
今まで過去、何度も剣道や商売の関係で取材を受けたが、此処までの写真取材は無 かったように思う。 カナダの、バンクーバーの小さな婦人用の雑誌である。どこまで紙面を割いた記事に なるのかは知らないが、 全ての写真を公開するわけでもあるまい、しかし、記者として、彼のプロ意識、仕事 に対する情熱。 ものすごく、剣道人として、教えられることが多い取材であった。
下手な剣道人の気迫も、彼の情熱には及ぶものではない。手を抜かず、コツコツと積 み重ねのその努力。 此処で学ぶ生徒たちの剣道の目的も、将来に向けての、人間としての情熱に、昇華さ れて行ってくれる事を、 祈るばかりである。
しかしこの日は参加者が久しぶりに多かったな。これは何でだろう??熱が入る過 ぎたきらいがあったな。 下手な審判に裁かれる試合なぞより、取材の方が、皆張り切るのかな〜。何となく解 らんでも無い気がする。
51 バンクーバー剣道大会
昨日、バンクーバー道場の招待試合が在った。今回非常に嬉しい事が在った。UBCの 大学に来ている、北海道大学の学生でS君、まれに見る正剣で好い稽古ぶりが目立っ た。端正な立ち姿、無理の無い綺麗な構え。 打突は鋭く、技の切れも良い。勿論、彼が優勝したが、大学の他の生徒には素晴らし い見本になることだろう。
彼の技前を見ていて優勝戦の審判を熊、白熊、黒熊の親子三人でやった。なぜなら、コノ二人が繰り出す技は、完全に今のカナダの一般の審判レベルを超えている。と感 じたからだ。対戦相手は。ビクトリア大学に来ている日本人学生、彼の技も早い、小柄だが良い稽古振りである。自ずと気の張り詰めた、良い試合になった。三人で審判に立った此方もお互い気が合う。此方も真剣勝負だ。見事に決まったね。やはり良い選手、良い審判が、良い試合を生む。
こんな生徒たちがどんどん日本から来てくれたら嬉しいのだが・・コノ試合の観戦に 来ていた、亜細亜大の一之瀬君が、今度の試合にお僕も出させてくださいと、おねだ りをしてきた。丁度締め切りが昨日だったので、 彼を登録して、S道場の大会に参加させる事にした。
最近、カナダの剣道界も沈下状態。こんな若者が大いに活躍をして、景気を付けてくれる事に感謝した。

それと、最後に行われた、シアトルとバンクーバーの指導者対抗戦。お互い11人 チームで行われた。 何とそのバンクーバー11人の指導者のうち7人が熊の直弟子。この事に気付いている人は居たのかしら? 自分自身でも驚いたのだが、25年の間に見えぬところで、カナダの剣道界に貢献しきたことを裏付ける証ではなかろうか。
50 審判講習会&合同稽古
一月も半ば、新着情報も50回を重ねた。 五十回記念ではないのだが、今日は少し嫌な事も書かなければならない。
昨日、西部地区の審判講習会が在った。対象は三段以上。将来に向けて少しでも審判 技術を身に付けて欲しいとの考えから開かれたものと思う。これは以前にも触れた が、バンクーバーで一月の間に行われる二つの試合に向けて、審判員の確認と勉強会 を兼ねた物であったはずだが、参加者が少ないのには驚かされた。
特に熊の目から見て、この人たちは絶対講習会を受けた方がいいと思われる連中が出
て来ていない事だ。
特に、四段五段六段連中に多い。
技が見れず、いつも運営や取りミスをしている連中で、一人前に先生面だけはした
い連中だ。
おそらく彼らは、審判規則も読んだ事も無いであろう。いやおそらく持ってすら居な
いであろう。
そんな連中が試合に成れば審判として出てくる。そして、態度のでかい事、でかい事。
イヤハヤ、何おか言わん。
熊は、今回講師でもなければ指導員でもない。営業中の店を従業員にお願いして
参加させていただいた。
勿論、熊自身の勉強の為である。白熊も、家庭サービス返上で、参加した。
黒熊も養心館の四段以上は殆どが参加した。V道場の若手は自分の道場主催と言う
事もあり、参加人数は多い。しかし○道場からは殆ど参加が無い。本当にそれで大会
ができるのかな?
ただ、熊は段位が段位になので、その場にて、この企画の本人、林、村尾、両先生か
ら手伝いを頼まれた。
この道発展のためである、快くお手伝いをさせて頂いた。勿論、此処に参加した各道
場の師範も手伝うのだ。
熊だけがお手伝いをしたわけではない。
その後、合同稽古が模様されたが、何と世界選手権に出るコーチ、選手が講習会
に参加しながら稽古に参加しなかった事だ。自分たちは強いから、こんな稽古では
相手に成らないとでも考えたのか、それとも、逆に恐れをなしたか。何れにせよ、こ
んな選手を送らなければならないカナダの世界大会の成績は目に見えている。
今回嬉しい事も在った、カナダでは女性NO.1の指導者的存在、W.中野(世界大会個人3位)が出産後剣道界に戻り、稽古に参加していた事だ。彼女には頭が下がる。彼女が
子供の頃から知っているが、稽古熱心で頑張りや。彼女の復帰は女性軍には心強い
限りであろう。だからか、今回非常に女性の参加者が多かった。
その内、カナダの剣道は女性軍がリードする時代が来るかも知れない。その頃は熊はもうこの世に居ないだろう。静かに成るだろうね。
49 事実上新年稽古会
総勢18名で始まった日曜稽古会。年が明けて、一週間が過ぎた。おとそ気分も抜けたので、そろそろ稽古に出てきたというわけか。久々に多い。
試合が近いので試合稽古の後、打ち込み稽古とそれから地稽古に入る。試合稽古では、審判に出る連中の練習を兼ねて、姿勢態度、選手の移動に応じて、審判の位置確認。有効打好突の確認、反則、つばぜり合いの確認、事細かに指導をする。一応4段以上が審判をするが、三段クラスが試合をすると見逃しが出る。そこで、自分が試合をしている積りで審判をせよと、激を飛ばす。まあまあの出来では有るが、審判は人が人を裁く行為、出来る限り間違いの無いように、しなければならない。
今回から、養心館では、専属のカメラマンが採用された。そこで新たに、コーナーを設けて、今日の一本と題して、それぞれのベスト打突を写真で紹介して行こうと、言うことになった。
多分、皆レンズを向けられると緊張して、好いうちが出せなくなるかも知れないが、それはそれで、いい精神修養になる。何でもチャンスがあれば何でも利用するのが熊流だ。
カメラマンに取り、シャッターチャンスを、捉える絶好の練習になるはずである。どんな写真が出てくるか見ものである。そこで、カメラマンからリクエストが入った。と、言うのは、その機会がどのような状況で成り立ったか、説明を可笑しく面白く書けと言うのである。それを遣ると、熊が稽古できなくなるので、其処は空想で?事実を見れたら事実を書く。でかくことにした。
こうご期待という所か。
黒熊が帰国、今日から稽古に参加する。日本ではあまり稽古が出来なかったという事。まあ、大した事は無いだろうが、にぎやかになる事だけは、間違いない。
近々圭太も一時帰国する、にぎやかになる。楽しみだ。
48 新年稽古会
明けましておめでとうございます。この言葉で始まった、元旦の稽古会、8人が参加。マア、人様がおとそ気分で、テレビを見ているときに、稽古に出てくるのは余程の物好き?
今日から、以前から特別に時間を設けて居合いを勉強したいと言う、生徒のために、一時間稽古時間を早くして居合いだけをやる時間を作った。以前は、剣道の打ち込み時間を削りそれを居合いの時間に当てていたが、どうも生徒の技の覚えが悪い。それで、白熊に学校と相談してもらい、一時間余分に借りることにした。そのために稽古開始、時間が一時間早くなった。
中には模擬刀を扱うことが初めてと言う者もいるから、扱い方、礼法、抜きつけ、切り下ろし、血振り、納刀を教えて、時間が終わってしまった。経験者は各自稽古をしている。
私の持論だが、剣道形を打つ時、刀の扱いを知って居るのと知らないのとでは、雲泥の差が出てくる。
笑え無い話がある、日本から、有る八段が来て、形の講習会をやった時、当地の七段の先生が、木刀の刃を下にして、帯刀姿勢を取っていた、というのである。それも初めから最後まで、その人物が、昇段段審査で、形に付いて、好評をした事がある。その好評を審査をしていた関係で、熊も聞いている。残念ながら、その事件が起きたのは、その好評をした、後だから、始末に終えない。勿論、受講者は苦笑を隠せないで居たらしい。熊はその講習会には参加できなかったので、見ては居ないが、数人の生徒から聞いたので、うそではあるまい。
刀の持ち方を知らない7段が居る。審判規則を知らない、7段が居る。それを是正しようと言う事が、今年からのカナダ剣道連盟が新たに取り組む事業なのだ。先生方が辛い時代だ。
後進のために正しい、道を作る。それが今年から、カナダ剣道連盟が、大々的に改革を進めようとする趣旨である。当然正しい勉強をしようとしない人は、置いてけぼりを食う。
置いてけぼりを、食いたくなければ、紳士に、謙虚に、正しい事を、学ばなければ成らない、学ばずして、人に教えるべからず。師弟同行の心が無くてはいけないと言うことになる。
少し、熊が話したいことから話がそれてしまったので元に戻す。刀の扱いも大事だが、熊がおろそかにしたくなかったのは、基本の打ち込み稽古である。その時間を削って居たので,当然初心者の進歩が遅い。熊は基本的に、基本打ちを重要視してきた。正しい打ち方で正しい打ち込みが身に付けば、息の長い強い剣道に成れると言う考えがあるからである。
持田盛冶範士10段が、基本を身に付けるのに50年掛かったと言われるとおり、正しい基本の上に立つ剣道でなければ、上達は覚えないと、確信するからである。
そこで、養心館では、羽賀範士に(全日本剣道連盟少年剣道基本要綱編纂委員に名前を連ねる先生です。)教えを頂いた基本を、細かく分析して、体に覚えこませる努力をしているわけです。確かに、初心者の間は、試合稽古や、地稽古だけやらせている人のほうが上達が早く見えるが、三年もすれば格段の差が出てくる。今までの経験と、実績に裏づけされて、今では一つの確信になっている。
所が今日、日本に出稽古している生徒から、新年の挨拶があり、こちらでは打ち込み稽古は殆どやらず、地稽古だけやるので、打ち込み稽古がしたいですとの事。
確かにそれは、羽賀範士も口に出されていた。熊が声を大にして言いたい。週三回の子供の稽古だけで、育ててきた生徒が、そこそこ日本の一流選手と肩並べて稽古できる。
基本動作の打ち込みと、、基本技の稽古、工夫を加えて、確りやれば、そこそこ、良い線にいけるのです。それを又、新たにやる、決意を確認した初稽古でした。
47 クリスマス稽古会
12/25日クリスマスデイ。昔、この日は、街が死んだように、静かだった。しかし、ここ最近クリスマスデイでも営業するところが増えてきた。
マクドナルド、スターバックス、半数の店が休み、半分が営業していた。それでも繁華街はほとんど休み。その中で営業している店は、人でごった返していた。
人々はなぜ。ほとんど営業していない繁華街に出かけるのであろうか?寒い木枯らしが吹くにもかかわらず、人出がある。人がたむろをする所に、人がまた集まる。
全く意味を成さない行為だと思うのだが、人間心理とは面白いと思った。くまは過去20年、クリスマスデーはスキーに出かけており、時代の移り変わりを、,街を徘徊して感じた。
熊が街に出かけたのは、休みの間に見ようと思ったDVDを借りるためにであるが、いいものは殆ど出払っていて、結局、街をうろついただけ。何のことは無い時間つぶし。
夕方、8.00pm 養心館に稽古に出かけた。4人集まれば良いと、思っていたのだが、参加者は6人。ご褒美として、名前を列記する、
熊、シンペイ、アヤコ、タケノリ、ミユキ、マキチャン。廻り稽古で打ち込みをやり、地稽古に入る、何時もと違い、稽古相手が少ないので、各自長めに稽古をして、
それぞれの問題点を指摘して、その場でやらせて見た。熊は途中からメンを取り、各自の横で、付ききりで、アドバイスをすり、教えられた方も、間違いをすぐに指摘されるので、
納得がいく様だ。稽古の参加者が少ない時ほど、お年玉が沢山当たる。やはり、剣道は、やった者の勝ちである。
だが、今、熊が心配していることがある、アニエス事、四国の剣道少年のことだ、昨日は一日中、稽古をしていたらしい。あさ9.00〜夜の9.00まで、練成稽古、練習試合、道場での稽古。
熊も昔、中高の頃、夏休みに何度か、一日中稽古着をつけたまま過ごした時期があったが、その代わり勉強が全然出来なかった。運動だけは何故か良かったけどね。
赤点だらけの、通知表が、過去の賞状と一緒二保管されていた。その賞状が殆ど運動会や剣道で得たもの。
大人になり、良師に出会わなければ、殆ど無学文盲で、有ったに違いない。おそらく殺人剣を、学んでいたに違いない。榊原、羽賀、両先生のお陰で、良書を読むことを教えられて、
何とかまともな大人の仲間入りが出来たと、感謝している。その人の、知性が剣風に現れる。ただ叩き合いが強いだけでは、立派な剣道人とは言えないのである。
幕末の頃、殺人剣で、世を過ごした剣客の末は哀れである。勉学と剣道で人間を作り上げた連中に、傑物が多い、また人殺しもしていない。
歴史は確りと、証拠を残し、現代に語りかけている。
彼には何とか文武両道で、上手く育って欲しいの願うばかりである。
46 帰郷
ドクターボビーがクリスマスで帰って来た。長い間、自己紹介の顔写真が掲載されていなかったので、これを機会に写し掲載する。彼は、心臓医学の研究で、半年日本に滞在して夏にトロントへ帰ったらしいのだが、研究が大変で中々稽古時間が作れないのが悩みだとか。久々の稽古だが、相変わらず思い切りのいい稽古をしていた。
またここに来て最近武者修行が多い。先週は大阪の大坂君が来た。今度は亜細亜大の一之瀬君三段が来た。彼はカナダに来て稽古の出来る道場を探していたらしい。町外れの一番伝統のあるS道場にわざわざ出向いて稽古に顔を出したらしい。ところが、初心者に毛の生えたような連中ばかりで、彼が満足できる稽古にはならなかった様である。
少なからず、カナダの剣道は盛んと聞いていただけにがっかりしたようである。そこで、思案に暮れた彼は、カナダ剣道連盟にしっかりした実力のある道場を問い合わせた。そこで、紹介されたのが我が養心館道場。それでも、それ程実力が有るとは考えて居なかった様である。稽古もそう大した事も無いであろうと思っていたようである。
準備体操を終え、基本打ちの稽古をしている内に自身の思い違いが完全に払拭されたらしい。稽古が始まってからは、二〜四段の連中に次々稽古を申し込まれ、かなり息が切れたらしい。そこで白熊に掛かった。動くたびにメンを割られた。万事休すである。最後に熊に来たときは、始めの二〜三本は我慢をして、構えてから打ち出していたが、ほぼ掛かり稽古状態に追い込まれてしまった。非常に驚いていたようである。
ハイハイ、ありますよ、カナダにもしっかり稽古できる道場が。武者修行、大いに歓迎。何時でもお出でくださいね。
45 大坂、大阪、Osaka
街はクリスマス一色の中、我が養心館でも12/9金曜日にパーテイーをした。
これは単なる飲み会ではなく、事前に各自の稽古をビデオに撮り、それぞれの悪弊を 見つけて直すと言うのが最大の目的で行われる。 自分の姿は自分では分からない、意外と皆さん自分で出来ていると勘違いしているこ とが多い。 しかし画像をコマ送りに見ていくと、打ち焦りのために剣先が外れたり、手と足がば らばらだったり、姿勢が崩れていたりと、やんややんやとやり合う訳である。 勿論熊も熊なりの欠点を自分で見つけてそれを次の稽古から矯正していくのである。
みんなには判らなかったであろうけどね。

そこで、もうひとつ新たなニュースがある。大阪体育大学剣道部の大坂三段(まるで
大阪の宣伝マン)が稽古に参加して、パーティーにも駆けつけてくれた。彼女は、小
柄だが、全身に闘志をみなぎらせ、すばやい動きで色々な技を屈指、若い連中の良い刺激になった。やはり試合の多い日本では意表をつく技が多いのはうなずける。
のんびり構えている養心館の連中にはカンフル剤になった。そして、彼女はたった二
週間の旅行にも関わらず、道具を持参して、各道場を掛け持ちで稽古の励んでいた。
見上げた心である。どうかすれば時間帯の差を利用して一日二回の稽古。久しぶりに
自分の若い頃を思い出させてくれる、彼女の稽古熱心さに驚きを隠せないで居た。
稽古となれば会員全てと稽古をして、流れるような汗を掻いていた。とにかく良い刺激を頂いて感謝である。
作道先生の日ごろの教育が生徒に完全に浸透していることに、感銘を受けた。
こんな性格の良い彼女、皆から可愛がられて、市内観光、食事、雪上ハイキング、スキーと招待され、剣道以外でも大いに楽しんだことに違いない。やはり剣道は性格が
出る。良い性格で良い稽古誰にも好かれる。良い見本である。
44 カナダ剣道発展計画
12月に入り、3,4,5日とカナダ剣道連盟会長の要請でトロントに出かけた。 用件は、剣道の昇段審査の審査員と稽古会。それと、今後のカナダ剣道発展のため の相談会が持たれた。 カナダ剣道連盟、ヘッドインストラクターのT氏曰く、カナダの剣道界も発展をし て、一つの段階を超えた。 そこで、次代に受け継がれるべき方向性のレールを敷く作業が必要になる。是非力 を借りたいとのご意見。 まったく、同感であると感じた次第。快く良くお引きをけをした。
1. 昇段審査における、生徒の指導の徹底。着装、実技、形の解りやすい指導書の作 成。
2. 審判技術向上と将来に向けての審判員養成。
先生方のアイデア、考えは、此処では触れないが、かなり厳しい大改革が有ることを 告げられた。 そのための統一事項に関する書物の発行。先ず其処から手を付けるという事に成っ た。 勿論、各地での審判講習会、審査会等にも、頻繁に行い、指導を行う事に成ったらし い。その為の 原案の叩き台を、作る作業を要請された。それに本部のT氏、K氏が検討、加筆する と言う事になった。 そして熊も、本部の審査機構の一員として、手腕を発揮して欲しいと言うことに相 成ったわけである。
熊は、過去3年間、剣道界から半分身を引いていた。自分を高める稽古はし続けてい たが、仕事や家内の病気、色々あり、不本意ながら、お手伝いが出来ないで居た。 それが、仕事も有る程度軌道に乗り、家庭の問題も終焉を迎えた。有る程度時間の余 裕を出来てきた。 忙しくなる、人様に重用されるうちが花。微力ながら大いに貢献したいと思った。
43 修行と段位
いよいよ12月、今年も後一月、今年は熊にとって余りにもいろいろな事が起こり すぎた。 しかし、熊はこうして元気で仕事、剣道、絵を楽しめる。ありがたい事だ。
12/3〜5。カナダ剣道連盟の六段以上の昇段審査と稽古会がトロントである。 カナダ剣道連盟会長の要請で、審査員として出かける事になった。
この審査会、初めての参加なので、審査はあくまで日本のレベルで審査の望もうと考 えている。 なぜなら、今年の夏、来訪された某八段が、稽古中言われた、カナダの四段はおか しいと。 確かにその四段は熊も存知上げの方だが、不本意ながらその力が無い。それを通して しまう所に問題が有る。 ご本人もそれに気付いて居ないのが悲しいのだが・・・・。私は通す方に問題が有ると 考える。
その人が、年限が来れば当然五段を受験する事は間違いない。基本動作もママ成らな い人が、いくら年齢を加味したところで、二〜三度目には合格させてしまう。何処が 悪いから何処を直せと言う事が解らないまま。 人情と言おうか?妥協と言おうか?長い間稽古をしている関係で、馴れ合いが生まれ てしまう。これは、大変危険な事で、まじめに、一生懸命に精進している人達が、馬鹿を見ることに成る。
私は、修行とは自己の悪弊を直す事だと考えて居る。悪弊を直せない人は、正しい修行をしているとは言えないのである。 それを見極める為の段審査なのでは無かろうか? そこで、出来る限り日本の水準に近づけるべく努力はしたいと考えている。 良い機会なので、トロントの先生方と協議をしてこようと思う。
42 昇段審査
昨日、11/26日カナダ西部地区の剣道昇段審査会があった。66名の受験とか・ ・・。 今回から7人の審査員で、4表以上が合格と言う事で始まった。 60%が一級と、初段。見ていた感じたこと、一級が初段よりレベルが高い事。 初段は、本当に一年間、稽古をして審査をうけたのだろうか?進歩の跡が見られな い。 ただ、中に物凄く目の引く子が居た、彼女は万票で合格。稽古をしている子としていない子。 完全に分かれてしまった。マア、すべるのも経験。世の中そんなに甘いもんじゃあり ません。 段が欲しかったら確り稽古してきなさい。
さて、二段、数人目を引く子が居たが、二段の稽古なのかな??と首を傾げたくなる子が多い。 技が全然見られない。普通二段くらいになると、出篭手や、篭手面、抜き胴、応じ 胴、位の事は、形くらい出来ているはず。それが見られない。当然それが出切る子は、非常に光る。
三段。最初の立会いが同じ道場同士の立会い、お互い手の内を知り尽くしているの
で、激しい立会いでは有るのだが、決まり手が無い。この辺を他の審査員は如何見る
か?力が有ると見るか?1本取れないからダメと見るか。二人目の立会いでは、その二人とも、完全に相手を打ち据えた。この二人力が歴然としていた。
四段、男3人、女2人受験。女二人合格。男一人合格。そのうちの女の子Tは男相手 に完璧な使いよう。 女の子同士では、手の内を知り尽くしているのでお互い決まり技が無いまま終わる。もう一人の女の子も男との立会いで、そこそこの技を見せた。ただ気迫と、打ちの軽 さが少し気に掛かる。落ちた男、一本も撃てて居ない。体も切れが無い。完全に相手に使われてしまっていた。これでは受からない。もう一人の男、遠方より受験、稽古 (打ち合い)は有る程度出来ていたと思うが、着装と形が全然ダメ。熊は不合格にしたが、他の審査員が通した。四段で、面緋の長さが不揃いで、長さも長い、熊は それだけで落第にする。
五段。二人受験、一人は構えも出来ていて、それなりの風格も有るが、何しろ技が決まらない。 もう一人は、何故この人が四段持っているのか、不思議なくらい。気剣体一致の動作 が出来て居ない、手と足がバラバラ、当然二人とも落ちた。
今回感じたことは今まで審査員の観点がバラバラで在ったが、大体纏まってきたように思う。えこひいきも無くなった。いいものは良い、不足は不足と審査結果に出ていたのが、いいと思った。 審査委員のレベルアップを期待して、いくつかの問題点を提示して審査を終えた。次回の審査、三ヶ月前に、指導者講習会と、打ち合わせ会を遣る事にした。関係各位手伝ってくれた、若手剣士に感謝を申し上げる。
41 自信
今、タケノリが燃えている。 不器用な男だが、稽古は欠かさずしているので、何時かは開花するだろう事は信じて いた。 掛かり稽古も自分から遣り、ヤル気も有る。自分をいじめることをいとわなくなって きた。 カナダ選手権、シアトル大会でその成長の片鱗を見せた。人間自信という物は、恐 ろしいものである。
今度CICの都合で、日曜日の稽古が無い。それで、タケノリが昨夜、バンクーバー 道場へ出稽古。 熱心に取り組んでいる。本人も稽古が面白くて仕方が無いくらいになって来たのであ ろう。 だから成長が目に見えて、出てきた。
昨夜の出稽古の後も、帰宅後、シアトル大会の ビデオを観戦。 折よく熊も偶然部屋から出てきて、見れたので、小手打ちで体が沈むことを指摘。 体が沈めば、体が止まり小手打ちが届かなくなる。それに引き換えメンは体毎出て行 くので、打突の勢いが消えない。だから決まる。本人も自らの姿を見て、反省仕切 り。
しかし、最近タケノリが稽古相手に成り出した。 もう遊べる相手ではない。だがこれからが、正念場だろう。何処まで気を抜かずに、 稽古振りを維持できるか。 此処で鍛え上げれば本物になる。気を抜けば其れで終わり。何処まで遣れるか、お前 の心が試される時だ。
40 シアトル剣道大会
シアトル大会。 昨日、アメリカのシアトルで剣道大会があった。 養心館は4人+1人のメンバーが参加した。
タケノリ、アキラ、ジョウコウ、ユウノスケ、個人戦の戦いは先ず先ず。 個人戦、タケノリとジョウコウが良い試合をした。 アキラは初めて二位になった。初めてアドバイス通りの試合が出来たが・・・・。一位に成れるのに二位と言うのがアキラがアキラだといわれる所以。それは団体戦にも 出た。 ユウノスケは、最近勝ちを意識しすぎ、剣道が相撲になっていた。そんな時は逆に勝 てない。 しかし団体戦では、熊に相撲を叱られて居たので、技で勝負、見事な試合内容で見ご たえがあった。
初戦危なげなく勝ち。二回戦は五段を相手に1本1本の引き分けである。取り返した メンは見事。タケノリは名前の如く乗りに乗り全て2本勝ち、個人戦では優勝したマルヤマと一 回戦で当たり、不幸にも審判ミスで勝ちを逃したが、真っ向から戦う姿勢は内容の濃 いものであった。タケノリは剣道における自己管理が出来てきたようである。ジョウ コウも二刀の攻めに格段の進歩を見せて三回戦まで勝ち上がり、審判ミスに泣かされ た。が非常に力をつけてきたことを裏付ける内容であった。
さて今回、特筆すべきことは、急遽借り出されたミユキさん。5人制で一人かけれ ば、其処は二本負け。 そこで、出てくれるだけで良いと皆に頼まれ、団体戦に参加、大男相手に引き分 け、二回戦も引き分け。 二本負けを0で切り抜けてくれたことは、賞賛に値する。
ところで、アキラ、大事な試合で、自分から場外二回で相手に1本与えてしまう。それが アキラなのだ。 負ける相手でもなければ、強い相手でもない。わざわざ自分から負ける。またもや自 己喪失。 彼が引き分けなら勝ちの試合。殆ど病的としか言い様が無い。誰か俺に彼に着ける薬 をくれ。
39 原田悟選手
剣道の全日本選手権で、原田悟選手が優勝した。長い長い道のりを我慢に我慢して得た優勝。心からおめでとうを言いたい。
熊は彼には特別の思い入れが有る。
彼が中学生の頃、道場連盟の少年合宿で、白熊と一緒に成った。
当時、その合宿の中で、白熊と原田君は際立って群を抜いていたそうだ。
子供らしからぬ稽古態度、実力。十分に先生方の稽古相手になったようである。
当時、道場連盟の専務理事をしておられた、倉沢範士からの手紙に書いてあった。
テトロンの袴の子供の多い中、二人は綿の袴で、稽古後もきちっと二人で袴を畳んで
いたそうである。
それから、彼は筑波大学を出て警視庁に奉職する。
熊が警視庁で稽古をお願いした時、原田君に聞いてみた。
「私の名前に記憶がありますか。」彼は、「絶対に忘れられません、息子さんの元
気ですか。」
彼もその合宿で白熊の印象が鮮烈に残っていたようだ。白熊も帰国後の報告で、原田君の存在に驚きをこめて、彼の事を褒めていた。おそらく二人の心の中には、いい意
味でのライバル意識が芽生えたに違いない。
彼は、全日本でかなりの良い成績を残している。しかし、あれだけの実績を残しなが ら世界大会の出場は皆無。これは彼にとって忸怩たる思いがあったと思う。白熊 は、18歳で世界大会にデビュー、四回連続。12年間、世界大会のヒノキ舞台に立った。そして毎回残念がっていた。「何で原田君が出てこないか。」
おそらく、原田君は、次回の世界選手権には出てくるものと思う。しかし、白熊はもうすでに試合を引退して世界大会には出ない。おそらく子供心に誓いあったであろう世界のヒノキ舞台での再会を。そんな複雑な思いで見ていた今年の全日本。この二人が今度何処で出会い、お互 いを磨き会うのか、 神のみぞ知る。剣道人生は長い。お互い精進を続けて、良い再開が出来ることを祈る。
38 有構と無構
剣道で有構、無構と言う教えが有る。
合気道や柔道は素手で戦う。ところが剣道は手に武器(竹刀)を持ち戦うが故に、その得物の操作に結構不便さを感じ ながらの修行が続く。 素手で戦う武道は、自分の身一つ、自由に働かせる事を学べば良いが、剣道はそうは 行かない。 竹刀を一つ振るにしても、技術が居る。ましてや、技を使うと成れば、かなりの熟練 した技術が必要になる。
当然、構えにも色々工夫する必要が出てくるわけで、通常現代剣道で行われてい る。中段、上段、二刀の構えにも、それにも色々セオリーみたいなものがあり、連綿 と繋がる教えが有り、構えの重要さを説いている。 当然構えの出来ている人と、出来ていない人では実力に相当の力の開きが出るは間違 いない。
ところが、攻防の中で色々変化させたり、相手の動きに対するその時々の構えにも当 然変化が出てくる訳で、 この構え、構えに心をとらわれていると、自由な動きが出来なくなる。 だがしかし、やはり修行の段階では構えを作り上げる事は物凄く大事な事で、正し く構える事は全ての技術の要になりうるわけで、これを確りと身に付ける事が大事 になる。それが、有構の段階である。
その構えが固まり、硬さが取れて、自由に相手の変化に対応できるようになるのが 無構段階になる。 完全自由にしない操作が成され、如何なる攻防でも瞬時自然に働ける段階を無構と 言う。
先日の稽古での生徒の質問の答えが此処に有る。
37 気迫の攻防
最近白熊が好調、と言うのは仕事が超忙しい。自分で忙しくしているのだが、新たなプロジェクトを考え中。
人間不思議なもので忙しく充実している時は剣道にも気合が入る。気合が入れば当然気迫が出てくる。 当然動じる機会が少なくなる。そこで攻め合いが出来る。崩すか、崩されるか。面白 い。
先日、白熊を浮かす攻めを見出したのだが、其処は白熊、仕事の充実度もあいまっ て崩されなくなった。 此方の攻めを、篭手打ちで崩す。此方の穴を見つけ出してくれた。たった、一週間だ けの攻略法で終わった。何か新たな方法を検討せねば成るまい。相手もただ打たれて いるわけではない。切磋琢磨なのである。
普通、ここらで稽古をしている連中は殆どが打って勝つの段階を抜けれないで居る。だから叩き合い。 詰まらん事この上ない。しかし、それでも貴重なお稽古相手、剣道ではなく運動の稽古に丁度良い。
しかし、気争いの剣道もやらないと、日本のレベルには到底付いていけない。
ありがたい事に白熊は若いが、羽賀の親父の薫陶をガキの頃から受けていた関係 でその辺が理解できる。 ぎりぎりの処が理解出切るのだ。明日はどちらが攻め勝つか、打つ打たれるではな い。攻め込まれて固まったら負け。思い切り攻め込んで相手をいつかせたら勝 ち。今からワクワクしている。
36 出稽古
先日から、隣の道場の韓国人が稽古を見に来ていた。帰りしな挨拶に来て、稽古に来 ても良いか訪ねてきた。 勿論、と答えておいたら、昨日の稽古から早速参加してきた。
剣道形もそこそこ勉 強しているらしいのだが、細かいところに、ごまかしがある。足の使い方。構え 方、それで、これはいい機会と、わが道場の生徒も一緒に、礼の仕方、構え方、構え の解き方、1本目、打、仕太刀、交互に教える。時間の許す限り、1本目だけをやらせ た。そして、今度の稽古は2本目を教える、一日1本だけ確りと教えます。と結んだ。 と言うことは形を、覚えるためには。稽古を休めない。我ながら、妙案に気づく。
処 で、その韓国の剣士、二番手に掛かってきた。 それは先ず良し。他道場に稽古に出たときは、誰よりも早く其処のの先生に掛かる、 これが剣人のマナー。 「先陣争いは武士の誉れ」出稽古に出た場合、何よりもやる気、学ぶ姿勢を見せなけ ればなるまい。 その点は合格である。本来彼はいの一番に掛かりたかったのかも知れないが、わが道 場には、先陣争いをする若い連中がわんさといるので、先陣を切ることは、容易では ない。
そこで一通り稽古をつけて、残り時間に、 2回目の稽古に数人が来た。その中にも彼がいた。学ぶ姿勢も見せた。大変良いこ とである。
彼の稽古、以前私が教えていた道場なので、その辺は教えられているのか、初回のと きは、少し癖は在る物のまっすぐ面打ちだけで掛かってきた。それを、こちらも相面 ですべて打ちすえた。ところが二度目に掛かってきたときは、駆け引きをする。出 たり入ったり、フェイントをかけたり、剣風が一変した。しかし駆け引きをすればす るほど襤褸が出るわけで、なお簡単に討ち取られてしまう。おそらく心の中で首をか しげていたに違いない。
上の先生と稽古をするときは、一心不乱に真っ向勝負で打ち込んでいかなければ通じ るものではない。 ごまかしや、駆け引きで、打ち取れるほど、元立ちは甘くないのである。
今後の精進 に期待したい。
35 攻め、再考
最近稽古の中で、攻めについて考えている事が有る。
以前より師匠に攻めは中心からとはよく言われていた。
しかし今までもそれは意識して中心を攻めていた積りで居たのだが、
もう一つ、上の攻めが有るのではと、考えていた。
要するに中心の攻めが出来ているようで出来ていない。
と言うより、上にはそれ以上の攻めが有るのでは、と言う事である。
そんなもどかしさが、いつも念頭にあった。
それは何故か、攻めたときに相手(白熊)が動じない。 それはすなわち攻めが利いていないと言う事ではないのだろうか。 絶えずその疑問が沸いていた。
処が最近、白熊を浮かす事が出来る機会が出てきた。
何処がどう違うと言うのは文章にしがたいが、今まで心がけてきた事を、
念頭に置き、竹刀を相手の中心に預けていく、とでも表現したらいいのだろうか。
剣先が、相手の中心を一掃深く割り込んで行くのが分かるようになった。
いつもは、動じない白熊がのけぞり、何も出来ないで居た事があった。 白熊自身も、それは感じていたらしく、非常に悔しがっていた。
いい稽古、いい工夫、それを実践するためには、いい稽古相手が必要である。
34 指し面
新しいメンバーに、韓国と日本で剣道をしてきた白人が来た。 運動神経は悪くなさそうである。が、少し気に成る事がある。
基本打ちで、大きいな面を打つのだが、小さい面を打ち出したら指し面になる。 指し面とは、要するに、竹刀の上下運動が極端に少ない打ち方を言う。 この現象は、日本から来る学生に多い。おそらく早く打つために、そう、教えている のだろうが、 トンでもない事だと思う。刺し面は、決して早く打突部位に竹刀が届く打ち方では無 いのである。
直線的に、竹刀が面に行くので、そう感じるのかも知れないが、竹刀が面に届くと言 う事は、 体全体が前に出るスピードであり、体が前に移動する、時間に竹刀が振り下ろされれ ば良い訳なのである。 直線的に来る面は、竹刀が完全に止まっている状態が続いていると言っても過言では ない、と思う。
たいそうな時間を掛けて、稽古しているであろう、学生諸氏に、何故そのことが正し く伝わらないのか、不思議。 此処カナダでも、沢山の韓国人が剣道をしている、今まで数人の方々と稽古をお願い したが、殆どの方が、 指し面で打ってこられた。
人それぞれであろうとは思うのだが、台湾出身の剣士、林 兄弟は、台湾の選手権者。上下運動の大きい、正しい打ち方をしていた。やはり一流 剣士と言われる人々はその辺が違う。
話が飛んだが、その白人さんに、竹刀の上下運動が何故必要なのか説明した。理解で きたようである。 即入門の手続きをねだられた。
33 継続は力なり
最近新入生が増えている。 写真にUpしていない子がまだ二人居る。
カナダで剣道を教えるようになってから26年が過ぎたが、
生徒の出入りには波がある。来る時はド〜ンと来るが来ない時は本当に来ない。
おまけの各道場にも波があるようだ、あちらの道場に生徒が増えたかと思えば、
今度は、あちらの道場と、流れが変わる。
しかし26年間剣道を教えてきて、
本当の育つ剣道家は何人居るのだろうか?そうたいした数ではない。
そこそこ趣味の世界で剣道を楽しむ、それでもいいとおもっているのだが、
それですら、数えるほどの人間しか続けていない。
剣道は強くなる事も必要だが、続ける事の方が難しい。
勿論、続けなければ強くなることなどはありえない。
それと殆どが叩き合いが剣道だと言う、次元で稽古が収まっている気がする。
心を学び、心を鍛えるなどと言う次元にまで、自己の剣道を昇華できる、剣道人は、
殆ど皆無。
今まで育った中で、熊に肉薄してきた剣人は一人くらいではなかろうか。寂しい限り
である。
32 稽古の工夫
面白い事を言う生徒がいる。最近剣道を始めた御仁だが、自分は剣道の見とれ稽古が
好きなのだという。
あくまでも言う、見取りではなく、見とれ稽古?見取れとは=見惚れ、なのだとい
う。
剣道の稽古を見るのが好き。対峙するあの緊張感。打突の時の激しさ。惚れ惚れする
のだという。
良く稽古を見に来ていたので、稽古をするように進めた。感がいいのか、見取り稽古
が出来るのか、
上達が早い。
そこで、そろそろ掛かり稽古と、どんどん打ち込み稽古をしなさいとア
ドバイスしたら、
返ってきた答えが、見とれ稽古が好きなのに、激しい掛かり稽古等はもっての他。と
いう訳である。
しかし、しかし、熊も一筋縄では行かない。必ずその気にさせて、激しい稽古に誘い込む、必ず。(笑)
マキちゃん、あんた必ず上手くなれるよ、強く成れるよ、激しい運動は、ダイエット に良いよ。 思い切り汗をかくと、後が爽快だよ。新陳代謝がよくなり、お肌すべすべになるよ。 健康美人になれるよ。 稽古頑張ろうね。初めはゆっくり、成れるに従い、どんどん激しく動くように成れる から、頑張ろう。
31 新人教育
嬉しい事に、此処に来て初心者が増えてきている。そして、初心者の人達には、摸擬刀である程度素振りをしてもらう。
刀の持ち方(竹刀の持ち方)、刃筋を通すと言う事、肩、腕、手首、指を使って上下に真っ直ぐ振ると言うことを簡単に理解できる。
当初は力んで刀を振ろうとするので、刀がブレル。それを力を抜いて自然に刀の行きたい方向へ振り下ろすと、樋が風を切り、
刃音が鳴る。刃筋が立っている事を、本人に自覚させられるので、非常に分かりやすい方法であることに気付いた。
それに、何よりも竹刀と違い、摸擬刀とはいえ、刀である。興味を持つ度合いが違う。剣道に対する考え方が一変する。
日曜に居合いを再開した、副産物とでも言おうか。面白い発見であった。これで、あてっこ剣道から、脱却できる、と信ずる。
30 思う事
試合剣道、審査用の剣道。同じ剣道なのだが、違うと言う事を良く聞く。又、それを使い分ける人が居るとも聞く。
熊は、違わないと思うのだが・・・京都大会以外、試合をやらずに来たからかも知れない。
不思議な事に、現存される、範士九段の先生方の中では,全日本選手権を取られた先生が一人も居ない。
過去の九段の先生方の中でも一人も居ない。これは、何を物語るのか?。
本来、試合に強いのが本来の剣道。命のやり取りであれば、尚更。
処が、試合に強いと言われる方々が、結構昇段審査で苦労をされている方々が多いと聞く。
しかし、、九段に成られた先生方の中には、八段大会で優勝された方が多いのは事実。
全日本選手権。若い内の剣道の試合。八段、50代になってからの剣道の試合。何が違うのか?
内藤高治先生が、範士の試合に頑として異論を唱えられていたとか、陛下の命令と言う事で,始まったと聞く。
昔の先生方は、試合を由としないところが有ったのはなぜか?
試合で勝つと言う事は、どうも、現代剣道が求める人間形成とは少し違った観点で,見なければならないのかも知れない。
考えさせられる事だ。
29 御礼
ユウノスケがカナダに帰国した。真夏の暑い暑い、日本で3週間稽古をしてきた。千葉の岩立範士の松風館道場。
彼の胸には本場で、本物の稽古に接する事が出来、得るものが大いにあった事と思う。先ず、狭い道場に割れんばかりの人が集まり
身動きできないくらいのところで稽古をする、二列に並び稽古をしているので、後ろの下がれず、横には打てない。前進あるのみ。
藷の子を洗うような稽古。こんな体験はカナダでは出来ない。カナダでは、打ち込みかかり稽古しかやらせていなかった。それでも、
カナダ選手権に養心館の先鋒として、上出来の活躍をした。日本では始めて地稽古なるものを経験した。勿論打たれまくったに違いな
い。でもこの男16歳にして、稽古に燃え出した。まだ子供ゆえ、甘い所もあるが、昨夜の稽古で、いの一番に掛かりに来た。
なにやら自覚みたいなものが芽生えたらしい。松風館では岩手のゴン先生が、稽古に来ていたらしいのだが、本人漢字が読めない。
で、掛かる事が出来なかった。それを悔しがる事、悔しがる事、勿論掛かりに行っても、何も分かりはしないと思うのだが、その心意気
は買ってやりたい。今回本当にいろいろの先生方にお世話になりました。岩立先生初め、Dr 西村先生。そして、ゴン先生。
今度日本に行ったときは、少しはましな稽古でお願いできるように、本人も頑張りますとの事、お伝えして、この場をお借りして、
師弟共々、心より厚く、お礼を申し述べます。本当にありがとうございました。熊、= 朝岡 満。 団 ユウノスケ。
28 写真
養心館のホームページは剣道の話ばかりで、色気が無いとのご指摘を受けた。 もともと、剣道のサイトなので、色気が無く
て当たり前だと思うのだが、まじめ過ぎても誤解を受ける。それと、 人様のご指摘は素直に受けるのが熊の信条。謙虚な訳
であるからして、柔らかい一面も出す事にした。熊自身は、本当は柔らかいので有るが、どこかの国で、何処かの誰かが堅
物のレッテルを貼ってしまったらしい。 まじめな部分も有るには有るのだが、本来いたって柔軟で、柔らかい思想の持ち主
で有ると思っている。 そこで、先日来、カナダ中をバスで旅行した御仁が居て、その写真を載せる事にし た。
此処に、載せる写真は全て、養心館オリジナルの写真である。西海岸から東海岸ま で、6.500KMの旅である。
それとこれには隠された目的が有る。今年の京都で、仲良くしていただいた、西村塾の先生方が、カナダでの稽古会を夢見
ているらしい。その重たい腰を一日も早く上げさせる目的が有るからである。 マア、剣道の稽古に関係ない人も、大いに楽
しんでもらえれば良い。熊の散歩と題した所をクリックしてください。
27 居合と剣道
今、日本から、若い女の剣士が稽古に来ている。彼女は居合いもやる。養心館でも、居合いをやるのが、7人居る。今まで稽古日を曖
昧にしていたが、毎回45分、水曜日には形を稽古して、日曜日には居合いをやることにした。居合いをやらない者は形の稽古をやる。
以前は剣道の基本打ち込み練習をしてから地稽古に入っていた。形や居合をやると剣道の稽古時間が短縮されてしまう。
そこで、最後の10〜15分に打ち込み、掛かり稽古、をする事で、稽古量をカバーする事にした。時間が15分延長になるが仕方が無い。
形や居合を平行して稽古をさせると、技前が良くなる。変な技が少なくなる。真っ直ぐに打ち込むようになり始めた。これは良い事だ。
自分自身もいろいろ確認が取りながら、稽古を考えて行けるので、一石二兆である。やはり、刀を振る事は良い。良い準備運動だ。
また、竹刀に無い緊張感が道場に漂う。地稽古での竹刀操作も一段と楽に感じた。当分はこの方法で稽古を続けてみよう。
26 弟子の武者修行
剣道という世界は本当に面白い世界である。また、すごい世界でもある。今回、ユウノスケが、日本に一時帰国、その間稽古をしたい
と言うので、無理を承知で、剣友に無理を言い、千葉の岩立先生の道場に、稽古をおねがいした。この道場は今、日本で一番燃えて
いる道場だと、熊は思いを描いている。勿論、今のユウノスケの実力では、敷居の高いのは分かる。ご迷惑をおかけする事も分かる。
防具屋で言われたそうである、「あそこの道場はそん所そこらの者は行けない。」親は、心すくむ思いで有ったらしい。
だが、師と仰がれる者、熊の立場として、本物を見せてやりたいと願うのは当たり前ではなかろうか。岩立先生には本当に申し訳ない
のではありますが、北米での指導の先輩、尊敬する、倉沢8段も、岩手のゴン8段も、剣友の西村7段も通う道場。話は少し飛ぶ。
以前、羽賀の親父に聞いた。静岡での全剣連剣道講習会で、講師として岩立先生がお見えになったとき、羽賀先生を捕まえて、竹刀
での新聞きりを、質問され教えを請い、講習会の後、実践されたそうである。岩立先生ご自身が範士の立場を捨て、教えを請う。
そんな先生が今、剣士憧れの道場主として、後進を導いて居られる。ならば、無理にお願いをして、ユウノスケに本物が集う場を見せ
て、彼の将来の糧としてやりたい。そう願っての気違い沙汰。それを快くお引き受け頂いた、岩立先生の腹の太さ、この道への思い。
心から此処に感謝申し上げたい。大変ありがとう御座いました。本人、両親から、くれぐれも、宜しくとの事、お伝えをさせて頂きます。
Dr,西村先生。お骨折り感謝申し上げます。
25 工夫
日曜の稽古は集まりが良い。中国系の女性が剣道に興味を持ち見学に来た。やる気があるようだ。
当分の間試合が無いので、11月の受験に向けて、形の稽古を始める。初心者も一緒。
形は、みんな出来ているようで、細かい所の誤魔化しが沢山ある。ある程度のグループに分けて指導。初心者〜二段は黒熊が担当。三段〜四段はアヤコとアキラが自主稽古。四段は白熊と熊が徹底指導。ここら辺りが一番危ない。分かっているようで、小さいミスや、勘違いがある。指導者候補なので、間違いの無いように徹底的に直し、レベルアップを狙う。一時間徹底的に形稽古をやる。
最後に。白熊と黒熊が模範を示す。子供の頃から二人はよく形を打っているので、呼吸はぴたり在っている。気迫も良い。
ただ、欲を言うとすれば、刀の扱いにやわらかさが出れば、もっと形が生きてくると思う。工夫が望まれる。が、よく出来た良い形だ。
あとの一時間は地稽古。ユウノスケが一番乗りで熊に掛かりに来たが、わずかの差で白熊に先を越される。まだまだ甘い。
予定を30分のオーバーして稽古を終えた。形稽古をやるために基本打ちが出来ない。一時間の地稽古だけでは物足らないのか、
ついつい時間がオーバーしてしまう。CICの学校が協力的なので本当に助かる。良い汗をかけた一日。
24 交剣知愛2
ウエッブサイト、本当に面白い、地球を本当に狭くしている。15年前の一般人、誰がこんな時代を考えていただろう。
今回、養心館のサイトを見て、同名の道場の、剣道キチ衛門さんと言う、方から、連絡を頂いた。ワーホリでカナダに来ている、アイバ女史の稽古場を紹介して欲しいとの依頼。何のことは無い、わが道場でお稽古願えば良い。早速アイバ女史から連絡が入り、即日稽古となった。2ヶ月間稽古をしてない割には、よく足が動く、けれんみの無い技を次々に出してくる。稽古態度もよく、気持ちの良い稽古だ。
また、同じワーホリ組みのミユキさんと意気投合。日本に居ても先ず殆ど出会う事の無い二人が、インターネットと剣道を通して、友達になってしまう。文明は進化し、地球を狭くして、世界中早く仲良くなれと言っているに違いない。
それを宗教同士が邪魔をしている?某宗教は2000年前の文明の無い時代のものだからそれを信じている人々は、やはり2000年前心しか理解できないのかな?本来宗教は人の幸せを願い生まれたもののはず・・・戦争なんて早く止めろよ。
その点、剣道は交剣知愛。世の中平和にしているよ。みんなもっと自信を持ち剣道の良さを語ろうでは在りませんか。
23 交剣知愛
偶然、知人宅で、日本からの旅行者で、剣道三段の瀬戸正雄氏を紹介された。私が剣道の稽古に無理にお誘いしたのだが、良い思い出になればと快くお引き受け願えたのだが、CIC(体育館を借りている学校)の都合で稽古日が一日日がずれた。でも8人程度集まってくれたので、何とか一汗はかいていただけたと思う。氏は徹底して面打ちだけにこだわりを持ち、面を打ってこられる。中年になられてからのお稽古、子供さんたちと始められたらしいが、お子さんは止めてもご自身は続けておられる。最近そんな方が増えているとお聞きした。けれんみの無い良い面を出される。シンペイ4段が面を割ろうと考えて居たみたいだがそうは問屋が卸さなかった。稽古の後掻いた汗の分だけ水分補給と言う事で、軽く飲みにでた所で、これからの稽古何処を気をつけてやれば良いか教えて欲しいと依頼された。何処で熊は2つのアドバイスを提案。1面を打つ前に、ただ打つのではなく、必ず攻めてから打つ事。2打つときも、打たれるときも。いかに冷静に相手の動き、間合いを見切れるか。この二つを頭においてお稽古をされる様にと。提案。感謝された。剣道とは本当に素晴らしいと思った、広い世界,見ず知らずの、人間同士が,旧知の友のように語りあえる。誰が言ったのか知らないが。まさに、交剣知愛である。嬉しい事だ。
22カナダ選手権 IN モントリオール3
7/3 世界選手権出場選手選考会。各地区の代表10人が集まり、総当たり戦。試合内容は平凡で見所のある試合が少ない。
今回は熊も審判をした。つばぜり合いの悪さ。試合態度の悪さ。目に付く試合が多い。勝ち負けにこだわるあまり、技が姑息になる。見ていて気持ちの良いものではない。試合運びで上手さを見せたのはタロウ。黒熊に出した被き篭手は見事に壷にはまった。ダイサクが相手を居つかせて,見切って打った横面も見事。技の切れ、体の切れは黒熊が見せた。結果、ダイサク、クロクマ、タロウ、タナカ、が選ばれた。今回タナカが新人で
、選手スポットをゲット。先日の試合で、レイモンド、デーンの二人が選ばれている。あと二人はコーチが選ぶ事になっている。前回の選手、カマタ、ヤマダが落ちた。誰を選ぶかで総合力が変わる。今度の世界選手権は台湾だとか。来年12月?と聞く,とにかくがんばりを期待するしかない。
21カナダ選手権 IN モントリオール2
7/2日バグパイプの演奏で入場行進が行われる。参加29チーム。剣道がカナダ中に広がりを見せる。嬉しい限り。
試合参加選手は255人を数えるまでになった。カナダは広い。参加をするために、飛行機に乗る事5時間。その代金、バンクーバーからモントリオール間、828ドル=70000円が掛かる、
日本往復と何ら変わらない。それにホテル+食事代。半端な気持ちでは参加できない。費用が安ければもっと参加者があるものと思う。カナダ選手権出場選手はカナダ生まれか、市民権を有するもにしか参加できない。ただし団体戦はその限りではなく、そのチームに所属して、カナダ剣道連盟に登録されていれば参加できる。今回一番心配された事は、各地区で審判の基準が違うとの指摘を事前に受けていたので、第一コートの審判主任として試合前に審判の先生方に、注意を促し、気持ちを合わせるように
指示をした。審判はおおむね良好な状態で進んだ。1〜2本の取りミスはある物の、第一試合場全試合で、このミスなら、其れは仕方が無い。人間のやること、間違いはある。ただし審判が終わったあと、その審判員にきちっと指導をした。特に日本の7段ミヤガワ先生は鍔ゼリの注意を盛んに指摘。選手たちも、審判
員も勉強になった事と思う。その審判員の充実度が選手に反映、白熱した試合が展開された。結果。選手権者は二刀のレイモンド君、二度目の優勝。今回彼の試合を見て驚いた事がある。以前、彼に溜めについて指導をしたことがある。打ち急がず、ジックリ攻めて。相手の出てくる所を狙えと。其れを確実に身につけていた。熊が自ら勉強しながらの25年に及ぶ指導の中で、溜めを理解するのに一番苦労をした。日本人以外で溜めを完全に理解したのは彼が始めて。日本人ですら、この溜めを理解して稽古をしているのはほんの数人しかいない。これは本当に賞賛に値する。立派な優勝。団体は、優勝はカマタ8段率いる、エトビコチーム。二位が熊が率いる養心館。三位にクリスチャン、
ドランジュビル氏が率いるマギール大学。それと、此処で熊の目に付いたチーム、マニトバ剣道クラブ、昔サツカツーンで講習会を開いたとき、殆ど、基本も知らない我流剣道会だったチーム、此処まで成長したのには驚きを隠せない。会長のトム山下氏の奮闘が目に浮かぶ。そのトム氏、不器用な方だが、7〜8年ぶりに稽古をして強く成られていたのには、敬服した。人間やはり努力をしたものが勝つ。素晴らしい発見が出来た今大会。嬉しい限りである。
もう一つ、熊を喜ばせた事がある。我が内弟子のタケノリの成長。カナダに来た当時、試合前日にはストレスで鼻血が出たり、腹痛を起こしたり、下痢をしたり、繊細で頼りの無い子だったが、7年の間に見違える逞しさを身につけた。今回団体戦だけの参加だったが、きっちり役目を果たした。其れと、ひぞっこの、ユウノスケ、剣道開始10ヶ月、日本で小学生の頃二年間の経験がある物の、此処で基本から叩き直した。その彼が、個人選はおそらく上がりに上がり、自分で何をしているか分からないうちに2本打ちで負けたのだと思う。処が彼、団体戦に入り、すべて2本打ちで勝ち、優勝戦まで無敗。自分が先輩の足だけは引っ張りたくない、その思いだけで、必死でしたとの事。さすがに優勝戦では負けはした物の、内容のある良い戦いで負けたことに熊は満足した。
この。ひぞっこ、将来が楽しみ、熊に指導することを再燃させた子。良い初陣を飾れた事に、熊は大いに美酒に酔えた次第で在ります。
20 カナダ選手権 IN モントリオール
6/30日11.00PMにバンクバーを発ち、翌朝7.40AMにモントリオールに着く。第一印象、蒸し暑い。街はJAZZ,フェステイバル開催中。
先ず、バンクバーでのハプニングから書かねば、ストリーが始まらない。仕事を終えてからの出立のため、この時間のフライトにした。処が、いざ、搭乗手続きに入り、オバーブッキングで、席が無い?次のフライトは翌朝、モントリオール着が午後の3時。合同稽古会が、午後の1.00から始まる。これに参加できなければ、熊がモントリオールまで行く目的の半分はなくなってしまう。と言うのは、事前にメールでトロント
近郊のロンドン在住のミヤガワ七段、ニシゴオリ六段、サスカツーンの宮岡七段から稽古の予約を受けていたので、時間は外せない。そこで、3席の空席を無理を言い、バンクバーの林先生と乗り込む。処が最終的には、黒熊も、タケノリも搭乗。涙を呑んだのは、バンクバーの女性軍3人。カナダ、エアーラインは、慢性の赤字で悩む会社。そのずさんさを見ても変な所で納得をせざるを得ない。処が、異変はこれだけでは収まらなかった。翌朝、モントリオールの空港で、タケノリの剣道具が出てこない。どうもバンクバーで積み残されたみたいだ。そこで小一時間無駄な時間を取られてしまう。やはり、エアーカナダはずさんだ。朝早に着き、3時間の時差と疲れを調整するための仮眠時間がなくなってしまった。もともと不健康な生活をしてきた男なので、その辺は如何にでもなる。さてさて、ホテルに着き、朝食を取りに、ホテルのレストランに下りる。偶然、カナダ剣道連盟の主席師範、ツムラ先生にお会いし,挨拶を交わす。部屋に戻り、タケノリが稽古が出来ないと、ぼやくので、熊の稽古着を貸し、黒熊が予備の袴を貸す。道具は会場のマギール大学で借りる事にした。
先ず、稽古の印象。ミヤガワ七段、三本だけのご指導を、と言う事でしたが倍の6本ほど、ご指導をさせて頂きましたが、お分かり頂けたか?其れは分からない。(後のご質問が無かったので・・・) で、ニシゴオリ六段、いい稽古をなさる。お若いので、スピードもあり、裏の守りが堅い。こちらが良い勉強をさせて頂いた。処が、この先生、白熊と稽古をして何かを感じられたのか、再度お稽古に掛かってこられた、熊も、ではと、少し真剣にお稽古をさせて頂いた。至極ご納得のご様子。会場で、稽古のご質問に預かり、熊の感ずる所を、ご指摘した。続いて、宮岡七段。7〜8年ぶりの稽古?先ず、腕を上げておられた事、敬服。大平原の街、サスカツーンで初めて剣道を持ち込み、相手のいない所で、良くぞここまで、精進なされた。打ち急がず、確りと1本、1本、溜めてから打ちを出されていた。剣道が単なる、叩きあいでない事を、ちゃんと、ご理解なさっている。昔、熊がサスカツーンにて、ご指導を、させて頂いた時の、ビデオを今も参考に、精進しているとか?熊が、穴が在れば入りたい心境になった。次の日も是非にお稽古を、とのお願い、残念ながら実現せず、道具は必ず、何時、如何なる場合でも、持ち歩く事ですぞ。 今回、ここで特出すべき問題がある。今回の、大会の運営に当たられた、マギール大学の剣士諸君。基本に忠実な、まっすぐで、正しい、気持ちの良い稽古をする。指導者、クリスチャン、
ドランジュビル先生の、剣道に対する心が反映されている。素晴らしいと思った。感動すら覚えた。処が、ここで、前記以外の数人の若い日本人とも稽古をさせて頂いたのだが、感心しない。稽古態度の悪さ、当てようとする、醜い心の現われか、ごまかし技ばかりで、打ってくる。1本として、まともな真っ直ぐ打って来る技が無い。大分県、出身の、若い人だけが幾らか、ましな技前でこられたが、あれで、稽古態度を自ら見直されれば良いのだが、技が鋭く、気迫も良いので尚、惜しまれる。稽古態度。レベルの低い所で、打てると言う、魔物が、心の中に、慢心を作り出す。其れが怖い。だから、一太刀も触らせる事無く、お稽古をさせて頂いた。マア、これは多分熊も若い頃は、そうで在ったに違いが無いので、仕方が無いのかな?、しかし、若い剣士諸君。海外に出て、当たるを幸いに、慢心した稽古態度、自らを貶めますぞ。どうか、、お気をお付けあそばせ。しかし。マギール大学の生徒。皆さん覚えておいてください。必ず日本のどこかで会う事がある筈です。そのときには宜しく、面倒を見てやってください。そして、ごまかしの無い、素直できれいな剣道を教えてやってください。彼らは今、自分たちでお金をためて、誰かを日本に武者修行に出す計画をしています。日本の恥を教えないで下さいよ。
熊からのお願いでございます。 つづく
19 日曜の稽古
15名の参加、新人の女性、中々に筋がいい、飲み込みが早い。すべての事に言えるのだろうが、自ら求めているのと、ただ漠然と業ずるのでは、雲泥の差が出てくることは必定。「好きこそ物の上手なれ」とは、うまく言った物である。その、好きにも好きの度合いがある。剣道の稽古をしている人々はそれなりに剣道が好きだから続けているのだろうが、おそらく、上達の遅い早いは、その好きさの、度合いによる処が大きいように思う。生徒の稽古振りを観ていても其れは顕著にでて来る。上に掛かる為の待ち時間、順番を取り、その間に他と稽古をする者、3人も4人もの分を待っている者。1年での開きは、さほどでもないかも知れないが、2年後には絶対の開きが出ることは、疑う余地も無い。また、見取り稽古然り、ただ待つのでなく、先輩、師匠の稽古を見て学ぶ心のあるもの無いもの。日曜日、熊が一通り稽古をつけて、面を脱いだ、その後、白熊と、黒熊が稽古を始めた。稽古をしていない連中が、一斉にその稽古に見入った。熊の立場から見れば、(お前ら真剣にやっとるのか?)と、つい口に出そうな、頼りの無い生徒の彼らも、首をかしげたくなる奴らも、それなりの努力はしているのだ、マア、もう少し、熊が我慢をして、長い目で見てやらねばなるまい。でも少し、その光景を見て、嬉しくもあった。その後の、締めくくりの掛かり稽古、熱が入っていたね。熊が発破をかけた事も在るけど、どうやら,皆さん自覚のかけら位はでて来た。(笑)
18 姿
自分の稽古姿を久々にビデオで見て驚いた。昔、七段の昇段祝いにもらった手差しの稽古着。古くなったので普段の稽古用に回していた。この稽古着仕立てが悪いのか、昔の型だからなのか分からないが、体にフイットしていない。背中の中心が丸く一箇
所膨れ上がる。この手差しの稽古着、以前八段を受けに行っていたときに着用していた事が有る。うっかりと言えばうっかりだが、物が良い(手差し)からと良いと単純に思い込んでいたあ
さはかさ。姿形は違う。おそらく、人件費の高騰で、中国かどこかで作られた物であろうか??? 裁断が悪いのか、仕立てが悪いのか・・・・、今まで知らないで居た。なんとなく着心地が悪いとは感じていたのだが、うかつだ。新しい稽古着を着用するときは。必ず鏡で自らの姿を映してみる必要が有ると思った。些細な事だが、大会前に新調する稽古着、よくよく、気を付けなければ成るまい.自分に対する注意は他人が教えてはくれない。イヤ、まだ教えてくれる人が居る間は良い。誰も教えてくれなく成った時が、恐ろしい。先生になることの怖さを改めて知った。
17山中茂樹教士八段
6/11.12と二日間にわたり、山中先生の講習会がUBC大学と雑草館道場で行われた。雑草館は、大草氏が個人で開いている道場で、その彼が、山中先生をご招待し、今回の講習会が持たれた。熊は仕事の関係で、2日間は参加できなかったが、雑草館の形の講習と、稽古会に参加させて頂いた。山中先生は八段大会の優勝者である。おかげさまで久々に思い切り気合を入れて、稽古に望んだ。さすがである。軽い足裁き、ガードの強さ、技の返し、何を取っても熊には大いに勉強をさせていただいた。 山中先生は、年齢的に熊と同じ位なので、すべてが参考になる。体はそう大きくは無い、だからこそ足と技には苦心された事であろう。熊の師匠、羽賀忠利先生も小柄で、足裁きはすばらしいものがある。一緒に稽古をしていた上柿氏が、羽賀先生の足捌きを思い出したと言っていた。だが、熊には、お二方の足裁きには、違いがあると感じている。その一番の違いは横の捌きではなかろうか。とにかく、京都以来久々にいい稽古をつけていただいた。ありがたいことである。
16休日の散歩、熊、熊に遭遇
散歩友達が、昔熊が歩いていた、ムンデイーパークを歩いて見たいと言い出した。ここは新興住宅地で熊が住んで居た頃は郊外と言われていた。所が最近開発が進み大きな街を形成するに至り、市は切り開かれた山々から莫大な税金が入り、市庁舎、娯楽施設を最新式に立て直した。その中にものすごいプールがある。ホットタブ(お風呂)、サウナ、スチームバス、波のでる子供プール等、遊びが充実した施設。そのプールで最後に汗を流しに入る計画で、汗を掻きに公園に足を踏み入れた。住宅地の街中の公園である。公園の入り口に熊が出るので注意と書かれている。グリズリー本人が住んで居た6年前は、熊など絶対観れない環境だった。所が5〜6キロ離れた向かいの山々がめちゃくちゃに開発が進み、山の中腹まで家々が並び、様相が変わってしまった為か、こんな街中の公園に熊が引っ越して来たらしい。この公園も利用客が増えたためか、新しいコースが増えて、途中道に迷った。で、8KMを歩き、歩き出したゲートを探すためにいったん外に出て、位置を確認して、もとのコースに戻ったとき。目の前を熊さんが走りぬけた。まだ小熊である。という事は親熊も付近に居るという事か、辺りを確認をして歩き出したが、親熊には遭遇しないで、駐車場にたどり着いた。駐車場に居る人々に熊との遭遇を話すと誰もがお前はラッキーだという。誰もが恐怖感を持っていない。それから汗ばんだ体をプールに行きシャワーを浴びて。ジャクジー(風呂)に入り、一と汗かいたところでスチームバスに入る。スチームバスは、サウナと違い、肌に優しい。所がそこに白人の巨人が入って来た。熊の隣に居た中国人女性二人が母国語で話をしていた。其れを揶揄して、ここはカナダだからお前たちは英語で喋れと必要に迫る。あたかも黄色人種を馬鹿にした言い草で、人種差別を口に出し始めた。彼女たちは、気分を悪くして外に出て行った。今度は、イラン系の男たちに挑む。何しろ巨体なので、彼らも出て行った。そして彼らがポリスを呼んだらしい。中では、今度熊に話しかけてきたが、熊は強い口調で、「俺に話しかけるな」と言った。熊の剣幕に押されたか、気迫に押されたか、巨体は一度スチームバスを後にする。しばし静寂が続き、熊達が外に出たら。彼はまた中に入り、同じ行為を続けていたらしい。そこにポリス三人が来た。連行しようとしたが、巨体は拒絶態度をとり、逃げようとした。其れを小柄な(に見える)ポリスが3人がかりで、取り押さえようとするが倒れない。そこで、ポリスは3人で巨体の足を蹴る。それでも倒れないので腕を後ろに回し何とか手錠を掻ける。そうしたら巨体が心不全的症状を見せ始めたためにライフガードが酸素吸入を始める。そして迎えに来たのは救急車。6人がかりで車に乗せ運び去った。この日は偶然にも面白い見ものが無料で見られた。これは幸運、不幸?とにかく面白い一日であった。
15休日の散歩
先々週から、休日が正常に戻り、月曜と火曜日が熊の休日。店は7日営業なので時々野暮用で呼び出される以外は、時間がある。
家の近くにセントラルパークと言う公園がある。周囲5km位の森林公園。人馴れした野生のリスが、至る所に出てきて愛嬌を振りまく。餌に、殻つきのピーナッを買って持っていく、餌付けは禁止なのかも知れないが、何処にも注意書きが無い。カヌーが乗れるほどの、2つの小さな池には亀が日向ぼっこし,オシドリが群れを成して遊ぶ。この鴨たちも、餌をくれそうな人には近づいてくる。なぜか、必ずメス鴨が近づいてきて、安全が分かるとオス鴨が近づいてくる。ここでも女性の逞しさ、度胸の良さを知らされる。ここには、ミニゴルフ場、テニスコート、野球場なども併設されていて、モノレールの駅が公園の横にあるので、結構便利。利用者が多い。この公園を散歩するのが休日の一つの楽しみになった。一歩公園の中に足を踏み込むと、日光も差し込ま
ずうすくらい、ひんやりとした冷気(霊気)が漂い、なぜか神聖な気持ちで清清しい。緑の力が地球温暖化を防ぐ大きな力であることを、実感する。歩道は整備されており、雨天でも
水溜まりが出来るようなことは無い。郊外に住んでいたころは時間的余裕があり八段挑戦の真っ只中、足腰の訓練、術後のリハビリを兼ねて、毎日、必死に6〜8km歩いた。其処には、ここより一回り大きなムンデー自然公園があった。しかし今は自然の光の流れや、風の音、木の葉の色、一枚一枚に目が行く。あのころとは違った余裕が出てきたみたいだ。最近。白熊も、黒熊も、親父の稽古が変わってきたと言う。成れば成ったで、自然にに肉付きができてくると言う事か、見えないところで自覚がでてきたのかも知れない。
14剣道日本7月号
日本にいる方は、もう既にご覧になられたかも知れないが、バンクーバーには一昨日届いた、剣道日本7月号。私の記事が載っている事は、剣友諸氏からの知らせで、解っていた。特に坂井教士がメールで記事そのものを拡大画面で送ってくれたので、容量の少ない熊のパソコンでは恐る恐る覗いてみていた。しかし、本で見るとやはり臨場感が違う。しかし、あの写真家の方、何処の部分からあの場面を写されたのか、アナオソロシイ限りである。田伐正人氏からのDVDによる京都立会いではあのような場面は見当たらないのである。イヤあるのかも知れないが、熊の目では見つけられない。多分写真家の方は熊よりも数段に剣道が出来る方なのであろう。でなければ、あの機会を捉えて写せる訳が無い。おまけに付随されている記事。穴があれば入りたいくらい。面映い記事で恐縮してしまう。
物書きさんは、本当に巧いこと書かれる。お互いプロと言ってしまえば其れまでだが、記事にしろ、写真にしろ驚愕している。あれではお相手して下された、小森先生がお気の毒。実際の流れは5分と5分。引き分け。熊自身は反省仕切りの立会いであっただけに、尚の事、恥ずかしい思いである。小森先生の名誉の為に、記しておきますが、確かに熊の脳裏の中にはあの篭手の場面はありましたが、でもその篭手は深く、篭手布団をわずかではありますが、外れており、一本には成っておりませんので、皆様誤解の無きように、お願いをいたします。実際はあんなに格好よくありませんでしたので。トホホ・・・泣きでございます。
13質問
パソコンがダウンして、書き込めないでいたが、何とか復旧。というか、単に熊がパソコンの知識が不足していただけの事なのだが、おさわがせをした。最近、サイトを見て、剣技や修行に関する問いあわせが多くなった。皆さんの熱心さには頭が下がる。できるだけ熊のわかる範囲で丁重にお答えをしているつもりではあるが、何しろ未熟者ゆえ。適切なご回答をして差し上げられるかは、定かではない。今般、静岡の師匠の直弟子の方からお便りをいただいた。言わば兄弟弟子ではある。羽賀師匠に相談したら、熊に聞けと言われたのか、このサイトを見るように勧められたらしい。ありがたい事ではあるが、その分責任が重い。昔から「弟子は師匠の四半分」という言葉がある。自分が師匠に追い付いたと思っていても、その節、師匠の1/4しか出来ていないという事なのだ。ましてや熊はまだ師匠のつめの垢ほどの事もない。しかし師匠が同門の士にひとつの目安として、このサイトをお勧めになられたという事は、それなりに認めて頂いていると言うことか。ますます身のすくむ思いである。いつに成ったら師匠に恩返しが出来るものか、焦らず,あわてず、精進を続けるほかあるまい。
12西部地区の予選
12名総当たり戦で戦った世界大会西部地区選手選考会。黒熊が9勝2引き分けのダントツで優勝。引き分けでも1ポイント当たるカナダ式珍ルールのお陰で、強い相手には逃げをうつ。正々堂々と戦うと言う剣道本来の美しい美学は何処にも無い。こんなことをやっているから、世界のヒノキ舞台で、だんだん成績が下がりだしている。2位に入った選手が5引き分けと言う数字がそれを物語る。引き分けを狙う選手、それを捕まえて叩くのは容易ではない。おまけに試合者が2段〜6段、審判の半数以上が4〜5段で、四、五年稽古をしていない連中が審判として出てくる、人手不足と言えばそれまでだが、当然見えるものも見えない。稽古をしていないから、審判を辞退する等と言う、剣道会の常識はカナダでは通用しない。審判に出ることで自分の存在感を示す方が優先する。謙虚さなどと言う言葉はこの国には無い。審判をされる選手の迷惑など考える常識の微塵の欠片も無い。当然高度な返し技は全て旗が横に振られる珍現象。これでは、カナダの選手の技術向上など夢のまた夢。見ていて腹が立つのを通り超え、悲しさを覚えてしまう。哀れ。今日審判をした連中の中で、試合の休憩時間 中に規則について質問をしてきた審判員が居た。であるから、審判規則に眼を通している人は何人居るだろうか、おそらく皆無に違いない。居たとしても1〜2人。審判規則も試合規則も解らないから運営にも珍現象が起きる。こんな連中が選考して、世界大会に送るカナダの選手。世界に恥をかきに行くようなものだ。
11養心館の稽古
最近試合が近いためか、熊が京都大会から帰国間もない為に、京都のテンションを維持しているためか、生徒たちも気合が違う。昨夜の稽古なぞ、40分の切返し、打ち込みの後.地稽古に入るのだが、その時に、白熊と黒熊が先陣を争い、グリズリーの前に来た。結果、黒熊が白熊を跳ね飛ばし、順位が決まり、稽古に突入。熊も我が子とて、遠慮なくがんがん稽古をする。通常,正味、1時間の地稽古だがたいていは10〜15分は時間オバーする。稽古の終わりに、彼らは自主的に掛かり稽古を入れ、稽古が終了すると、熊の稽古着が汗でズクズクになる。気温は13度前後。日本より暑くは無いのに、汗の量は京都以上に掻ける。それはお互いに先を懸けて、攻め合い、打ち合うために気が抜けない。黒熊は技が早く返しも器用に使い、変幻自在。白熊は懐が深く、手元が固く崩れない。中には身長192CM、世界一早い面打ちと言われていたアレックス。全ての生徒に先を懸けて面を打つ。しかしこれが大変。彼らも先を懸けて面を打ってくるから、熊は年を忘れて、若者の中で、対等に飛ぶ。稽古が終われば、風呂に入り、筋肉を伸ばしておかなければ、夜中に痙攣で足がつる。今やっている事が、剣道なのか、運動なのか・・・ それはどちらでもいい。体を使える間は使うほうがいい。
10熊武者修行インジャパン。05
気は中国の文化な中で、大宇宙に無限に在る、眼には見えないが物を動かす力、強大なエネルギーと捕らえている、空気=風。台風。蒸気=上昇気流。冷気=水〜氷。電気=電灯、モーター、雷。など等。を見ても解る。人間にも気がある、陰気;陽気。気が強い;気が弱い。気が合う;気が合わない。気持ちが良い;気持ちが悪い。気は人間の意志をも動かす。気は人それぞれバッテリーのごとく、容量が違うものと思う。気は眼に見えないが大きな力を出す。気の相乗効果もありうるわけで、良い気を持っている人との稽古は楽しい。自慢ではないが、熊も好い気を持っているタイプの男であるらしい。過去に、昇段審査で苦労をしていた後輩連中に、稽古をつけた途端、審査に受かった人がたくさん居る。今回も、松下先生が8段合格。籠6段が誕生した。京都の立会いでも、岩崎先生が朝稽古の後、神がかり的な立会いを演じた。今回、西村塾で、磯ちゃんと言う、不思議な女性とであった。彼女は気を読めるらしい。詳しいことは解らないが、今度じっくり教えを請う。熊も気に関しては、我流で研究、勉強している。不思議な世界だ。その元になったのは中村天風先生の書物の中の。クンパハカである。このことは、羽賀の親父も、賀来先生も、原田源治先生もご存知である。もっと深く掘り下げて研究したいと思っている。
9熊武者修行インジャパン。05
今回非常に残念なことがあった。それは、賀来先生のお話が聞けなかった事だ。稽古の後、道場で挨拶に伺い、後ほど又という事でお別れしたまま、探せど探せど、何処にもお見受けしないまま、時間がたち、帰途に着いた。ただ、道場でご挨拶したときに、先生が、今剣道に求めるものが何か、後世に伝える必要がある。昔の先生はそれを口に出して言わなかった。だから今私がそれを伝えようと思う。と言われていた。これは良いお話が聞けると喜んでいたが、お聞きできないままカナダに来てしまった。何か書物にされるらしいようなお話でもあったので、お手紙を書いて、おねだりをしようと思う。又そのご挨拶に伺ったとき、以前先生にお聞きしたお話をウエッブサイトに乗せていることをお話したら、嬉しいお顔をされて、そうか、とまんざらでもなさそうなお顔だったので、今回も入手でき次第ここに記載しようと思う。ただ、先生が書物をお書きになると、結構難解な文章になるので、頭の弱い熊としては、直接お話頂けた方がいいのだが・・・・それか来年まで待つことにするか?鬼が笑うかな?とにかく、残念でならない。
8熊武者修行インジャパン。05
今回の京都、自分なりに課題を持ち望んだ 。今回4年ぶりの日本なので、この4年間に温めてきた面打ちが、何処まで日本で通用するか、それが知りたいと思って望んだ。ただ、8ともなれば打って勝つのではなく、勝って打たなければならない。そこで気の攻めも含めて自分への確認が最重要課題であった。最初に稽古をしたのが、京田辺で行われた武講同窓会での稽古。このとき、お稽古を頂いた松下先生が、此方の気攻めに軽くではあるがあわせて出端に面を無理なく出ておられた。今回八段を合格された由。納得。此方が強い気当りで望むと此方のペースになる。此処である程度の自信につながった。その後兵庫県豊岡市で,豊岡高校で,高校生と、地元の方々、4名とお稽古頂く。吉井先生7段にも気当りから面に飛ぶ、機動隊出身の若手の方とも同じ面を飛ぶ十分に手ごたえを得たが、吉井先生には3本良い籠手を頂、新たな課題が見えてきた。そして京都入り、西村塾の先生方と対面し朝稽古の約束をする。今年の野正範士の出端面の打ち込み稽古は、途中から初めて位取りの稽古を交えて頂、嬉しい限り、手ごたえを感じつつ終えた。賀来先生には相変わらず、柳に風と変されたが、2日目の朝、長い稽古を頂、一本だけ、気攻めで中心を割り、懐近くまで攻め込み、打った面を認めていただき、此処まで攻め込まなければならないものかと、改めて、自覚をさせられた。原田源治範士にも同じ面を試みた、やはり攻めが十分でないと胴を抜かれる。強い気当りで、懐近くまでせめて打てば何とかなる。今回は攻めで確認が取れたことが最大の収穫。西村塾の先生方との稽古でも十分確認が取れた。最後に、帰途、藤枝に寄り、お見舞い方々、羽賀の親父に気当りについて質問した。現在のやり方で、おおむね良との見解を頂いた。在り難い、持つべきものはよき師匠である。
7熊武者修行インジャパン。05
この、コナー、今まであまり書くことが無く、寂しい思いをさせた。そこで、熊の新たな体験も新着の中にカキコすることにした。今回京都で一番の収穫は何と言っても新たな剣友を作ることが出来た事。原田源治先生を中心とする、西村塾の方々と剣を交えたこと。岩崎先生、原田先生は旧知の仲。意外とすんなり参加出来たのは、塾長の西村先生の心が広く、お人柄が大きくて、求道精神に満ち溢れているからだ。最後に頂いた、西村流高速面は確かに、磯ちゃんが言う通り、何かが乗り移っていた。あれが完全な捨て身と言うことだろう。自分も一打ち、一打ち、捨てる事を念頭に置いて稽古をしている積りではいるが、人間完璧ではない。だからこそ、お相手下された先生方から、一つ一つ大事に学びたい。島野先生には、初めての経験?摩訶不思議な剣道を体験させていただいた。全く気の歯車が合わない。糠に釘?暖簾に腕押し?強さは感じられないのだが、熊の完敗。野間道場の、ご高齢の先生方とお稽古を成されているので、神妙の剣の境地にまで到達しているのでは????とにかく熊には大きな課題が残った。岩崎先生には、初太刀2本打たれて、冬眠熊が眼を覚まされた思いがした。その後、エンジンフル回転であばれ狂い、その勢いで、一時間の稽古を飛ばすことが出来た。久々の傑との稽古、自分からの捨て身の攻めが無いことを指摘。真剣みと、必死、自らの強い攻めを言い渡した。6段不合格がそこにある。器用さだけでは合格は無理。このコナーまだまだ書くことが出てくる。時間を見つけてカキコしたい。
6メンバー武者修行
ここにきて、メンバーが日本へ武者修行に出かける者が多い。先ずは、黒熊、どこか東京のゴミ捨て場に徘徊しているらしい。次にテイナ、台湾から、日本へ、世界を股に架けて出かけている。それにカズキ、岩手盛岡に帰郷。来年戻る計画とか?????分からん。
それに、ケイタが一年日本で修行すると言うことになった。おまけに、トモコとグリズリーまでが、五月に京都あたりを徘徊するらしい。やはり剣道という飯は日本が一番美味しいらしい。で、一時道場が寂しくなる今が、道場破りのチャンス?何の、残りの者どもも結構手ごわいから、心して掛かられよ。(笑い)
5:新入会員募集デモ
来る3月19日(土) 6.30PM CIC体育館にて、新人募集のデモンストレーションが行われる事になりました。今其の計画立案で、弱い頭をフル回転させています。バンクバー新報様のご協力で、案内文も出す計画です。この機会に剣道の良さ、子供の情操教育に最適な剣道修行。躾の教育を楽しく学べる事を紹介していきたいと考えています。日本には、武士道精神と、世界に誇れる文化があります。日本人だからこそ、失いたくない心。日本人が日本人として、世界に羽ばたく為に武士道精神が一番。新渡戸稲造先生の武士道は世界各国で絶大な賞賛を得ています。其の本家本元の日本が、武士道精神を忘れ始めてきて、世の中可笑しく成りはじめました。
反省は遅くはありません。新たな気持ちで再修行すればいいのです。我々と共に。伝統文化を学びませんか。年齢は関係有りません。
4歳から、80歳まで元気な方なら何方でも参加できます。ぜひお出でください。
4:武者修行。
ウェッブサイト、を書き初めて、初の武者修行者が2/13/05に来た。東京農業大学の学生?タレにそう書いてあった。小柄な子だが、気合もいいし、歯切れの良い稽古をする。性格の良さが稽古に現れていた。
若い子達には刺激的な稽古で有ったと思う。タケノリ、ケイタ、アキラ、辺りが、いい刺激を受けたに違いない。こう言う若い子が海外に出て、どんどん刺激を与えてくれることを祈る。正に、交剣知愛である。
3:スティブストン剣道大会
2/12カナダ剣道発祥の地のスティブストン道場の剣道大会がありました。この大会は、ロスアンジェルス、サンフランシスコ、ハワイ等からも選手が来る大きな大会です。西部地区カナダ、アメリカの有望選手が集まる大会で、各地区の実力、剣風をうかがい知れる、面白い大会です。そこで、ケイタくん三段の部で三位入賞。相手の難剣に惑わされたとか?難剣の本人が言うからには、どれほど凄い難剣だったのか、想像がつかない。マァ、大体は分かるけどね、南カリフォルニアは試合が毎月あり、勝つことのみに徹しているので、難剣が多い。その点、サンフランシスコ近郊の北カリフォルニアは、昔、倉沢八段が指導して来た生徒が育ち、確りとした剣風が残っている。何しろアメリカ、カナダは広い。地区地区で剣風が違うのは当たり前か??。それにしても、養心館は弱くなったな〜。皆
、年行ったしな。どっしりしていて、落ち着きすぎか?
2:ケイタくんおめでとう。
バンクーバー道場主催の剣道大会が(1/22/2005年)が在りました。ケイタくん16~20歳で個人優勝。
アヤコが女子部門で三位入賞、何時も一回戦で姿を消していたアヤコ、昨年のシアトル大会以後、成長が著しい。日ごろのたゆまぬ努力が花を咲かせた。やはり、「断続は力なり」。
姉弟だけが目立った大会。
コリャ〜他の奴らも確りせんかい!!、新人審判三人組も、まずまずの出来。K氏に誉められたとか。
1:カナダでご対面
ワーキングホリデーてバンクーバーで稽古を続けるMIYUKIさん。偶然武者修行で道場訪れた、斎藤君。
同じ名古屋の出身とは聞いていたが、なんと、二人はおんなじ道場の門下生。子供の頃一緒にお風呂に入った間がら?? オイオイ此処は剣道道場だよ。しかし、それは斎藤君が4〜5歳で、MIYUKIさんが高校生の頃のお話。ナンダ!!驚き。しかし、それ以来20数年ぶりの再会を偶然カナダの道場でするとは、お互い盛り上がってましたね。処で、そのMIYUKIさん、わたしの師匠の孫弟子でした。これも偶然の一部かな?
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