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138 近況報告 08/19/07

剣道とは直接関係が無いのだが、自営の悲しさ、仕事が忙しくて書き込みもママ成ら
ない。
だが何が何でも稽古だけは続けている。仕事が忙しいのは、売り上げが伸びて居るこ
とも有るのだが、ここに来て、新工場がそろそろ稼働するので、その追い込みにも時
間が取られ、又、こんな時にアクシデントが続く。

番頭君の父親が倒れて、彼が休暇を取っている。おまけにドライバー兼ミートカッ
ターの中国人が、肉きり機械の掃除で、指先に小さな切り傷を作り、その為に休んで
いる。つまりここ3日間は、ドライバー一人と、熊で仕事をこなしており、その為に
毎朝6時出社で、6時退社。12時間労働をしている。

6〜7人で働いてもそこそこ忙しい仕事を半分の人数でこなしている。まるで戦争だ。
仕事中は汗が体を濡らす。稽古で汗を掻くのには慣れているので、何の事は無いが、
軽い稽古状態が10時間から11時間続いていると思えば良いだろう。当然仕事が終われ
ば体はくたくた。ご飯を食べるや否や、布団にもぐりこむ生活をしている。

早寝早起き、まるで品行方正、真面目人間的生活を余儀なくされているのではある
が、
それでも、稽古日はそれだけ働いた後稽古をする。気持ちが充実しているのと、体が
疲れているので、余分な力が入らず、逆に良い稽古が出来ている。

週に三回ほど、大口の仕入れに持つが届く、1箱60LB〜70LB(30KG位)の箱8個
が週三回、30LBの箱35個狭い冷蔵庫に入れる。力仕事もあるわけだ。

それにしても。この年にしてみれば驚くほどの体力だ。剣道で培った体力と、精神力
はこんな時に威力を発揮してくれている。

新規事業も始めることにしているが、色々の障害にも悩まされるが、その克服アイ
ディアは不思議と泉のようにわいて来る。クヨクヨ考えている閑が無いのと、剣道で
頭がリフレッシュ出来ているから、気持ちの整理にも時間が掛からない。有難い事
だ。剣道が実生活、仕事、経営、全ての面で役に立っている。


137 剣道時代9月号 8/06/06

一昨日、剣道時代の9月号が手元に届いた。その表紙には剣友の北海道の古川教士が
ドント構えていた。
実はこの9月号の中で、K−NETの快楽と言うコーナーで、(P152)養心館のメンバー
写真と、東京の三楽寿司で集まった養心館別室のメンバーが出ている。おまけに其処
には熊の似顔絵まで紹介されている。

養心館のメンバーは全員ではないが、その日参加できた連中だけで、日本の羽賀の親
父の元から持ち帰った、養心館の欅の看板が写っている。

記事の内容は、熊が依頼されて書いた物で、今年、五月、京都大会を初め、全国でお
稽古頂いた、日本紀行を書いた物が記載されている。剣道時代に熊が登場したのはか
なり昔の事なので、記憶も定かでないが、剣道日本には過去、チョコチョコ紹介され
てきた。

今回、この記事が切欠で、又、時代さんの方からコメントの依頼を受けたが、その内
容に関しては書かない。
それが時代さんに対する礼儀だからだ。発行する前に熊がバラシテは本に成らない。


又、MIX@交剣知愛で知り合えた、別の誰かが、養心館別室について、記事を書く事に
成っているらしい。
最近、この別室のメンバーもかなり増えてきたので、少しづつでも剣道が良い方向に
向いてくれればと願っている。

来年の話をすれば鬼が笑うと言うが、来年の京都では何としてでも熊の首を取りたい
と言う勇猛果敢な方々が増えてきたのが嬉しい日本行きの新たな目標になっている。
昔なら、中々、剣道だけで知り合える事が少なかったと思うが、インターネットが出
来て、其処に養心館のウェブサイトを2年半前に乗せた事が切欠で、来客数は、45000
に迫ろうとしている。

ただただ、大先生方から教えを受けた大事な事を独り占めする事がもったいないと感
じて、8段を頂いた事を切欠に、公表に踏み切った。それがこれ程まで皆様に読んで
頂けたと言う事は、望外の幸せであった。

二年目にしてリニュアルを試みて、熊の考え方や、本来剣道はこう在るべきでは、と
いう熊自信の考えを、中には少々辛口で書いている事も在るのだが、大体において皆
様に賛同を得ている事が何より嬉しい。

勿論、熊の意見に反対な人は、中々、書き込みをして行かないであろうから、そんな
方が居るのやも知れないが、二度と訪れてこないであろうから、そんな方の心配はし
ていない。

熊の言う事、書いている事、その母体は大範士の先生方が、何とか後世に残したいと
考えて居られた剣道文化を継承しているに過ぎないので、それを受け入れられない
方々は逆に不幸だと思えるからである。

時代の中でも書いて在るが、本心から、8段にさせて頂いた、感謝の気持で、後進の
剣道人への、ご奉公の積りで、剣道文化の正しい継承に心を砕いていきたいと考えて
いる昨今である。


136 剣客来訪 8/01/07

昨日、剣道7段の、椎川先生が、養心館に見えられた。先生は、通常お仕事が香港を
基点に、中国と日本を行き来してお稽古を詰まれて居られて、昨年7段を合格された
と聞いた。

娘さんが、カナダの大学に留学されていて、その関係で毎年バンクバーを訪れて居ら
れるのだが、剣道具を持参したのは今回が初めてで、娘さんから、カナダでも剣道が
盛んに行われている事を知ったからで有るらしい。

その娘さんと、内弟子のタケノリが、学生の就職活動情報交換会の集まりで知り合
い、そのことが切欠で、
先生の道具持参に繋がったと聞く。

先生の剣風は、姿勢態度良く、非常に明るい気をお持ちで、積極的に攻めに出てこら
れる、好感の持てる剣風。世界を又に掛けて、ビジネスを手広く遣られているそん
な、気位を確りとご自分の剣道に表現されている。
約、1時間のお稽古で、館員全員とお手合わせを頂き、嬉しいひと時が持てた。

稽古後の、第一声が、「息子さんは強いですね〜」だった。カナダに8段が居る事は
知らず、香港や、中国で、剣道指導をしておられる関係で、カナダでも出来れば稽古
を付けて遣ろうと、意気込んで来られたらしい。
ところが、養心館でお稽古してみて、稽古を付けられる側に立たされた事に、正直驚
きを隠せないで居られたらしい。

元に立ち、白熊、黒熊、192cmの大砲、アキラ、タケノリ、の勢いある若手の攻撃
を受けて、シンペイ、クリちゃん、ツヨシ、ミサトの全員と稽古の後、熊の掛かって
こられて、最後はお互いに相面で10本ほど打ち込みを遣られて、先に面を取られて、
休憩に入られた。これだけ遣られれば、それは息も上がるでしょう。

熊自体が、これら若手全員を相手にすると可也しんどい思いをしなければ成らないか
ら、一般の7段の方々では可也キツイ稽古に感じた事は間違いない。最後は黒熊と熊
が立ち会うところを後ろからビデヲを回して居られた。何か感ずる所があったのかも
知れない。

帰り、お送りする車の中で、海外で、こんなにレベルの高い、おまけに、姿勢の崩れ
ない、真っ直ぐな剣風に出会う事が非常に少ないと感心されていた。そして、車を降
りられるとき、来年も道具持参できますので宜しくと、ご挨拶を頂いた。此方とて
も、喜ばしい限りですので、喜んでお待ちいたしますと伝えた。

こうして、交剣知愛の輪が世界中に広がりを見せていく。海外に居ればこそ、その速
度は日本より遥かに早いのだと、感慨深いものがあった。



135 若武者武者修行。

毎年夏場は忙しいのだが今年は人手不足もあり、尚更忙しい思いをしている。
おまけに新工場がほぼ出来上がり、追い込みで、色々検査を受けなければ成らないの
で、尚更時間が取られる。マア、忙しいのは嬉しい事なので感謝しているのだが、
中々書き込みも出来無いので、その点心苦しい。

誰も期待はしてくれては居ないと思うがそれでも、日に100人近くの方々が覗きに着
て頂けるので、何とか頑張って時間を作り書き込みたい気持ちはずっとある。

さて、未だに触れていなかったことだが、今年も養心館のひぞっこが、日本に武者修
行に出かけている。
まあ、武者修行といえば聞こえが良いが、要は鍛え上げてもらいに、しごかれに、
言っていると言った方が表現が当たるだろう。

今年は二年目なので、受ける方も真剣に、対応して頂いているようだ。去年は若年と
言う事もあり、怪我をさせないように、疲れさせないように、お客様扱いだったが、
今年は、完全に其処のプログラムをこなしているようだ。
こなすといえば聞こえが良いが、恐らく付いていくのがやっとではないのだろうか、
それくらい本格的な稽古をしている。

まあ、恐らく、ここ以上の稽古をさせて頂ける環境は現在他には無い。一流の指導
者、選手、綺羅星の如き中でヒヨッコが、必死に頑張っている訳だ。

母親から、時々知らせが来るが、一週間で体つきが見違えるくらい逞しくなったと知
らせてきた。
最初は疲れ果てて食事が喉を通らないくらい疲労困憊していたが、何とか暑さにも成
れ、体も付いていけるぐらい回復したようだ。本人は、切り返しの量が半端でないと
言っていたそうだ、それが当たり前の世界なのだ。

今、遣らなければ恐らく将来こんな鍛錬は出来ないと思う、年とともに体が利かなく
なる。精精20代前半までの事だが、それも10代からの積み重ねが有ればこそ出来る。


海外に居て、中々、本格的な鍛錬は出来にくいが、彼の場合、環境が揃っている。
1000人に一人、イヤ、万人に一人の環境だろう。彼自身、親に感謝せねば成るまい。
若い年代、何もしないでゴロゴロ時間を潰す若者が多い中、夏休みの期間、剣道にだ
け明け暮れる生活が有っても良いと思う。

日本の高校生なら年がら年中剣道に明け暮れる生徒が居て不思議ではない、打がそれ
では燃え尽き症候群になりやすい。期間限定で、死に物狂いで頑張る。だからこそ強
くも成れるのだと思う。
一回りも、二回りも大きくなって、帰って、来るであろう、門下生に心から応援をし
たいと思う。

134 7月13日暑いです。

自宅の、養心館サイト用にセットしてある、パソコンが、電話会社の手違いで5日
間、不通に成っていた。


その影響で、書き込みもママならず、良い塩梅となまくらを決め込んでいた。昨日
やっと復旧してくれたが此方の電話会社もいい加減なものだ。

何処かの家と間違っ接続を切ってあったらしい。これで商売になるのだから不思議だ

日本のお役所仕事と、どっこいどっこい。日本では、社会保険でゆれている。選挙も
それがらみで、論戦が繰り広げられている。ある政党は、憲法九条を立てに論戦を
張っているのだが、戦争を仕掛けない国。これは解る。
だが、万一、攻撃を仕掛けられたら、どうする積りなのだろうか。外国から見ている
と、やはり日本は平和ボケしていると感じてしまう。

毎年、6月の月末が、一番暑い日が続くのだが、今年は二週間遅れた。昨日から30度
を超えている。
湿気が無いだけましなのだが、やはり夜は寝にくい。又、気圧が安定しているのか、
風も無いので寝苦しい。

丁度、夜中12〜2時まで大相撲名古屋場所がHNKで放映されるので、窓を全開にし
て、夜風微風を楽しんでいる。寝不足に成りがちだが、人間眠くなれば必ず寝れるも
のだ。
おまけに、ここ二日、嫌に仕事が忙しい。良い事なのだが、暑いので疲れる。

さて最近の稽古で、相手の出端の気を捕らえる稽古に心を置いて、取り組んでいるの
だが、そこで気づいたこと。誰にでも必ず、打突の気の起こりはある物だが、攻めが
充実している相手はその気が見えにくい。と言う事だ。どちらかと言えば、タイミン
グ、や技だけで打ちに出てくる相手の方が、起こりは見えやすいことに気づいた。

これは何故なのか、自分なりに考えてみたら、ある結論が見えてきた。攻めが充実し
ている相手は、此方も其れなりに攻められている。だから、見えにくいのではないか
と考えた。実力それは拮抗すればするほど、相手が捕らえ難い。ましてや上の人なら
尚更攻めの力が違う訳だから、逆に踊らされてしまう。踊らされたら、起こりが見え
る何処ろの騒ぎではない。

そこで、気分を変えて、モット充実を図った。集中力を高め、打たれて良いと腹を括
り、挑んでみたら、それなりの効果が得られた。つまり剣道は、攻めの強さだ、ナン
ダカンダ言ってもその本人の気持ち次第だと言う事。
その気持ちの持ち方が最終的に明暗を分ける。技術の差などはそう開きがあるもので
はない。

充実した気位で、相手と相対すれば、その気の強さ、集中力の強さで開きが出てく
る。答えは其処にあると感じた次第。但し、技術は、それなりの、レベルに達してか
らの話である。動きを頭で一々考えている間は通用しない。

だから先ず自分の技術力を高めておいて、気の勉強に入るのが一番良いのではないの
だろうか、体が自由を得られないうちに,気だ丹田、攻めが如何のこうのといっても始まらない。


133 怪我の功名

油断して、7/3日に仕事で腰を少し痛めた。昔から、重いものを持つとぎっくり腰に
成る悪い癖がある。

若い頃、重い枝肉を担いで、冷蔵庫まで運ぶ、重ければ重いほど、自分が買って出て
いた。

若気の至りで粋がっていた。バカは煽てりゃ木に上る、それが祟って、腰に来てい
る。

カナダに渡った当時、生活の為に庭師をしたが、その時も、思い土運びや、濡れた
草、庭石を扱い、万年腰痛に悩まされた、このままでは剣道が本当に出来なくなるの
では、真剣に悩み、職業を変えた。

今の仕事はそんなに重いものは持たないが、配達で25kg程度の荷物で油断した。
ギクット腰に来たが、その日は大事をとり、慎重に仕事を進めた。次の日も腰に痛み
は有ったが、稽古に出た。

最初は、生徒の見取りだけする積りで居たが、初心者に打たせてやろうと面を着けた
のが良くなかった。(イヤ良かった)

乞われるまま、稽古が進むうちに、腰の痛みが感じられなくなり、普通の稽古が出来
た。だがその中で、自分で無理が利かないと思っていたので、何時もより慎重に稽古
を進めた。

何時もは自分の気の強さを反映して、少々強引に仕掛ける事が有る。だが
その日は、無理なく相手の動きに応じ、要所。要所を締める感じで稽古してみた。

そうすると、無理が出来ないだけに、打ってやろうと言う欲も出ない。そうすると不
思議に相手が見える。

普段の稽古より、機会の捕らえ方が良いではないか。不思議と面が良く出て、決まる
率が高くなった。

やはり剣道で大事なのは、「単なる強引さではなくて、落ち着いた中での見極めが大
事だと言う事だ」と感じた。

昔から言う「唯、打つと思うな、身を守れ、自ずと漏るる、しずがやの月」と言う教
へが思い出された。

如何に無欲な状態で相手と相対する事ができるか、偶然にも腰痛が教えてくれた気が
する


132 日本の底力?経済力?

他の書き込みでも書いてあるので、解る人も居ると思うが、先週6/22.23は千葉仁範
士他10名の客を迎えて稽古会と、形の講習をして頂いた。今週は、他の道場に、お忍
びで某範士八段が御来加頂き3日間に渡り、講習会を開いて頂いたようである。

熊自身は仕事の関係で、参加出来ず、最終日6/30日後半に参加をさせて頂き、お稽古
も頂いた。某範士とは、20年以上から、知り合いで、かなり、お稽古も頂いた中であ
る。彼は日本では超有名な剣道家でだから、今回お忍びで観光が目的でカナダに見え
られた。

殆どの剣道家がそうであるように、観光といっても回りがお稽古を期待するので、道
具持参と言う事に成る。
 
千葉仁範士もそうだし、過去カナダにお見えに成った剣道家の殆どがそうならざるを
得ない。

それは何故か。皆さん剣道の知人を通してカナダに旅行されるからである。只中に
は、極少数、個人的な用で見えられる方々も居る。

その方々は剣道が目的ではなく、仕事が目的であったり、剣道とは別のお仲間と一緒
だったりする。

学校の生徒の旅行の付き添いで、カナダに来たという方もいたり、結婚式に見えた剣
道家も居れば、カナダに居るご子息の元を訪ねられた方も居る.

皆さん剣道界では超有名な方々ばかりなのだが、稽古がいただけなかったのは残念。
まあ、熊の場合、ほぼ毎年日本に出かけるので、お稽古を頂こうと思えば出来ない事
も無いが、地元に居る剣道家は中々チャンスが無いので、出来れば1〜2回は稽古の機
会を頂ければ有り難いと思う。

そのほか来月8月には、東京から、野間道場で良くお稽古されているTK八段もお見
えに成る事に成っている。
 
やはり日本は元気に成ってきたのだと思う。バブル崩壊後は本当に静かだった、カナ
ダ参り、ここに来て又、脚光を浴びだしたようである。
 



131 12日目、北信越稽古会、志貴野剣友会の稽古

5月12日朝、8.00過ぎに名古屋から、富山行きの急行に飛び乗り、1.30に富山駅に着
く。
富山駅にはエレベーターも。エスカレーターも無い。50キロを超える重い荷物を手に
持って、階段をあがる。

これは並大抵ではないが、汗を掻き掻き何とか、駅裏に出る。駅裏から、武道館まで
は10分もあれば行ける。

幸い、トランクには車が付いているので、転がしながら、武道館に着いた。稽古は3
時からなので時間がある。

トランクから、道具、道着を出して、準備をしておく。玄関でうろうろしていると、
元県警師範の勇次先生が来た。

挨拶をして、近況を聞くと、血圧が高くて、一度倒れたと聞く。事なきを得て、現在
に至るが、稽古は余り出来ないとの事。年は熊の5才上だが、稽古が好きな人だった
から、心中を察すると心が思い。だから鏡は見取り稽古に徹するのだと笑っておられ
た。自分も血圧が高いので人事ではない。

さて稽古が始まった。参加される殆どの先生方が高段者、中には福井、石川、新潟、
長野、岐阜の垂れも散見される。熊には殆ど、富山勢が掛かって来る。一番手は、弟
分の坂井教師七段が来た。一年ぶりの稽古だ。坂井はかなり意識しているのか、本来
の力が出ていない。今晩の再稽古に期待をする。

長身の、福井の先生が掛かってきた、剣風の好い、綺麗な剣道だが、欲を言えば少し
剣道が硬い。
お若いので、これからの方だと思った。そのうち、、熊の若い頃のライバル?全日本
10回出場の大○君が掛かってきた。彼は熊より5歳下だが、七段審査は同時に合格し
た間柄だ。彼は、全日本で上段でベスト8まで勝ち進んだ事がある名選手だ。

その彼が、熊に手を焼いている。殆ど熊のペース。その稽古を後ろで勇次先生が見て
いて、笑っていた。
熊は、抜歯の術後左肩の痛みが取れたお陰で、左腕の納まりと、操作が軽い。彼が打
ち出す技は殆ど返すことが出来た。

彼自身、驚いていたようである。坂井もそれを元に立ちながら横目で見ていたらし
い。帰りの車の中で驚いていた。試合試合で遣ってきた稽古、地力をつける事だけ考
えてきた稽古、やはり、大きな差が出てきたようだ。

稽古の後、彼れが挨拶に来た。正直水をあけられた事を肌で感じていたようだ。この
稽古のお陰で、次の日の稽古は機動隊の連中が、前に連なった。勇次先生も、大○君
も機動隊の連中に熊に掛かることを勧めたらしい。

さて話は前後した。武道館を出て、告ぎ成り稽古場、高岡の坂井の道場、志貴野に出
かけた。今年は、中身を重視したいからと、招聘した選手は殆どが6段以上、5段1四
段1でこじんまりと行われた。

坂井が今度も最後に掛かってきた。今回は前回の反省からか、中々落ち着いて確りと
攻めてきた。だから技も好い。これが彼の実力なのだが、どうも兄貴分と久々に稽古
すると、気持ちが焦りを見せるらしい。
稽古後、六段連中が皆間合いが近い。その事を、説明して、帰宅したのは11時過ぎ。


稽古稽古の日が暮れた。

13日目、は朝から、又富山武道館に出かけた。今日は全剣連の指導法、審判講習、が
岡村忠典講師の下で開かれた。岡村先生の指導は非常にわかり易い指導で好評を得
た。

稽古会に入り、驚いた事に、勇次先生が面をつけて出ていた。稽古後に聞いたら、昨
日の熊の稽古に刺激を受けたらしい。まだまだ遣れるじゃないですか。

熊の目の前は県警機動隊の連中で、満席状態。彼らは若いし毎日稽古をしている。又
業も早い。だが、此方とて、そうやすやすは討ち取られない。皆、不思議そうに頭を
傾げていた。
彼らの殆どが、必ず色を見せてから打ちに出てくる。その色を押さえて打つか、出鼻
に飛べば此方が有利に立てた。

稽古後、彼らに、リズムで打たないこと、確り攻めて相手を崩してから打つことを勧
めた。
又、県下の若手で、今伸び盛りの連中も我先にと掛かってきてくれたお陰で、好い汗
が掛けた。
充実した稽古が出来た二日間であった。明日は又東京に出る。術後の抜糸、その後千
葉ちゃんと飲むことに成っている。

これで今回日本での武者修行が終わる。色々学ぶべき点が多い旅行だった。健康で居
られる事に感謝した。


130 11日目 常滑市稽古会

今日は稽古会まで時間が有るので、熊女房が昔働いていた会社の先輩達と昼食を共に
取る約束をしてあった。二人の先輩の一人の親御さんが風の盆で有名な富山県八尾出
身と聞き、話に花が咲いた。

短い時間ではあったが、楽しい時間が持てた。そして電車に乗る前に日本の100円
ショップ、ダイソウで買い物をする。熊はジャズの歌物CDを4枚買った。たまに、
気が向いたらギターで弾き語りをしているので、ジャズのスタンダードは、欲しい
CDであった。

熊女房は、料理関係の、ゆず胡椒、や色々の香辛料の練り物、台所で使う何にやら雑
貨を買い込んでいた。
それにしてもこの価格は驚く。価格破壊なのか、それだけメーカーが利益を掛けてい
るのか、少し不可解な気になる。それで、名古屋名物、ウイロウを買い帰途に着い
た。夕方から始まる稽古の為に、お土産のチョコとお茶を用意する。

夕方、風がかなり強い日だったが、稽古会に出かける、ここの稽古会昨年もお邪魔さ
せていただいた。鬼崎中学校の武道場。試合コートが二面取れる、道場なのだが、床
にスプリングがいれてあり、足の心地が非常に良い。最初、二日稽古を休んだので、
何と無く体も重かったが、徐々に調子が出てきた。

この稽古会は毎年名古屋地区で行われる全日本剣道連盟の昇段審査前なので、六段、
七段受検者が、
稽古に来ている。又中には、昨年高校を出たばかりの若手の剣士も居て、バラエテ
イーに飛んだ稽古が出きる。

ここの稽古会で稽古をして毎年感じるのは、稽古振りが良い事である。余り、変な駆
け引きをする剣士が居ない。まあ、昔熊も愛知県の大家、榊原正範士に指導を得てい
るので、剣風が近いのもあるのかもしれないが、
稽古がやり易い。俗に言う難剣が少ないのだ。

真っ向から打ちに出てきてくれる。だから此方も真っ向から行く、さいきん彼方此方
で剣道をさせて頂いて、感じることは、試合剣道が蔓延しすぎて、高段者を相手に試
合剣道で駆け引き稽古を仕掛けて来る剣道家が多い中、ここの剣道会は、細川先生の
ご指導宜しきを得て、正しくご指導が行き渡っていると感じた。

又若手の指導者も、中々真摯な稽古で、ひたむきな剣道には感銘を受ける。
熊女房の昔の師匠が今度七段に挑戦するらしい、審査を意識しておられるのか、少し
硬さが見られる。
技前はそれなりの力があるので、硬さが出なければ通るのでは無かろうか。

若手の剣道家が、ドンドン力をつけて、伸びてくるのは見ていて嬉しく気持ちが良
い。剣道は、やはり人柄が出る。良い剣道をする人は性格も良い。又、逆に性格が良
くないと良い剣道が出来ないのも然りだ。
ここの剣道会稽古後の懇親会が又楽しいのだ。色々質問されるが、出切るだけ解りや
すくお答えする事にしている。

ここでも交剣知愛の輪が広がっていく。楽しきカナ我が剣道修行。
 

 

129 10日目、市場リサーチ

今日は、7.00起床で、買い置きのパン、ミルクで朝食。
午前中に母屋まで行き、10時過ぎに家を出て、NHKのビジネス未来人で取り上げら
れた、豚肉専門の肉屋さんに出かけた。この肉屋さんは、半田市にある生産から加工
販売まで一気に手がけ、おまけに非常に旨い豚肉を販売している事で、有名な名店で
ある。

店にはバべキューが出きる施設もあり、近隣のお客様を喜ばせている。又店には、自
家製ソーセ-ジから、惣菜何でも置いてある。偶然社長が在席しておられたので詳し
いお話をうかがう事が出来た。

豚肉を生産した当社は筆舌に尽くせぬご苦労があったと聞く。今は、有名デパートで
も、ここのブランド肉は20%高い値段で市場に出回っている。向こうから買い付けに
来るくらいにまで成ったと聞く。

熊がカナでの肉屋だと聞き、極秘情報を豚肉生産のポイントから、販売戦略まで惜し
げもなくご披露頂けた。
今、熊がここで取り組んでいるやり方に、彼も非常に好感を持ってくれた。味、品質
は絶えず同じ味、品質をキープする。それがお客の信頼を得る。価格は少々高くても
旨い肉なら必ず売れる。

自家生産の豚肉を全ての部分、捨てる事無く全てを使う事により利益率を上げている
のだと聞いた。
熊も、同じ構想で経営をしている。マダ自家生産とまでは行かないが、方向性が同じ
なので先方も驚嘆していた。

大変お忙しい方だと聞いていたので、予約無しに出かけて、偶然お会いする事が出
来、お話が伺えた、幸運だ。お会いして熊も益々、自信の裏づけが出来た事は、大い
なる収穫であった。

お昼は半田市で最近評判の居酒屋兼お食事処で、ランチを食べた。今流行のヒュー
ジョン料理。
無国籍料理。とでも言えばいいのか、先ず最近は味に国境が無くなった。意外性が、
又、旨い。
又食べるほうとしては、旨ければそれで良い。自分が食べ物に非常に興味があるの
で、参考に成った。

昼過ぎは、名古屋に出て、デーパートの地下、食品街の探索。松坂牛、近江牛、但馬
牛、飛騨牛、
それぞれ、非常に品質の良い肉が並び、その価格もかなり高価な値段がついていた。

カナダではマダそれほど高級な肉は売れないが、それでも、それに近い品質の肉を並
べている。

それにしても日本は、異常に神経質な包装をしている。野菜、肉、全てに於いて、こ
れが全てゴミになるのだと、思うと、少し嫌な気がした。地球温暖化がこれほど騒が
れ、世界中が異常気象で苦しめられている時、
小さな島国とて、必ずそのしっぺ返しが来る事は覚悟しておいたほうが良い。

無駄な包装、その為に跳ね上がる物価。カナダが@/3の食材費用で済むのはそれなり
の理由が有るのだと、感じざるを得なかった。

帰宅して、その晩も、近くの 和風レストランで、家族全員で食事をした。
 

 

128 9日目 打ち合わせ。やっと休日

9日目朝、4.30時に起きた。毎朝、朝稽古で早起きは体に馴染んでいる。別段苦痛で
はない。
 
シャワーをとり、朝食は買い置きのパンとミルク。5.45分に女房とホテルを出て、藤
枝駅に向う。
 
歩いて3分、荷物が何しろ重い。剣道具が二組稽古着が全部で4組入っていておまけに
濡れているからだ。その他にスーツや、着替え、お土産まである。

その荷物を静岡駅まで運び、熊は仕事用のカバンだけ持ち、後は女房に預ける。女房
は一足先に名古屋の実家に帰り、全て洗濯しなければ成らない。自分の荷物と共に、
大人の人間一人は軽く入る、トランクまであるから、大変な量の荷物。名古屋駅まで
両親に迎えに出てもらうから大丈夫と言っていたが、忙しい両親だから・・・

熊は急遽東京にトンボ帰り、朝8時前に品川に着き、品川から山手線に乗り換えて、
目黒まで。目黒にある、畜産関係の大手商社と会合。合う約束が9.30だったが、早く
ついたので9時に出向く。向こうはそれでもキチンとと対応してくれた。

それにしても暑い日だ、午前8時過ぎだと言うのに汗ばんでくる。竹刀だけは自分と
行動を共にしているので、
会社までの道のり役15分、邪魔だな〜と人生で初めて思った。剣道家が剣道の為に道
具と行動をするときは良いが、それでないときは本当に邪魔になる。苦笑。まあ、今
では宅配で道具を送る時代だから、次代も変わったたものだが・・・

会社に訪れた相手も、剣道ですか?
と問われたので、「今回の渡航目的の一つです」と、答えたが、理解には多分ほど遠
いだろうと感じた。

本来ホリーデーで、剣道修行だけが目的だが今回は、仕事が上手く絡んだ。機械の搬
送確認。
将来に向けての取引確認。両社とも非常に乗り気でありがたい。これも今だ誰も手の
付けていない事業なので、やはり機先を制することは、何も剣道だけではない。誰も
気付かない所、誰も手の付けていないこと、それをやれれば、競争が少なくて済む。


後はカナダ政府の対応だけだ。それは息子の仕事、それも時間待ちの状態だ。親爺は
自分の責任をちゃんと果たした。それで、11時の新幹線で名古屋に向う、名古屋から
知多半島の常滑まで約1時間。

午後の三時過ぎに女房の里に着いた。女房は洗濯物の山と格闘中。剣道具を干し、稽
古着、下着、着替え。一週間余、京都のホテルでは下着は洗濯していたが、それでも
旅行は大変だと改めて思った。

毎年、行う剣道旅行だが、今年から新しく新調した剣道具は、日本においておくこと
に決めた。
その晩は、女房の家族と、食事をすることに成っていた。だがその前に義父?の手作
りのビールを飲む。
これがコクがあり旨い。出二人ともほろ酔い気分で食事に出かけた。運転手は飲まな
い義母が担当。

だが、義父、義母とも熊と年が余り変わらないので、名前で呼び合い、義兄弟と言う
事にしてもらってある。
それにしても、寛容な両親だと思う。彼らにはもう一つの別邸があり、熊たちは何時
もそこで泊めて頂いている。
海岸に近く、ほのかに潮の香が漂う、閑静な落ち着きのある家だ。静かに夜は更けて
いった。
 

 

127 8日目 養心会での稽古

八日目の朝はゆっくり起きた。朝10時に葛西まで行かなければ成らない、西村医院
で術後の検診を受ける為だ。東京駅に出て、葛西まで行く。西村医院のスタッフは美
人ぞろい。検診を受けて、その夜の稽古の許可が出る。普通、抜歯をしたその翌日稽
古が出きるほうが可笑しい。それだけDR西村の手術が凄いと言う事だと思う。

普通歯を抜けば顔が腫れても不思議ではない、だが顔の何処にも腫れが無く、面をつ
けても大丈夫だと言う事。これには驚きを隠せなかった。だがDRはマダ余り無理な
稽古はしないように注意された。熊の稽古狂いを知っているからだ。ありがたい勧告
だが、面を着装してまで、それを覚えて居れるかどうかは自信がない。

検診の後、東京に戻り新幹線で静岡経由で藤枝に。
藤枝では羽賀の親爺の生徒達が作る養心会と言う稽古会があり、夜それに参加するた
めだ。

それと今回、もう一人の西村氏に大変なお世話になった。藤枝の西村氏は羽賀の親爺
の弟子、つまり熊とは兄弟弟子の間柄。運送会社の社長さんで、今回、熊が、新工場
設立の為に日本あちこちで買い集めた機材を集荷、梱包、保管をお願いしてあった。
 
それともう一つ。親爺が昔静岡の鞠子で開いていた養心館道場の、看板をカナダに持
ち帰る為にそれの梱包もお願いしてあったからだ。

その看板は欅の一枚板に、墨彫で「剣道養心館」と書かれている立派な物。桐の箱に
納められていた。
 
それを関西空港まで送り出してもらった。そのほか機械類の検品をして、藤枝駅横の
ホテルにチェックインして。
親爺の家に向う。親爺の家では話に花が咲き3時間くらいご指導にあづかった。

親爺は今年90歳。もう形見分けでもするが如く、ご自分の愛刀2.4寸と斎村五郎
範士が使われた竹刀のレプリカを一緒に熊に預けられた。

これを渡されたと言う事は、もう完全に養心館は熊に譲ると言う事なのだと思った。
責任重大だし、親爺の心を絶対に無にしては行けないのだと心に誓った。

看板、愛刀、師匠からの竹刀。この三点は親爺自身の片身。剣道家としての親爺自身
なのだと思う。
 
ひょんなことでカナダに来る事になったが、現在の日本の剣道界に置くより、マダ、
カナダのほうが親爺の心を生かせるのかも知れな感慨が深かった。道場の宝として、
大事に代々受け継がれていく事だけは間違いない。

親爺に後刻道場でと挨拶をし、タクシを呼んでもらい、家を後にしてホテルで小休止。
6.30に西村氏が車で迎えに来てくれた。道場ではもう既に子供の指導が始まっていて、
親爺が椅子に座り稽古を眺めていた。
 
その横には京都の土産の真竹の竹刀が15本置かれていた。生徒の皆に分け与えるため
だ。

熊もそれと同じ真竹の竹刀を仕込んでおいた。それを今日下ろすことにしている。肉
厚の確りした竹だ。
 
調子身良い。子供の稽古が終わり中学生と大人の稽古が始まる。熊も面をつけて元に
立った、一番手は西村氏、去年から比べれば、格段の進歩が見られた。剣先が鋭くな
り、技が冴えてきている。御精進が伺えた。

その後、次次に掛かってこられたのが、4番目に八段審査の一次を何度も通過されて
いる、兄弟子、彼とは壮絶な戦いとなった。おまけのどっちも譲らない。意地と意地
の戦いのようになった。

おまけに時間も長い。親爺が業を煮やして、何度も立ち上がりかけたらしい。とうと
う我慢が出来なくなったのか、雷が落ちた。「何時までやっとるか。」熊としても
兄弟子の気持ちは解る。

だから此方も譲る事無く、思い切り戦わせて頂いた。西村氏が再度掛かってこられ
た、そして他の生徒の方々と熱い戦いの後、最後に正平先生、羽賀の親爺の娘婿さん
正剣で綺麗な稽古の方だ。その方と思いの行くまで剣を交えて、旧交を温めあった。


稽古後、竹刀を見たら、真新しい真竹の竹刀の竹が折れていた。まあ、刀は尽きたか
も知れないが、熊の心は晴れ晴れとしていた。羽賀の親爺に別れの挨拶をして、ホテ
ルに帰りシャワーを浴びて、西村氏と正平先生と熊夫婦と食事に出かけた。親爺な話
が出た。正平先生は県庁にお勤めで農事部長を勤めておられた。

その彼が、農事部部長を拝命した時に、親爺から耳の痛いアドバイスを受けたらしい。
彼はそのお陰で、意見を聞き入れ間違いなく仕事を勤め上げられたらしい。親爺は何
時でもその時々に応じ、生徒に適切なアドバイスをしてきたのだという。

そういわれれば、熊も人生最大の危機を親爺のお陰で乗り切れた。又、居合いの弟子
の範士の人も親爺に救われたと言っていた。

親爺は剣道を通じ、世間の、世の中の指導者としても一流で有ったのだと改めて感心
せざるを得なかった。
 
明日の朝、6.00の電車で又東京に戻らなければ成らない。もう一社ミーテイングが控
えている。
 
話は尽きなかったが、午前様になる前にお開きにしていただいた。心地よい疲れが心
地よい眠りに誘ってくれた。

 

 

126 7日目、三楽稽古会

5時に池袋のホテルを出て、新宿経由、中野坂の上にある、三楽寿司へ向う。
6時から、関東圏内MIX会員の方々と、卓上稽古会が予定されていたからだ。

中野警察署を目指して歩くと、途中に小さな肉屋があった。店構えは小さいが、品揃
えは中々高級な肉を揃えていた。同業者なので、やはり気になる。価格、品揃え、陳
列の仕方、事細かにチェック。参考に成る事が多い。時間がまだ有ったので、裏通り
を散策する。やはり日本は道路が狭い。火事になったら大変だろうと思った。

中野警察署の前で、向こうから手を振る御仁が居た。伊福さんが店の前で出迎えてく
れていた。中に入ると店主のクニさんともう一人上品で優しげな女性が椅子にかけて
待っていてくださった。ご挨拶をすると、その方は、kameさんだった。其処に、熊女
房が来る。彼女は友達と会うために熊とは別行動を取っていた。

そこで話をしていると、やぶっちさん、が見えて、Mitsuさん、おにくさん、キーチ
さん。話が盛り上がり、何を話したか忘れた。笑。それくらい皆熱心に熊の引き出し
を空けてくれた。

その時の話は、皆さん色々MIX コミュニティー養心館分室に書かれているのでそ
ちらを参考にして頂ければありがたい。、マア、それにしても皆さん熱心。根堀葉堀
聞かれるので、要らぬ事まで話したような。

三楽稽古会は、熊を囲んでの座談と言う事で始まった。
又クニさんの作る肴が旨い。感謝感激の夜が更けて行きました。

別に熊が特別の剣道秘術が有る訳ではない、ただ、今まで教えを受けた方々が偉大な
方々で、続に言う耳年間。まあ、自分なりに体を掛けて、体得してきた自負はあるが
それとて何ほどのものではない。

ここで一番驚いた事は、参加された方々が皆さんが、非常に真剣に剣道に取り組んで
いると言う事実だ。

MIXの参加者しかり、西村塾の剣客の方々しかり。剣道は何も専門家の一特殊集団
が支えているのではないと言う事、こうした市井の方々の熱心な支えにより剣道界が
成り立っていると言う事を改めて認識させていただいた。

熊は日本から離れたたところで剣道を学んでいる。情報が入ってこないだけ、古い時
代のものを継承しようとしているのかもしれないが、今回、市井の方々のほうが、専
門家集団より熱心に真摯に勉強しているのではないかとすら感じた。剣道から、文化
的背景を取り除いたら、単なる棒切れの叩き合いでしかない。

其処の所をキチンとわきまえて、奥深い質問には正直手を焼いた。だが反面嬉しくも
あった。まだまだ日本の剣道界も捨てた物ではない。この市井の方々が居る限り剣道
は正しく継承されていくに違いない。

そんな、無常の喜びを噛み締めた一晩でも有った。この出会いを心から感謝させてい
ただいた。

新宿の雑踏の中、散りじりに分かれたが、又何時の日か、今度は剣を交えて、解禁を
開いて話し合いたい、そんな思いに後ろ髪を引かれながら、車中の人となった。素晴
らしい剣豪達の夢の後。心から有難う。

 

 

125 7日目 野間道場

朝五時に起きて、シャワーを取り、池袋駅西口に向かう、途中の立ち食い蕎麦屋で、
山菜蕎麦を注文。
350円、安くて上手い。ここも毎年利用させていただいている、24時間営業の店だ。

それで有楽町線の改札まで行き、護国寺までの切符を買い電車に乗る。二駅目なので
すぐに着いた。
階段を上がると、講談社の前に出でる。以前来た時は横の守衛門から入り階段を上が
り道場に行けたが、今は工事中で、通り抜けが出来ない。そこで其処の横にある坂を
ゆっくり登った。

時間はまだ早く、道場に来る人影はまだ無い、道場の横を通り、玄関横のお宮さんに
お参りしてから玄関に向かう。玄関はもう綺麗に掃除されて、客を迎える準備が出来
ていた。恐らく会員の誰かがボランティアーで準備をなされていると思うが、大変な
事だ。これだけでも人間修行になる。有り難いと感謝しながら中に入る。

玄関で記帳を済ませ、中に入り着替えをして道場に向い一礼をして道場内に入り、下
座の下に道具を置かせていただく。もう既に一人の女性の方が鏡を見ながら素振りを
しておられた。竹刀を出して熊も準備体操をしていると、係りの方が見えて、熊の道
具を上の席に持っていかれた。

そうこうしていると、友川先生が見えられ御挨拶をする。又中には顔見知りの会員の
方も居て。10数年ぶりですか、と懐かしそうに話しかけてこられた。もう既にそんな
月日が経っていたのかと感慨が深い。
それにしても、厳かな雰囲気の道場だ。床の木目が人の足で削られて、板目だけが
くっきりと浮き出ている。

どれだけの、血と汗を染み込ませて来たのであろう。どれだけの剣道家がこの床を踏
みしめて命を削り鍛えてきたか。その木目一つ一つの年輪の深さに、熱い思いが湧い
てきた。やはりここには神が居る。剣道の神様が居る。

稽古が厳かに始まった。いちはやく面をつけて立った。稽古は大体お一人三分から四
分。次から次10数人お相手させていただいた。中には喧嘩腰で掛かられた方も居たが、
其れは此方も特意とする所、小手返し返し面を強かに打たせていただいたら、自分か
ら矛を納められた。

総じて、お稽古は真面目で気持が良い。間合もそれなりに気を配られてお稽古されて
いる。ただ惜しむなくば、姿勢が崩れる方が数人居られたのが残念。天下の野間道場
での修業をされているのだから、お心の磨けるご修行をしていて頂きたいと思った。

稽古後のご挨拶を受けていたら、柳に風さんが名乗り出られて、ご挨拶を頂いた。
お稽古前に名乗り出ていただければ、もう少しお稽古をしたかったのだが、残念。
だが、真っ直ぐな気持ちの良い面を打っておられた。
やはり剣風は人柄を表す。又お稽古頂きたいと感ずる立派なお稽古でした。

稽古が終わり、お風呂を頂き、汗が中々引かない、更衣室では島亮さんが待ってい
た。彼とも長い付き合い。
10数年前にもお稽古頂いていたのが彼の日記の中にあったそうで、ここ最近は毎年京
都で西村塾で剣を交えている。今回彼は意識して攻撃を掛けて来ていた。何か記する
所が在ったのだろう。彼も正剣で気持ちが良い。

それから池袋に戻り熊女房に道具を託して、そのまま山手線で、目黒まで出る、仕事
関係の、日本最大手のハムやさんに顔を出す。話合は非常に上手く進んだ。後は時間
待ち良い取引が出来そうな感触を受ける。

それから、葛西に出向く、もう少し早い時間に着きたかったのだが、電車が不慣れ、
の為に手間取ってしまい、1時近くギリギリに駆け込んだ。西村先生にかねてお願い
してあった抜歯手術を受ける。この人は名人だ、天才だ。歯の麻酔をかけるとき少し
痛みを感じただけで、後は全然痛みを感じないまま抜歯が済み、上あごの骨まで削
る。

通常抜歯をすれば頬が腫れ上がるのだが、術後全然痛みも無ければ顔に全くの腫れも
出ない。
おまけに、慢性に出ていた左肩の痛みが取れて、腕が楽に上がるようになった。不思
議な事がある。
来年は反対側の手術をお願いしておいた。これは彼だけの世界。誰も信じない世界だ
が、熊は完全に信じる。

其れが後から偉大な力をくまに与えてくれる事はまだこの時点では気が付かないで居
た。
それから又、池袋に戻り宿で少し仮眠を取り休んだ、夕方6時からは又別の稽古会が
ある。この稽古会は、実技が無いので、道具は要らない。ただ術後なので酒が飲めな
いのが少し残念な気もしたが ・・・   続く


 

 

 

124 六日目の京都

六日目の朝、5時に目は覚めたが、体が重い、おまけに目やにがひどい、熊は体が疲
れると朝、目やにがひどくなる。今日は立会いだから、軽く朝稽古をした方が良いの
だが、面をつけるとツイツイ熱が入り我を忘れて稽古に没頭する癖がある。

恐らくこのママ、朝稽古に出れば、又目いっぱい稽古をしてしまい、立会いに不具合
が出そうな気がした。
それくらい体がだるい、去年から血圧が少し高くなり、薬で抑えながらの稽古だか
ら、万一何か起これば人様に迷惑を掛ける。それだけは避けなければならない。

今まで、京都大会に出て、朝稽古に出なかったのは今回が初めて。だが、やはり昔と
違い何時までも若くない。
長く剣道を楽しみたければ、自重する勇気も必要だと自分に言い聞かせ、朝はゆっく
りした。
別に立会いだからとは言え、気分が高ぶるでもなく極自然な朝だ。

だが立会いの時間が10時頃なので8時にホテルを出て、武道センターで着替えをし
て、軽く素振りだけをして、9.30頃武徳殿に入る。 試合が粛々と進む中、熊の少し
前で警視庁の西川氏が不覚を取った。
去年は目の覚めるような小手返し面で勝ちを収めたが、魔物は密かに今年の彼に、囁
いたのかもしれない。

その試合を見て熊は、急に「よし心を引き締めなければ」と意識をしてしまった。
自分の立会いの番、気力は充実していたが、お相手が九州の先生だったので、多分被
いてくるであろうことは想像していた。案の定被き小手に来られたが、余りに的が当
たりすぎた為に、熊の手元が浮いてしまった。

其処からの面、お相手はその小手が当たらなかったので間を引かれた為に、面が届か
ない。で二太刀そのまま追い込んで面を打った。熊に竹刀はお相手の面を捉えたが、
追い込みが深く深打ちに成ってしまった。

やはり立ち上がりの初太刀が狂えば調子も狂う。その後、3度打ち合いが有ったが、
部位を捕らえているが、不十分な打ちに終始してしまった。

気分では負けていない。戦いでも負けては居ないが、結局2分間ではホームランを打
つことが出来なかった。
去年一年間、腹と左手と丹田を意識して稽古してきただけに、初太刀で手元が浮いた
事が、反省の大きな材料として、心に残った。本番で、それが実行されなければ何に
もならない。自分の未熟を恥じた試合内容だった。

通常、熊は京都大会は最後まで見る。だが今年は仕事の絡みがあり、昼過ぎに京都
を発ち、新幹線で富士宮に向かった。其処には熊の35年来の教え子が酪農をやってい
る。彼の息子も現在熊に家に居て、内弟子をしている。その彼に日本の牛肉生産の実
態を学ばせてもらうための準備を頼んでおいた。

翌日は、豪雨の中であったが、生産者との話、実際の肥育現場を目の当たりにして、
牛肉肥育は30年前とは完全に変わったことに驚かされた。そしてその生産者が卸をし
ている肉屋まで出かけてその牛肉の味見もした。
非常に上品な牛肉に仕上がっていた。色々面白い構想が浮かぶ中、東京に出て池袋の
ホテルに入る。

朝、野間道場の稽古会に出る予定があるからだ。池袋から有楽町線で二駅、便利が良
い。
又警視庁武道館までも乗り換え無しで行けるので、熊は東京では必ずここに宿を取る
事にしている。
久々に、池袋の歓楽街の居酒屋で楽しい夜を過ごした。
 

123 五日目の京都

朝稽古、今日は朝から元に立った。熊は、名前が売れていないので、最初の挨拶の時
は誰も並んでいなかった。だが、隣の八段連中の中ではいの一番に面をつけて立った
ので、隣の列に並んでいた人が、先に出てきてお相手に成ってくれた。

熊は確かに有名では無いが、稽古は日本の方々に負けないで遣る自信がある。誰も始
めていないから逆に目立ったのか、一人目の方をお相手しているうちに、熊の前にも
行列が出来た。殆ど知らないお相手ばかりだった。

だが皆さんに出きる限り気を抜かないでお稽古を勤めさせていただいたが、中にお一
人此方が打った後、後ろから打たれた方が居た。カチンと来たので、それではと、お
相手をにらみつけて、よしと、気合を入れ直し挑んだ、一太刀浴びせると、有難う御
座いましたと座られてしまった。

多分10数人お相手できたと思うが、時間が来たので、範士に掛かることにした。今日
は、東京のN範士。
毎年、出鼻の面をご教示頂き<八に成り、位取り、昨年は位攻めで押し込まれてし
まった。
その、ご教示に答えるべく、今日は1mmも下がらず、範士の攻めに出る瞬間捨てる
事だけを考えていた。

範士は案の定強い攻めに出て来れれた、打が熊襲の出端に思い切り面に飛んだ。範士
の迎え突きが熊に喉をそれて、熊の面が炸裂した。二本目も同じ剣先が逆を貫いて面
が炸裂した。三本目は範士が胴に返されたが、遅れて熊の垂れを打った。範士はウン
とうなづかれて、修められた。面の中ではにこやかに微笑んで居られた。

嬉しい限りだ。初めて範士から、納得を引き出した。約15年間毎年出鼻の面だけを打
たせていただいた。
その出鼻の面を、熊の修行段階に合わせて毎年課題を加えていただき、やっと合格点
が頂けた。
どんなに難しい技であろうと、一念かけて心を込めてやり抜けば何とか形になる。本
当に心から頭が下がった。

京都大会に毎年出てお稽古を頂く方々は沢山居られると思う。だがその中でどれだけ
の方々が毎年の課題、テーマを持ちご指導頂いているか、熊はありがたい事に、本当
に素晴らしい先生方からご指導が頂ける。
剣道家として、こんな冥利に尽きる事は無い。

そして今年はもうお一人、山口のF範士にお願いをした。同じく1.2は良い面が出
た。3本目に受けられて返されたが、不十分で、そのまま短い技の応酬になり、手元
を浮かされて胴に切られた。稽古時間が過ぎていたので、其処で収めた。範士は熊の
事を覚えておられて、10年ぶりだね、と言われた。熊も先生来年再チャレンジさせ
ていただきます。と御挨拶を返した。範士は、ウンとうなづかれてお互い分かれた。


今年の課題が又見えてきた。ありがたい、そこで、礼が終わったので例により、サブ
道場に下りて、西村塾の先生方との稽古。島亮、ゴマちゃん、菅ちゃん、剣と禅さ
ん、イソちゃん、そのほか、pu〜さんも掛かってきた。

通常の稽古時間が過ぎているので、横にいた、警視庁の某先生が着替えて熊の稽古を
ジット見ておられた。
稽古が終わり、汗を流そうとシャワー室に入ると、京都の高橋先生と顔をあわせる。

まだ稽古していたの?相変わらず熱心だね。と笑われていた。何しろ熊は元手が掛
かっている分元を取らなければならない。

着替えて、テントで休んでいると、テントの外で熊の顔を見て挨拶されるご婦人が居
た。誰だか解りますか?
熊はご婦人の知り合いが居ない、間違えて、うりちゃん?といったら、彼女は嬉しそ
うに、そんなに若く見えます?
と言われたので、そうかbabaチャンだとわかった。彼女は2年位前から熊のサイ
トのお客さんで、話はしていた。

それで、以前からの約束で、千葉ちゃんとの写真を撮る為に千葉ちゃんを探している
時、佐藤博信範士に逢う。babaちゃんは博信範士とも写真を撮り上機嫌。笑、それで
元のテント前で千葉ちゃんとめでたく2ショット。
これで去年からの重責を果たす。笑

そのうちに、うりちゃんが見えて、こたちゃんもあらわれる。午後からは京田辺にあ
るウウエルサンピアでうりちゃん主宰の稽古会がある。2時に武徳殿を出て、途中ホ
テルで熊女房をPIC−UP田辺に向かう。

其処での稽古会も楽しいものでした。沢山のインタネ仲間にお稽古頂き、二次会稽古
も質問攻めに合い。
気分良く、京都のホテルに帰った次第。
 

 

122 四日目の京都
 


5月3日、今日から恒例の朝稽古が始まる。朝、親爺がまだ寝ているであろうから、走
り書きのメモを部屋のドアから入れて、出来れば誰かと、武徳殿まで来てくれるよう
に、お願いして、朝稽古の為にタクシーに乗る。

熊のホテルは駅前近くにあるので、武徳殿まで10数分掛かる、DRワイズナーに渡す
道具を北斗のテント裏で渡し、玄関で、朝稽古参加の登録を済ませ、青い、垂れたす
きを受け取り、下座に陣取る。通常、八段以上は元立ちだが、毎年、必ずお願いする
範士が居る、それと、熊が京都に出る最大の目的は自分の修行のためだ、上に掛かる
ことが目的それを優先する。

今年も、賀来範士に一番にお願いして、薫陶を得る。今年は何とか去年の課題をクリ
アーできる内容で有ったと思う。それで二番手に福岡の松原輝範士にお願いした。範
士は以前脳梗塞を煩われ、物凄いリハビリの後奇跡のカムバックをなされた。お稽古
を頂いて、さすがである。一太刀も浴びせる事我出来ないまま終了。

そこで、初めて、下に下がり、元に立った。沢山の方々とお稽古を頂く中に、西村塾
の、マアちゃん、関根先生が掛かってくる。毎年お稽古を頂くのだが、二人ともかな
り腕を上げておられた。マアちゃんは攻めが出てきた。
関根先生は、強引な無駄な打ち方が消えていた。真っ直ぐ中心から割って出ておられ
た。気分が良い稽古。

元に立っていると、知らない方も掛かってくる、その中には、感心するお稽古の方も
居れば、そうでない方も当然居る。熊の場合は、そうでない方は極端に打たせないで
稽古をする悪い癖がある。中には無礼としか言いようの無い方も居る。打たれた事を
認めないで、後打ちをして来る人だ。そのような方は徹底して打たせない。

追い込んで、追い込んで、後ろで、待っている、列の中まで追い込む事にしている。
意地が悪いのだ。笑
だから、熊と立会いって、自分が列の中まで追い込まれた方が居たとしたら、ご自分
の稽古のあり方をお考え頂きたい。お互いモット気分のいいお稽古が出来るはずで
す。

【剣道は打ち合いでなく、攻め合いである】という事を肝に銘じてお稽古頂くと、彼
方方ご自身のお稽古も上達が早くなる。その確信から、あえて、そのようなお稽古を
させていただいて居ります。
お互いがお互いを認めて、本当のお稽古に成ると思います、我と我の張り合いでは良
い稽古にはなりません。

打たれた事を謙虚に認めるからこそ、自分の反省点が発見できて次なる進歩に繋がる
とお考え頂きたいと思います。恐らく、ここに参加されている殆どの方々は、5段以
上、本来、錬士六段以上のはずです。
ご自分の剣道を、崇高な物に発展しえるか、単なる意地に張り合いで終わらせるか、
彼方方ご自身の心掛け次第で御座います。

その後、サブ道場に下りて、西村塾の先生方とお稽古を頂く、中に、福岡の松原弟先
生が居た。15年ぶりの再会で、熱の入ったお稽古を頂いた。

朝稽古を終えて、外にでると、早10時近く、汗を拭き拭きテントの中を覗くと、何と
親爺と、西善延範士、井上義彦範士、其処に森島建夫範士が顔をそろえて、会議?が
始まった。この先生方の話は次元が違う。笑

これだけの剣道界重鎮が顔を揃える事も珍しいが、これも京都大会ならではの事だと
思う。
この大範士の方々話の内容は、少し憚られるが、我々若手が奮起発奮の為、ありがた
い教示として、大体掻い摘んで書こう。

「最近、八段の剣道の実力が落ちたと思いませんか、」
「試合試合でやって来た連中だから、地が無い」
「いや八段だけならまだ分かるが範士の力も落ちている」
「それは、八段どまりにした事が、それ以上の修行をするものがいなくなった事が原
因していると思う」
「いや本来修行は、自己のためであり、範士や段位が目的ではない筈」
「昔の範士とは、心構えも、目的も変わってきている。比べ物にならない」
「やはり体の掛け方が違う」
「少なからず、範士に成る物は命がけの修行をしてきたものにしか出してはいけな
い」
「だが、そうすると、八段を審査できる物が居なくなる」
「その便宜を重んじ、年功序列的に、範士を出すからいかん」
「それの繰り返しが、剣道を弱くしている原因なのだが」
「イヤハヤ、今後剣道界がどうなって行くのやら」

この大範士の方々だから言える事で、こんな話を横で聞いていた熊も、自分の実力は
さておき、耳だけは肥えてしまう。苦笑。

親爺と親爺のお孫さんの義父の先生と熊の三人で、武徳殿向かいの軽食喫茶店で、食
事をした。
親爺がもう疲れたので、午後の新幹線で静岡に帰ると言い出した。そこで、タクシー
を拾い新幹線口につけてもらうが何しろ歩く距離が長い、切符を買い、親爺をホーム
まで送ったのは良いが、昔と違いホームにはイスが無い。静岡止まりの新幹線まで45
分ほど待つ事になる。親爺には大変な時間だった。

車椅子を手配しようにも、時間が掛かり使い物に成らない。日本は便利なようで、身
体障害者にはまだまだ未発達だ。世界一流の国とは到底呼べるレベルに無いことを改
めて知らされた。
何とか無事親爺を、新幹線に載せ、家族に電話を入れておいた。大体何時頃藤枝に着
くはづだと。

それから、ホテル二帰り、シャワーを浴びて仮眠を取り、午後6時にホテルを出て、
京都駅に向かう。
ラーメン横丁でラーメンを食べてコンビニで、ビールを買い、西村塾へ懐かしい顔、
顔、顔、もう既に剣道の話題に花が咲いていた。夜の更け忘れて楽しいひと時を気を
過ごした。

夜、親爺の家に電話を入れたら既に帰宅していたので、ホット安堵する。
 

121 三日目の京都

朝起きて、親爺のご機嫌伺いに出向く、お茶を入れて話していると、其処に二人の静
岡の剣道家が挨拶に来た。一人は、八段審査の審査委員。前日の審査では静岡県は全
滅だと報告をされていた。
今日は若手が一人受験すると言われて、期待していると言っていた。ここ最近静岡勢
は八段合格者が多い。

やはりいい指導者が居る所は、それなりの効果を生む物らしい。そのお二人が退室さ
れた後、二人でホテルの食堂で食事を取る。そして武徳殿に出かけた。今日は開会
式、各種形の演武、居合道の演武が行われる。
親爺が何時もお邪魔をしている、奈良の北斗武道具のテントの中で陣取っていると、
沢山の人が挨拶に見える。

静岡の居合道範士が親爺の席が武徳殿の正面に設えてあるので上覧を勧めて来られ
た。親爺は各種形が終わった頃、武徳殿の中に入り座って演舞を見ていた。その間熊
は時間が有るので、あちこちの道具屋を見て回る。その時、昔同じ道場で稽古をした
仲間と遭遇した。彼女は名古屋に引越し、30年に成る。

確か同じ年だったと記憶に有るが、お子さんが居ないので、非常に若く見えた。今は
もう居合いの八段を受験しているのだという。それで彼女の演武を拝見する。実に見
事な居合いを披露されていた。昔は熊が彼女に手解きをしたが、今はとても側に寄れ
る腕前ではない。最近どこかの大学で居合いを教えているのだという。

若い子供達から若い気をもらうので、自分も若返るのだと、嬉しそうに話を聞かせて
くれた。懐かしい出会いがあった。親爺が、昼頃、トイレに出てきたところを捕まえ
て、一緒にご飯を食べに誘った。杖を突きながら、歩くので、遠出は出来ない。武徳
殿前の軽食喫茶でカレーを食べる。親爺は何でも食べてくれるので手が掛からない。
食べ物に好き嫌いが殆ど無い。

だから毎年カナダに指導に見えていた頃、海外での生活でも何も不自由はしないと言
われていた。
それで午後の武徳殿に又戻られたので、そこら当たりをふらふらしていると、刀屋の
五十嵐君が熊の所に来て、今、カナダ人が来て居合いに興味が有るので通訳をして欲
しいと頼まれた。彼はトロントの方から来ているのだと聞いたので、トロントで居合
いを学べる所を教えて、刀の長さも教えてやった。彼は喜んでいたが。刀を買い求め
たかどうかは解らない。

そうして、またそこらを散策していると、後ろから英語で声を掛けられた。何と15年
ぶりにあうDr ワイズナー。
昔アルゼンチンからカナダに移住して、モントリオール大学病院で働いていたが、今
は病院が変わりトロント近郊の大学に居るのだという。剣道は確か六段だったと思
う、もう七段位成ったかもしれないが、エアーカナダで送った道具が、関西空港に届
かなかったらしい。そこで、明日の朝の稽古は熊女房の道具を貸す事に話をした。

道着は偶然トランクの中に入れてきたので心配は無いといっていた。彼は稽古が出来
ないと諦めていたので、非常に喜んでいた。海外からわざわざ剣道の稽古だけに京都
に来る。日本で居る人々には想像も付くまい。
明日の朝、北斗武道具のテントの後ろで、6時に逢う約束をして別れた。今日は何と
懐かしい人々に会う日だ。何か幸先が良い予感に包まれていた。

そして一日の演武が終わり親父とホテルに戻る、そこで今日は何を食べようかと相談
をしている所に、親爺の弟子の居合道家たちが帰ってきたので皆で先斗町にまで出か
けようということに成った。親爺が長くは歩けないので心配したが、タクシーが目的
の店の近くに車を着けてくれたがそれでも親爺には大変な距離だったようだ。

見ていて気の毒に成り、オブロウかと申し出たが、断られた。
武士の一分とでも言いたげな、風情だが、腰が曲がり杖を突いていても、武士だとい
う自覚は何処にも消えては居ない。精神力の強さがここまでの長生きを支えているの
だろうと勝手に感じた次第。

 

 

120 二日目の稽古

朝食の後、9.00AMから居合道の稽古があり、午後2.00PMから形の稽古、3.00から
剣道の稽古。

その間親爺は昼食とトイレに立っただけで、ズート会場に居て、講師の指導を見てい
た。

昔は練成が主で、講師の話は少なめで要点だけを注意していたのだが、最近の講師は
話したがりばかりで、練成に掛ける時間が少ない。それで業を煮やした親爺から若手
指導者に檄が飛んだ。「モット体を掛けさせろ」と

段位が幅を利かせる剣道界、居合道界に於いてこの発言は危険だが、刀の持ち方がい
い加減な居合道範士が居る。恐らく物を切った事が無い範士だろう。剣道と、居合道
両道平行で修行している人なら、突きがどういう有物かわかる、だが居合道だけの方
には突きがどういうものか理解が出来にくい。まるで踊りだ。

その辺が大きな問題として、指導人にも現れてきている。親爺はそれを嘆いていた。
特に最近は居合いは形を重んじる。相手を仮想して、切るということを大前提にして
は居るが、相手と組んだ事が無い、打ち合うことが無い、居合道家はおかしなことを
平気で言う人が居る。自分勝手に、相手が動いてくれるとでも言いたいのか。

理屈と、膏薬は何処にでも付く、本当の理合いを教えなければ意味が無い。少なくと
も偏ってはいけないと思う。刀を知らない剣道家、間合いを知らない居合道家親爺の
目から見たら片手落ちなのだそうだ。

確かに、熊の目から見てすらその変容は明らかだ。恐らく今からの居合道界は益々そ
の格差が大きくなるのだと思う。

午後の剣道形は以前から見ればかなり皆さん進歩がある。かなり高度な形を打つ講習
生も出てきた。
良いことである。剣道の稽古、昨日の例の剣士が掛かってきたが、あくまでも叩き合
いの域を脱しては居ない。
剣道の本当のところが解っていないのだろうな、田舎で七段で大先生に成れば、誰も
教えてくれないからね。

熊はまだ、仮にも八段頂いていても、師匠からまだ注意、指導をを受けているんだか
ら、その差は大きいですよ。
だから、此方も遠慮なく叩かせていただいた。首を傾げておられたが、此方だって命
がけで遣ってきたのだから、それくらいは出来ますよ。といいたい気持ちを抑えた。
親爺もその稽古を見ていたのか、後から「色んなのが居るな」と苦笑いをされておら
れた。

一人、富山の後輩が、抜き打ちの稽古中左手を切った。大した傷ではないが救急車が
来た。刀で傷を受けた
そのことが原因で、警察が調書を取りに来た。あくまでも事件ではない。事故なので、
どうする事も出来ない。
ひとしきり聞きまわった後帰って行った。居合い刀とは言え刃が付いている、気の緩
みは絶対に危険だということを改めた知らしめた事故だった。

練成会が全て終わり、幹事の方の車で京都のホテルに着いた。幹事の方は急用が出来
たと静岡に帰られた。
後は、自分ひとりが親爺の面倒を見る事になった。夕食を二人で取り、久しぶりに水
入らずで話が出来た。

決して気難しい人ではない。ただ、礼を失するとうるさい。間違った事をすると煩い
だけだ。だから、何でも先に聞けば良い。どうしたらいいか教えてくれる。それを遣
らないから叱られるのだ。皆、単純な事が出来ないだけ。

師匠を立てておけば、引き上げて引き立ててくれる、自分勝手に立とうとするから、
叱られるのだ。何でもそうだが、焦りは厳禁なのだ。熊はまだ親爺の話を聞くのが好
きだ、勉強になるからだ。皆さんはどうも違うらしい。
師匠が煙たい方々が増えた気がする。
 

 

119 卒寿の祝いと懇親会

会場に一人ぽつんと座った親父が、何かを書いている、多分、挨拶に使う原稿を書いている
のだろう。そばに行き、会場までの付き添いができなかった事を詫びに、席まで行き、話すと、
卒寿の祝いの心意気を歌に認めていた。

「朝夕の庭の千草におく露は 卒寿の夢の熱き思い出」 楽天

九十になってもマダ心意気は熱いぞと言わんばかりである。この人の心は老いと言う物が無い。
そして会場が開くと会員がぞろぞろ入場する。その場で皆に渡された一冊の本。平成八年から
平成十九年までの会長挨拶(訓示)を収録して、文字にしてあった。ということは全て原稿が用
意されていたと言うことになる。

タダみんなの前で話をしているだけだと思っていたが、用意周到にも原稿を書き、それを記憶
して、皆さんに披露していたわけだ。卒寿になってもボケないわけだ、それにしても物凄い記憶
力。やはり、一流と言われる人物は、人と違う。熊なんか、この人の道場を本当に請けて良い
のか、責任の重さに身震いがした。この本の内容も何時か時間を見て皆さんに公表したい。

そこで会計報告、事業報告、と進み、卒寿の祝いに、漢詩を作り親父に贈呈された九州の、
年齢も親父に近い先生が、浪々と詞を吟じられた。その漢詩を掛け軸にして後日親父におくる
のだという。そして、毎年恒例の、山下範士(書道の大家)の掛け軸、「不動心」を皆じゃんけん
で争奪合戦が始まる。しかし、この掛け軸を飾れる、床の間と言えば、12畳の広間で、書院作り、
幅二間の床の間が要る。出なければつりあわない立派な軸だ。

乾杯の音頭を副会長の野正範士が音頭を取り、会食が始まった。足の悪い、親父のために、
口に合いそうなものを、掻い摘み皿にとって、親父に渡す。酒を注ぎ、自分の席に戻った。
自分の席と言っても隣のテーブルの、親父のすぐ横、幹事に頼み、その場所を取って頂いた。
何時でも親父の酒と食べ物が取れるようにと、万一何か用事があるかも知れないからだ。

其処に、親父の直弟子の居合道八段が挨拶に来た。何か叱られているようだったが・・・・
弟子も、段々偉くなると、自分の世界が出来て、師匠を忘れる。その事の注意だったようだ。
熊が少しやり過ぎなのか、一寸先輩にすまない気もしたが、やはり、お世話が純真に出来ない
方に問題があるのだと、考える事にした。師匠を忘れて、今の自分が有ると思う方が可笑しい。

そこで、宴たけなわ、親父も疲れたようなので、部屋に送る。二次会の部屋の案内が来た。
親父は、大坂の居合道家で、指圧の先生に体をほぐしてもらうのだと言っていたので、後は一人
で寝るだけなので、挨拶をして、二次会会場に顔を出した。

其処には先ほど、稽古をした剣道七段が良い機嫌で待っていた。少し酒癖が悪いのか、絡ん
で来た。自分が熊に打てなかったことを愚痴る。もっと自分は強いのだと息巻いた。歳も65歳。
では明日もう一度、お手合わせを致しましょうと、なだめて置いた。だが、打つ打たれるのレベル
で、剣道を考えているようでは、今の熊には無理だ。少なくとも今の熊は其処を越えていると思う。

周りの、仲間も彼には辟易していたが、酔いは人間を変えるので、適当に煽てて気分を持ち上げ、
なだめて置いた。明日の事もあり、自分の修練と、親父の世話が有る、早々に部屋を辞退して寝た。

朝は6時に起きて、顔を洗い、親父の部屋に出かけた。朝食を取らせる為の準備をさせなくては
ならない。昔と違い服を着るのも時間が掛かる。だが、部屋を、訪れた時は親父はモウ既に着替え
ていて、熊の来るのを待っていた。さすが武士である。朝食にはマダ少し早いので、お茶を入れて、
少し話したら、昨日の指圧が利きすぎたか、体が少し痛いとの事、会場で一日座るのは、大丈夫か
心配になったが、無理をするなと言えば、尚無理をしそうなので、好きにさせる事にした。

昔から自分の体は自分が一番分かる人だからだ。疲れたら疲れたと言うだろう。それを待つ事。
それが、熊が親父にできる事だと、思いなおした。
 



118 京都大会と武者修行 05/16/07

本日、日本から帰国いたしました。諸先生方には色々お世話になり心より御礼を申し上げます。
今回の武者修行の顛末を此処、新着情報で書き込みを致します。お暇と、お時間のある方は、
お読み下さい。

 

4月28日12時にバンク-バーを離れたAC36便は無事29日夕方4時に関空に到着した。
今回の旅行は仕事の絡みもあるので、携帯電話を借りた。便利な世の中になったもの
だと改めて感心する。
 
熊は、関空から特急「はるか」に乗り京都に向かう、熊女房は新大阪まで同道するが
其処から名古屋の 実家に向かった。

京都で予約してある宿に着き、荷物を解く、今回熊女房の道具もあるので二組の剣道
具がトランクに詰められていた。明日朝一番の電車で新田辺のウエルサンピアに向か
わなければ成らない。羽賀の親爺が会長を務める、武講同窓会の居合道講習会に参加
しなければならないからだ、この居合道講習会は全国から250名ほどの参加者を毎回
数える。

其処の講習会では、居合道家全員に剣道形を学ばせている。それは、どうしても、居
合道だけの方は相手との間合いが掴みにくい、それを補う形で、剣道形を必修にして
いる訳だ。それと、剣道、居合道両道を学んでいる人は剣道の稽古もある。熊はそこ
の剣道と、形の講師のお手伝いをしている。

今回其れに、親爺の卆寿の祝いが執り行なわれた。親爺は三年前から会長職を辞退し
ているのだが、剣居両道範士で、見識が高く、物が書けて、講話が出きる人物と成る
とどうしても限られてくる。その為に、否応無しに押し付けられている現状だ。腰が
曲がり、杖を突き、一人歩きもママ成らない状態なので早く任を解いてあげて欲しい
と願っているが、こればかりは熊の力ではどうにもならない。

今熊に出きることは、親爺のお世話をする事くらいだ。人生の師であり、剣道、居合
道の師で、仮にも親爺と名乗る人だ、出きる限りのお世話はしなければ成らないと、
お手伝いさせていただいた。靴の抜き履き、車椅子の後押し、歩行の先立ち、親爺も
心から喜んでくれていたようだ。

居合道の講習は、6班に別れ、それぞれ4名の八段が専任講師でつき、居合いを抜き、
指導を仰ぐ、今回熊の居る班に若手の八段が着いた、彼は始めての選任なのか、正直
褒められた指導ではない。
 
生徒を正座をさせたまま、延々と話す。おまけに先輩講師をさておき、何と合計1時
間45分喋り捲った。

自分が話すのに意識が取られていて、生徒が正座をしている事すら忘れていて、先輩
講師から注意を受けたが、それでもマダ延々と話した。それも、話にまとまりが無
い、あちこち技の説明も飛び火しながら説明するので、何を話したいのか皆目検討が
着かない。生徒も各講師もあきれ返っていた。

昔から言う、
駄目な指導者は良くしゃべる。{無駄な話をする}
普通の指導者は説明する。
良い指導者は範を示す。
最高の指導者は燃えさせる。

この典型を見せられた気がした。居合道八段に成り、舞上がっているのかもしれない
が、余りにもお粗末。
自分も指導をする立場なので、くれぐれも気をつけなければ成らないと感じた。

午後に入り、終盤、形の指導と剣道の稽古があった、一年ぶりなので親爺に稽古を見
て頂く。

今回、女性の剣道家が掛かってきたので、面を打つと見せて、出籠手を打たせた。そ
うしたら、親爺が、
のこのこと道場に入ってきて、後ろから熊の肩を叩く、面を打つときは最後の最後ま
で、打つ瞬間まで剣先を上げるなと、女性剣士に飴玉の積りで籠手を打たせて居たの
だ が、親爺の目はごまかせなかった。恐ろしや。

その他、稽古で七段クラスが掛かってきたが、皆さん一応に打たれたくないが表に出
て、首を傾げる、逃げながら、打つので、頂けない
熊は首を傾げて打突を避ける事は、打たれる事より恥ずかしい行為だと思うのだが、
意識の違いなのか・・・・
心を崩され、姿勢まで崩されたら、何おや言わんである。打たれたく無ければ、面を
着けるなと言いたい。

講習会一日目が終わり、親爺が疲れたようなので、部屋に送り休んで頂く、自分の道
具を片付け、汗を掻 いた稽古着のまま、お世話をしなければ成らないので、大変だが、
これも修行と思 い、その任を済ませて、その間に風呂に入り、懇親会に出向く。だが、
もう既に親爺は誰か に連れられて会場に出てきていた。

 
117 養心館分室 03/20/07

熊が依頼されて参加した、交剣知愛@MIXなる剣道家の集まりが在る。
会員制の集団だが、そこで熱心な方々が、熊を囲んだ研修会を開いて欲しいと要請があった。

会を取り仕切るのは、埼玉の6段剣士。1日で14〜5名が参加希望があった。
おまけにその名前までが、「養心館」だそうで、穴が在ればの心境である。

だが望まれて居る内が花、と館長をお引き受けした。こちらの館員は日本全国殻の参加だ。

皆さん非常に熱心で、かなり突っ込んだ話し合いになる。面白い熊自身も勉強になる。

参加希望者は、熊にご一報頂ければ、@MIXをご紹介したい。

 

 

116 修復完了?だいたい出来た。03/19/07

一時どうなる事かと、ひやりとした。サイトのファイルが全部消えた。
だか女房の機転で全てが戻った。ありがたい、感謝で有る。

引き続き、お楽しみ頂ければ幸甚です。

熊の交流先で、新たな出会いがあり、メンバーの一人が研究会を立ち上げたいと、
申し出てくれた。熊如きの、知識で、皆様のいくばくかのお役に立てるのならば、
この上ない、身の光栄と、お引き受けした。

世の中には、素人剣士集団でも熱心に熱く剣道を語る方々がいる。
熊もその一人と、自負している。そんな人々が手に手を取り、文化としての剣道を、
後世に伝えることが出来るように尽力をしたいと考えている。

 

115 稽古の課題 03/09/07

昨日の稽古、白熊の号令で、荒稽古、何でもありが始まった。

熊は、相手に成る生徒の一人一人の課題を示しながら稽古をした。
ケイタと黒熊は、打つ前に右手で竹刀を握る癖が出る、其れを注意した。実際に其処
を打ってみせる。
アヤコと、ユウノスケは、技の尽きた所に気が抜ける。其処を叩いてやり、気の持続
を促した。
タケノリはだ突時に体が崩れる事がある、で組討で足腰を鍛えてやった。
アキラは起こりで、相手を脅かそうとするので、出鼻で其の愚を遣らせないように指
導した。
中学生、ヤスとツヨシは何しろ掛かり稽古の延長みたいな物。身体を練ることに集中。

後アレックス、白熊は真っ向勝負。

それぞれ課題を持たせながら稽古をする、此方も良い勉強になる

 

114 写真再構成 02/20/07

サイトをリニュウして、メンバーの写真を整理した、途中で抜け人、稽古にこなくなった人も削除した。
稽古場が去年四月二日本語学校に変わり、遠くなり出てこれなくなったメンバーもいる。

だが古くから遣っている連中は変わらないが、新たに何人か増えたので入れ替えに写真を撮った。
その中で、数人以前の写真が御気に召さず、載せ替えを希望する、メンバーも居て、数人は取り直した。

本来なら、鏡を見てから来い、と言わなければならないところなのだが、写真写りが悪い熊が一番に
名乗り出て写し代えを遣る事になった。何しろ人相が悪い。前科が有るだの、病人だのと揶揄された。

まあ、新しい新人も沢山居るし、将来の世界選手権の選手候補も居るので今からマークをしていて
貰っても損には成らないと思う。笑。とにかく写真ができた連中からUPしたいと思います。

 

 

 

113 大改造 02/15/07

かねてから大改造を試みたサイトが要約できた。まだ、幾らか不十分に感ずるところはオイオイ直して
行きたい。 また、日記もブログ状態にするほうが皆さんのご意見も聞けるかもしれない。検討中。

剣道考察日記を初めて寄稿。つぶやきも寄稿。
 

 

112 大会感想

ステイーブストン剣道大会が終わった。
団体戦を制したのは、なんと平均年齢37歳のステーイブストン道場だった。

この道場本当に不思議で、この連中稽古は殆どしていない。月1回の稽古だったら 多
い位だ。 だが試合になると何故だか勝つ。

稽古をすれば100叩きに出きる連中なのだが、試合 根性、チームワーク、 試合度胸
だけある。

昔、試合で鳴らしたとは言え、このパワーは何処から、本当に不思議な道場だ。
こんな年寄りメンバーで勝てるものかと思うのだが、終わってみれば、勝っていた と
言う感じ。
 
審判のえこひいきとか地元採点とかそんなものは全然無い。熊自信の目で審判をした
としてもその勝ちは明らかだ。

何かが乗り移ると言う表現が、ピタリ。正直、基本動作もウン?と、首を傾げたくな
る連中なのだが、打つタイミング、見せ場作り、神がかりとしか表現が出来ない。昨
日なんか。世界大会で活躍してベスト8、今回の4段以上の個人戦を制した、そのK田
選手。団体優勝戦で初一本を取り、完全に彼のものと誰もが思った。

その次の瞬間、出小手を奪われた。と思いきや、今度は面に飛んだところを返されて
面。

面返し面、こんな神業みたいな技が彼らから出るはずが無い。処が其れが出るのだか
ら恐ろしい。

今回のk田選手は、世界ベスト8が自信となり、非常に体の動きも技の切れも抜群
だった。

完全に波に乗り切っている選手が、まさか、と皆唖然とするしか、無かった。
おまけに、この戦い、先鋒次先鋒とも初一本取られてからの逆転。中堅戦で、優勝が
決まってしまった。
何とも、恐ろしい限りなのだが、殆どその伝統は子供達にも受け継がれて来ているよ
うだ。

昔から連綿と受け継がれてきた、漁師魂が生きているのか、先師の魂が乗り移って居
るとしか思えない。

これが殆ど毎年なのだから、やはり不思議としか言いようが無い。10年くらい前に熊
の教え子達が1回勝っただけでは無いだろうか。剣道界、北米の七不思議のひとつ
だ。

それと、今回は世界大会が終わった後だったせいか、アメリカの有力選手の参加が先
鋒のM君だけだった。
彼も中々に良い試合をしていたが、準決勝で、K田選手の面に沈んだ。

其れと今回、熊の道場に入門した、他道場籍の姉弟、姉の方が14.15歳の部で男子に
混じり2位になったことだ。真っ直ぐ、面,小手面、だけで勝ち上がった。男子から
比べれば小柄でひ弱な彼女が打ち出す技は、会場の目を引いた。

皆一様に驚いていたが、熊の道場で稽古をしていると知り、納得していたようだ。
だが、次が危ない。欲が出ると、養心館の生徒達と同じ徹を踏んでしまう事になる。


女史の部では、W中野、過去世界大会三位が、ママさんになって久々の試合だった
が、二位。やはり頑張る。
優勝を手にしたのは、宮城県から語学勉強に来ている、女性だった。前日に熊と稽古
をして、熊を唸らせた。
間合いの取り方、業を出す機会。綺麗な稽古をする子だった。やはり良いものは良
い。

マア、養心館の生徒達は全滅だったが、これはこれで良い経験になった筈だ。負けて
学ぶ事が多い。
皆それぞれに自分の課題が見えたことだろう。今回大会を盛り上げていただいた、関
係各位にお礼を申し述べたい。
 

 

111 二時間立ち切り

昨夜の稽古、
明日の合同稽古をにらんでか、意外と集まりが少なかったが、お陰で二時間たっぷり
と全員で3本勝負が出来た。

中には、養心館を代表するメンバー4人、と熊一人カナダチームでやった。結果、熊
の勝ち。笑。
悔しがってたね。そりゃ、経験が違う、ずるさが違う(爆笑)、巧妙さが違う、流れ
の作り方が違う。伊達に年は食っていない。笑

だが彼等もそれなりに腕を上げてきた、ナカには3本の内必ず1本は取る奴が出てきた。

しかし、試合とも成れば、コチトラも、気が抜けないので結構しんどい。だが、何時
も自分から積極的に出て行く稽古をしているので、足がまだ利く。動きはまだ、17歳
や、20代には負けない。

其れを見ている父兄も段々目が肥えてきて、一本一本解説をしているらしいのだが、笑。
コチトラ、そんな事どうでも良い。ただ以前と父兄の見所が変わってきた事を実感する
のは、今まで、熊が打つと、成るほど、と感心していたのが、熊が打たれると、わ〜〜と
大歓声が上がるようになってきた。

おまけに若手が打たれると、残念そうな顔つきになりだした。それだけ父兄は若手に
期待していると言う証だ。 つまり若手が実力をつけてきたということだ。

勿論、親は子の身方だと言うことは100も承知の上だが、道場全員を敵に回し、試合
をするのも結構楽しい。 孤軍奮闘。武士の本懐と粋がってる。まだまだ青い。笑。

子が打たれると、親まで悔しがる。と言うことは、あわよくば、子供でも熊から一本
が取れると言う期待が有るからに他ならない。子供の成長と共に、剣道の先生は益々
地獄を見ることになるのだ。爆笑。

身体を張って、あちこち叩かせて、子供たちを鍛え、強く正しく美しいい剣道を身に
着けさせて、その御礼が、全員敵に成るのだから、剣道家はバカでなければ出来ない。
 
でも、二時間元に立って3本勝負を続けると、稽古着の重さが半端でなくなる。
勿論、体もそれなりに、疲れを感じるが、何故か、気だけはますます意気軒昂に成る。

ただ、昔と違い、面を脱いだ時、ド~~と疲れが押し寄せてきた。このとき初めて年を
感じてしまった。面をつけている間、意気軒昂だということは、面には何かマジックが
施されているのかも知れない。

ならば、日常の生活も面をつけていれば、何時でも溌剌と活きられるか?笑。
そんなばかげた事を考えて今日一日過ごした、熊は冬の間はのどかなものだ。冬眠中だからね。


 

110 ハプニング

昨夜の稽古、基本稽古打ち込みの後、試合前なので、全員三本勝負で交代するように
指示した。

一番目に掛かってきたのは白熊、何かきするところが有るのか、尋常の気迫ではな
い。此方も負けじと対する。

お互い、打つ打たれるではない事を念頭においての稽古だけに、相手を崩すのは容易
な事ではない。お互い納得の行く稽古に20分掛かった。

その後若手が掛かってきたが、此方は白熊との稽古で気が燃え盛っている。エンジ
ン、フル回転だ。

殆ど、秒殺に近い状態で相手を交代させて稽古を付けていた。何人目だか忘れたが、
アキラが掛かってきた。

アキラにもほぼ秒殺状態で二本打ち。だが、今、養心館の若い連中は、熊との稽古を
何とか長引かせようと、必至になり、中々負けを認めたがらない。笑。 まあ、其れ
は其れ、内輪なので大目に見ている。
そこで三本目に成った時、アキラがエキサイトしすぎで、思い切り突っ込んできた。


其れをかわし、面を打とうとした時に、熊の竹刀が、火災警報装置に当たった。ま
あ、宝くじでもこんなに上手くは当たらないだろうと言う確立で、その警報装置は、
物凄い警鐘音で鳴り響いた。

100年を経過した、貴重資料保存の建物である。当然消防車が駆けつけるので、先に
電話を入れて、間違いで、警報装置が成った事を電話で伝えた。消防車は5分で、サ
イレンを鳴らさずに到着した。

だが館員はアキラと、白熊以外皆面をつけて稽古を続行している。消防署員が、珍し
いものを見るように剣道の稽古を見ていた。アキラが、負けを認めなかった責任を感
じてか、消防隊の対応をしていたので、白熊が又面をつけて稽古に戻った。

そこで消防隊が警報装置を止めようとしたが、警報装置は、セキュリテイーの会社が
管理している為に、電源を切らないと、止める事ができない。そこで警備会社に電話
した。警備員がすぐに来るとの話だったが30分経っても誰も来ないので、何度も電話
をしたが、たらい回しにされて、知らぬ存ぜぬで埒が明かない。

そこで日本語学校の役員に電話をしたら、そのまま警報装置を鳴らしておいてくれと
言う。
明日の朝、誰かが学校に出てきたら、対処するとの事で、稽古が終わったら、セキュ
リテイーを掛けて帰宅するように指示を受けた。だが警報は鳴りっぱなしなので、セ
キュリテイーを掛ける意味が有るのか????笑。

我々は仕方なく。警鐘を鳴らしたまま残り時間を稽古を続行した。そのうちにいくら
か音が小さくなったと感じたら、誰かが、床拭き用の雑巾を、警鐘ベルの上に乗せ
ミュートを掛けていた。笑

しかし、この国は本当にいい加減だ。セキュリテイー会社も、消防署も、学校側も、
気楽な物だと呆れてしまった。だが、余り大きな声では言えないが、熊を筆頭に警鐘
の鳴り響く中、稽古をやめない稽古馬鹿連中もいるのだから、困った物である。苦
笑。

そして、最後に白熊が再度掛かってきた。途中で面を脱いだ分、稽古が足らなかった
のか、制限時間10分超過で、最後は掛かり稽古で、やっと稽古を終えた。笑。

ドイツもコイツモ、皆本当に稽古馬鹿。恐らく、本当の火事でも皆焼け死ぬまで面を
脱がない連中だ。苦笑。
こんな、稽古馬鹿どもを育ててしまった、熊の反省や如何に?そんな物微塵の欠片も
持ち合わせてはいない。
何故なら、本人が一番馬鹿を自認しているのだから、つける薬が無い。笑

 

109 不断の稽古

試合が近い、バンクーバーで行われる2大剣道大会の一つ、カナダ剣道発祥の地ステ
イブストンで行われる大会。数えて75周年に成るとか、この歴史は凄いと思う。今年
はイベントもありかなりの選手が参加予定のはづだ。戦時中一時は中止された大会で
は有るが、75周年も続いている。日本なら解る。これが海外での話しだ。

勿論、我が養心館もこの大会には参加させていただくが、昨日から白熊が若手の選手
に試合稽古と、審判稽古をを取り入れて、遣らせていた。私はホールに陣取って、掛
かってくる相手を捌いていたが、試合稽古ではタケノリの動きがよく、良い機会に思
い切りの良い打ちを出していた。全般に若手の動きは良いと視た。

熊の最近の稽古は、昨日のMIXの中でも書いた、間合いについて気をつけて稽古を
している。
熊は毎回の稽古で必ず課題を持ち稽古をしているが、其の課題は無限に有るわけで、
其のテーマは日々変わる。白熊との稽古は、どちらが先を取れるかに終始した。白熊
は緊張感の有る稽古をする。当然間合いも良い。

剣先、触刃から、交刃にどちらが先に攻め込めるか、下手に出れば出鼻面が飛んでく
る、上を狙えば小手が待っている。だから、白熊の呼吸を読み、気の切れ目を付いて
出て行かなければ効果が無い。
出る機会に後れを取れば、当然面に乗って来られる。機会と見たら(感じたら)中心
を割って入り面に飛ぶ。

お互いに譲らないのでついつい時間が掛かる。15〜20分は繋がられてしまう。熊はど
ちらかと言えば白熊に掛かっていく稽古に勤めている。元立ちで、ややもすれば、受
けては返すばかりの楽な稽古になりがちな自分を戒める為に、先で出て行く。

当然白熊も先で出て来るので、当然稽古は激しくなるが、それでも、稽古の中で、満
足のできる打ちが1本でれば良い。其れが中々出ない。相手もそう簡単には崩れ無い
からだ。
どちらかに満足の行く打ちがでたら稽古が終わる。だから一本勝負を遣っているよう
なものだ。

昨日、他の道場の生徒と遣っていて、間合いを全然気にしないで稽古をしている生徒
が居た。
蹲踞の時点で剣が交差をしている。だから立ち上がりたらもう中結でまで間が詰まっ
てしまい、緊張感がまるで無い。そんな生徒は、触刃の間から一寸攻めると、手元が
簡単に浮いてしまう。其れを注意して稽古をさせた。

たかが間合いと思うかもしれないが、それに気を配り稽古をするのとしないでは、進
歩に大きな差が出てくる。
触刃から、交刃の攻めで相手をいかに崩せるか、其れを課題に稽古をしている。

 

108 往来

約二年間、盛岡に出かけていた、ケイタが帰郷した。
ケイタは、日本で四段を取得した事もあり、彼なりに日本で稽古に励んできたのであ
ろう。
稽古が良くなっていた。彼は4歳から剣道を始めたので、その特徴とでも言えば良い
のか、どちらかと言えば器用な、竹刀操作で、観に頼る事の多い稽古であった。

だが今回手合わせして、手ごたえが違って感じた。確りとした攻めがあり、それから
捨てた打突きにでて来る。
此方がせめても、簡単に乗ってこない。理合いに乗っ取った、確りと攻めて、溜め
て、本当の機会に出てくるまでに成長していた。

可愛い子には旅させよ、とは昔から言われる言葉だが、今回も彼の成長振りが顕著に
見て取れて嬉しい限りである。本来、彼は、帰郷前に警視庁で稽古をお願いしてから
帰る予定では居たのだが、其の時間は取れずに終わった。まだまだ機会はあろうと思
うし、何、カナダでもそれなりの激しい稽古は出きる。

彼は帰国した、其の日に時差ぼけを押して稽古に出てきた。そして、一番初めに熊に
掛かってきた。
久々の稽古である、彼も気合を入れていたのであろう、良い稽古が出来た。
其の後、館員のツワモノどもが、ケイタとの稽古にてぐすねを引いて待っていた。

彼は眼一杯戦った、そして後半、足に痙攣を感じながら最後まで立った。何時までも
甘えん坊でしかなかったケイタのイメージを払拭させるに足る、出来事だった。日本
での社会経験は人間的にも大きな力に成ったのだろう。ケイタを暖かく見守り、大き
なご指導を頂いた、盛岡の先生方に、改めて御礼を申し上げたい。


さて、其れと引き換えといってはなんだが、カナダで指導をされていた、西郡先生が
盛岡に赴任されて、お稽古に参加されたらしい。なんとアパートも武道館から歩い
て、5分とか、彼の熱心さを裏付ける話なのだが、もう既に彼の就任は、事前から知
れ渡っていたようで、大学の医学部長さんまでも、彼の剣道の事を知っておられたと
かで、彼自身驚いて、熊に連絡してきた。「熊の顔を潰さないように頑張ります
と。」

熊の顔などはどうでも良いから。どの道潰れて、原型を留めて居りませんから、ご心
配なく。ガンガン暴れ幕って、ガンガン稽古に励んでください。其れを受入れられる
大きな力が盛岡の先生方はお持ちです。
東北人特有の人情味と、人懐こい、包容力が彼らにはあります。熊自体、お世話にな
り肌身で感じています。

ココにおいで頂いている、盛岡の先生方、彼の事を宜しくお願いを致します。
西郡先生は、真面目な非常に良い男です。
是非に可愛がってやっていただきたい。心から謹んでお願いを申し上げます。

そして、もう一つ、熊のサイトの時々おいで頂いている、埼玉県で少年剣道に力を注
いでおられる、市井の剣道家のかたから、熊の拙いサイトを参考にしていると、そし
て子供達には剣道を通して、技術だけでなく、教養を教えなければ成らない事を心掛
けていると言う、ありがたいお話も頂いた。

ややもすれば、試合試合で、勝つものだけが持てはやされる現在、こんな市井の心あ
る剣道家の方々が、地道に頑張って折られる姿に感動を覚え、日本の剣道界もまだま
だ捨てた物では無いと感じた次第です。

こうして剣道の輪が、世界に広がっていきます。日本の無形の伝統文化。竹刀で当て
る剣道ではなく、心で心を打つ剣道。だからこそ、感動に感動が呼び、世界の中でも
受入れられていくのだと感じる次第で御座います。

 

107 呼吸

今朝は冷え込んだまま、小雪がちらほらの朝を迎えた。
10時過ぎには北の方角から晴れだして、山の上だけ光が当たる、珍しい現象が見ら
れ、午後は完全に青空が広がった。気温−7度

今晩は、我が道場の新年会。我が家に生徒と家族が集まる。
持ち寄りパーテーで、皆、稽古風景録画を見て今年の矯正ポイントを学ぶ。

昔から診れば便利になった物だと思う。自分の欠点がすぐに見れる。
昔の先生は余り教えてくれなかったが、時代と共に、進歩を早くさせようと、教えを
聞けるようになった。

私も各先生方から色々於教えていただいた中に、今持って研究中のことが有る。其れ
は呼吸法で有るが、研究するに従い、私の一人の恩師と意見が違ってきてしまった。

多分熊がまだ未熟なので其れが悟れないのだと思うのだが、
わが師は、「攻めは吸気である」と申された。
( その意味の深さがまだ理解出来ていないのかも知れない。)

ところが、人間ハット驚いた時は、呼気ではなく吸気の状態になる。
後ろから、「ワッツ!!」と驚かされて、驚いた瞬間、普通は息を呑む。其れが疑問
の出発点だった。

だから、打たれるときは息を吸っている状態ではないか?
で、呼吸法成るものの文献を自分成りに読み出して、禅の呼吸法も、ヨガの呼吸法
も、他の文献も、それがほぼ同じで有ることに気づいた。

私が今、信奉している、中村天風先生の、クンパハカ、もこの呼吸法で、「肩の力を
抜き、肛門を閉め、丹田に軽く力を入れて、粋を長く吐き出す。」と、言われている。
熊は今これを実践している。
 
これは本当に、嘘でなく、非常に精神のコントロールに役立つ。

今、NHKの朝の番組で、二人のスーツ姿の若者が体操をやり、「吸って吐くのが深
呼吸」とやっているが、アレは間違いで、「呼吸」というのは字の如く、
吐いて吸うのが深呼吸=呼吸なのではなかろうか。

禅も、ヨガも、ゆっくり長く息を吐く事を勧めている。吐ききれば、自然に新たな吸
気が生まれる。肺が空になれば吸気は自然に行われる筈。

この吐ききる事が呼吸法の原点では無いのかというのが今の熊の持論。
肺の中の炭酸ガスが全て吐き出されるために、新たに入ってきた酸素が血液中に十分
に行き渡る。

ところが吸って吐いたら、まだ汚れた空気が肺の中に残留する。
汚れた空気が残留すれば、当然、新たな酸素の吸収の濃度が落ちる。

血液中に回る酸素量が落ちる、と言うことになりはしないか。
とすれば当然、脳内に回る酸素量が減るわけで、脳の活性化が遅れる。
つまり判断力に差がでて来る結果に繋がるのでは。と考えた。

だから今は、息を吐きながら、攻めて入ることにしている。
不思議と、肩の力が抜け、相手の攻撃にも動じる事が少なくなった。
それと、相手が良く見えるようになった。見切りが上手く出きる感じがする。

そこでココを見ている諸君にお願いが有るのだが、稽古の時、実験をしてみては頂け
ないだろうか、

攻めて出る時、吸気がいいか、呼気が好いか。
どちらがやり易いか。多分個人差が有るかもしれないし、修行段階でも違うかもしれ
ない。だから、皆さんのご意見を拝聴したいと考えている。

我が道場の生徒はおおむね熊の意見に賛同を得ている。が其れは参考に成らない。
何故なら、良いにつけ、悪いにつけ、私の生徒は熊を信奉しているし、熊に絶対だか
らだ。苦笑

これは自分の研究もさることながら、一つの裏付けとして、考えたいので皆様のご協
力をお願いしたい。
 

 

106 気

今期の冬は、異変が続いている。過去28年間こんな強風が吹いた歳は無い。
6日と9日、街が完全麻痺するくらいの風が吹いた。信号機が落ち、街路樹がなぎ倒さ
れた。
あちこちで停電。電気一つで、街が死ぬ。殆どの家庭が、電気コンロで調理をしてい
る。其れが麻痺。 現代人を殺すには刀は要らぬようだ。

おまけに今朝は雪。信号機が働かない上に、道路コンデションが最悪と来れば、如何
な事になるか・・・・
ご想像願うしかない。大自然の摂理の中では、慢心仕切った人間の力、能力なぞ無い
に等しい。

昨日、休みを利用して古い書類を片付けていた。其の中に、一服の掛け軸がでてきた。
昔、堀口清範士九段にしたためて頂いた、「戦気、寒流月を帯びて澄めること鏡の如し」
の意味 を書いたものである。
先生は非常な達筆であられた。恐らく書道家としても一流で有ったのではなかろうか。

その書を拝見しているうちに「戦気」=「気」とは何ぞや、との思いが心を駆け巡っ
た。
「気」、中国の漢字文化の中では、目には見えぬが何かしら物を動かす力の存在に、
「気」と言う字が当てはめられている。

電気=目には見えないが、電線を通り、コイルの中を通りモーターを回せば偉大な力
がでて来る。
雷、電灯、テレビ、ラジオ、携帯電話、パソコン、電熱器、マイクロウエーブ、全て
電気の力だ。
 
空気=空気が動けば風になり、時には台風になり、物事を崩壊させる力さえ持つ。
蒸気=上昇気流を生み、圧縮されれば、タービンを動かし、汽車をも動かす。
冷気=流動性の有る水を凍らせ、固形にしてしまう。
磁気=目に見えない肉声を、録音と言うカタチに置き換えて、100年後の明日でも
本人の言葉が聞ける。
霊気=人間世界の不思議とされる、何かを感じさせる心に働くテレパシーとでも言え
る不思議な力。

又、人間の心=気持ち、気が合う、気が合わない。気が弱い、気が強い。陽気、陰
気。気持ちが良い、気持ちが悪い。などなど、人間の心を働かせ動かしている。

例を上げれば切が無いが、目に見えないが、物を動かす力の存在「気」=宇宙に存在
する、大自然エネルギーが「気」と言う言葉、文字で表されているのではなかろう
か。と考えれば、其の人間により、其のエネルギーを上手く取り入れることの出きる
人。上手く出来ない人の差があるのは当然の事と考えられる。

気の強い人=気を上手く取り入れられる人。
気の弱い人=気を取り入れるのが下手な人
陽気な人=気の働きを上手く使いこなせる人。
陰気な人=気に働きを十分に発揮できない人
こんな風に考える事が出来ないだろうか。

とすれば、人間の身体は電気のバッテリーのような役割を持つとして考えれば、容易
に理解が得られると思う。
バッテリーの容量が大きい人、=気働きが活発で、躍動感に溢れ、行動力があり、偉
大な力を発揮できる人
バッテリーの容量が少ない人は、=自信が無く、全てに悲観的で、生きているのが
やっと、と言う人。

昔からよく言われる、丹田に気を修める。=気のバッテリーの容量を増やす、=豁然
の気が生まれる。
と言うことに、なりはしないか。

では其の気の力をどのようにすれば大きな容量として、使うことが出来る様になるの
か。
大自然の摂理に従順に従う事ではなかろうか。
汚れの無い心、欲の無い心、悪を持たない善良な心、全てにおいて正しい心を維持す
る事が、一番大事なのではと考えるに至った。

正々堂々の心が無ければ、大宇宙の力はこの身には大いなる力を与える事が無い。
曇った、悪を抱く心に、正しい力が降り注ぐとも思われない。其れを考えれば、宮本
武蔵が言う「戦気、寒流月を帯びて澄める事鏡の如し」 この意味が読めてくる。

鏡のように何等曇る事の無い、澄んだ汚れの無い心、其れに繋がるでは無いか。
正しい心がが出来て初めて、本当の「戦気」が身に付くと考える。大自然の偉大なエネ
ルギーを、全身で受け取り、丹田に修め、大自然と一体となり心を働かせる。それで
初めて、絶対の気、「戦気」が生まれる。と考える未熟な熊である。
 

 

105 初稽古、

1月3日、養心館の初稽古、参加者20名、昨年暮れに、映画祭のイベントで、日本
語学校のホールが使えず。旧校舎の二階で、稽古をしていた。其の校舎は100年の
歴史有る建物だが、木造で自然のスプリングが利いていて床が良い。思い切り打ち込
みが出きる。

で、去年の12月の稽古は殆ど旧校舎で遣った。ところがクリスマスの稽古と年末の
稽古を通常のホールに戻したら、床がコンクリートのために、飛べないし、飛び込ん
だら、カガトを傷めるし、腰に来る、それで皆旧校舎の方が良いと言うことに成っ
た。

旧校舎は、教室2つと階段ホールの踊り場を利用して稽古する。教室では3組x2で
6組。ホールでは1組全部で7組が稽古が出きる、子供たちがの稽古が1時間で終わ
るので、大人だけの稽古は十分稽古が出きる。
子供達が@教室を使う間、A教室では大人たちが基本練習をやる。一時間基本を遣り
それから地稽古に入る。

子供の指導は、タケノリ、アヤコ、アキラ、ユウノスケが、交代で教える、教えるポ
イントは元気を教えろと指示して有る。お前たちが元気の良いところを遣って見せ、
其れを真似させろとだけ指示して有る。
どの道、基本の指導は、熊が彼等に教えてきたことしか教えられないわけだから、安
心して任せて良い。
ま、いわば、熊の純粋培養と言った処か・・・

で大人の部は、白熊と、熊が見ることにしている。昨日は特に左手の竹刀の持ち方に
重点を置いて指導をした。左片手で、竹刀が思い切り振れて、それで打ち込んだ後、
竹刀が手の内で滑る事無く、止められるか。
これは結構コツを掴むまで大変な作業だが、熊は構えの原点、竹刀操作の原点が左手
の握りに有ると考えているので、其れをやかましく指導をしている。

これが正しく身につけば、あの、見苦しい、三処避けは絶対に出てこない。構えも崩
れない、左手が正しく納まるからだ。昨日は白熊が中心で指導をしていたが、白熊も
子供の頃から其れをやかましく仕込まれていたので、何等問題なく遣って見せること
が出きる。説明も的を得て説明ができる。

熊の持論でこの握り方を3段までにマスターしなければ、あとは伸びが遅い。この握
り方が身につけば、後はぐんぐん伸びる。今まで其のサンプルを沢山見てきた。良く
剣道では、左手、左足、左腰と言われるが、其の原点が左手。其の左手の納まりがそ
の人の剣道ライフを左右すると言っても過言で無いと考えている。

さて地稽古は気が付いて見れば30分超過、ほっておけば何処まで遣るか解らない。
仕方なく止めを掛けた。基本練習とあわせれば二時間半。良い汗を掻いた。部屋が狭
い事も有り、熱気に包まれて、稽古着はズクズク、絞れば、汗が滴り落ちるくらい。
狭い部屋での稽古は、逃げ場がない分、相乗作用で気合も入る。

非常に充実した幸先の良い新年稽古が出来た。人間、何処で何が幸いに成るやら解ら
ない。
意外と、逆行と思っていた事が、良い結果を生む事だって有る。物は考えようとは昔
から言うが、100年経った木造校舎が、自分たちの稽古を引き上げてくれた。こん
な幸先の良い事は無いではないか。
お陰で、2007年も心置きなく精進ができる。ありがたや、ありがたや。
 

 

104 世代交代

最近他道場の生徒で、養心館に、というより熊に入門してきた姉弟が居る。
父親も剣道五段で、剣道一家。以前から、養心館の剣風に憧れを抱き、何とか熊に指
導を受けたいと常々考えたいたのだという。

だが、彼は仕事の関係で現在の道場との繋がりがあり、道場の移籍なしで稽古に通っ
ても良いかと聞いてきた。熊は、来る者拒まず、去る者追わずを、信条にしてきた。
誰であろうが本人達が剣道が好きで上達したいと真面目に考えているのであれば、喜
んで引き受ける。道場の看板など問題ではない。

但し、一つだけ条件を出した。熊に入門する以上、基本から練り直し、途中試合が弱
くなるかもしれないが、今まで熊が育ててきた生徒達が強く成っている事、生徒達の
成績がものがったっているので、それを信じて、自分の剣道を素直に直す事を約束で
きるのであれば引き受けると話した。

向こうに異存は無い。そこで、竹刀の持ち方、素振り、切り返しに至るまで全て形に
はめ込む作業から始める。
ミクロの矯正、そして稽古後に必ず、話をして、理解力を計り、時には考える宿題問
答を出したりしてきた。

二人とも非常に素直で、筋も良い。身体を掛ける事も厭わない。だが、いかんせん、
試合を中心に剣道を考えてきたので少なからず稽古に癖が有る。先ず癖を直すところ
から始めなければならないので、本人達は歯がゆい思いをしているに違いない。

一生懸命に取り組んできた姉弟には、気の毒な事なのだが、意外と基本をおろそかに
指導を受けている。

いや、恐らく、指導者はこれで基本は十分と考えて居るのかも知れないが、熊の眼か
ら診れば、問題点が多い。其れを一つ一つ説明をしてやると、驚いた顔をすることが
有る。直さねば成らない理由がわかるからだ。
そして、初めて自分の悪弊に気づかされるからである。

弟との稽古の中で出小手をガンガン打ち、何故出小手を打たれるか其の理由を考えて
こいと、宿題を出した。
昨日、その宿題の答えを聞きただした。「彼は攻めが無いからだと思います」と答え
た。
ではお前の考える攻めとは何か?と聞き正したい気持ちにも駆られたが、中学生が答
えられる事では有るまい。

だから、私は其れも有るが、一番の問題は、打ちたい、打ちたいと考えているから、
間合いの遠いところから手元を上げてくるから、起こりになり、簡単に打たれるのだ
と説明してやった。打ちたいと言う焦りが自分を見失う原因だ。だから間合いも相手
も見えなくなる。

打ちたいと言う気持ちを抑え、剣先を中心につけて、度胸を決めて死を覚悟して、遣
るなら遣ってみろ、と開き直るくらいの気持ちで、相手を確りと見据えて、間合いに
入り、相手の変化の出るところを打つように、心しなさいと教えた。其れを横で聞い
ていた白熊が面白い事を言った。「本当はもう一つ上の位が有るんだけど、ネ!!」

其れはどういう事か解る?当然二人には解るはずが無い。そこで熊は白熊についでだ
から説明をしてあげなさいと言った。彼は「エ!!」といったような顔をしていたが・
・・
本当に腹が出来て、相手を恐れなくなると、相手も其れ相当に腹の出来た剣客なら、
お互いの実力が解る。

お互いに油断が無いし覚悟が出来ているからね。そうなれば、お互い戦えば必ず二人
とも死ぬ事になる。相打ちになるからね。そこで、お互いがお互いの力を見抜けるよ
うになれば、闘わないですむ様になる。

お互いが必ず死ぬ事が解れば、相打ちになるような馬鹿なことはしないからね。其処
まで行って始めて剣道の修行の目的が達成される。「活人剣だね」

だけど、其処まで行く為には、死ぬような辛い稽古に耐えてガンガン遣る。遣りぬく
から自信と覚悟が出きる。目標は高いんだよ。と教えていた。

もう、年寄りがしゃしゃり出る幕ではない。そう言えば、昨日の白熊は、素晴らしい
構えをしていたね。成長が見て取れた。構えが自然だから、攻めも効いてくる。白熊
は構えているだけなのにアレックスが完全に浮かされてしまっていた。眼に見ない、
プレッシャーが、恐らくアレックスの心に迫っていたのだと思う。

其の稽古を全員が見ていたが、其の違いに気づいた人が剣道初段で、現在稽古休息中
の人だったとは・・・。
養心館の生徒達もまだまだだ。理想の剣道を追求していこうとすれば、先は長いね。
このトンネルは永久に続くからだ。
 

 

103 友を送る。剣道遺産。

オンタリオ、のウェスタン大学で研究活動をされていた、西郡先生が、岩手県に赴任
される事になり、カナダを去られる。先生には大変にお世話に成った。そしてカナダ
剣道連盟に多大な功績を残していただいた。

先生は自らの医学研究にご多忙の中、剣道を大学で指導もなされ、そして過去無かっ
た、大学同士の大会開催にご尽力頂き、素晴らしい足跡をカナダ剣道界に残していた
だいた。

そして世界選手権の強化にチーム指導にも自らの身体を献身的に掛けられて、アキレ
ス腱の切断と言う、アクシデントに見舞われると言うハプニングを引き起こすほど。
懸命なご指導を頂いた。

カナダ選手権大会で、審判員としてお会いして、熱心なお稽古振りに舌を巻いた事が
昨日のように思い出される。そして、審判員をしていて、休憩時間に、自分の審判技
法、態度を、私に何か気づいた事があれば教えて欲しいと謙虚に指導を仰いでこられ
た。

そんな一人の侍を、カナダ剣道会から消えるのは、非情に残念な事では有るが、先生
の前途を祝して心より、お祝いを申し上げたい。そして、先生の残された偉大な業績
を、残された大学生達は、忠実に発展させて行ってくれると確信をしている。

新赴任先の岩手には、熊の剣友が沢山居る。かの地に赴かれても是非健康に留 意されて、
ご精進をお願いいたしたします。

そして、ここを読んでいる、岩手の先生方くれぐれも彼の事、宜しくお願いを致した
くお願いを申し上げます。

西郡先生、有難う御座いました。心より御礼を申し上げます。

さて今回はもう一つ、、前回のつぶやきで、アメリカ剣道の歴史の中で、偉大な功績
を残された森寅雄先生に付いて、少し触れた、森先生は、講談社の創立者、野間道場
の創立者の御養子として、幕末の剣豪森要蔵の血を受けた、昭和初期を飾る時代を圧
巻した、大剣客である。

そして其の彼を育て、幾多の名剣士を輩出した野間道場が、今取り壊しの危機に立た
されている。
野間道場は、江戸の講武所の道場を移設されたかもしれない、(調査中)貴重な文化
遺産でもある。
戦後、講談社のご好意で、其の道場は一般に開放されて、朝稽古は連綿と受け継がれ
てきた。
熊も何度もお世話に成った、剣道の神様が鎮座ましますと言われる位素晴しい道場だ。

今其の保存運動が、数名の熱心な、方々で、進められている。我々、海外に住む、剣
道人も何かのお役に立てる物であれば、是非お役に立ちたいと思うものである。特
に、アメリカ、カナダの剣道家は少なからず森先生のお世話、ご指導の流れを汲んで
いるはずだ。

其の先生に対する恩返しの意味でも、行動を起こしたいと考えている。たとえ署名運
動だけでも良い。
熊の力で出きる事があれば是非協力をさせていただきたい。そして又、北米の剣士の
皆様にもご署名のご協力を、伏してお願いを致したく。謹んでお願いを申し上げる。


日本側の方で何らかの方針が決まり次第、此方のほうでも何らかの方法で皆様にお願
いの連絡をさせていただきます。その節は宜しくお願いを致したくお願いを申し上げ
ます。
 

 

102 克服

愚息、黒熊が世界選手権の後の昇段審査で、三度目の正直、32歳で、6段を合格させて
頂いた。 カナダの場合年齢制限を日本より厳しく設定して有るために、最速で6段受
験は31歳に成る。

恐らく本人には、やっとの思いが有ったに違いない。京都、岩手、と二度不合格を頂
いた。

人間とは本当に弱い物だなと感ずるのだが、彼は子供の頃から、試合成績は悪くない。
カナダ選手権優勝2度、三位2回。世界大会でも、個人8位、団体戦でも日本チームか
ら1勝を上げている。

北米の西海岸では、兄の白熊についで、優勝経験が多い。殆どのタイトルを兄弟で分
け合ってきた。

だから、大舞台での経験も有り、ここ一番はそれなりの剣道が出きるはずなのだが、
審査は不合格。
通常の稽古、普段着のままの稽古が出来れば、不合格になど成るはづが無い、技術的
実力は有る。
と、私自身確信していた。ところが、彼に取り審査は別物だったにようだ。慢心して
いたわけでは無いだろうが、とにかく、自分の剣道が出来なかったと反省していた。

生れ落ちた時から、剣道をやらされる環境に育ち、10歳から、羽賀忠利範士、佐藤博
信範士の薫陶を受け、時には、中西、楢崎両九段に指導を仰ぎ、その他多くの範士や
八段の先生方にご指導頂き、身体も掛けさせてきた、そして、警視庁にも三ヶ月合宿
させて頂き、海外で剣道をやる人間の環境としては最高の環境の中で育てられて来
た。恐らく日本でもそんな環境は中々作れない環境をを作ってきたつもりだ。

だから彼自身にもそれなりの自負があったに違いない。だが結果審査に落ちた。その
事が大きなトラウマに成ったのか、ココ1年不思議なくらいスランプに落ち込んでい
た。しかし、それでも、ココでは試合成績はそれなりに残しているが、それは彼自身
にも、我々親子にとっても当たり前の事で、ココまでやってきた、自負が有るから、
勝って当然だと思っている。

其の彼が、世界大会に出る直前まで、稽古内容も最悪の状態になっていたので、恐ら
く今回は力を出せないまま終わるであろうと、観ていた。昨日、台湾に応援に出かけ
ていたメンバーから、DVDをもらい、夜中に観戦していた。やはり私の予想通り、黒
熊がチームの足を引っ張った。牽引する立場の人間が無心に成れていない。

攻め、打突、観ていて、これが本当に黒熊か、と思える剣道をしている。俗に言う空
回り。私が知る限り彼の試合でこんなに内容の悪い試合はお目にかかった事は無い。
 
見ていて、こんな内容の試合で良くぞ6段が合格できたな、と不思議に思った。恐ら
く、黒熊の頭の中は、真っ白だったに違いない。
如何に、場数を踏んだ、選手といえども、一つ精神の充実を欠けば、無残な物だ。そ
れが剣道の怖いところだ。

今回彼が、幸いにして6段を合格させていただいたのは、恐らく、余りにも出来の悪
い試合内容に、自分自身に腹が立ち、やけくそになり、開き直って、どうせ又滑るで
あろうから、暴れまわってやろう位の心境になったからっでは無かろうか。

そして普段着の稽古がそのまま出たのかもしれない。それとも、私には見えない何か
が彼の心の中に目覚めたのか・・・・

とにかく、彼自身、まだまだ心の弱さが有るということだけは、ココ一年自分自身で
学んだに違いない。私にはその弱さが何処から来るものなのか、親だから嫌な程分か
る。だがそれを言葉で言ったとしても、本人の自覚が無ければ如何にも成る物ではない。
 
それを如何、克服していくか、苦しみ抜いて、悩み抜いて、自分で見つけていくしか無
い。
それが、天が彼に与えた試練であるとするならば尚更である。彼がこの試練を乗り切
れたときに本当の6段の力が彼に備わるだろう。
 

 

101 過去を振り返る

年末の大掃除ではないが、古い剣道関係の書類を整理して捨てる物と保存すべき物に
振り分て見た。
ところが、あれこれ読込んでしまい、仕事にならなくなってしまう。苦笑。

カナダに来てからの記録が殆どだが、自分でも驚くほどの剣道家との出会いがあっ
た。
死んだ女房がそれなりの整理していた事もあり、大先生方の手紙、写真、一言メモ、
教え。殆ど忘れかけていた事、面白いほど出てきた、暇を見つけて又皆読破し再整理
しなければなるまい。

そして、自分の手書きの原稿、メモ、其の時点での理解力での捕らえた剣道観、中に
は本当に其の頃そんな境地の高い事を考えていたのか?と、感心させられるのも有っ
たが、殆ど、まだまだ未熟な剣道間をを曝け出している。でも、それを読んでいると
自分の剣道の足跡が手に取るように解り、自分の進化も見て取れるのが面白い。

其の中に、熊の後輩で、弟のようにしてきた剣士が、熊との100回稽古を記録に止
めて、其の都度、感じた事、気が付いた事、疑問に思った事などを事細かに記録して
有るものが出てきた。彼は教士七段で、熊勉の中に、奥伝で、彼の翻訳した物を書い
て載せている、坂井、旭という人物なのだが、読んでいて、感心させられる事しばし
ば。8〜9年前は熊も1年の半分は日本で仕事をしていたので、彼と良く稽古が出来
た。

それを読んでいて感じた事なのだが、今の自分はそんなに事細かに観察したり、考え
たりしては居ないと言う事に気づかされた。当然といえば当然なのかも知れないが、
年とともに、心と身体が勝手に相手に反応して、打突、にしても捌きにしても、剣先
のやり取りにしても、全てが作為的に行われなくなってきており、それとともに色々
一々頭で考えなくても勝手に身体が動き、反応して、相手と稽古のやり取りをしてい
る。

昔のそんな記録を紐解いていると、マア自分でも驚くほど事細かに考察をしている。
左の拳の位置の高さで、面打ちの打突の速度や打ち方が変わる、などといった研究も
なされていたり、攻め合いの間合いでの足の使い方、触刃の間合いから、交刃の間合
い。其処までの攻めと溜め、崩し、剣先のやり取り、そんな事細かなことを、研究考
察しながら、稽古をしていた。マア、無心とは程遠い訳だが、それらの段階を超えて
来たから今が有るのだと、改めて感じた。

つまり工夫をしていたのだろうと言う事。今も確かに毎回毎回の稽古では自分なりの
あれこれ工夫をしているが、其の頃とは全然違った時点での工夫になっている。つま
り、肉体的技術研究から=心法の研究に移行こうしているのである。意識的にそうし
てきたわけではない、気づいてみたら、そうなっていたと言うのが正直なところ、そ
れに気づかされて、自分で驚いている。
 

 

100  めでたい事

新着情報100目を記念したかのような、素晴らしいタイミングで、遂にユウノスケが優勝した。

11月18日にアメリカ、シアトルで行われたアメリカノースウエスト剣道大会18歳以下
の部で、勝利を手にした。
以前から熊のサイトに訪問されて居られる方ならお判りだと思うが、彼は剣道を始め
て2年と2ヶ月。
まだ17歳の少年だが、クマが彼に出合った時、非凡なものを感じて、最後の弟子とし
て指導を引き受けた。

指導は1年半、徹底的に基本、打ち込みと掛かり稽古を中心に、遣らせた、そのメー
ニューは今もあまり大変わりはしない。その彼の指導の中で、構え、立ち方、姿勢、
しないの振り下ろし、腕の降り方、竹刀の持ち方、足の踏まえ方、打突の姿勢、など
事細かに注意をして、カタチにはめ込んできた。

そして今年の夏警視庁に送り込み、徹底的に竹刀を振らせ体を掛けさせた。その効果
が見て取れたので、秋口から、徹底的に叩いた。叩いたといえば語弊が有るが、要す
るに鉄は暑いうちに打てと言うことである。
鉄にも打て良い機会が有る。機会が早すぎても遅すぎても行けない。卒啄之機と言う
難しい言葉が有るが、
まさにその見極めであろうかと思う。

今此処で、熱く燃え盛る若い血潮に一段と活を入れて、もっと熱く煮えたぎる灼熱の
熱意と気迫を彼の心体の中に植え込まんと、稽古も厳しく、わざと口やかましく叱咤
もした。おそらく途中で自分の剣道に自信をなくした事も度々であったろうと思う。
中途半端な自信は逆に自滅につながりかねない。彼にはもっと上を見据えて稽古をさ
せたかった。

稽古ではそれなりの手ごたえは感じていたが、そんなところで妥協はしなかった。例
え17歳であろうとも命があれば、必死で戦えるはずである。だから熊は今後も彼には
妥協はしない。

昨日、日曜の稽古で彼の母親が試合の模様をビデヲで収録して持ってきた。それを夜
中に見ていた。
こんな子供と思っていたが、もうすでに後姿に壁が出来つつある。17歳で背中に壁が
出来てきたのは、白熊、黒熊に継いで、おそらく3番目ではなかろうか。中々、背中
に壁が出来る剣士は出てこない。それが見えてきた。

日曜の稽古でも試合の優勝が間違いなく彼の心に一条の自信に火をつけたことは間違
いない。
昨夜の稽古の中で、彼に完全な面を1本決められた。打たれた瞬間、なんともいえぬ
嬉しさがこみ上げてきた。
力がついた、実力、地力がついた。もう完全に熊の稽古相手になる。

生徒を教えていて、一番嬉しいのが、そのこが本当に強くなった時だ。稽古の初めに
最近入門した沢山の子供たちにそのことを伝えた。ユウノスケは2年と二ヶ月で優勝
した。君たちにも同じチャンスと可能性が有る。
力いっぱい取り組んで、一生懸命に頑張れば誰にだってチャンスは有る。可能性が有
るから頑張れと諭した。
子供たちの稽古の勢いが変わった。

全てそうだが、良い事が有ると相乗効果でいい事が起きる。だからいいことが続くよ
うに、日ごろから心がけて努力を続けなければ成らない。結果はその努力にかならづ
着いて来るからだ。
 

 

99 剣友遠方より来る。

水曜日の稽古、突然にでは有るが、はるばる1000kmの道のりを車で走り、バンフの塩
野先生が稽古に見えられた。山はもう雪。行程には二箇所大きな山越えしなければな
らない。彼は付いている。テレビのニュースで観た。其の前日は山が吹雪で大荒れに
荒れて、多くの車が雪のために事故の遭遇していた。

又、稽古日で有る水曜日も急激に気温が下がり、山は荒れていたようである。彼が山
から下りてきた、火曜日だけが、道路状態が良かったらしい。標高2000Mくらいの峠
を越えて来る訳だから、冬場は命がけだ。

彼と稽古をして、毎回感心させられる事だが、その街バンフには剣道をする人間が誰
も居ない。彼が稽古をしたいと思ったら、カルガリイーの街まで150km走らなければ
ならない。だから相手と稽古が出きる機会が非情に少ない、にもかかわらず彼は確実
に腕を上げてきている。

其の秘密は、仕事と、一人稽古に情熱を持って取り組んでいるからだ。私も商売して
いて良く理解できるが、
商売も。真剣勝負、気を張り、集中力を高めて、危険を察知する感覚を常に保ってい
なければ成らない。
出る機会、じっと溜めて我慢をする時間。それらの見極めを絶えず身に着けておかな
ければ成らない。

緊張の連続。つまり仕事そのものが剣道な訳だ。そして彼は恐らく一人稽古に精を出
しているに違いない。
でなければ、稽古のできない状況で、腕を上げ続ける事は不可能に近い。そして彼の
稽古態度が素晴らしい。崩れない稽古、彼の信念が立派に稽古の中に反映されてい
る。彼は真っ向勝負で挑んでくる。

だから稽古をしていても気分が良い。そして久々に気持ちのいい面を頂戴した。完璧
な面。ついぞ最近にない、素晴らしい面であった。おまけにそれが初一本で有る。熊
の完敗である。勿論、熊も其の後は気分を引き締めてお願いしたので、お互い良い汗
を掻かせて頂いた。

お互いを高める稽古。それにはやはりお互いの人間性が重要なポイントになる。
単に何でも当てれば良いと言う稽古、其処からは何も生まれない。お互いが意地にな
り、単に叩き合うだけ。
根性が悪くなるだけの稽古をしている連中がどれだけ多い事か。熊自信が昔はそうで
あったから尚更反省が深い。

やはり剣道は、お互いの心と心が昇華されてこそ本当の剣道が有ると信じている。切
磋琢磨。ダイヤを磨くのはダイヤ。お互いが高めあう、だからこそ、本当の交剣知愛
が生まれる。カナダの中にもこんな心栄えのいい剣士がいることに改めて感謝をし
た。

 

 

98 自然感知と剣

秋の長雨、と言う言葉がココ、バンクーバーでは定説である。日本の雨季は梅雨。コ
コでは秋〜冬に掛けてほぼ、毎日雨が降る。それが落ち葉の季節と重なり、落ち葉が
マンホールの口をふさぎ、道路のいたるところで、大きな水溜りが出きる。車のス
ピードに気をつけなければ、跳ね水が歩道にまで散水してしまう。

そして、昨日は、木枯らしが吹いた。不思議だが、ココ、バンクーバーには台風のよ
うな大嵐は無い。
精精で、風速10M位の強風?が一年に1〜2度吹く程度である。先日まで目を楽しませ
てくれた街路樹も、
半分くらい裸に成った。今年の紅葉は例年に無く、見事な鮮やかさで、心を癒してく
れた。自然は崇高な最高の芸術家である。

昔から、「一芸に秀でる者は万芸に秀でる」と言われる。かの宮本武蔵の絵、鍔、等
を見れば剣に劣らず天才的な感性が見て取れる。熊のような、凡人には一芸にすら秀
でる事すらママ成らないので有るが、感づる処、剣道における見取り稽古(見て学
ぶ)は、其の万芸に秀でる為の入り口では無いのであろうか。

教えは色々な形や手段で伝えられていく、其の学徒の中にも飲み込みの早い物も居れ
ば、悪い物もいる。
最近聞かなくなった言葉に「一を語れば十を悟る」と言うのが有った。昔の人は感働
きが冴えていた。
今は情報が溢れ過ぎてて居る為か、一般に感働き(動物的感)が落ちてきているよう
な気がしてならない。

飲み込みの悪い人々が増えてきたような気がする。だが、一方で、運動競技の中で、
高難度技術が開発されて、それを難なくこなす人が出ていることも確かだ、昔、オリ
ンピック体操の鉄棒で大車輪が高難度の技とされた時代が有る、今では、もっと高度
な技を入れなければオリンピックに参加すら出来ない時代になった。
女子のフイギアスケートでも3回転は当たり前で4回転に挑む時代になっている。

こう考えていくと、技術はできる人は驚異的に進歩を遂げている事がわかる。と言う
事は、ここでも格差が出てきているのかもしれない。理解度の良い人、悪い人では、
其の格差は大きい。ましてや、剣道では年齢に関係なく、バトルが出きる。機械体操
では60代の人が高度な技を披露する事は皆無だと思うが、剣道では20代でも高度な
技を披露する者もいれば、80代でも範士は高度な技は見せる事が出きる。

自分で遣りながら剣道は本当に不思議である。八段はもらってはいるが、出来ない事
だらけ、解らない事ばかりだ。奥が深いといえばそれまでなのだが、そんな簡単な言
葉では片付けたくない、何かが有る。
巷に有る、本に書かれている教えは理解できる、身体もそこそこ考えなくても相手に
対して自動的に動く、
だが、それで完全に相手をこなす事が出きるかといえば「NO」と言わざるを得ない。
其のNOが今だ多いので有る

完全な芸術は無いのかも知れないが、機会体操は器具が相手、自分の肉体のコント
ロールが如何に上手くできるか、スケートも自分の肉体と、氷と言ういわば器具との
調和であると思う。剣道は、自分の身体、と器具(竹刀)の上に相手が有る、柔道、
レスリングでは直接相手であり、その間に器具は存在しない。

この器具を介在して相手とのやり取りが有るのが剣道だ。其の点テニスが器具を介在
して相手がいる点では似ている。だが、テニスでも恐らく20〜30代の選手と、60
〜70代の選手とではバトルは出来ないであろう。

では、何故剣道だけが、バトルが出きるのか、先日来、試合が近い事もあり、新人教
育に時間をとられる事もあり、地稽古を三本勝負形式に変えてやっている、当然、世
界選手権に参加する選手を含め、皆と三本勝負で遣っているが、殆ど負け無しでやる
事が出来る。落としたとしても、1試合か、2試合だ。勝率80〜90%だ。

まづ、不思議で成らない、61歳の熊が、20代後半から30代前半の脂の乗り切った、若
手に勝てるのか、自分でも分からない。それどころか、親爺が83歳の頃、50代の熊も
20代後半の白熊も黒熊も、他の生徒達も全く触れないで、コロコロに息を上げられた
事が有る。これは何故なのか。全く不思議な世界が其処に存在する。

親爺は書を書く、書は師匠無しで独学だそうで有る。つまり、見取り稽古で書を学ん
だわけである。
勿論、其の背景には数知れぬ手習いと書き込み練習、一人稽古が有っに違いないが、
物を見る目が有ればこそ、成し得たに違いない。学ぶは=真似るから来ていると聞い
た。真似るは=観る、観察する事から始まる。

感働きの良い人は、真似る事が上手い人だ。つまり観察力が有る。つまり見取り稽古
が出きると言うことだ。
大自然の働きも敏感に肌で感じ、心で観る事が出きる。其処から剣道が始まる。単に
棒振りの技術だけではない。肉体の技術動作を超えた処に本当の剣道(大自然の芸
術、大宇宙との調和)が存在する事を知った。

 

 

97 巨星逝く

カナダで戦前から剣道界に偉大な貢献と足跡を残された、谷上盛春先生が89歳の天寿
を全うされ亡くなられた。くしくも、親爺、羽賀忠利範士と同じ歳なので、お互い親
交も篤かった。紹介したのは勿論熊である。
これで、完全に、明治から戦前、戦後と連綿として続いてきたカナダの剣道にある意
味での灯が消えてしまった。

カナダ剣道連盟のホームページの表紙の中に先生の若かりし頃の御写真がある。
若い頃は中々の試合巧者で鳴らされたと、アメリカの古老の先生方から聞かされた事
がある。其の方々も皆今は既に鬼籍に入られてしまった。時の流れは非情なものであ
る。

熊が、カナダに移住をした頃、カナダでは当時の連盟会長が独善的に段位を決めてい
た。と言うより全てが個人の考えの下に、剣道界が運営されていたと言ってでも過言
ではない。

若い熊はそれに改革を挑んだ、当然嫌われ、有りもせぬ噂を流され、足を引っ張ら
れ、潰されようとした。
有る時、日本からの剣道家を案内して、ステイブストンの道場稽古に出かけたとき、
谷上先生から稽古を差し控えるように言われた事があった。熊の行動に誤解を受けて
いたわけである。

しかし、カナダ、剣道発祥の地、ステイブストンの谷上先生は常識の有る方であっ
た。と言うより、独善的に進められる、剣道界に一抹の不満を感じて居られたのであ
ろうと思う。有る剣道界の会議の席上で、熊が昇段審査会を是非作り上げ、全ての剣
道家に公平に審査を受けさせる機会を作るべきと訴えた。

当然、会長は大反対、それにはそれなりの背景があった。彼等が持っている段位は、
高野佐三郎、個人名の賞状である。これは実際に熊が目にした。だから戦前、戦後の
当時の剣道界(全日本剣道連盟も、国際剣道連盟も設立されていない時代)の背景と
して個人的若しくは道場で段位を発行されていた物と考えられる。

だから、当時の会長としては、個人で段位を発行することは権威に関わる問題で、是
が非でも手放したくない権威で有ったに違いない。しかし、熊は将来のカナダ剣道界
を鑑みて、最後まで食い下がった。
其の時に、審査会を公平に遣るべきとの考えを谷上先生が支持してくれたお陰で、話
が急速に進んだ。

それが、地元の先生方の意識を変革させたかどうか定かではないが、会長職が現会長
のロイ阿佐氏に移譲される事にまで発展して一気に日の目を見る事になった。

広いカナダである、審査を一箇所で遣るわけには行かない、そこで、西部地区(バン
クーバー)と東部地区(トロント)で行われる事になり、西部地区は谷上先生に審査
委員長をお願いして、熊が事務局を預かり、審査会が発足した。

先生にはそのほか、BC州剣道連盟再構築にも大いに力を振るっていただいた。上の
先 生方を立てて、大事にする其処から、剣道界を上手く運営させる知恵と、知識を学
ん だ。今は全て後進が働いてくれている。
なき谷上先生のご意思を無にする事の無いように、正しい運営を望む物である。

 

96 工夫

いよいよ長く続いたインデイアンサマーも終わり、肌寒い雨の日が多くなった。
街路樹の紅葉は今が盛り、山の自然林は針葉樹が多いので、紅葉は望めないが、街中
の落葉樹が綺麗だ。
今年は晴れの日が長く続いた為か、紅葉が一段と鮮やかで、素晴らしい。

最近、入門した子供達が、頑張りを見せて、稽古を休まず出て来る。
週2回出てくること、1回しか出てこれない事では当然ながら伸び方が違う。今のとこ
ろ3回出て来る子供は居ないが、其のうち、ある程度出来る様になれば、興味を持ち
出てくるように成るだろう。

この子供達の指導と、12月に行われる審査に向けて、一部の生徒は形の稽古をしてい
る。
其の為に最初の30分は其の為に時間がとられてしまう。そこで、一般会員の稽古時間
に工夫をした。
最初の30分は経験者が手分けして、指導に回り、30分は全員で基本の打ち込み、それ
も毎回一つの技だけ遣る。

面打ちは、毎回取り入れていたのだが、時間が無いので、其の日によりメニュウーを
変えてやることにした。
そして稽古は、全て3本勝負、勝敗がつき次第別の相手と遣る。審判はあくまで自分
で遣る。
ところが中には中々自分の負けを認めないのが居る。苦笑。当然試合が長くなり、気
合も抜けてだらだら稽古になる。

自分が打たれた事が解らないという事は、絶対に進歩しないと言う事だ。打たれた事
が解るから反省が出来其処から工夫が生まれる。ところが意地で負けたくないだけの
人はやはり、打たれた処、機会が解らずに過ごしてしまうので、進歩も遅い。情けな
い限りなのだが、其処が解らない。当然、熊は爆弾を落とす。だらだら稽古では効果
が上がらないからだ。

熊は当然、相手が下なので、手元を浮かされたり、掠られたら熊の負けだと考えなが
ら稽古をしている。
前回の稽古では、45分連続で三本勝負を全員に遣らせた。途中、生徒の中には何度か
休憩を挟みながら稽古をしていた連中が居たので、稽古後、皆に聞いた。毎回通常の
1時間の地稽古と、今日の稽古はどちらが疲れたかと、異口同音に帰ってきた言葉
が、連続で試合稽古をした方が疲れると言った。

そこで熊は、何故短い稽古時間なのに早く疲れるのか皆に聞いた、答えは、三本勝負
だと真剣に遣るから、と殆どの生徒が答えた。熊が生徒に聞いた。皆さんは、普段の
稽古をそれだけいい加減な気持ちで稽古をしているのですか。皆言葉を呑んだよう
だ。

昔から、「稽古は試合の如く、試合は稽古の如く」と言う教えがあります。普段の稽
古でも、試合と同じ気持ちで遣らなければ効果が薄い。つまり時間の無駄。要は自分
の心構え次第で、進歩も早くなれば、強くも成る。
其処のところを、確り肝に銘じて稽古をしてくださいと結んだ。三本勝負、掛かり手
は次の相手まで休めるが、元立ちは休めない。

最近、酒も減らし、食事療法と、8kmの早歩き、お陰で、血圧が抑えられて、
激しい稽古をしても、息苦しさが消えた。マア、半分爆弾を抱えながらの稽古だが、
最近ストレスが減ったので、楽しく稽古が出きる。
此方は身体と真剣勝負。心臓が動いて生きている間続くだろう。

 

95 回想 そして 夢

カナダに来て、自分の子供の剣道指導と、丁度折り良く同年代の子供達が沢山加入し
てくれて、一時期子供の大会を6年連続無敗で優勝させた時期が有った。其の頃に
育った剣士たちは、世界大会でも活躍してくれた。

しかし、其の反面、子供達が大人になる頃、15〜6歳で殆どの子供が剣道から放れて
行った。理由は沢山有るのだが、一番は大学進学である。進学すると勉強が本当に忙
しい。1年から2年になるときに20%の生徒が落第する。2年から3年に成るのに20%が
落第していく、要するに大学を4年間で卒業できるのは全体の20%にしか過ぎない。
此方では、猛烈に勉強しなければ卒業が出来ない状態なのだ。

だから大学に行きながら稽古を続ける事は至難の技といえる。逸れに拍車を掛けるの
が身体が大きくなり、子供用の剣道具が間に合わなくなる。大人用の道具を揃えるの
には、莫大な費用が掛かり、子供の教育費大学の授業料等で、剣道具まで費用が回ら
ない。

第三が車の免許取得と同時に出来るガールフレンドや、その他もろもろの興味であ
る。 道具を持ち家を出て道場に来る筈が、途中で方向転換をする事居になる。笑。

そんな事や、時代背景の変化、親の考え方が変わり、子供に対して熱心に道場に連れ
てくる親も少なくなった

そんな背景があり熊も年と共に、子供の指導の熱が冷めていた。だが、2年前に15歳
のユウノスケが入門する。彼には、何か感じるものがあり、最後の生徒としてもう一
度指導をしてみる気持ちに火が付いた。

其の後ヤス13歳が入門してきた。これが恐らく最後の生徒だろうと思っていた。とこ
ろが、その後、アヤカ、ツバサ、姉弟が入門して、段々入門の年齢層が下がりだし、
研ちゃん9歳が入門、そこに田中兄弟、10歳と6歳が入門。おまけに日本語学校で募集
した生徒が、小さな子達が最近沢山の子供が入門してきた。

最初の5〜6人は稽古着や道具は使い古しのお下がりで何とか間に合わせる事が出来
た。ところがそれを上回る生徒の数に、道具はまだ7組あるので何とか間に合うが、
稽古着が足らない。子供はすぐ大きくなるので、稽古着はできるだけお古を皆で回し
ながら使ってきた。

だがここに来て、お古の稽古着も底を尽いた、日本には子供が途中で止めたり、身体
が大きくなり切れなくなった古着が沢山有るに違いない。熊も以前後輩に頼み道具や
稽古着を集めてもらい、其の道具で子供達が育った。今又、それを後輩に頼まねば成
らない時代が来た。

無心に、熱心に大きな声で頑張る子供達には、心を打たれる。この純真な子供達に本
当の剣道の良さと、勝ち負けは自分に有る、と言う剣道の本質を教えて遣りたいと思
うようになった。幸いなことにココでは試合が少ない。其の分正しい基本を学ばせる
事が出きる。

子供を教える、若手も基本に忠実に指導をしている。この子供達の中から、時代を継
いで世界大会に出てくれる選手が育つ事だろう。そして、真の剣道家を育て見たいと
考えている。

年老いた今、次代に残せる物は残した。後一分張り、子供達の役に立てるなら、粉骨
砕身頑張らねば成らないと、天が導いてくれた様な気がした。熊が世の中の為にに役
立つのであれば、こんなに嬉しいことは無い。
 

 

94 新入生の指導

先週から、土曜日の午後1時から、初心者対象の指導を行っている。
指導するのは若手の連中だ。彼等に任せて大丈夫なのかと、幾許かの不安もあったの
だが、
其の心配は水泡と化した。思っていた以上に彼等は子供達の心を掴み、上手く指導を
している。
子供達が喜々として、頑張っている。若手の連中を長年手塩に掛けて指導をして来た
甲斐があった。

上手く指導が伝わるかどうかは、何処で判断するか、習う子供達が、其の動作をすぐ
に理解して動けるか如何かに掛かっている。下手の指導では、同じ子供達でも其の動
きが飲み込めないで、時間が掛かる。

熊は、カナダに来た翌年から、スキ−スクールに入り、其の指導法を学んだ。英語の
生活では、日常会話の中に体の動作の表現が出てはこないのと、どんな説明をすれば
解りやすいのかを知る為である。言葉がわからない熊は、見取り稽古で、其の表現法
を学び身に着けて、指導員にもなった。其の時の経験が、剣道指導にも物凄い効果を
もたらしている。

言葉が話せなかった当時、熊は自分で自分なりのスキー指導法をマニュアル化して
ノートにした。其の指導で、片言言葉でしか話せない、指導法でも、生徒が上達する
様子をスキースクールの校長が認めてくれて、時給を上げてくれた。其の指導マニュ
アルが、25年経った今でも其処のスキースクールで使われている。

昨年冬に、20年ぶりに其処のスキー場に出かけた驚いた。スキースクールの指導員全
体が其の方法で教えていたからである。

私の指導法を自慢する積りは毛頭無いが、基本動作